魔王の憂鬱
著者:相川直樹
自らの封印を解く為、勇者を召喚する魔王・ゾルガティウス。しかし、呼び出された勇者は、女子高生のミユキだった。自らの化身・シリウスとなって勇者・ミユキの旅に同行する魔王だったが…。
正直言って、中盤くらいまでは微妙な作品という感想。ドラクエとかに出てくるような魔王。それを退治に向かう勇者。そんな図式を夢見る魔王・ゼルガディウス。しかし、ミユキは全くそれを意に介さない。勇者を歓迎する、という王様からもらえるお金が少ないと文句を言う。食事が貧乏臭いと言う。最初に出てくるモンスターは、ゴブリンに違いない、と決めつける。…まるで、私たちがRPGなんかをやる時のお約束に対するツッコミを連呼しながら冒険を続ける。テンポは良いし、ある意味、みんな思っていることを連呼していくのだから、面白い事は面白いのだが、新鮮味などはない。で、後半へ…。
この仕掛けは、すっかりやられた。見事に決まった。なるほどね。
読んでいて、ところどころで、投げっぱなしのところ、違和感を感じる部分があるんだけど、それが終盤にキッチリと決まった。上手い! 「こんな小説読んだこと無い」ってわけでもないんだけど(ぉぃ)、この作品がこう来るとは思わなかった。これだけでも、随分なネタバレだなぁ…。
こう言っては何だけど、凄い一発ワザ。恐らくは、仕掛けありきで考えられたんじゃないかと思う。それだけに、今後、どういう作品を書くのか? っていうのが気になる。
(06年10月15日)

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世界は悪魔で満ちている?
著者:相原あきら
トイレの個室を空けたマコト。そこには、何故か女の子。それもクラスメイトのイシダ・サヤ。彼女は、何故かスカートをたくし上げていて、そこには…。
……なんだろう、この言いようの無い疲労感は……? 重いテーマの作品とか、物凄い長編作品を読んだあと、「あー…読んだ…」という疲労感を得る事はしばしばある。けれども、この作品の場合、そういう疲労感とは全く別物の「つ、疲れた…。」って感じの疲労感なんだ、これが。
とにかくね…色んな意味で疲れさせてくれるのよ、この作品。まず、文章そのものが妙なテンション。受けを狙っているのかもしれないけれども、無意味にはっちゃけていて、それが思いっきり滑りまくっている、とでも言うのかな。例えば「そのくらいの分別はある程度には大人だ(性的な意味ではなくて)」とか、どーよ? こんな感じでひたすら続くわけだ。読んでいて、なんかとっても疲れる。
で、内容の方もなんていうか、グダグダも良いところ。主人公・マコトがサヤの秘密をしり、脅迫を始める…っていうのは良いとして(それも何だけどさ)、基本的に登場人物にマトモな存在がいない。皆してボケ役。地の分までボケ役。マコトは比較的まともな方かもしれないが、それでも、本人の性格の理由とは全く説明されないし、でイマイチ存在感が無い。さらに、説明って意味では、世界観の説明もおざなり。途中で一応は説明されるものの、天使、悪魔、人間の立場がイマイチよくわかりづらい。そして、物語そのものも、大量のボケの応酬であんまり動いていない(滑りまくってるから余計に辛い)。
このテンションが合う人ならば…と思わないでもないが、私はダメ。
(06年9月19日)

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ネットは新聞を殺すのか 変貌するマスメディア
著者:青木日照、湯川鶴章
監修:国際社会経済研究所

多分、予想している人も多いと思うが、私がこの書を手に取った理由は、今年初めの、例のライブドアのフジテレビ買収問題とかである。あの中での、ライブドア・堀江社長の発言の印象的なものに近いタイトルということもあって読んでみることにした。

この書、タイトルは『ネットは新聞を殺すのか」と刺激的なものであるが、どちらかといえば、ネットの台頭によって、新聞という媒体はどのように変化していくのかを考察した書である。
この書によれば、BLOG、掲示板などによって誰もが情報の発信者になり得る状態により、既存のマスコミの専門分野とアマチュアジャーナリストのすみわけが起こる。既存のマスコミも、ネットと紙媒体の使い方を工夫することで新たなビジネスチャンスが生まれる。また、広告媒体としても、大きな変化が起こる、と言ったことである。
つまり、突き詰めて行けば、ネットによって新聞(社)という存在が消失することは無いが、従来の状態からは大きな変革が起こるだろう、ということである。様々な実例が出されて紹介されているので、すんなりと納得できる。

ただ、この書で書かれていることは、あくまでもアメリカを中心とした海外の事情が殆どである。これをそのまま日本に持ち込んで同じ事がいえるのか、というと疑問が残る。
アメリカと日本の新聞の最大の違いは、日本では各新聞社の下に、独占的な契約を結んでいる販売店が無数に存在し、そこから宅配という形の売り方が主流という点である。駅売りのような形の販売が主流のアメリカでは、紙媒体がなくなっても販売方法の変化、という形で新聞社が生き残るであろうが、日本でそれを行う際には、この販売店による宅配制度が最大のネックとなる。販売店による宅配制度、というものは紙の新聞あってこそのものである。アメリカと同じような事をしようとすれば、当然、全国に無数にある販売店が反発することだろう。そうなると、同じようになるのであろうか? 日本の大手新聞社へのインタビューなどでも一切、そこには触れられていなかったのが残念である。

興味深い点が多かったのは事実だが、それをそのまま日本に適応できるか、という点に付いては疑問である。
(05年7月1日)

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翳りゆく夏
著者:赤井三尋
「20年前の誘拐事件の犯人の娘が東西新聞記者に内定!」。雑誌のスクープに、東西新聞社主は、事件の再調査を命じる。白羽の矢が立ったのは梶。事件の担当をしていた記者で、現在は閑職に回されている男だった。
第49回江戸川乱歩賞受賞作。同時受賞に『マッチメイク』(不知火京介著)。
受賞の理由として、選考委員が述べているように丁寧な描写というのが第一印象。手堅い、とでもいうか。結構、多くの人物が出てきて、視点の切り替わりも多いのだけど、それほど混乱することなく読み勧められるし。ハードボイルドと帯には書かれているけれども、むしろ社会派ミステリー的な印象ではある。個人的には、同時受賞の『マッチメイク』よりも楽しめた。
ただ、細かく見ていくと文句の言いたくなる箇所もチラホラ。例えば、20年前の事件の場面。いくら何でも、あの警察の対応は杜撰過ぎる。また、なぜ社主がこの事件の再調査を狙ったのかも謎。また、事件の関係者の一人が風俗嬢である必然性も無い。そして、丁寧な描写であるが故に、乱歩賞作品でありがちな、終盤の大急ぎ感がこの作品にも残っている。1つ1つは細かいことなのだけど、これだけ重なってしまうとどうも気になるのである。
とはいえ、丁寧な描写力は確かだし、(2年経過しても出ていないようだが)枚数制限のとれた作品でもう1度読んでみたいと思う。
(05年9月15日)

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月長石の魔犬
著者:秋月涼介
右目が淡い水色、左目が濃い紫色という瞳を石細工店店主・風桜青紫。青紫に思いを寄せる大学生・鴇冬静流。「先生」に殺されたいと願う霧嶋悠璃。それぞれの思いが交錯する中、首を切り取られ、犬の首を縫い付けられるという事件が起こり…。
第20回メフィスト賞受賞作。
うーん…なんか、「これで終わりですか?」という感じなんですけど…。
作品としては、つまらないわけではない。冒頭にも書いた3人、さらにはキャリアでありながら全く役に立たない女性軽視・冴葉、その冴葉にうんざりしながら付き合う刑事・賢玖郎という5人の視点で物語が展開。以前から連続して起こっていた連続猟奇殺人、さらには今回の事件。大学の研究室に取り巻く複雑な人間関係。そして、冴葉の思いつきと、悠璃の独白によってぼんやりと浮かび上がる「連続殺人鬼を狩る連続殺人鬼」の存在…と読ませるものはある。
けれども、全体的に唐突。いくつか要素が出てきてはいるんだけれども、それが唐突に「殺人鬼狩り」の正体が明らかにされ、そのまま、何も解決しないままに終わってしまう。後半にはいってすぐくらいに明らかになるので、これをどうまとめるのか? と思っていたのだが…。
「連続殺人鬼を狩る連続殺人鬼」という発想そのものは悪くないと思うのだが、どうせならば、それをもっと活かして欲しかった。
(06年10月24日)

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もろこし銀侠伝
著者:秋梨惟喬

刺客の襲撃に対し、何時たりとも警戒を怠らなかった李小遊が毒殺された。毒見をしなかった薬が原因に違いないと、薬屋・蒲半仙は李の部下に捕らえられてしまう。悲嘆にくれる蒲の娘・公英に、謎の老人は語る。「無実を証明すればよい」と…(『殺三狼』) など、中国『水滸伝』の世界を舞台とした短編集。
作品の設定などに関して言うと、国・時代は全く別物であるが『砂楼に登りし者たち』(獅子宮敏彦著)と似たような印象である。『水滸伝』を舞台とし、そこに登場する人物たちが、事件に遭遇して…という形を取る。
正直、私がこの作品を読んでいて一番強かったのは、「悔しい」という感情である。なぜか? それは、トリックがわからなかったから…ではない(そんなものは沢山ある) そうではなく、作品の舞台となった『水滸伝』を読んだことがなく、しかも、中国史のようなものも、本当に皇帝の名前とか、その程度がちょっと出てくる程度で、生活とか、人間性のようなものは全く無知だからである。そのため、『砂楼に登りし者たち』のときのような、登場人物に対する新しい視点とか、そういう見方ができなかったのである。なんというか、作品の面白みを半減させている気がしてならないのである。恐らく、詳しい方なら、もっと色々な感想が抱けただろうな…と思うと、悔しいのである。
作品の中身は、流石に、その時代を反映している感じ。皇帝による政治があり、各地にその名家などが存在する。そして、それを狙う刺客。さらには、怪しげな老人…と、こういう世界観はいかにも中国の昔の物語という印象。そういう意味で、(中途半端ではあるが)世界観を楽しむことが出来た。また、ミステリとしても、しっかりした作品だと思う。
でも、やっぱり、悔しい、が先に出てしまう…。
(07年9月7日)

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イリヤの空、UFOの夏 その1
著者:秋山瑞人

「その1」を読んだ時点での感想。

一応、連作短篇集という形ではあるものの、時間軸だとかもスムーズに流れており、全体として一本のストーリーとなっている印象。
怪奇現象に興味を持つ普通の中学生・浅羽直之と軍事基地に住む謎の少女・伊里野加奈を中心にして、浅羽サイドの新聞部部長の水前寺、部員の須藤晶穂、妹の夕子、そして基地側の人間である謎の人物・榎本、養護教諭でもある椎名真由美らによるドタバタ劇的な印象。どちらかと言えば、人物と世界観の紹介、というのがこの巻の役割か・・・。特に、最後のおまけ短篇「そんなことだから」は、時間軸も本編より前ならば、ストーリーに浅羽らは直接出てこず、榎本と真由美の会話が話の中心だし。

印象としてはそんな感じなのだが、話の導入部、人物の役割設定としての機能は十分に果たしているのではないかと思う。謎の少女・伊里野とその周りにいる榎本ら、そしてUFOに北との緊張関係・・・それらがどう絡んでくるのか?という興味を引きつけるのには十分に成功している。
(05年1月19日)

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イリヤの空、UFOの夏 その2
著者:秋山瑞人

「その2」の感想。


「その1」から続く、「正しい原チャリの盗み方」「十八時四十七分三十二秒(前後編)」「死体を洗え」の4篇を収録。

「正しい原チャリの盗み方」は、浅羽と伊里野のデートと、それを追いかける水前寺と浅羽の妹・夕子の2点で話が展開。伊里野と打ち解けようとする浅羽の(ある意味無駄な)努力と、水前寺&夕子という凸凹コンビの掛け合いによるスピード感あるコメディタッチのストーリー。
「十八時四十七分三十二秒」は、浅羽にひそかに心を惹かれる新聞部員・晶穂の心情がストーリーの中心に。学園祭の様子などは、ギャグが含まれているものの、晶穂の思いと伊里野への嫉妬などがメインのとめ、どちらかというとしっとりとした感じのストーリー。ありがちと言えばありがちなキャラクター、展開ではあるものの、こういうのもアリかな、という感じはする。
番外編でもある「死体を洗え」は、どちらかと言えばホラーちっくなストーリー。自衛軍の女子隊員の噂話という形で、話が展開。本編に登場(?)する人物らしき人の話を中心に添えているのだが、この後味の悪い締め方が個人的には大好きだ。
(05年1月19日)

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イリヤの空、UFOの夏 その3
著者:秋山瑞人

その3は、「無銭飲食列伝」「水前寺応答せよ(前後編)」「ESPの冬」の4篇。

最初の「無銭飲食列伝」は、前2巻同様にコメディタッチ・・・というか、完全なコメディ。晶穂VS伊里野の女の対決、そして昔の熱血漫画よろしく芽生える友情。王道のストーリーでありながら、ディテールの料理方法で上手くギャグに昇華している。
そして「水前寺応答せよ」。こちらは一転してシリアスな展開に。これまでの、不思議な人間・伊里野をとりまくほのぼのとした青春物語という雰囲気が崩れて急展開。これまで、あまり気にされていなかった伊里野の謎、そして榎本らが動き出し・・・。正直、この形で終るのはずるい(笑)。そういう意味では、最後への助走として上出来なんだろうな・・・。
そして「番外編」の「ESPの冬」。こちらは、本編の半年前という設定だけあり、「無銭飲食列伝」ばりの、コメディタッチの話。直前までの話が重いということもあって良い緩衝材となっているように思う。
(05年1月20日)

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イリヤの空、UFOの夏 その4
著者:秋山瑞人

全体を通してみると、不思議な少女と、その回りのコメディタッチな事件という3巻前半、そして、その日常が崩れる3巻後半以降という感じか。3巻前半までは、よくあるちょっと変わった世界のドタバタ劇という形にしか思えなかったのだが、そのエピソードすらも終盤への伏線として存在して、ラストで世界観、行動・・・それらがすべてキッチリと収まる構成に素直に脱帽。
主人公の浅羽、ヒロインの伊里野、榎本、椎名ら・・・結末を知った後に再び読み返すと、心情らが読め、一層味わい深い。

ハッピーエンドかどうか、それはわからない。ただ、本人(登場人物)が、これで良い、とするものをケチを付けても仕方あるまい。
良い作品だった。
(05年1月21日)

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ミナミノミナミノ
著者:秋山瑞人

親戚の姉さんに騙される形で、小さな島・岬島へとやってきた正時。島民は皆、歓迎をしてくれるのだが、何か違和感を感じざるを得ない正時。そして、不思議な少女と出会う。
『イリヤの空』が少年達の日常へと飛び込んできた非日常を巡って展開される話ならば、『ミナミノミナミノ』は非日常の世界へと飛び込んだ少年を巡る物語といったところか。

この巻では、人物紹介や、正時が感じた違和感がストーリーの中心として展開し、最後にある告白で締められる。(我々から見ての)非日常とも言うべき島の生活や風習と言ったものが独特のリアリティを持って描かれている。
今後の展開はいくつか考え付くのであるが、『イリヤの空』がそうであったように、一筋縄ではいかないことだろう。続巻にも期待。
(05年2月8日)

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猫の地球儀 焔の章
著者:秋山瑞人
闘技・スパイラルドライバーの頂点に立った焔。宣教者に追われる存在であるスカイウォーカーの幽。その2人が出会って物語が始まる…。
猫たちの住む世界・トルクと、その宇宙の先にある地球儀、太陽儀…といった星々。それらを作ったのは天使であり、魂となってそれらをめぐって太陽儀へと向かって行く…という宣教者たちの教え。しかし、それに疑問持つ幽(というか、スカイウォーカー)はある計画をし、力を求める焔へと接近する…。
世界観を考えると、あとがきでいきなり出てくる「ガリレオ・ガリレイ」の時代というのがピッタリと来る。そして、力を求める焔という存在もあって、戦闘シーン・アクションシーン的な部分も多い。著者の言う「ピーター・アーツVSガリレオ・ガリレイ」は言いて妙だなぁ…という感じ。
(05年3月15日)

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猫の地球儀 幽の章
著者:秋山瑞人

「もうやらない」と言ったのを翻して、焔に勝負を挑む幽。そして、その勝負の最中に…。

この作品では、夢を貫いた結果がどうなっていたのかは明らかになっていない。普通ならば、それはハッピーエンドなのかも知れないが、そうとも言いきれない何かが残る。「夢とは手前勝手なもの」「夢を貫くことで、誰かが迷惑を被る」。読了後の余韻が、それを雄弁に物語っているように感じられる。
「幽の章」は、「焔の章」で行われていた、人物紹介であるとかが全て終了し、話自体が一気に進行する。「焔の章」は、やや人物(猫物?)紹介でややスローなイメージがあったが、それがうまくこの巻で生きてくる。見事。
余韻の残る作品だ。

どうでも良いけど、クリスマスが女性型っていう設定、何の意味もないね(笑)
(05年3月17日)

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私の優しくない先輩
著者:日日日
日日日っていうと、最近は、なんか小説そのものじゃなくて、年齢だとか、そういうところで話題になって先行しているかな? という感じがあるんだけど、とりあえずそれはさておいて感想を書きたいと思う。
うん、すごく素直な感じがする。登場人物は、4人。病弱なんだけれども明るくて、暴走気味、だけど一歩踏み出せない耶麻子、乱暴でぶっきらぼうな不破先輩、ひっこみじあんな喜久子、そして憧れの愛治先輩。愛冶を想い、恋に恋をするような形で想いだけは暴走するんだけどやっぱり一歩踏み出せない耶麻子を中心にコミカルに進んでいくので一気に読めた。
ページ数が140頁あまり、ストーリーも大きなどんでん返しだとかがあるわけじゃなくて、展開的にも予想がついてしまう形なのではあるんだけれども、爽やかな後読感があるし、素直な中篇作品として十分に楽しめた。
(05年7月17日)

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蟲と眼球とテディベア
著者:日日日
12歳で大学の博士号を手にし、容姿端麗、スポーツ万能、おまけに財閥の御曹子とすべてが完璧な教師・賢木愚龍は女子高生・宇佐川鈴音を溺愛していた。どのくらい溺愛しているかというと、財閥の力を動員して無理矢理教職につき、高校だというのに全科目を自ら教えてしまうほどに。そんな賢木が20歳の誕生日を鈴音と祝おうとしたその日、「蟲」と名乗る占い師に「鈴音が殺される」と予言される。その後、鈴音を殺そうとする謎の転校生・眼球抉子が出て来たり、蟲が事件を起こしたり…。
う〜ん…かなりライトノベル的な性格が強く、一風変わったキャラクターが前面に押し出された作品のように思う。私が以前読んだ『私の優しくない先輩』もキャラクター性は強かったものの、比較的王道な青春ラブストーリーという感じだったのと比較すると、強くそう思う。まぁ、その2作品しか読んでないので、どっちが日日日らしいのか、というのはよくわからないんだけれども。著者があとがきで「いかに阿呆な話がかけるかに挑戦した」というようなことを書いているんだけれども、確かにぶっとんだ設定だとかはそんな感じ。
これ、キャラクターも立っているし、シリーズになってもおかしくないと思う。ただ、この話自体は明らかにこれで完結していて、これ以上続けても、この作品の良さを殺すだけのような感じもする。余韻を残したまま、が良いんだろうな、うん。
(05年8月22日)

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