著者:荻原浩
「レインマンが出没して、女の子の足首を切っちゃうんだ。でも、ミリエルをつけていると狙われないんだって」 香水の新ブランドを売り出すために、モニターの女子高生たちに意図的に流された噂。瞬く間に広まった噂で、香水もヒットするが、その噂通りに足首の無い少女の遺体が発見される。
これまで私が読んできた荻原作品とは全く違うな、と言うのが第一印象だろうか。どちらかと言うと、ユーモア溢れる作品が多い荻原作品だが、この作品に関してはオーソドックスなミステリ作品。
タイトルにもある通り、この作品のテーマは「噂」「口コミ」。テレビCMを流すのではなく、女子高生の口コミを利用して商品の宣伝をする企業。そのモニターとなって噂を広める手伝いをしながらも、一方でその噂を広げようとする女社長を内心でバカにしている女子高生たち。そんな彼女らに振りまわされながらも、真相に近づいていく刑事の小暮と名島。妻に先立たれ、高校生の娘を気遣いながら何かとすれ違う小暮と、女性刑事の名島のコンビは『凍える牙』(乃南アサ著)の音道と滝沢も思い出した(そこまで対立はしないけど)。スリリングな展開で、一気に読み進められた。
スリリングな展開は一級品だけど、事件の方は比較的アッサリと片がついたな、ごくごく普通の終わり方だな…と一見、思う。文庫で484頁ほどの本編で、480頁までは「ああ、普通に終わったな」という感じ。けれども、残りの頁で大逆転。最後の最後にある一言で、平凡な終わり方だった作品の後味が一気に悪くなる。と、終盤のちょっとしたちぐはぐ感も一気に解消。いやー、参りました。
(06年3月15日)

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神様からひと言
著者:荻原浩
大手広告代理店でトラブルを起こして辞め、「珠川食品」に再就職した佐倉凉平。しかし、初めての会議で再びトラブルを起こし、「お客様相談室」へと異動させられてしまう。そこは、クレーム処理担当であり、リストラ要因収容所と呼ばれる部署だった…。
うん、(未読作品が大量にあるくせに言うのも何だが)荻原作品らしい作品だな、というのがまず第一声。
どん底の状態の中にある主人公。そのくせ、ユーモアたっぷりで軽く読める。そして、最後にはなんとなく希望を見出せる。
この作品も登場人物、特に相談室の面々が面白い。すぐに頭に血が上る主人公・凉平。パソコンオタクの羽沢。体は大きいが、ストレスで失語症になってしまった神保、おしとやかながら何か怖い(笑)宍戸、そして、不良社員に見せながらクレーム処理のプロ・篠崎。何だかんだ言いながら、彼らが一件一件、処理していく様が愉快でもある。そして、その中から会社の実態が判明して、凉平の取った決断は…。
リアリティって意味では、色々とツッコミどころはある。いくら何でも、上司達は無能過ぎるし、旧態依然と言ったって、あまりに旧態依然過ぎるだろ!! とか。
ま、小説なんだから、そういうのもアリでしょ。素直に物語を楽しめば良いんじゃないだろうか。
(06年4月27日)

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僕たちの戦争
著者:荻原浩
2001年9月12日、バイトを辞め、恋人のミナミとも喧嘩をしている尾島健太は一人で出かけたサーフィンの最中、大波にさらわれて意識を失ってしまう。昭和19年9月12日、霞ヶ浦飛行場から飛び立った日本海軍の飛行練習生・石庭吾一は操縦を誤り、海に墜落してしまう。二人が目を覚ましたとき、二人は入れ替わっていた…。
まずは、ネガティブなところから書いていこう。上に導入部分の文章を書いたけれども、それを見てもおわかりの通り、タイムスリップものの作品である。現代の若者が、戦時の日本へと迷い込み、その世界に戸惑いながらも、移ろいで行く。一方、戦時の若者が現代の日本へと迷い込み、やはり戸惑いながら…というのは非常にベタである。一言で言えば、「よくある話」である。
じゃあダメなのか? というと、さにあらず。現代からやってきた健太は、ロクに歴史すら知らない若者。それであっても、日本が戦争に負けたことくらいはわかっているし、その軍がやっていることの馬鹿馬鹿しさ、欠点も目に付いて仕方が無い。それでも反論することはできないし、また、その世界の空気に触れながら、巧く内部で競争心を煽っていくやり方に少しずつ流されてしまう。勿論、教育だとかということもあるのだろうが、戦争というのがどういう形で人々を突き進ませて行くのか、なぜあそこまで走ってしまったのか? そんなことを考えさせられる。
一方の吾一は、戦後50年以上経った日本の姿に戸惑う。モノが溢れ、情報が飛び交い、食べ物も十分に足りている状況。自分の使命が果たせないことを悔しく思いながらも、一方でミナミへの想い、さらにはその使命の意味について考え、悩む…。
リンチであるとかなかなか凄惨な場面があるにも関わらず、いつもの荻原節で書かれているために、スラスラと読め、読了後に色々と残る。人間関係があまりにも人工的では? というところが気になったと言えばそうなのだが、大満足の作品だった。ラストシーン、戻ってきたのはどちらか? そんな余韻の残る最後も好きだ。
(06年6月20日)

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オロロ畑でつかまえて
著者:荻原浩

過疎化に悩む東北地方の寒村・牛穴村。この現状を打破しようと青年会が打ち出したのは、広告代理店と連携して村おこしをすること。しかし、手を組んだユニバーサル広告は、倒産寸前の弱小企業だった!!
本作が荻原浩氏のデビュー作になるわけだが、デビュー作から「らしい」と言う風に感じた。
わざとらしいわけじゃないんだけれども、ドタバタとした雰囲気などで、読んでいておかしさがこみ上げてくる。そして、読了後には、温かい気分になってホッとできる。荻原作品の王道とも言えるパターンは、最初から出来あがっていたのだなぁ…というのがまず最初に感じたことである。
本作の場合、とにかく村の人々と、ユニバーサル企画の人々を始めとした東京の人々のギャップが面白い。山奥の秘境とも言える村で、都会のことについて全く無知な村の人々。しかも、凄い訛で全く話すら通用しない。一方のユニバーサル企画の面々も、一体、どこの生まれなんだ、と言うような社長の石井やら、徹底的にマイペースな村崎などやっぱりクセモノ揃い。そして、企画した村おこし案も…。
終盤、ユニバーサル企画の面々の影が薄くなってみたり、中盤で出てきた女子アナが突如重要な役割になってみたりしていて、もう少し洗練されていれば…と感じた部分はある。けれども、荻原作品らしさ溢れるデビュー作だと思う。

とまぁ、本編の方はそんな感じだったのだが、個人的に一番気に入った場面が、宿に泊まったユニバーサル企画の面々を、朝6時半から村の人が迎えにきたってくだり。田舎って、朝早いからなぁ…。私の祖父が朝の六時過ぎから方々に電話をかけたりしている姿を思い出して、思わず苦笑した。
(06年7月9日)

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なかよし小鳩組
著者:荻原浩
相変わらず経営状況はよくないユニバーサル広告。唯一の仕事も特別背任事件の影響で白紙。いよいよ万事休すとなったときに入ってきたのは「小鳩組のCI」という大仕事。喜び勇んで向かうユニバーサル広告の面々だが、小鳩組というのは指定暴力団で…。
『オロロ畑でつかまえて』のユニバーサル広告社の面々が再登場。今作は、前作の最後で提示されていたコピーライター・杉山を中心に…、と。
良いなぁ…この展開。最初の仕事がコケて、さあどうしよう、というところで入ってきた仕事を喜び勇んで受けて見たら実は…というのは『オロロ畑〜』と同じ。この辺りの話への導入の仕方が実に巧い。
で、本編に入ってからも、それ持続。最初は、暴力団の強面の人々にビビりまくりで、しかも、やりたい放題にされていたのに、少しずつその状況になれてくる。そうすると、広告会社の意地が出て、ささやかな復讐心が働いての逆襲開始。ある意味では、バカにしてるもんなぁ…(笑)
で、その中に挿入されるそれぞれのエピソード、キャラクター造形も良い。今作の主人公にあたる杉山と、その娘・早苗のやりとりも好きなんだけど、個人的には、ピースエンタープライズの広告部長(笑)・河田が良い。最初は強面だったのに、少しずつ打ち解けるにつれて、中間管理職の悲哀を感じさせたり、子供の運動会のためにビデオカメラを借りようとして悩んで見たりと妙に人間くさい。最後は、着ぐるみ着せられたりとか、完全に遊ばれちゃってるし。逆に、そんな憎めない人間が集まりながらも、「親父さんの為」なんて、非合法に動いてしまう組織の怖さみたいなものもあったりして…。
最後のマラソンレースに出場する勝也の描写とか、早苗が杉山に預けられることになった理由が描かれていないとか、ちょっと唐突と感じる部分がいくつかある。そこはちょっと欠点かな? とは思う。と言っても、『オロロ畑〜』と比べれば遥かにスムーズにはなっていたけど。
このシリーズ、続編が出てくれないかな? 今度は村崎さんとか、猪熊さんとかを主人公にして。いや、石井代表でも良いけどさ(笑)
(06年8月16日)

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メリーゴーランド
著者:荻原浩
東京の大学を卒業後、大手メーカーに勤めるも、激務につかれ、今は田舎の市役所に勤める啓一。最初こそ、何もない仕事場に戸惑ったものの現在はすっかり、その職場に馴染んでいた。そんな啓一が、異動で出向した先で待っていたのは、毎年赤字を垂れ流す第三セクターのテーマパークの建て直しだった…。
物凄く皮肉の効いた話だな…っていうのが、この作品の感想。登場人物とか、そこでのやりとりなんかはいつも通り、コミカルなんだけれども、書かれている内容はこれまで私が読んだ荻原作品の中でも一ニを争うくらいに皮肉の聞いた内容になっている。
正直、言ってこの舞台となっている駒谷市って、うちの田舎そっくり。とにかく必要も無いのにテーマパークやらホールやらを建設する市。市長は、長期政権を握り、市議会議員の半数以上が土建屋。テーマパークの運営者も、その利権に関した人々で、コネによる癒着、コンセプトも何も無いイベントが企画され、斬新な物ほど蹴飛ばされる…。なんか、他人事と思えない(笑)
この作品の良いのは、やはり主人公が熱血漢…みたいな存在ではないことだと思う。元々、そんな状況に馴染んでいるし、面倒ごとを起こしたいとも思わない。だから、旧態依然で何の意味も無い会議も、わかっているけど受け入れる。けれども、一方でこれで良いのか? という思いもある。そんな葛藤を抱える。それが、少しずつ替わって行く様子が巧い。子供の作文とか、学生時代に関わった劇団員とかとのやりとりの使い方が本当にうまい。
ただ、正直、終盤、ちょっと失速した感じ。最後に来て、やたらとゴチャゴチャとして、そのまま終わってしまった感じがする。もうちょっとストレートに終わっても良かった気がする。それで、読読感が悪くなったと感じられたのが残念。
(06年10月14日)

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母恋旅烏
著者:荻原浩
もともとは、大衆演劇の一座を開いていた花菱一家。一座を辞めた後は、様々な事業に手を出しては失敗を繰り返し、現在はレンタル家族という怪しげな商売をやっている。父・清太郎は思いつきのように動き一家は振りまわされ、喧嘩の絶えない日々。そんな時…。
うん、これ、面白いや。荻原作品らしく、とにかく、序盤はドタバタの展開。父・清太郎の失敗談だけでもそうだし、客もまたクセモノだらけ。ところが、借金のために演劇に復帰するようになって一気に急展開。清太郎が本領を発揮して、実に格好良い。ところが…と更に展開して、と…。
まぁ、序盤は絵に描いたようなドタバタ喜劇。ただ、そんな中でも、家族と言うものが崩壊していく様だとかが描かれる。こう言っては何だけれども、舞台が大衆演劇の世界。さらに、明かに非常識な行動やら登場人物なので、非日常とは思えるもののその中で描かれるそれぞれの葛藤は結構リアル。そして、そんな家族のそれぞれの「成長」が描かれる後半も良い。舞台が舞台だから、っていうわけじゃないんだけれども、笑って最後にじーんと来る荻原節が凄く似合っている。
100%完全な形に戻っての終わりじゃない。けれども、それがむしろ、花菱一家のその後がどうなったのだろう? という余韻を残してくれてい好き。面白かった。
(07年1月4日)

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押し入れのちよ
著者:荻原浩
表題作ほか9作を収録した短編集。
荻原浩初の短編集、とのことなのだが、全編通して、その上手さを十分に感じることができた。いきなり『お母さまのロシアのスープ』で、強烈な印象を残して始まり、『コール』『押入れのちよ』でほろりとする。と思ったら、そこから4編、ブラックジョークのような作品が続いて、最後の2編で再びしんみりと言う形に戻す。この並べ方自体も絶妙だな、というのを感じた。
特に中盤の4編は凄い。強烈なブラックジョークの連発でどうしようか、というくらい。これだけ集めて、荻原浩版『怪笑小説』(東野圭吾の短編集)でもつくって欲しいくらい。
で、やっぱり一番、作品として好きなのは表題作『押入れのちよ』かな。
「今ならこの物件、かわいい女の子(14歳・明治生まれ)がついてきます…」というコピーを読んだときは、もっと説教臭いのかな? とか思っていたのだけれども、全然、そんなこと無し。失業中の恵太のところに夜になると現れるちよ。このちよが可愛い。説教があるわけでも何でもなくて、ただ、ちょこんとそこに現れるだけ。それだけの、奇妙な関係なんだけれども、何時の間にか大事な存在になってしまう。そして…と。何か、ほのぼのとしていながらも、最後はほろりとする、という荻原節が十分に生きていて面白かった。これ、短編で終わらせるの勿体無いなぁ…とつくづく思う。
ちよみたいな幽霊なら、大歓迎。…もう一つの方は御免だけど(笑)
(07年1月26日)

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あの日にドライブ
著者:荻原浩

牧村伸郎、43歳、タクシードライバー。長年勤めた銀行を辞め、一時凌ぎで始めたタクシードライバーの仕事。けれども現実は厳しく、家族とはすれ違う日々。ストレスで円形脱毛症まで出来てしまった。「あのとき、こうしていれば…」常に思ってしまう…。
ええ、本当にステキな復讐劇の物語でした(ウソ)。
実は、読書中、ずーっと先日読んだ『流星ワゴン』(重松清著)との比較が頭の中にあった。細かいところはさておいて、どちらも逆境の中にいるお父さん。家族とも上手くいっていない(と思っている)。どちらも「あのとき、こうしていれば…」という後悔もある。そんな状況が「似ているな」という風に感じたため。
ただ、ファンタジー要素の強い『流星ワゴン』と違い、こちらはあくまでも現実が舞台。乗客が告げる目的地が思い出の地だったり、大学時代の仲間から同窓会の誘いが来たり、はたまた、息子のやっているゲーム画面を見たり…そんな些細なことをきっかけに、自分はここでこういう選択肢をしてしまったんだ。もし、そこをこう選択していれば…と、夢想していく。
先の『流星ワゴン』の主人公・カズと比較すると、カズには、「何故気づかなかったんだ? ちゃんと見ていたのか? もっとしっかりしろよ!」と言いたくなるのに対し、伸郎には、「ごちゃごちゃ女々しい!!」と言いたくなるようなタイプ。こうしていれば、こうなったはずだ、というのはあくまでも自分に都合の良いものばかり。時分の今がいかに酷いんだ、と嘆くばかり。正直、読んでいてイライラするような性格。
ただ、実のところ、自分に置き換えて考えるとわからないでもない。というか、実に共感できたりするのも事実。実際、自分もそう思うところ、思いっきりあるし。
この作品が良いな、と思うのは、それで終わらないところ。夢想していたものがどうなのか、という現実もちゃんと出す。自分が蔑んでいた同僚たちだって、色々あるんだ、と示す。そして、捨てたものじゃないよ、といってくれる。ハッピーエンドといえばハッピーエンドなのだけど、地に足のついた結末というところ。この終わり方が良いな、と素直に感じた。
正直、序盤は伸郎にイライラとさせられる部分もあったけれども、ほっとできる作品だった。

ちなみに作中で、房総は春が早い、っていうのがあるけど、旭市の辺り、実は東京辺りより寒かったりする。丁度、銚子の隣町なので、天気予報をもらうとわかると思うけど、銚子とかの沖まで寒流が流れているので、結構、寒い。千葉県出身として、ちょっと気になった(笑)
(07年3月15日)

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ママの狙撃銃
著者:荻原浩
ちょっと頼りないけど優しい夫に、二人の子供。狭いながらも、平凡で幸せな家庭。そんな平凡な主婦・曜子の元へと掛かってきた電話。それは、かつての自分の、暗殺者である自分への依頼者・Kからの電話。自らの過去を、幸せな家族を守るため、曜子は銃を取る…。
なんか、今まで私が読んできた荻原作品と比べるとかなり毛色の違う作品、というのがまず第一。
冒頭の説明文でもわかると思うが、作品の設定としては、かなりぶっ飛んだ設定。幼い頃、アメリカで祖父に育てられた曜子。その祖父・エドの仕事は暗殺者。そして、曜子もまた、祖父から暗殺術を習っていた…というもの。この設定で、荻原作品、となると、いつもコミカルな筆致で曜子の活躍を描くものかと思っていた。
…が、カラーとしては、それとは全く逆。かつて一度だけ行った「仕事」の亡霊に現在も取り付けれている曜子。平凡ながらも平和で幸せな日々を送り、その家族を守りたい曜子。だからこそ、「仕事」を断りたい。けれども、だんだんと、「仕事」をしなければ守れない状況へと追い込まれていく…。そのぶっとんだ設定から、コミカルな作品と思い込んでいただけに、このジワジワと追い込まれ、葛藤を抱えていく曜子の心境はとっても痛々しく、また重かった。これまで読んだ荻原作品とは毛色が違うものの、こういうのもかけるのか…と、言うのを強く感じた。
ただ、その一方でいくつか違和感が…。例えば、娘をいじめていた少女に対する行動なんかは、爽快さみたいなものはあるけど、人を殺さなければ良いの? とか思うし…(人を殺したことは、自分自身の大きな枷になっているのに、こっちは全く気にしていないのはどうなのか?)
あと、これはとても些細なことなんだけど…銃の試し撃ちの場面がどうにも気になった。というのは、「家族を守るため」に仕事の準備をし、また「家族を守るため」には、自分の過去・正体は隠さなければならない…っていう心情が描かれているのに、近所のゴミ収集所のゴミを的にするものかな? と…。銃弾は回収するにしても、銃痕とか残ってしまうだろうし、かなり危ないのでは? と凄く感じた。
曜子の心理描写の巧さは認めるが、他の部分でちょっと気になる部分が多かったかな? という感じ。
(07年6月3日)

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明日の記憶
著者:荻原浩
広告代理店の営業部長・佐伯。50歳。娘はもうすぐ結婚し、孫も生まれる。最近、少し、人の名前だとかが出てこないことがある。けれども、それは年のせいだと思っていた。ちょっとした会話で、若い部下をぽか〜んとさせてしまうことがある。それは、世代間ギャップのせいだと思っていた。けれども…。
うーん…読んでいて、キリキリと胃が痛くなるような作品だった。劇場版が作られたり、でかなり話題になった作品なだけに、物語の内容そのものは大体わかっているつもりだったんだけど、それでもその辛さ、苦しさみたいなものは関係なく伝わってくる。
アルツハイマー型認知症。認知症の一つのタイプ。現代では不治の病であり、少しずつその記憶だけでなく、生命活動自体も衰えていってしまう。アルツハイマー型認知症になったときに現れる症状は…。
と、辞書的なところでの知識は、それなりに持っているつもりであるし、例えば、作り話で辻褄を合わせようとしてしまう…だとかっていうのも、理屈の上では理解できる。けれども、あくまでもそれは、第三者的に見たからこその話なのだな…というのを読んでいて痛感させられる。
アルツハイマーである、といわれたショック、絶望。自分の記憶がどんどん失われていく恐怖。自分はまだ大丈夫なんだ、という意思と、しかし、それが思うようにならない焦り。その中で、自分が大丈夫だ、と見せるためには綱渡りでやるしかない。実際、こういうのって、「ある日、突然」何もわからなくなる、っていうのならば本人は楽なんだと思う。けれども、そうじゃなくてあくまでも少しずつ。しかも、そこへ「不治の病・アルツハイマー」と告げられるわけだから余計に。その恐怖感とか、焦りとかがあまりにもリアルで、最初に書いたように、読んでいて胃が痛くなるような作品に仕上がっている。
作品の最後は、凄く綺麗。けれども、凄く残酷。佐伯や家族の生活、戦いは、これからも続く。いや、ここからが本番ともいえる。佐伯やその家族が、その後どうなったのか、幸せに暮らしていけるのか…様々な余韻を残しての終わり方が憎い。評価の高さには素直に納得。
…でも、本当、読んでいて憂鬱になるね…こりゃ(苦笑)
(07年6月29日)

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さよならバースディ
著者:荻原浩
霊長類研究所で、ボノボの言語習得実験に勤しむ大学助手・田中真。1年前、このプロジェクトを始めた安達の死はあったものの、研究は順調。同僚の由紀との関係も順調。だが、そんな幸せの絶頂にあったとき…。
こういう作品だったんだ…なんか、ほろ苦い作品である、というのは聞いていたんだけれども、もっとバースディそのものを巡る人間関係のゴタゴタとかがメインになるものだとばかり思っていた。いや、勿論、そういう要素はあるんだけど…。なんか、かなりミステリー作品っぽい雰囲気があったのが意外だった。
…医療から、何から、色々な研究において欠かせないプロセスの一つである動物実験。人間からすれば、動物を身代わりにしている、という場合もあるし、また、それを通じての交流というのも存在する。研究者としての接し方と、人間としての接し方が対立することもある。特に、この作品に描かれたもののような場合は…。チンパンジーの言語獲得プロセスの実験を通して、自閉症などの療育に役立てるのが目的だったはずの実験、しかし、気づくとバースディの可能性への期待へ化けていた。明らかに、それを通じての名声を目指す野坂らと、真の思惑は違うものの、やっていることは一緒なんだよね。そして、その中で起こった事件…うーん…。
正直、読んでいる最中は面白かったのだけれども、メインテーマが何処なのかわかりづらくなっていた、っていうのは感じた。「人間の身勝手さがテーマ」といわれれば反論は難しいのだけれども、なんか、事件についてなのか、動物と人間のかかわりについてなのか、それとも、真と由紀の関係なのか…。なんか、事件そのものに関した部分が、強引というのがあって余計に…。もうちょっとシンプルでも良かったのかな? とは思うんだけれども…。
そんな風に、著者に文句をつける、というのも、私という人間の身勝手さを象徴しているのだとは思う(ぉぃ)
(07年8月3日)

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延長戦に入りました
著者:奥田英朗

これを読んで最初に思うのが「くだらね〜」ということ。「レスリング選手のタイツはなぜ乳首が出ているのか?」など、スポーツに茶々を入れる内容であり、良い意味でくだらなくて面白い。「そう言われればそうだよなぁ・・・」という風に思えて、素直に笑うことが出来る。
が、ただそれだけの内容ではなく、そこから今度は、「こういう現象が起きるのはこういう事情があるんじゃないか?」というような分析がまた面白い。「そうかも知れないなぁ」と妙に納得してしまう。勿論、その分析が正しいとは限らないわけだが。

気楽に読める秀逸なエッセイだと思う。
(05年1月27日)

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野球の国
著者:奥田英朗
野球を主目的にした著者の旅行記。
野球を見に来ているのに、旅先で向かうのは映画館、ホテルでは必ずと言って良いほどマッサージを頼み、試合でもやっぱり試合そのものよりも、その周りの観客だとか、そういうところに力点が置かれている。だから、野球に詳しくなくても大丈夫…と言いたいところだが、やっぱり野球が好きな人の方が楽しめると思う。例えば、台湾編では、現地のファンの熱狂ぶりなどが描かれていて、それだけでも伝わってくるのだが、やはり実際に当時の様子だとかを(ニュース映像などでも良いので)知っていた方が楽しめると思う。
気取らない文体で、野球に旅行に、本当に著者が楽しんでいるんだなぁ…ということ、そして、野球(観戦)が好きなんだなぁ…ということがよーく伝わってくるエッセイだ。
(05年3月18日)

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泳いで帰れ
著者:奥田英朗

2004年最大のスポーツイベント、アテネ五輪の観戦記。
スポーツ観戦記なのではあるが、「野球の国」同様、この作品もスポーツそのもの主眼がおかれているわけではなく、著者が何を見たか、何を感じたか、などが中心に描かれている。
何が心地よいかって、気取らない口調で本音が書かれていることだろう。スポーツにしろ、旅行記にしろ、美麗字句ばかりならべて批判は一切無しということが多いが、実際には腹立たしく思うこともあるわけだ。見ているのは人間なのだから、そう思うのは当然。そんな感情を押し殺すのではなく、素直にそれを表現してあるので、こちらとしても「全くだ」と共感できる。いや、痛快。

「そうですか。「長嶋」とつくと、誰も何も言えないわけですか。選手もこれで護られるわけだ。」
こんなことを書けるのは、奥田氏だけだと思う。全く同感だ。
(05年5月5日)

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