図書館危機
著者:有川浩
憧れの「王子様」の正体は…。事実を知ってしまった郁は、その衝撃を隠せない。そんな郁に堂上は…。
図書館シリーズ第3弾になるわけだけど…なんか、一気に、郁と堂上の距離が近づいたね…。と、同時に、シリーズを通して、郁の成長が凄く感じられる。今回の作中で起こった出来事の数々も、郁(だけじゃないけど)にとって、かなり大きな試練になったはずだし。
作品の形式としては、これまで同様、連作短編のような格好。「王子様」の正体を知った郁たちを描いた『王子様、卒業』から始まって、序盤はこれまでどおりのそれぞれの面々を中心としたドタバタ劇。昇進試験の話でのアレコレなんかも、読んでいて笑ってしまったし。が、中盤から、再び組織内、組織同士を巡る争いが勃発してきて…と。
これまでも話としての戦闘であるとかは描かれていたわけだけど、今回は郁が始めて戦場へ。そして、そこで行われる凄惨な戦い。さらには、その事件を巡っての綱引き…。戦闘だけでも過酷な上に、そこを巡る綱引きっていうのは、郁にとっては大きな試練のはず。柴崎とか、手塚とかとの立場も微妙に変わってきたし…シリーズも終盤に入りつつある、とは感じる。
と、同時に、やっぱり面白かったのは3編目の『ねじれたコトバ』。あとがきで、有川さん自身も触れているけど、いわゆる言葉狩り、とか、放送禁止用語とかは、「誰のために」なのか、「どういう基準なのか」とかは、大きな問題。個人的にも、今年初めまで、江戸川乱歩賞受賞作を全部読むっていうのをしていたんだけど、その中でも現在では「使えない」言葉が多くあってそういうのを感じていただけにより強くそれを感じられた。
やっぱり、このシリーズ、面白いや。と、同時に、シリーズ最終巻をどうまとめるのか注目したいところ。
(07年7月4日)

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レインツリーの国
著者:有川浩

その昔にハマったライトノベル。ふと思い立った伸行は、そのタイトルを検索してみる。そこで見つけた感想。サイト管理人の「ひとみ」に向けての一通のメールから、二人の関係は始まった…。
なんていうか…読んでいてむず痒くなった(笑) こういうストレートな恋愛作品について、正面から語るのって、こっちが恥ずかしいな。
有川浩氏の作品『図書館内乱』の作中でも触れられた作品で、そのため、この作品のヒロインが抱えているものについては最初から理解していた。こちらの作品を先に読んだ人が『図書館内乱』を先に読んでいれば、みたいな感想を書いているのを見かけたのだが、どうなんだろう? 私は、こちらが先でも構わない、というよりも、こちらを先に読むことをお勧めしたいくらいなのだが(この辺りは、どちらから読んでも堂々巡りになりそうだけど) 別に隠すほどじゃないけど、以下、ややネタバレ気味で。
物語としては、最初にも書いたとおり、ネットを通して知り合った「伸」と「ひとみ」。登場人物も他には二塁打ナナコさん(酷い名前だ)だけで、文字通りに「二人の物語」。ただし、ひとみには、聴覚障害があり、そんなところでぶつかることもあって…と。そんな話。
この作中にも触れられているんだけど、私自身、聴覚障害と言うのは、どういうものか、というのがハッキリとわからない部分があった。そして、知らないが故に傷つくことがあり、また、知っていたら知っていたで、プライドを傷つけられることがしばしば。障害という1つめの壁と、それによって派生するコミュニケーションと言うもう1つの壁。そんな中で傷ついてきたひとみの心情と、けれども「本気で」ぶつかっていく伸というのが文字通りストレートに描かれている。
ひとみは「健常者にはわからない」と言うけれども、実際のところ、健常者同士であったってわかりあえることばかりじゃない。反対に同じ障害を抱えた者同士だって喧嘩することはある。そして、健常者と障害者も。所詮(と言う言い方も何だけど)他人同士なのだから、分かり合えないことがあるのは当然。重要なのは、それを何かのせい、としないこと。そんなメッセージが強く感じられた。
いや、「苦手、苦手」とか言いながら思いっきり、熱く語ってしまった(苦笑) 二人のメールでのやりとりとかは、こうやって、ブログをやっていると、ある意味、鏡で自分を見せられているようなところもあるし、その辺りの照れも出てしまったのかも知れない(^^;) うん、面白かった。

ところで、あとがきでこの作品のために取材に行ったら「自衛官が地雷処理とかに失敗して難聴になる話?」といわれた、とあるんだけど、有川さん、ごめんなさい。私も似たようなところにおいていました(ぉぃ)
(07年11月5日)

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ひなた橋のゴーストペイン
著者:有澤翔
学校の裏にひっそりとたたずむ「ひなた橋」。そこから大切なものを投げ込むと、「やりなおしたい時間」へと戻れるという。報道部の面々が出会った不思議な体験3編。
うん…なかなか面白かった。「ゴーストペイン」。病気や事故で、身体の一部を失った人が、その身体をなくしているにも関わらず、そこに痛みを感じる現象。そして、取り戻したい時間に戻っても、その後を知っていることによって…と。
「戻りたい時間」へ戻って…っていうのは多いし、その時へと戻っても巧くいかない、というのもないわけではない。ただ、そのことを、後のことを知っているからこそ巧くいかない…という風にするアイデアは巧いし、その心理描写もなかなか。
特に良いな、と思ったのは1編目の『rain letter』かな。交通事故によって、サッカーをやめることとなった少年。レギュラーである自分が外されたにも関わらず、チームは活躍。さらに、ほのかな想いを抱いていた少女は、親友と付き合うことに…。自分は必要ないのではないか? との想いを抱き、その想いが事故に合わない状態になっても…。かなり、その辺りの心情が丁寧に描かれていて面白かった。
うん…正直、3編が3編とも、あまりにもハードな過去を持ちすぎで、もうちょっとちょっとした日常とかの話があっても良いんじゃないか? という気がしないでもないんだけど、なかなか楽しめた。
(07年9月21日)

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セロトニン欠乏脳
著者:有田秀穂
近年話題になっている「キレる」人々、凶悪な事件、鬱病や自殺者の増加…これらは、セロトニン神経の衰弱により脳内物質の働きが弱っているためである。セロトニンの働きを説明し、鍛えなおす方法を示した書…とされている書。
一言で言えば、トンデモ本ですね。
この書では、まず、セロトニン神経の働きを説明し、それが弱ると鬱病やらキレやすくなるという。そして、弱る原因として、昼夜逆転の生活や、運動不足、ゲーム漬けの生活があるとする。そして、鍛えなおす方法として、リズム運動や座禅を推奨する。
と、内容をざっと説明するとこんな感じ。これだけでも、ツッコミどころはあると思う。まず、鬱病の原因が「セロトニン神経が弱ったから」かどうかはわからない。一説としてはあるようだが。さらに、「キレる」という言葉に定義が出来ていない、と自分で認めているのに「セロトニン神経が原因だ」と言っているのは何故だろう。セロトニン神経が弱って起こる現象を「キレる」と著者が呼んでいる、ということだろうか。その中で、「ひきこもりは凶悪犯罪の温床」とか、様々な差別発言を繰り返している。
続いて、鍛える方法。著者は、血液検査や尿検査で脳内のセロトニン濃度を計測し、鍛える方法を見つけたという。それが、規則正しい生活とリズム運動であり、座禅やウォーキング、はたまた咀嚼などであるという。そして、その運動を鬱病になっている人にしてもらったところ改善、治癒したとしている。ところが、だ。ここでも問題がある。それは、リズム運動をしたことで、セロトニン神経の働きが活発化した、というところがスッパリと抜けている。濃度を計測した、というのならば、実際にリズム運動前、運動後の濃度くらい示して欲しい。とりあえず、適度な運動が体に良いことは当然のこと。規則正しい生活も同じ。で、これで鬱病が回復した、としても「セロトニン神経が鍛えられた」ということにはならない。もしかしたら、リズム運動によって鍛えられた筋肉が鬱病に効いたのかも知れないわけだし(勿論、「筋肉が〜」は冗談ですよ)。「釈迦はセロトニン神経を鍛えるために座禅を考えたんだ」とか、「イチローや王貞治が超一流の打者なのは、独特の打法がリズム運動になってるからだ」とかいうトンデモ主張に割くページがあるならば、その程度の数値くらい表示して欲しいものだ。勿論、何人の人で実験したのか、とか、そういうものも一切無い。
以上が、私のような門外漢であっても気づける範囲での書評。まぁ、理論破綻とは言わないまでも、問題だらけの書であることはおわかりいただけるだろう。
が、実は調べてみると、さらなる問題点を見出せる。鍛える方法、の中で「血液検査や尿検査で脳内のセロトニン濃度を計測」と書いた。医学について詳しくない私のようなものではアッサリと読み流す場所だと思う。ところが、実は「血液検査や尿検査で脳内のセロトニン濃度を計測」することは現在の技術では不可能らしい。脳内の伝達物質として使われるセロトニンは、脳内で使用されたあとすぐさま分解されてしまい、血中、尿中のセロトニンとは無関係らしい。もし、著者の計測方法で脳内セロトニンが計測できるならば、それ自体が医学上の大発見となる。詳細なデータが無い、と先ほど指摘したわけだけど、仮にあったとしても、ゲーム脳のα波・β波の理論のように、誰も認めていない、ということになる。それとも、自分でわかっているからこそ、それを示さなかったのだろうか。
ここまでくれば、ハッキリとトンデモ本と呼んで構わない代物だと思うのだが、どうだろう?
(05年11月1日)

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お日さまセラピー セロトニン生活のすすめ
著者:有田秀穂
有田秀穂氏の著書に関して言うと、以前、『セロトニン欠乏脳』という書籍を読んだことがある。その書を読んだとき、私は「これはトンデモ本」と表現した。何故ならば、「セロトニンとはこういう働きをするもの」「こういうことをすると、その働きが活性化する。衰弱する」ということが書かれていながら、本当に増えたのか、というようなところの証明が一切無くストーリーが展開するためである。その『セロトニン欠乏脳』から2年半ほど後に出版されたのが本書であり、興味を持って読むことにした。
結論から言おう。上記の文章は、本書に対してもそのまま当てはめることが出来る。
本書で書かれているのも、セロトニンの働きと、こうするとそれを活性化できる、と言ったことである。そして、「こうすると活性化する」と言うようなことばかりが書かれていながら、その証明は全く無い。
本書で推奨されている、早寝早起き、バランスの良い食事。はたまたリズム運動…こういったものを否定する理由は無い。それらが身体に良い影響を与えるであろうことはほぼ間違い無いからである。しかし、これらは別にセロトニンと関係なく身体に良いものと言えるだろう。例えば運動。運動不足による肥満などは、脳内物質以外にも様々な器官に悪影響を与えることは自明のことである。食事や睡眠についてだって同じである。「セロトニン」と強調するのであれば、まず、それを示す必要があるのではないか? それが本書に対する疑問の第一である。
そして、この「証明が無い」と言うのは、そのまま著者の主観と客観がごちゃ混ぜになっている、という批判につなげることもできる。例えば、リズム運動の際の注意点としてこんな一節がある。「リズム運動をする時は、集中してやることが大事。テレビを見ながら、などのながら運動はダメ。ただし、音楽を聴きながら、というのは一定のリズムが脳に行くので良いかもしれない」。どうだろう? 私にはどこまでが客観的事実なのか、どこからが主観による物なのか全く区別がつかない。色々と言うのであれば、まず根拠を示すべきではないのだろうか。
他にも、本書は読み方によっては「鬱病になるのは、生活習慣が悪いからだ。自業自得だ」という偏見に繋がったりする危険性も孕む。また、本書の中には、「SSRIは安易に使うべきではない。日光にあたったり、リズム運動をすべき」と言うような文章もあるが、これも誤解を招く危険性があるだろう(そもそも、専門医による処方箋が必要な薬物であり、市販薬と同様には手に入らない)。その辺りも気になるところである。
ところで、著者は『セロトニン欠乏脳』で(結論が真逆にも関わらず)現代の似非科学の代表選手「ゲーム脳」と「不可分の関係」と表明していたわけであるが、このことについてはどうなったのだろう? 似非科学大好き人間の私としては、気になるところである。
(07年1月16日)

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時の魔法と烏羽玉の夜
著者:在原竹広
「アンタは魔術の血だから」。平凡な中学生のはずだった直日人は、ある日、二人組の男に拉致・監禁されてしまう。そんなところへ少女が現れ、助けてくれるのだが、彼女もまた「魔術の血」をキーワードに、ついてくるよう迫り…。
うん…上手いな…。読了後に出てくるのは、まず、そこかな?
正直、途中までの展開としてみれば、平凡だった少年だけれども、実は物凄い潜在能力が隠されていて、それを使っての戦いに…という「よくある物語」かと思っていた。実際、それに近い部分はある。あるんだけれども、多少、ご都合主義に感じていた部分も最終的にキッチリと説明されて、上手いな…と感じる部分の方が大きくなった…という感じだろうか。
何ていうか…最強のばあちゃんとか、直日人がお泊りをしたことを全く気にせずに済ませた辺りとか、「理解がある」だけじゃないだろう! と思っていた部分も(まぁ、これはこれでキャラクター付けとしてOKなんだけど)ちゃんと説明されるし、そういう意味での構成力が良いんだよな…。
この手の作品の場合、あまりネタバレをかけないのが辛いんだけど、丁寧に書かれ、構成された作品で、素直に面白かった、といえる作品だった。
(07年7月14日)

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暗黒の城(ダークキャッスル)
著者:有村とおる
ホラーゲーム「ダーク・キャッスル3」の開発中、スタッフ2人が相次いで変死する。一人は、猛スピードで自動車走行中の事故死。もう一人は、本物の拳銃を使ったロシアン・ルーレットで後頭部を吹き飛ばして。営業担当である早川優作は、2人の死について調査をはじめ…。
第5回小松左京賞受賞作品。
う〜ん…序盤、やや話がもたつくきらいはあるけれども、中盤から一気にテンポがよくなってその後は一気に読ませるだけの力がある。作品としては、SFとミステリを合わせたような形…なのかな? 面白いのは確か。
ただ…正直なところ、科学的な考察に関して、ちょっとリアリティを欠くと感じたことも事実。正直なところ、ゲーム脳だとか、サブリミナル効果でDNA欠失とか出てきて、そりゃ無いだろう…と思ってしまった。また、アメリカの国家組織だとかまで絡んできて、ちょっと広げ過ぎでは? なんて感じもしてしまうし。ちゃんと回収は出来ているんだけれども。
そういうところを気にしないのであれば、素直に楽しめると思う。ただ、私は、そういうところが気になって仕方が無かった。
(05年7月6日)

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いつか、虹の向こうへ
著者:伊岡瞬
3人の同居人と共に奇妙な共同生活を送る元刑事の尾木。そんな尾木の元に、ひょんなことから早紀が転がり込む。同居人たちともすぐに打ち解けた早紀だったが、その存在によって尾木は事件に巻き込まれていく…。
うん、なかなか面白かった。
作品そのものは、正統派のハードボイルド作品と言えると思う。作中は、常に主人公・尾木の一人称視点で語られる。まず、この主人公の語り口調が良い。テンポの良い展開に、この主人公の皮肉交じりの語り口が非情に魅力的。この辺りに関して、個人的には『テロリストのパラソル』(藤原伊織著)を思い浮かべた。正直なところ、決して目新しい題材とは言い難いのだけれども、このテンポの良さと、語り口によって、どんどん引きつけられるものがあった。
不器用な性格ゆえに妻を失い、さらに「魔が差して」職も失ってしまった尾木。親から受けついた住居も、妻への慰謝料の支払いのために売却しなければならない。そんな状況なのに、いや、そんな状況だからこそ受け入れてきた同居人たち。早紀によって、そして、自らによってその同居人たちにまで危害が及びそうになった時、彼等を守ろうとする尾木。それと対比するように挿入される童話。「家族」「絆」というテーマがしっかりと伝わってくる。
横溝正史賞選考委員の1人である北村薫氏が指摘するように、終盤の謎解きがやや一直線に過ぎる、というきらいはある。ややアンフェア気味の部分もある。でも、全体を見渡せばレベルの高い作品じゃないかと思う。
(06年7月25日)

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145gの孤独
著者:伊岡瞬
自分の与えた死球により相手打者を再起不能にしてしまった。それ以来、極度の不振に陥って野球界を去った倉沢。その相手、西野の妹・晴香らと便利屋稼業をする彼は、「付添い」の仕事も始める。そんな彼の元へ来る依頼人は…。
一応、長編という扱いにはなっているけど、どっちかと言うと、連作短編みたいな趣が強いかな…。基本的には、章ごとに依頼をこなして物語が出来あがる…という感じで進むし。
毎週、高い金を払って息子をスポーツ観戦に連れて行くよう頼む母親、フィリピンから来た女性が帰国できるよう成田まで付添う仕事、近いのに泊まりで仕事を頼む大学講師…そんな奇妙な依頼の影にある謎を解いて行く…という格好。その中で、倉沢自身の持つ罪悪感、野球への未練…こうものが語られて行く。皮肉屋でいつも下らない会話で交わしている倉沢だけれども、そうだからこそ孤独感みたいなものがより強く感じられるのかな? という風に思う。そして、このラストは…。こういう形で落とすとは思わなかった…。
正直、この倉沢のキャラクターそのものだとがどう受け入れられるか、で好みが別れそう。下らない会話や、皮肉がちょっと滑っている感もあるし(それが孤独感を演出しているといえるし)。物語の本編にはあまり関わらないけど、田中のキャラクターは凄く良い(笑)
(07年3月2日)

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リカ
著者:五十嵐貴久
平凡な中年・本間が出会ったのはリカという女だった。最初は大人しかった彼女だが、やがて本間に対してストーキング行為を始める。 パソコン初心者の中年が、出会い系にはまっていく過程から始まって、リカとの出会い、ストーキング行為に怯えて・・・とテンポよく最初からグイグイと引き込まれた。個人的には、存在はハッキリしながらもリカの正体は不明、という辺りがミステリに転ぶか、ホラーに転がるか、というギリギリのラインで展開していくストーリーも上手い。
ただ正直、文庫化に伴って追加されたというエピソードは、蛇足に思えてしまった。そこが残念。
(05年2月13日)

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安政五年の大脱走
著者:五十嵐貴久

江戸幕府大老・井伊直弼によって、小藩の姫と藩士51名が、切り立った山頂の砦へ幽閉された。逃走までの期間は一ヶ月。藩士達は、決死の脱走を試みる。

正直なところ、私はあまり日本史に明るくないこともあるのだけれども、井伊直弼のキャラクターだとかにちょっと戸惑った。名君として名高い井伊直弼が、これじゃまるでバカ殿だ(苦笑)。
…というのはあるのだけれども、単純に「エンタテインメント作品」として考えれば、十分に面白い。タイトル、それに脱出の手段であるとかは、S・マックイーン主演の映画『大脱走』に影響されているのは間違い無いだろうが、幕末の日本という舞台、当時の武士達と言うキャラクター造形であるとかで、映画『大脱走』とは異なった味わいがある。こういうのもアリだろう。良いんじゃないだろうか。
(05年4月23日)

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1985年の奇跡
著者:五十嵐貴久

徹底的な管理教育が行き届いた小金井公園高校。部活動の時間も制限されていて、野球部は創設以来一度も買ったことの無い弱小部。選手もダラダラと遊んでいるありさま。キャプテンである岡村も、そんな部活でダラダラと過ごしていた。そんなある日、岡村と中学の時の同級生で、野球推薦で強豪高に行ったはずの沢渡が転校してきて…。

う〜ん…本当に五十嵐貴久という作家は芸達者な作家だと思う。サスペンスホラーの『リカ』、時代小説の『安政五年の大脱走』と来て、今度は青春モノですか。
今作も『安政五年の大脱走』同様に、ストーリーそのものに意外性はそんなに無い。細かいところではともかく、大筋の流れに関しては、大抵の人が予想できるんじゃないだろうか? 1985年という時代、徹底的な管理教育という中で落ちこぼれの弱小野球部員が、夢を見て…というのは、ある意味で青春モノの王道だと思う。そして、その王道の物語を十分に堪能できるだけの文章力もある。お約束の物語ではあるんだけれども、上手く料理されていると思う。面白かった。
…が、どうにも、あざとく感じてしまう部分があるのと、最後のエピソードが思いっきり蛇足という感じ。その部分、ちょっと減点。
(05年7月5日)

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交渉人
著者:五十嵐貴久
深夜のコンビニに押し入った3人組の強盗。非常線のしかれる中、彼らは総合病院に立てこもる。800人体制で、病院を取り囲む中、警視庁はFBI仕込みの交渉人を送り込み犯人グループとの交渉を開始する。
序盤のコンビニ強盗から始まって、交渉開始、そして犯人の追跡までの流れはなかなか良い。多少、内容説明の教科書的な部分はあるにしても、緊迫感あるやりとりだとかは十分に引きつけられるものがある。素直な直球勝負の心理サスペンスと言った感じで面白かった。
…が、最後のどんでん返しが何とも…。序章あたりに一応の伏線はあるのだが、その結論に至る伏線と言う意味では不足感が否めない。また、動機だとかに関しても唐突感が否めない。直球勝負だと思っていたら、実は変化球だった、というだけならまだしも、どうもそれが取ってつけた感じがして仕方が無い。「上手く出来過ぎている」とは言えるかもしれないけれども、素直に直球勝負であって欲しかった。
(05年7月13日)

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Fake
著者:五十嵐貴久
探偵業を営む宮本の元へ舞い込んだ依頼。それは、学業の全くダメな息子を何とか芸大に入れて欲しい、というものだった。美術の腕はあるが、普段からボーっとしている息子・昌史。宮本は、かつて、自分の甥を大学に入れたのと同じカンニングを行うことに。だが、それは罠だった…。
他の作品の感想でも書いた気がするんだけど、五十嵐貴久っていう作家は、どんなジャンルでも器用に仕上げてくるなぁ…という印象。本作では、前半は、カンニングを巡るやりとり、そして後半は10億円を賭けたポーカー。緊迫感とギャグを絶妙に織り交ぜたやりとりの中でどんどん読まされてしまった。
相手は「石橋を叩いて壊す」というくらいに慎重であり、なおかつ人を騙すなどの行為にかけては天才的な才能を持つ男。そんな男を相手にして上手くいくのかよ…という形で進み、最後の最後でのどんでん返し。なるほど、これは上手い、と思った。
何か、聞く所によると、この作品は、映画『スティング』へのオマージュということで、そちらを見ていると、オチも予想できてしまうらしい。が、映画に関しては全く疎い私は、素直に楽しむことができた。よくよく考えると、ツッコミどころはある(例えば、この後、皆はどうするんだろう? とか)。けれども、全体としてはよく出来た作品じゃないかと思う。
(05年10月22日)

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TVJ
著者:五十嵐貴久
コンピュータ管理されたツインタワー。そこにあるテレビ局が武装した男たちに占拠された。犯人グループと警察の駆け引きが続く中、ひょんなことから拘束から逃れることが出来たOL、由紀子は、人質にされた婚約者を救うため、一人奔走する。
なかなか面白かった。
銃火器とかにも無知で、しかも、腕立て臥せだってできない、というひ弱な女性である由紀子が、屈強な戦闘のプロ達を翻弄していく様はよくよく考えれば無茶苦茶だ。ご都合主義と思える部分も多々ある。でも、気にしない(笑) それを気が気にならないだけの勢いがある。テンポの良さだとかで十分にそれはカバーできている。
個人的に好きなのは、由紀子の活躍よりも、犯人グループの狙いであるとか、はたまた、犯人グループのリーダー・少佐と警察の交渉人・大島とのやりとりの方。本庁との板ばさみになりながらも犯人と渡り合う大島と、壮大な要求の下に隠された犯人の真の目的。この辺りがとても面白かった。
リアリティという意味じゃ、色々とツッコミどころはあるのかも知れないが、こういう作品も十分にありだと思う。少なくとも、私はこういう作品、好きだ。
(06年4月3日

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