重力ピエロ
著者:伊坂幸太郎
兄・和泉。弟・春。春は、性に対して強い抵抗感を持っていた。春は、母がレイプされたことによって生まれたからだ。そんな兄弟が大人になった頃、事件は始まる。次々と起こる放火事件。その前に現れるグラフティアート。遺伝子のルール…。
いきなり変な話なのだけれども、これ、読んでいてずっと頭の中にある作品が浮かんでいた。その作品の名は『世界は密室でできている』(舞城王太郎著)。いや、伊坂氏の作品と、舞城氏の作品、作風は全く別物だし、内容だって大違い。なのに、理屈抜きで「似ているなー」と感じたのだ。
曖昧な表現が続いて、我ながら苦笑ものなのだが、何とも掴みどころのない作品だ。形だけで見れば、紛れも無くミステリー作品。しかし、どう考えてもミステリーというものは、形を提供しているに過ぎない。実際、ミステリーとしてだけ見ればかなり荒唐無稽だし、サプライズと言うほどサプライズがあるわけでもないのだから。そんな形を用いて扱うのは、家族の絆というテーマ。
主人公である兄の和泉。母がレイプされたことで生まれた弟・春。癌におかされた父。遺伝子、哲学、そんなものを盛り込みながら語られるのは親子とは何か、家族とは何か? その絆とは? 言葉にして書くと、非常に重々しいものになりそうなところだが、実にあっけらかんとそれらが語られる。重いどころか軽い、と感じてしまうくらいに。そして、真実がわかったときに彼等が取った結論…。
結局、こうやって何とも言えない感想を書き連ねて、なおかつ最終的に爽やかに感じた、というのが、『世界は密室でできている』と同じような感想を抱いた最大の理由なのだと思う。何か、この作品の感想なのだか、舞城王太郎氏の宣伝なんだか良くわからなくなってしまったが(ぉぃ)、本作が魅力的だと言うことだけは、最後に記しておこう。
(06年7月12日)

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アヒルと鴨のコインロッカー
著者:伊坂幸太郎
「一緒に本屋を襲わないか?」。引っ越したアパートの隣人・河崎は初対面で僕にそう持ちかけてきた。目的は1冊の広辞苑。何故か僕は、モデルガン片手に本屋の裏口に立ってしまうことになった…。
昨年末に買った(それも、大晦日の午後(笑))時には、ここまで読むのを遅らせるつもりは無かったのだが、なかなか読み始めるきっかけがなくてここまでずれ込んでしまった…。もっと早い時期に読みたかったんだけどなぁ…。
物語は、「僕」こと椎名が語り部となる「現在」と、琴美が語り部となる「2年前」のパートを交互に重ねる構成。突如として、本屋襲撃ということに参加させられるハメになった僕と、「連続動物殺害事件」を気にしつつペットショップに勤め、ブータン人・ドルジと暮らす琴美。両者を繋ぐ河崎という存在…。
いきなり本屋襲撃という突拍子も無い始まりをし、飄々とした河崎のやりとりをしながらも読み取れるのは2年前に「何か」があったという予感。そして、それは良くないことであるという予感。それは読み進めれば読み進むほど強くなる。しかし、なかなか繋がらない。そして、2年前と現在の河崎の間に何があったのか…と、むしろ謎が深まって行き…終盤で明かされる。
この構成からして、この仕掛け自体はある程度予想がつく。しかし、そこで話が終わらないのが、この作品の凄いところだろう。むしろ、そこで明かされることで、新たな謎が提示され、そして登場人物たちの想いが鮮明に描かれる。仕掛け無しでも伝わった、と言われるかも知れないが、これがあったからこそ、だと思う。
序盤のやりとりからは想像できない切なく救いが有るとも言い難いストーリー。しかし、何故か残る爽やかさ。いや、本当、もっと早く読むべきだった。
(07年1月28日)

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チルドレン
著者:伊坂幸太郎
「短編集のふりをした長編小説です。帯のどこかに"短編集"とあっても信じないでください。」と書かれた作品。いや、何の内容紹介にもなっていることはわかっているんだけれども…これの内容を紹介するのはなかなか難しい。
冒頭に引用したように、作品としては、鴨居、永瀬を中心を描いた3編と、家裁調査員の武藤を中心に描いた2編の計5編。その双方に共通するのは、陣内という男。
まぁ、この陣内のキャラクターが強烈。やたら断定調にモノを言い、予測不能の行動、さらにとにかくやかましい。けれども、不思議と憎めない。そんな陣内の言葉は、キャラクターのイメージ通り、適当そのものという感じなのだが、何故か結果論で、そのとおりになってしまう。この不思議な感覚を、こうやって文章で記すのがとにかく難しい。印象としては、『陽気なギャングが地球を回す』の響野をさらに強烈にしたような感じがした。どっちにしても、周囲の人は疲れるだろうな…それなりには楽しいと思うが(笑)
「短編集のふりをした長編」というのは、何かわかる気はする。特に終盤2編の繋がり方は絶妙とでも言うか…。
うーん…やはり、これをどうのこうのと書くのは難しいな…。とにかく、読んでみて、面白いから。という言葉で締めておこう。
(07年6月5日)

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グラスホッパー
著者:伊坂幸太郎
暴走車による事故で妻を喪った鈴木は、復讐のため、仇敵・寺原の父の経営する非合法企業「令嬢」へ潜り込む。だが、そんなとき、目の前で仇は殺されてしまい、その犯人「押し屋」を追う羽目に…。他者を自殺に追い込むという特技を持つ殺し屋「鯨」は、その事故を目撃する。ナイフ使いの殺し屋「蝉」は、ひょんなことから「押し屋」を奪い取ろうとする…。
文庫の帯には「伊坂幸太郎、最大の問題作」なんていう文字が躍っているわけなのだけれども、確かに、これまで読んだ作品とは、趣の異なることは事実。これまで読んできた作品の主人公(の一人一人)だって、泥棒やら強盗やらといて、主人公が殺し屋であっても意外とはいえない。けれども、これまで、そういう職業犯罪者たちであっても軽妙なトーンで描かれるのに対し、本作の主人公たちはあくまでも淡々と目的のために動く。それまでの軽妙さとは、一味違っている。
妻の復讐のために冷酷になろうと決めた鈴木。けれども、やっぱり彼は普通の人間であり冷酷になりきれない。そして、物語全体を通して、完全に道化役になってしまう。確かに、間抜けさがあることは否めない。けれども、それが普通の人間なのではないか、という風にも感じる。
反対に「強い」はずの殺し屋たち。人を自殺に追い込む能力を持つ鯨には、自分が自殺に追い込んだ者の幻に悩まされる。そこからの解放のために「押し屋」を探し、動く姿に一種の「人間らしさ」を感じさせる。良心の苦しみを感じずに人を殺せる蝉。上司からの自由を巡って一直線に動く彼には、その一直線さに若者らしさみたいなものを感じさせる。「強い」からこそ、人間離れしているからこそ、より「人間らしさ」を感じさせるのかもしれない。
そして、趣が異なろうとも、ちょっとしたところでの部分部分が、終盤で伏線になっていたのだ、と感じさせるあたりには相変わらずの巧さを感じさせてくれる。その辺りには、らしさ、が溢れている。
物語の結末にも救いがあるとは言い難い。ただ、その辺りも含めて、何とも言えない余韻を残してくれる。
(07年8月20日)

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みんな誰かを殺したい
著者:射逆裕二
相馬文彦は、離婚した妻との関係を考えていたその時、目の前で殺人事件が起こるのを目撃する。町村寄子は、傷心自殺を止められ、変える最中、危険な運転をする車に遭遇。その後、その運転手が相馬の見た殺人犯ということを知る。塙研一は、あるひょんなことで知り合った男に、愛人の死体の処理を求められる…。
とにかく軽妙なタッチの文体と、テンポの良さ、そしてもどかしさが魅力。
私が本作を評するならば、そこに尽きるかと思う。タイトルの通り、本作に登場する人々の多くは「誰かを殺したい」という思いを抱いている。そして、その出発点となるのが、冒頭の事件。事件を起こしたい、と願うそれぞれの思惑、計画はわかる。それを捜査する警察の側の視点もあり、進展状況もまたわかる。初めからわかりきっている。けれども、それぞれが集約されたことで、全体像が闇に包まれてしまう。この妙なもどかしさが良い。繋がっているはずなのに、なぜかチグハグ感がずっと残って読ませてくれる。とにかく、読んでいる最中、ずっともどかしいのだ。
ただ、一方で欠点もまた多い、と感じたのも確か。まず、多くの人物が複雑に絡み合っている為、その整理をするのが一苦労。そして、そのいくつかは中盤で舞台を降りてしまい、後半はどんでん返しの展開になるのだが、何かとってつけたような感じがしてしまった。特に最後のものは、ちょっと強引かな? と。この辺りがどうしても気になった。
ただ、それでも惹かれるものは感じた。
(06年10月28日)

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殺してしまえば判らない
著者:射逆裕二
職を辞し、かつて自殺した妻の療養のために住んでいた伊豆の家へ越してきた首藤。妻の死因に釈然としないものを感じていた彼は、近所のレストランで女装の中年男性・狐久保や新人ウェイトレスの順子と出会う…。
氏のデビュー作『みんな誰かを殺したい』もそうなのだが、とにかくテンポの良さとやりとりの軽妙さが抜群。
物語としては、妻の死から始まって、隣人の自殺、さらに殺人事件…と、主題になりそうなものがまずめまぐるしく動いていく。そんな中で行われる首藤と狐久保のやりとり。この二つがセットになって、読む側としては、非常にスラスラとテンポ良く読める。しかも、何かをにおわせる東京の事件があったりで、色々と思わせぶりに広がっていき、終盤にはどんでん返しも続く。そういう意味で、最後まで飽きさせずに楽しく読ませる作品なのは確か。
ただ、読み終わってから考えると、結構、「あれ?」と思う部分も多い。最後に真相は明かされ、それによって全てがキチンと説明され、破綻もない。そういう意味では問題ないのだが、どうも伏線などが弱く、探偵である狐久保が独自に持っている情報で「これが真相です」とされてしまうような印象が強いのである。つまり、後出しジャンケンされて負けたような、そんな感じがするのである。その辺りが、どうにも気になってしまった。
でも、楽しいかどうか、で言えば、十分に楽しい作品だったのは確か。気楽に読むには、丁度良いのではなかろうか?
(07年11月8日)

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情けは人の死を招く
著者:射逆裕二
幼い頃から敬虔なクリスチャンの母から、「困っている人を助けなさい」といわれ育ったボク。けれども、それはいつも裏切られてばかり。今日も、自分の前から姿を消した恋人を追うことにした矢先、昔、助けた女性と出会ったことで邪魔されてしまう。けれども、それがボクを事故から救ってくれたことで、その女性と恋に落ちることに。そして、彼女・順子と共に向かった湯河原のリゾートマンションで事件に…。
『殺してしまえば判らない』の女装の探偵・狐久保の登場するシリーズ第2作。
相変わらず、狐久保のキャラクターが強烈。前作でも登場した自称・オペラ歌手の舟木、さらに、男装の元タカラジェンヌ・マド様と加わって「世紀末トリオ」を結成。この3人のキャラクターだけでかなりのものを持っていかれている気がする。
物語としては、結構、お約束な部分が多い。ボクが順子と向かったリゾートマンション。オートロックで仕切られたそこには女装マニアの狐久保などの強烈な個性を持つ人々、さらには、多くの著名人が「常駐」しており、そして、内部で細かないさかいはありつつも一つのコミュニティを形成している。そんなときに殺人事件が…と。
真相が明らかになると、結構、トリックそのものはシンプル。あっと驚くというよりは、「そうだよね」と言うような部分が強い単純なもの。ただ、逆にそういうものだからこそ、破綻もなく綺麗にまとめられている。前作では、探偵の狐久保が独自に持っている情報で…と感じる部分があって不満だったのだが、本作については、その辺りもしっかりと情報が読者に伝えられていてフェアさも感じた。「世紀末トリオ」の強烈なキャラクターと、小粒かも知れないけど、しっかりとしたトリックは評価できるんじゃないだろうか。
不満があるとすれば、むしろ、事件に関係ない部分かも。冒頭の内容紹介のところで、「かつての恋人」云々とかを書いたが、実は中盤にその辺りについても進展がある。進展があるのだが、全く本編に関係なく、アッサリと処理されていたりして、何のためにこれを入れたの? と感じる部分があったりする。この辺りは削って、もっとスリムにしてもよかったのではないだろうか?(作品自体、決して長大な作品ではないが) その辺り、どうなのかな? と言うのはどうしても余分に感じられてしまう。
キャラクター中心の小説、と言ってしまうえばそうだが、個人的には前作よりも好き。
(08年1月9日)

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猿丸幻視行
著者:井沢元彦
民俗学を先行する大学院生の僕は、製薬会社からのオファーで新薬の実験に付き合うことになる。その新薬とは、過去へと旅立つことが出来るようになるというもの。猿丸額なる暗号文の謎を巡り、民俗学者・折口信夫の時代へと遡る…。
第28回江戸川乱歩賞受賞作。
なんか、色々な要素がとり込まれている作品というのがまず第一だろうか。ま、冒頭のSF作品のような部分はともかくとしても、次々と現れる暗号解き、殺人事件、さらに、その中心となる柿本人麻呂と猿丸大夫を巡る考察…と貪欲に様々な要素をつめ込んできたな…という感じである。
やはり、この作品の魅力は歴史ミステリとしての味わいだと思う。柿本人麻呂を中心にする文献の解釈、そして、そこに関連して次々と現れる暗号解きの魅力が素晴らしい。既に発表から25年以上の時を経ており、新たな文献などが発見されているのかも知れないが、この解釈論であるとかを非常に面白く読み進められた。
ただ、序盤のSF要素、終盤になって出てくる殺人事件(と、そのトリック)はそこに比べるとちょっと弱いかな? という感じ。ま、破綻とかはしていないから良いのだが、無理に入れるほどのこともなかったかな? と思わざるを得ない。逆に言えば、そのくらい歴史ミステリとしての部分が完成されている、とも言えるわけだが。
歴史、日本史なんていうものが好きな人は間違い無く楽しめる作品だと思う。
(06年5月19日)

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風のターン・ロード
著者:石井敏弘
1年前、刺殺されたのは蒸発した母の産んだ娘だった。妹を殺した犯人を探し、カメラマンの芹沢はかつて過ごした神戸へと帰ってきた。現場であるバーの関係者から話を聞き、調査を進める芹沢だったが、再び事件が発生する。
第33回江戸川乱歩賞受賞作。
まずは、良いところから。これは、散々、作品紹介にも書かれているんだけど、バイクで疾走するシーンじゃないかと思う。私は、あんまりモータースポーツに詳しいとは言えないので、どの程度のレベルかは判断できかねるのだが、かなりこだわりを感じた。迫力もあると思う。
が、全体的に見れば、あまり出来が良いとは思えない。まず、良いところ、と書いたバイクの疾走シーンなのだが、事件の方とは一切関係が無い。メーカー名だとかを出してのこだわりは感じるのだが、本編に一切関わってこないところでのこだわりは、興味の薄い読者にはちょっと辛い面もある。また、事件に関しても、真犯人の動機はともかくとして、大きく関わるある人物の行動の理由が不明だ。全体的な人物描写、人間関係も最初からちょっと人工感が否めないし。そして、ある意味では一番大きな部分かもしれないけど、なぜ主人公・芹沢は妹の事件の真相を探ろうとしたのだろう? (作品が始まった時点では)面識の無い戸籍上の肉親というだけだし、作品を読み終えてもそこまで事件を探る理由がわからないのだ。どうもその辺りのチグハグ感がぬぐえなかった。
完成度という意味で、ちょっと劣る気がする。
(05年12月20日)

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縦に書け!
著者:石川九楊

最近は、自分の主張を訴えるための道具として、凶悪事件や衝撃的な報道による脅し、そして、似非科学へと接近する、という例が極めて多いように思う(ただし、私がそう感じているだけであって、正しいかどうかわからない)。この書もそんなパターンを踏襲している書の一つである。

著者の言う、日本語は歴史的に見ても縦書きを前提とした文字であり、縦に書くのが自然だし、美しい、という主張は正当だと思う。また、止め・はねなどを学ぶためにも、習字を、という意見に対しても反対する理由はない。その辺りは良いのだ。だが、その手段として用いている論理がおかし過ぎるのである。
著者が、PCやケータイが悪い、という論旨は以下の通りである。
「あきがくる」という言葉を例に取るなら、ローマ字変換の場合、まず「AKI GA KURU」と打ち、「あきがくる」としたあと、今度は「あき」が「秋」か「飽き」か「空き」か…と選択する。そのプロセスで余計なストレスが生じるから良くない。直に言葉を書くのであれば、「秋が来る」と書こうとし、さらに書く際に「いや、秋よりも、冬…などと論理的思考が働く」というのである。最初のローマ字から平仮名へ、はともかく、「秋よりも冬…」などというのは「論理的思考」によるものなのだろうか?
さらに、著者は、最近の若者は社会のと遠近感がおかしいとも嘆く。それを著すのが横書きで、横書きは私的な内容になりやすく、縦書きは客観的内容になりやすい、というのだ。だが、自分の教えている学生33名への実験で言われてもねぇ。しかも、若者に吃音や赤面恐怖症が少なくなったのも、遠近感がおかしいせいだ、といわれたのではもはや著者の神経を疑うしかない。そのような症状に苦しむ人々などどうでも良いのだろう。
著者によれば、横書きで、しかも、キーボードによって直接文字を書かないことが、凶悪事件などにも繋がっている、としているのだが、だったら、ちょっとデータを調べれば面白い結果が出ると思うのだが。PCやら携帯電話やらが、一般過程にまで普及したのは、たかだかここ10年程度のことである。それまでは、使用している人というのは、職業・収入などに偏りがあったはずであろう。となれば、当時の凶悪事件を起こしていた人たちの多くは、その偏った層から出ていた、という結果が得られると思うのだが。勿論、そんなデータはない(はず)だし、著者は調べてもいない。
キーボードによる文章作成はノリで書いてしまうが、紙に直に縦書きで書けば自制が働く、という。だが、全く調べていない上の例もそうだし、ゲーム脳をそのまま載せてしまったり(しかも、文中、ゲーム脳理論では悪そのもののα波増大を良いことする文章まである)、はたまた「不充分なデータのような記事が多い」と自ら批判する新聞記事の「見出し」を根拠に話を展開してしまう。そうなるとどこに自制が働いていたのが甚だ疑問である。著者は「パソコンなどは使わない」と言っているので、縦に手書きで原稿を書いているはずなのだが。
(05年10月14日)

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死都日本
著者:石黒耀
宮崎県日南地方を襲ったプレート型地震。この地震により、プレートに溜まったエネルギーは散り、大地震の危機は去った…はずだった。だが、その日を境に、九州南部に群発地震が発生する。そして…。宮崎の大学で防災、それも主に火山について講義している黒木は、政府のある作戦のメンバーとして選出される…
第26回メフィスト賞受賞作。
うーん…これは、ジャンルとすれば、パニック小説というか、災害のシミュレーション小説というか、そういうものだろうか?
九州・霧島山地で起こる破局的噴火。一瞬で周囲の都市を壊滅させ、火砕流・土石流が南九州の都市を破壊する。吹き上がる噴煙により、九州を中心として西日本は闇に包まれ、各地に火山灰が降り注ぐ。そして、日本経済も破綻へと向かう…。
破局的噴火の持つ圧倒的な破壊力の迫力は確かであるし、学術的な説明が連呼されながらも文章そのものは実に読みやすい。そして、イザナミ・イザナギなどの日本の神話、世界各地に伝わる伝説などを「火山」として説明していく試みも面白いと思う。そういう意味では、なかなか面白く読めたな、というのは確か。
ただ…これは、「小説としての面白さ」なのか? という疑問がどうしても浮かんでしまう。つまり、物語としての面白さではなくて、雑学書とか、そういうものを読んでいる時に感じる面白さみたいな部分が強いのである。逆に主人公・黒木が宮崎県内をウロウロする、とか、そういう描写はそれほど面白いわけではないのだ。しかも、その様子を見て動く首相・菅原の行動であるとか、海外とのやりとりだとかが、あまりにご都合主義的・ウソっぽくて余計にそれが強調されてしまう感じがする。
多分、黒木とか、政治とかの作戦とかをなくして、雑学書として書かれた本であれば、「面白い」と手放しで絶賛できたと思う。けれども、「小説として」考えると、ちょっと違うような気がしてならない。
(07年9月2日)

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日曜日の沈黙
著者:石崎幸二
2年前、密室で死んだ作家・来木来人が遺したという「究極のトリック」。「お金で買えない」というそのトリックを探るために企画されたミステリィナイトにやってきた石崎は、ミリアとユリ、2人の高校生と出会い、彼女らと調査を開始する。
第18回メフィスト賞受賞作。
自分で冒頭部分の文章を書いておいて何だけれども、これだけ読むと「いかにも」な本格推理モノのように見えるんだけど、むしろアンチ本格。推理に殆ど興味を示さず、ミステリィナイトに熱中する人々をバカにするミリアとユリ。そして、彼女らの保護者役をする羽目になってしまった石崎。その3人の軽妙な(軽妙過ぎて、ある意味では痛々しくも感じる)やりとりを中心に話が進む。
正直、この作品のトリックだとかそういうものは、無理やりだなぁ…と感じるところもある。けど、もうここまで徹底的にやってくれればそれはそれでOKと感じてしまう。良くも悪くもメフィスト賞作品らしい作品だと思う。
(05年9月19日)

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あなたがいない島 本格のびっくり箱
著者:石崎幸二
石崎の会社に乗り込んできたユリとミリア。二人は、ミステリィ部で合宿をしよう、とある企画に応募したことを石崎に告げた。二人が見せたのは、一枚の募集要項。「心理学の研究のため、無人島で生活をしてもらいます。あなたが持っていけるのは1つだけです」というものだった。
『日曜日の沈黙』の続編。
前作もそうだったけれども、今回もいわゆる本格モノのお約束を過剰に持ちこみ、それっぽい形にしながら少しずつ外れて行く。そして、登場人物たちも、その舞台設定そのものに疑問を感じて行く。無人島、というのに、快適以外に言葉が見つからない環境。けれども、どこかに違和感。本当にこれは心理学の研究なのか…。発想の転換が聞いていて、なるほどな、と思わされた。
と、同時に、前作同様、作品を彩るのが石崎と女子高生2人の軽妙なやりとりも健在。ただ、ここはある意味、評価が分かれるかもしれない。ボケに次ぐボケ、話のボリュームの大部分は、この3人のやりとりが占めており、これをどう感じるかが楽しめるかどうかのポイントだと思う。人によっては、悪ノリが過ぎる、と思うかもしれないし。むしろ、そっちが大事かも。
(05年11月25日)

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長く短い呪文
著者:石崎幸二
相変わらずミリアとユリに振り回される日々を送る石崎。夏休みも終盤に差しかかったある日、ミステリィ研の後輩・まみから、友達・美希が「呪いを解きたい」と実家に帰ってしまったという話を聞く。補習のため、学校を離れることが出来ないまみに代わり、石崎・ミリア・ユリの3人は、美希の実家がある岐城島へと向かう。
この作品のテーマとなるのは「呪い」。極めて「科学的」「常識的」な考え方をする美希がこだわる「呪い」の正体。そして、この物語の真相…と「呪い」の扱い方が上手いな、と。ミステリとして、こういうやり方は基本的なところではあるんだけど、そこがしっかり抑えられている、という風に思う。と同時に、「呪い」というものは、どういうものなのか、という考察も面白い。というか、私も同感。
とは言え、この作品、やっぱりメインはギャグだろうと思う。何せ、新書版で220頁あまりなのに、本題に入るのは40頁目くらい。それまで、延々とミステリ研でのやりとりだとかが続くわけだから。小野妹子は叙述トリック、とか、結構、笑ったわけだけど、この辺りのノリがポイントになるのは避けられないだろうし…。ある意味では痛々しいとも言えるやりとりをどう捉えるか…。合わない人にはとことん合わないと思うし。もっとも、シリーズ3作目になるわけだから、既に大分絞られているとは思うが。
…というか、ユリとミリアの(無駄な)知識、絶対、高校生じゃねぇよ…。
(06年3月10日)

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袋綴じ事件
著者:石崎幸二
いつも通り、ミステリィ研の指導(?)に向かう石崎は、学校に着くや否やミリアとユリに連れ去られる。二人のクラスメイト・仁美の父であり、研究者である新堂博士が八丈島に住んでおり、その研究所に同行して欲しいと言う。だが、台風によって閉じ込められた研究所で、新堂博士が襲われる事件が起こり…。
「密室本」ならではのド本格! ってほどの、本格ではなかったような…。しかも、密室本といっても、別に密室の謎を解く、とかじゃないし。けれども、確かに密室は十分に生きているし、それを端緒にした終盤のどんでん返しの連続は見事なんだよな…。
作品としては、これまで通りの石崎作品。相変わらず、ミリアとユリに振り回され、バカにされなる石崎の奮闘劇、というような形で描かれるドタバタ劇。相変わらず、やたらと狭いストライクゾーンにビシバシと剛速球を投げ込んでくるし。絶対、このギャグでファンの幅を狭めているよなぁ…(笑) それが良いところだとは思うんだけど。
最初にも言ったけれども、密室本といっても、密室トリックがどうのこうの、ではない。けれども、このひっくり返し方とかは、非常に面白い。どちらかと言うと、ギャグありきでトンデモミステリーみたいな要素が強かったこのシリーズではあるものの、本作はギャグ無しでも十分に成り立つ完成度を持っていると思う。
新書版で164頁とかなり短いのだけれども、十分に楽しめた。…けれども、やっぱりシリーズ読んでいないと辛いかも。
(06年9月30日)

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