リスク
著者:井上尚人
3編の作品を収めた短篇…というか、中篇集。
急死した父が、インターネット証券で株をやっていた。ギャンブルなどには一切縁の無かった父が何故? 洋二は、父の真意をしろうと自らも株をやってみることにするが…。(『お金持ちになる方法』)
社員寮の取り壊しが決まった。そこで、家を買おうと立ち寄った住宅展示場。妻はすっかり家を買うための「モード」に入ってしまい、色々と調べて行くのだが…(『住宅街』)
業績の悪化した機械メーカー。ロボット開発をしていた弘文は、リストラ要員として出張所とは名ばかりの倉庫への異動を命ぜられ。(『十五中年漂流記』)
以前、同著者の『T.R.Y.』を読んだことがあり、同じようなものを想像していたら全くの別物だった。それぞれ、普通のサラリーマンが、日常生活の中で物事のリスクなどに直面していく…という物語。リスクということで、株式投機、ローン、リストラなどと言ったものが中心ではあるんだけれども、その中に、政府の政策であるとか、はたまた日本の昔ながらの企業体質だとかの批判なども含まれていて、社会風刺のような側面も強い。適度なユーモアを交えながらテンポ良く進むので凄く読みやすいし。
ただ、ちょっと株式投機だとかのところで、本当に教科書をそのまま写しました…という感じの説明口調になっているところがあるのがちょっと気になった。と言っても、それほど大きな減点材料だとは思わないが。
作風は大分違うけれども、面白かった。
(05年12月3日)

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C.H.E.
著者:井上尚人
リベルタの旅行会社で働く大友彰は、謎の老女・マリーナの依頼を受け、同僚のヤザワ、日本人旅行者の智恵と共に出発する。だが、マリーナは警察軍にマークされた存在で、一行は逃走劇に巻き込まれることになる。その頃、元新聞記者・ビオレッタは、失踪した幼馴染のパトリシアの捜索をするうち、5年前に姿を消したある歌手について調べていたことをつきとめる…。
読み終わってまず思ったのは、「意外と普通だった」ってことか。というのは、以前読んだ『T.R.Y.』は、終盤、着地点がわからなくなるほどのどんでん返しに次ぐどんでん返しだったため、構えていたもので。
物語としては、基本的に大友とビオレッタのパートを中心に、様々な立場の人々が交錯する格好。で、大友のパートではいきなり逃走劇に突入して、後半までひたすらその展開に。一方のビオレッタはごくごく普通の調査。とにかく、これがなかなか交錯してこない。どこかで繋がるんだろう、どこかで繋がるんだろう、と思わせておきながら後半まで全くそれがわからない。街に流れる曲であるとか、なんとなく繋がりそうなキーワードはあるのに、掴ませてくれないもどかしさが楽しいやら悔しいやら。
日本や欧米によるODA。それによって肥えていく財閥、軍事政権。そういった社会問題、さらにはチェ・ゲバラの生涯なんてものを織り込みつつも、きっちりとエンターテインメント作品として作り上げている辺りは好感が持てた。
ちょっと終盤の展開が弱いかな? という感じはするけれども、全体を通して考えれば十分に楽しめた。
(06年9月12日)

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T.R.Y. 北京詐劇
著者:井上尚人
辛亥革命から4年。上海でいつもながらの稼業に精を出す詐欺師・伊沢修。彼の元へ現れた男は、かつて共に仕事をした革命家・関虎飛の命を救うためにも、と伊沢に仕事を持ちかける。ターゲットは、中華民国大総統・袁世凱…。
これかいていて、そう言えば『T.R.Y.』の感想ってうちのブログで扱っていなかったんだな、というのを思い出した。前作も、その後の日本史を彩る人物が次々と現れ、その中をかいくぐる伊沢の活躍が描かれていたわけだけれども、今回も、今回はそれ以上にスケールの大きな物語。
清朝末期の乱世の中、策略・謀略・裏切りを繰り返しながら中国の最高権力者の地位まで上り詰めた袁世凱。その袁世凱を失脚させるための策を練る伊沢。あまりにも現実が見えすぎるが故に、同調者の限界を肌で感じ、現実的な方向へと動いてきた袁世凱と、自分自身は現実主義者でも、周囲は理想しかない革命家に囲まれて動く伊沢という構図そのものが面白い。また、料理人を目指す少女・江燕も、もう一人の主人公かも。
今作について言うと、前作のように終盤のどんでん返しにつぐどんでん返し…のようなひねり方はなく、比較的安定した着地を迎えた感じがする。ただ、それは悪いことじゃなくて、前回の場合は、あまりにもそれがひねりすぎていて、ややもすると混乱しそうになっていただけに、これでかまわないんじゃないかと思う。
終盤になって江燕の出番が突如、殆どなくなってしまったり、愛鈴の登場する必要性があまり感じられなかったり…とか、多少、気になるところはあったものの、テンポの良さなんかも相変わらずだし、面白かった。
しかし、なんで井上尚登氏の描くおばあさんって、こんなに魅力的なんだろう?(笑) 喜八さんはあまり出なかったけど、今回は楊さんがすばらしい活躍だったし。
(07年4月27日)

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パワー・オフ
著者:井上夢人

この作品が連載されていたのが94年、単行本として発行されたのが96年だから既に10年近く前の作品ということになる。機種などを含めたインフラ関係が古く写るのは致し方あるまい。

この作品で扱われているのは、ネットワークを通じて繁殖するコンピュータウィルス。これだけ古い作品でありながら、その対応に追われる人々、反応などは共通するものがあり、同じくコンピュータを扱う(と言っても、ネットをしたりするだけだが)立場で見て共感できた。オンライン小説を主催するなどして、深く関わっている著者だからこそ書けたのだろうな、と思う。

ただ、自ら繁殖し、進化するウィルスという辺りは、(今後できるかも知れないが)現段階では、SF的なイメージから抜けられず、SFとしてはやや現実的すぎるきらいがある。その辺りがどうか・・・。
(05年1月17日)

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オルファクトグラム・上
著者:井上夢人

姉を殺した犯人に殴られ、目がさめた片桐稔は、異常な嗅覚を持つこととなった。犬のように僅かな臭いをかぎわけ、しかも、それを視覚的に(?)感じることができる。稔はその嗅覚を持って、失踪した同じバンドのメンバーと姉を殺した犯人を探そうと試みる。

とりあえず、上巻を読んだ時点での感想。
異常な臭覚を持ってしまった稔の戸惑い。臭いだけで、モノがわかってしまうこと。そのために、周りから奇異に見られてしまう行動…。そんな様子が比較的コミカルに描かれている。ところどころ、事件を起こしている「彼」の描写があるし、事件そのものはややエグい感じはするのだが、稔の方のコミカルなやりとりのおかげか、そんなにそれを感じることなく読んでいけた。
とはいえ、上巻では事件の真相などは全くわからないし、稔と「彼」がどう結びつくのか、犯人とバンド仲間の失踪がどう結びつくのかは全く不明。これがどう言う風になるのか注目したい。
(05年6月19日)

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オルファクトグラム・下
著者:井上夢人
嗅覚の扱いを進めるにつれて、少しずつ視力を失っていく稔。だが、そんな中で起きた第4の事件によって犯人の正体を突き止める。だが…。
う〜ん…あんまり謎っていうような謎も無かった(笑) ただ、最後まで息を抜かせない展開はある。基本的には稔の視点で物語が進むわけだけれども、ところどころに入る犯人の視点によって、常識外れの相手に追い詰められる緊迫感が醸し出されていたりして、俄然面白みが増したように思う。
ただ、それならば、もう少し犯人の側の情報が欲しかったかな…という感じはする。序盤から、時々犯人の視点はあるんだけれども、あんまりにも犯人についてわからな過ぎたところは不満。「おかしい奴だから」って言ってしまえばそれだけなんだけど、なぜ事件を続けるのか、その方法を続ける意味は何なのか…そういうのが少し欲しかった。
ただ、それであってもこれだけの超大作ながら一気に読ませる作品っていうのはやっぱり面白かった、ということになるんだけど。
(05年6月20日)

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ダレカガナカニイル…
著者:井上夢人
目の前で進行宗教の教祖が焼死した。その瞬間、何者かの意識が俺の中に入り込む。記憶を無くしているそいつの招待は? そして、教祖が死んだ理由は?
岡嶋二人解散後、井上夢人名義で発表された最初の作品。
うん、面白い。多重人格(?)だとか、教祖の死の真相を巡る謎、恋愛、宗教…などなど色々な要素が詰まっていて、下手に料理をするとごちゃごちゃになってしまいがちなところなんだけれども、見事に調理されている。かなりの長篇ではあるんだけれども、井上夢人作品の良いところというか、一気に読ませるだけのリーダビリティもあるし。
ところで、別に作品としての評価を下げる要素ではないんだけれども、この作品の根幹となってくる新興宗教の教義(?)が、某宗教のそれにソックリなこと。井上夢人氏が住んでいる場所なんかから考えても、取材に行ったんじゃないかな? という風に思うんだけれども、そういうのでひいてしまう人はいるかもしれない…なんて思いながら読んだ。
(05年7月18日)

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もつれっぱなし
著者:井上夢人
6作品を収録した短篇集。
いや〜…この作品、本当に「凄い」作品だと思う。
この作品の特徴は2つある。1つは、全てが2人の人間の会話のみで構成されている、という点。会話が中心になっている小説、ではない、会話のみしか存在しない小説、である。そして、もう1つが、基本的な形は同じ、という点。全ての会話が男女の会話であり、全ての作品が「○○の証明」というタイトルであるように、一方が奇抜な事を言い始め、それをタイトルの通りに証明しよう…という会話となるのである。
これだけ形式が限定されると、ワンパターンな展開になりそうなものだが、全くそんなことはない。それぞれが、全く別のテイストを持っている。例えば、「宇宙人の証明」なんかは、完全にボケとツッコミの漫才のようなテイストだし、「四十四年後の証明」は、しんみりとした後読感がある。また「嘘の証明」なんかは、会話だけでありながら、嘘かどうかを巡るミステリ小説の持つような緊張感がある。会話だけで物語を作るには、会話の進め方、テンポの良さ、など1つ作るだけでも大変だと思うのに、それぞれに全く別にテイストを持たせる著者の文章力に素直に脱帽。
気軽に読める作品なんだけれども、それがこの作品の「凄さ」の証明なんじゃないかと思う。
(05年9月5日)

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プラスティック
著者:井上夢人

うーん…何とも書評を書きにくい作品だ。何故なら、何をかいてもネタバレになりかねないのだか。
作品は、フロッピーディスクに収められた54の文章ファイルという形で進行する。それぞれのファイルを書いた人物はバラバラ(同じ人物の書いた文章が複数…というケースもある)。時間軸も順番どおりなのかどうかわからない。文庫裏の説明には「アイデンティティーをきしませ崩壊させる導火線となる!」とあるのだけれども、まさにその通りで、次々と目まぐるしく変わる視点、現実に打ちのめされる。本当、全く先が読めないはず。

ま、途中から明らかなヒントが出始め、終盤に入った辺りで謎は解かれる。その意味では、この手の形態の作品を読みなれた人ならば、中盤くらいで読めると思うし、「なーんだ…」という感じも受けると思う。そこまで「驚愕の結末か?」といわれるとそこまでとは思わない。ただ、上手くまとめてあるな、という感じはする。構成の巧みさは十分に楽しめた。
(05年9月14日)

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あくむ
著者:井上夢人
5作の作品を収録した短篇集。収録作には、それぞれ色の名前が付けられている。
盗聴に嵌ってしまった男を描いた『ホワイトノイズ』。交通事故にあい、視力を失った画家を描いた『ブラックライト』。自分は普通の人とは違う「種」だという男を描く『ブルーブラッド』。不良の弟と優等生の兄を描く『ゴールデンケージ』。そして、仲の良い女性の夢に振りまわされる『インビジブルドリーム』。
「あくむ」のタイトルの通り、それぞれの物語の登場人物たちは「悪夢」のような体験をするようになる。そして、少しずつ自らのアイデンティティを失って行く。この手のストーリーは『クラインの壷』(岡嶋二人名義)、『プラスティック』辺りとも共通しているかもしれない。ページ数の限られた短篇ながら、その過程が見事に描かれていて、上手いと思う。
ただ、正直なところ、上手いんだけれども、同じような結末が続いていて、ちょっと…と感じるところはあった。その辺りで、ちょっとインパクトが弱いかな?
(05年10月8日)

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風が吹いたら桶屋がもうかる
著者:井上夢人
日本人って言うのは、王道と言うか、マンネリと言うか…が大好きである。時代劇、刑事ドラマなんかは完全に同一パターンが確立されているし、コメディとかそういうものだってある程度のパターンは存在する。勿論、同じことの繰り返し、と批判はあるのだろうが、だからこそ安心してみることができる、なんていうのも事実。本作は、そんな「お約束」にこだわった作品。
牛丼屋でバイトをするシュンペイは、2人の男と同居している。一人は自称・パチプロのフリーターの一角。もう一人が、超能力者…というか、低能力者のヨーノスケ。そんなシュンペイの元へもたらされるヨーノスケの超能力への依頼を扱った7篇。
冒頭で「お約束にこだわった作品」と書いたわけだけど、7篇、全て全く同じパターンで話が展開される。それも徹底的に同じ。何せ、話の流れを書くのは非常に簡単だから。
牛丼屋でバイトをしているシュンペイの元に、ヨーノスケの超能力を聞いた女性が訪れる。女性は依頼をヨーノスケに頼みこむ。ヨーノスケが、その依頼を受けるが時間が掛かる。と、そこへ文庫本を読み終えた一角が口を挟み、推理を行う。一角の推理を聞いた女性は確かめに出て行く。数日後、事件が解決するが、一角の推理は大ハズレ。と、ようやくヨーノスケが超能力で真相を語る。
みんなこのパターンである。もっと言えば、さらに細かいシーンまで同じ形を踏襲している。徹底的にワンパターンである。それでいながら、全く飽きないのだから恐れ入る。「理論破綻は無い」と言いきる一角の大外れの推理と言い何と言い、大きな制約の中での変化のさせ方が見事というほか無い。以前読んだ『もつれっぱなし』もそうなのだけど、制約を作りながらも全く問題なく読ませてしまうというのは、著者の腕があってこそだと思う。お見事!
(05年12月12日)

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クリスマスの4人
著者:井上夢人
1970年のクリスマスの夜、譲、潤次、百合子、絹江の4人は、コートにマフラー、不精鬚という格好の男を轢き殺してしまう。山中で目撃者もいないことから、遺体を処分し、彼らは逃げるのだが…。10年ごとにクリスマスに集う4人だったが、奇怪な出来事が起こり…。
いや、つまらないって言うわけじゃないんだ…。人を殺し、捕まることは無いものの、その罪悪感を常に持ちつづける4人。そんな4人の前に起こるその奇怪な出来事に恐怖する。何故? なんで? という謎が続き、結末は? と読みつづけたのも確か。
ただ、その結末が何とも…。なるほど、矛盾無くしっかりと構築されていることは確か。ただ、それでも…「ちょっとねぇ…」と感じる部分が残る。作中に、当時の時代背景だとかが入っているだけに、どうもこの形にされると、違和感だけが残ってしまうと言うか…。著者は恐らく、狙っているんだろうけれども…。
個人的にはちょっといただけないかな。
(06年1月17日)

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the TEAM
著者:井上夢人
盲目の霊能者・能城あや子。不可思議な現象から、社会事件まで百発百中させる彼女の霊視は実はインチキだった。彼女を支えているのは、仲間たちによる緻密な調査だった。そんな調査チームの活躍を描いた8編。
うーん…一つ一つの作品の完成度は高いと思う。他人の家に侵入してでも、対象について調べ上げる草壁。ネットのスペシャリストの悠美。あや子のマネージャーでもある鳴滝。さらに、あや子をインチキと暴こうとするジャーナリスト・稲野辺…と、それぞれのキャラクターは立っているし、サプライズという部分でも短編らしい形でまとめられているように思う。
ただ、あまりにも完璧過ぎない? 住居侵入でも不法アクセスでも何でも良いんだけど、あまりにも事務的に仕事が進み過ぎてしまっている気が…。実際には冷や冷やしながら調査を進めて行く…というような、そんな描写があっても良かった気がする。
全体的に見れば十分に面白いけど、物足りない…と感じるのは、過大に期待をしているせいだろうか?
(06年2月6日)

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月の盾
著者:岩田洋季
叔母が死んだ。丁度、妹・小夜子の命日と同じ日だった。そこで、俺は彼女に会った。妹そっくりな従姉妹・国崎桜花。常に何かに怯えている彼女だが、彼女には素晴らしい絵の才能があった…。
なんていうか…一言で言うと、凄く綺麗な話だなぁ…と…。
父親のわからない子供を妊娠して行方を消した叔母。その叔母の娘、桜花。叔母から虐待を受けていたと思しき彼女は、常に心を閉じていた。しかし、絵の才能があり、その事を通じて少しずつ心を開いていく。しかし、そんな彼女の絵が世間に認められていく過程で、彼女に対するプレッシャーと出生の秘密が彼女にのしかかっていって…。
物語として考えた場合には、どちらかと言うとかなりベタな展開ではある。ただ、そうなんだけれども、透明感のある文章が奏功してむしろ、それが心地よかった。そして、ライトノベルで挿絵もあるんだけれども、敢えて描かれなかった桜花の描く絵が想像を掻き立ててくれるっていうのも効果的だな、という風に感じた。
うん、良い作品だと思う。
(06年12月19日)

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狂気の偽装 精神科医の臨床報告
著者:岩波明
まずは、私の考え方から最初に書きたいと思う。
私は基本的に、「心の病」が身近なもの、という意識を皆が持つのは大事なことだと考える。それは、日本において、「心の病」が一種のタブーとなっており、「心の病」を持った者は忌むべきもの。隔離して「消し去るべきもの」という考え方が強かったためである。結果、治療が必要な人であっても精神科に行かず、より症状を悪化させてしまったと考えるからである。
しかし、著者の考え方は少し異なる。著者は近年の「心の病」や、その先の「脳還元論」に一種の危機感を抱いている。それは、あまりにも「安易な」言説が広まっているためである。
本書で扱われるのは、PTSD、トラウマ主義、アダルトチルドレン、さらには福島章氏の殺人精神病や、森昭雄氏のゲーム脳などといった言説。例えば、PTSDは、タレント・岡田美里氏が著書に書いたことで一般に知られるようになったが、PTSDの定義で考えた場合、岡田氏がこれにあたることはありえないこと。さらには、この後、「自分はPTSDだ」と訴えるような人々が激増してしまったこと。このようなものを告白するブームの危険性、さらには安易に広めてしまう「心の専門家」への批判と展開する。
私自身、このブログなどで、安易な犯罪原因の説明などに対して疑問を唱える文章を書いているのだが、ここで指摘されているものも、それに近いだろう。物事を説明する為の「便利な言葉」としての「心の病」の乱発。安易な説明の広がりによって起こる弊害。「理解」が広まることは重要であるが、あくまでも「正しい」理解でなくてはならず、「安易な」理解ではない。わかっているつもりではあるが、非常に難しいことでもある。本書でも随所にその苦労が感じられる。
もっとも、本書に関して言うのであれば、前半はそのような「安易な」理解批判が多いのだが、少しずつ、ケースファイルを用いた症例の紹介のようになってしまったのが残念。私のような医学の素人には、その症例紹介もまた、勉強になるのだが。
後半、やや焦点がブレている点は減点材料かも知れないが、一読の価値はある。
(06年8月29日)

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