誘拐ラプソディー
著者:荻原浩
伊達秀吉38歳。金なし、家なし、女なし。あるのは、借金と前科だけ。職場の親方を殴って金と車を奪ったは良いが、その金は既に使ってしまった。仕方なく自殺を試みるが、踏ん切りがつかず…というときに、金持ちの息子・伝助が現れる。秀吉は一発逆転を狙って、伝助の誘拐を試みるのだが…。
いや〜…いきなり、最初の自殺を試みる場面で惹きこまれた。緊張感のかけらも無い。首吊りを図ろうとしながらも、折れそうなものを探して「やっぱりダメだった」と諦める。ガス自殺を図ろうと、コンビニにガムテープを買いに行き、無くてホッとする。「無いじゃないか」と怒って見せて、店員に教えてもらうと逆にガッカリ。このシーンだけで思いっきり笑ってしまった。
その後の誘拐でもその流れは同様。行き当たりばったりの秀吉の行動に、右往左往し、しかも様々な利害が絡まっていく様子。伝助を殺そう…としながらも、どうしてもできず、なつかれてしまう秀吉。そんな秀吉と伝助の交流なんかも面白い。
細かいところを言えば、ツッコミどころはあるんだけれども、ドタバタとしながらも人間味あふれる登場人物達のやりとりが良かった。
(05年12月10日)

BACK


ハードボイルド・エッグ
著者:荻原浩
フィリップ・マーロウに憧れ、彼のように振舞う探偵・最上俊平。しかし、理想と現実は違い、実際にしているのは行方不明になったペット探しばかり。そんな彼が、秘書を雇うことにしたのだが…。
マーロウを気取っているものの、実際にはペット探しの仕事ばかり。気取った口調で喋っても「変な喋り方」といわれてしまう。身長は高いが、度胸もないし喧嘩もからっきし弱い。そんな彼が雇ったのは、グラマーな美人秘書…のはずが、八十過ぎのおばあさん・綾。このコンビの組み合わせ、やりとりがまず面白い。そんな二人が、殺人事件に巻き込まれてしまう。
で、そんなやりとりの中で語られるテーマもなかなか。主人公の「理想と現実」の間で苦しむ姿もさることながら、人間の都合で翻弄されるペットたちであるとか、色々と考えさせられる。そして、事件が解決した後に明かになるもう一つ真実。
ユーモア路線で進めて、最後にホロリ。決して意表をついた展開だとは思わないんだけど、テンポの良さ、脇役も含めて魅力的なキャラクターたちと揃っていて、一気に読んでしまった。うん、面白かった。
(06年2月28日)

BACK


真夜中のマーチ
著者:奥田英朗
青年実業家気取りのパーティー屋・ヨコケンこと横山、一流商社に勤めるダメ社員・ミタゾウこと三田、タカビーなモデル・クロチェこと黒川。三人はひょんなことで知り合い、10億円強奪を目論むことになり…。
実を言うと、私は奥田英朗作品を読んだのはこれで通算5作品目である。である…が、実は小説を読んだのは2作目で、私の読書暦で奥田英朗という作家は小説家、というよりも、エッセイストというイメージが強いのである。そして、これまで読んだ唯一の奥田英朗作品としての小説は『最悪』であり、直木賞受賞作であるDr.イラブシリーズであるとか、著者のユーモア系の作品に触れたのはコレが初だったりする。
と、ひたすら前置きしておいて、内容の感想。まず思ったのが、緊張感ないなぁ、ということ。主な登場人物はそれぞれ、何らかのニックネームがつけられ威厳も何もあったものじゃない。ヤクザの幹部・古谷もフルテツとか言われてるし。そして、そこかしこで下品なギャグも飛び出す。10億円の金を狙って、ヨコケンたち、ヤクザ、詐欺師、中国人マフィアが入り乱れての攻防戦。…でも、それぞれどこか抜けていて、それぞれが右往左往しながらのドタバタで話が展開して行く。その展開のテンポが最大の武器じゃないかと思う。
ただ、面白いことは面白いのだけど、どうも「どっかで見たような…」という感じ。この手の作品っていうのは、そういう部分がどうしてもあるのかも知れないけど、キャラクターだとかにしても、そんな感じがするのだ。男2人、女1人の主人公チームが巻き起こすドタバタ展開の物語、というのは、最近読んだ作品で言うと『悪党たちは千里を走る』(貫井徳郎著)とかがそんな感じだし。そういうところで、新鮮味みたいなものでちょっと劣るかな? と思う。
ただ、気楽に楽しもうっていうのならば、こういう作品、良いんじゃないだろうか?
(06年2月12日)

BACK


イン・ザ・プール
著者:奥田英朗
私鉄沿線にある伊良部総合病院。その地下にある神経科に訪れる人々。彼らは、一筋縄ではない症状を抱えている。そんな彼らを迎えるのは、ドクター伊良部…。
この作品の続編にあたる『空中ブランコ』が直木賞受賞作、ということで、文庫化を楽しみに待っていたのだが、また、凄いキャラクターだな、おい(笑)
この作品には、5編が収録されているのだが基本的にはパターンは一緒。患者たちは、伊良部の適当極まりない治療(とも言えないもの)を受ける。伊良部の人間性に皆、辟易としながらもなんとなく的を射ているような感じもする伊良部の言葉に従い、状況はどんどん悪化してく。・・・が、なぜかそれが巡り巡って症状の改善に繋がってしまう…というもの。なんか読んでいて『風が吹けば桶屋がもうかる』(井上夢人著)を思い出した。ま、『風が吹けば〜』は、相談者に対して真摯に対応はしてるけど。
とにかく、伊良部のキャラクターが強烈だ。患者が来ると、いきなり注射を打つ。人の話は気か無いし、スケベで下品だし、やることも適当。初対面から馴れ馴れしい。マザコンで、勘違い男でもある。その辺にいたら、絶対に嫌な奴だし、友達にもなりたくないと思う。けれども、何故か読了後には「魅力的?」などとも思えるから不思議である。決して「魅力的」と断言できないけど。
で、この伊良部のキャラクターと、患者たちの対比が面白い。患者たちの症状そのものは極めて馬鹿馬鹿しい、非科学的なものかもしれないが、一方で誰もが持っている感情をベースにしている。腹立たしさを持ってもそれを表に出来ない、注目されたいが一方で他人の視線から逃れたい、他人と関わることによって自分の存在を確かめる…多少の差はあるにせよ、皆、何らかはあるんじゃなかろうか? そんな人々と、そこから解き放たれた伊良部という存在。その事が伊良部を「魅力的?」と思わせているように感じる。
この作品を嫌う人はいるだろう。伊良部のキャラクターに「スケベで下品」などと書いたが、実際、下品な笑いなども多い。『勃ちっ放し』なんて、タイトルからして下品だ。万人にお勧め、とは言わないが、力のある作品というのはよーくわかった。
え!? マジメに解説なんかしなくて良い!? そりゃ、失礼!!
(06年3月19日)

BACK


港町食堂
著者:奥田英朗
第一線で活躍する小説家に対して言うのも非常に失礼な話なのだが、私は奥田英朗氏は小説家というよりも、紀行エッセイの名手というイメージが強い。いや、『イン・ザ・プール』とか『最悪』とか、凄く面白かったんですけどね。でも、どうも『野球の国』とか『泳いで帰れ』とかのインパクトが強いのだ。
本作は、雑誌「旅」に連載されたエッセイをまとめたもの。『港町食堂』というタイトルの通り、今回のコンセプトとしては港町で、そこへ必ず船で上陸する、という形を取る。そのため、わざわざ東京から名古屋へ行って船に乗り宮城へ向かうという不思議な日程もあったりする(3章「宮城・牡鹿半島編」)。
今回も、奥田氏らしさは出ている。旅に出ると、普段は食べない朝食をしっかり食べる。同行した若いスタッフのため、と言いながらどんどん注文し、どんどん食べる。旅先で、毎回のようにスナックへと繰り出して、ママさんたちと交流する。訪れた地のちょっとしたところにツッコミを入れていく。そんな奥田節は、今作も健在だ。
ただ、今作は、これまでの『野球の国』などと比較すると「忙しい」という印象がどうしても残る。これまでの紀行エッセイが、スポーツ観戦など、一つの目的だけがあって、他はまさに自由気ままに…という感じだったのに対し、今作はスタッフと一緒に様々な観光名所を訪れ、名物料理を…と、キッチリとしたプランに添った旅となっている。それによって、訪れた土地・名所の説明だとかが多く、奥田氏の感想だとかがどうも薄く感じられた。個人的に、何でもない街の風景であるとかに向ける奥田氏の視点こそが楽しみだっただけに、そこが薄かったのは残念。
(旅行誌的には、マズいのかも知れないが)そういう意味では、荒天によって予定が大きく狂わされてしまった「稚内・礼文島編」が一番楽しめた。
(06年5月2日)

BACK


ララピポ
著者:奥田英朗
対人恐怖症のフリーライター、風俗・AVのスカウトマン、専業主婦でAV女優…そんな人々の行動をそれぞれ描いた連作短編集。
感想をどういうテイストで書けば良いか迷うなぁ…(^^;)
この作品、紹介文には「負け組」とか書いてあって、実際、そういう面はあると思う。6編の短編、それぞれの主人公たちは、いずれも決して恵まれた立場にはいない。いや、ある意味では、立場というか、それぞれの居場所がないが故に、その状態にある、と言えるかもしれない。そして、こういう話ではありがちな、そんな彼らが立ち上がって…ではなくて、上昇を目指すことも無く、むしろどんどん堕ちていく話とさえ言える。そんな様子が、奥田氏流のブラックな筆致で描かれる、と。
この作品、6編の連作短編なんだけど、登場人物たちは少しずつ繋がりを持っている。1話目でちょっと出てきた人物が、次の話の主人公。2話目の脇役が3話目の主人公…という具合に。ある主人公の話では、気楽な存在でしかなかった脇役の本心、ある主人公の話ではちょっとしたことに過ぎなかった部分が、他の主人公の話でその意味が明かされるという、パズルを組み合わせていくような感覚というのは、決して珍しい手法ではないとは言え、やはり楽しい。
ここに描かれる人々は、先にも書いたように、決して良い立場にいるわけではなくて、しかも、どんどん堕ていく。はっきり言って、スッキリするような展開とは言い難いかもしれない。ただ、彼らがそれで不幸なのか、というとそうでないところが何とも言えない。読者から見れば、「ますます悪くなっちゃったよ」という状況なのに、彼らは自分の居場所を見つけ出す。それはある意味、幸せなのかも知れない…なんてことを思ったりもする。
…と、ここまであることについて、徹底的に避けていた。それは、ある意味、この作品の特色とも言えること。それは…想いっきり開けっぴろげな性描写が溢れていること。他の奥田作品でも、「下品だな」とか書いるけど、この作品は、それが徹底している。これが苦手な方にはお勧めしない。そこだけは、最後に書いておこう。
(06年8月7日)

BACK


サウスバウンド
著者:奥田英朗
上原二郎。中野に住む小学6年生。父・一郎は会社に勤めたりせず、大抵、家に居る。父はどうやら国が嫌いらしい。学校なんかいかなくて良い、税金なんて払わない、といつも言っている。そんな父に、いつも振りまわされて…。
いや、面白かった〜。基本的な構成としては、東京に住んでいる時を描く第1部、西表島に引っ越したあとの第2部。
まぁ、テーマというか、描かれるものはなかなか重い共産主義運動、国家というもの、世間とは何か…。父・一郎が元過激派という立場の中でそれが描かれる。
…なんて、書くと物凄く堅苦しいもののように思えるんだけど、別にそんなに堅苦しい物語ではない。とにかく、破天荒な一郎の行動によって振りまわされる上原家、二郎の様子が面白い。元過激派メンバーというけれども、イマイチ、父がどういうことをしていた人なのか知らず、ただただ迷惑と感じる二郎。学校では友達とも仲良くやっているものの、もうすぐ進学することになる中学の1つ上の先輩に目をつけられてどうにかしようと困る。学校の先生とかが思うほど父親に感化されているわけではないけど、一方で、大人とは違った世界があることも確か、なんていう少年の立ち位置。
そんな中で起きてしまった大事件と、そこに伴う引越し。引越し先で再び巻き込まれる騒動。その中で、父…そして、母がどういう人間なのか知っていく…。このバランス感覚が本当に素晴らしい。かなり長い話だっていうのに、一気に読まされてしまった。いや、本当に面白かった。
そりゃ、今の時代に、それも下町とは言え、東京のど真ん中に文字通り「絵に描いたような」不良がいるのか? とか、アキラおじさんの起こした事件にまつわるものが、後半、全く出てこないけど? とか、気にならないといえばウソになる。でも、あんまり関係ないと思わせてくれるんだ、これが。文句無しにお勧めできる作品。
(06年9月9日)

BACK


邪魔
著者:奥田英朗
妻を事故で失って以来、不眠症に悩まされる刑事・九野。同僚である花村の尾行を命じられ、怨みも買っていた彼は、ちょっとした放火事件の捜査に回された事に安堵する。地元の暴力団関係の線で捜査する中、第一発見者である及川に不審なものを感じるが…。一方、その及川の妻で平凡な主婦である恭子だが、夫への不信感とパートの待遇改善を巡る争いに巻き込まれていく…。
第4回大藪春彦賞受賞作。
いや〜…疲れた。文章が読みづらいわけではない。むしろ、非常にリーダビリティのある文章で読みやすい。感情移入もしやすい。だからこそ、読んでいてどっと疲れる。
上に書いた導入部の人物2人に、不良仲間とたむろして暮らしている少年・裕輔を合わせた3人の主人公の視点から描く、というのは『最悪』と同じ(そう言えば、この感想書いてないや)。『最悪』は、それぞれトラブルを抱えた3人の主人公が何とか、その状態から逃れようともがき、もがけばもがくほどその深みに嵌っていく様を描いているもので、読めば読むほど胃が痛くなってくるような展開が待っていた。一方、今作もトラブルを抱えた3人が主人公で、というのは同様。ただし、作品としての印象はかなり違った。
近作の場合、主人公たちはそれぞれ進んでいく先に見えているものは大体わかっているし、こうすべきなんだ、というのもある程度見えている状態で物語は展開する。小さな放火事件。犯人の目星もついている。けれども、一旦、ヤクザを取り調べてしまったところで、引っ込みがつかなくなってしまった警察の面子。さらに、九野を恨む花村による妨害工作。これらによって雁字搦めにされ、動きが取れなくなっていく九野。一方の恭子も、事件をきっかけにして芽生えた夫への不信感。その不信感を払拭しようとし、パートの待遇改善を求める運動へと熱中していく。けれども、すればするほど孤立感は高まり…。どちらも、答えは見えているのに雁字搦めで動きがとれず、そして悪い方向へ悪い方向へと動かざるを得なくなっていく…という様が読んでいて何とも疲れさせる。ちょっとしたきっかけ、そして、人間関係によってそうならざるを得ない、という部分がリアルだからこそ、凄く辛い。
その意味で言えば、第3の主人公である裕輔はちょっと違うともいえる。全体を通しても影が薄いし、ある意味では自業自得の部分もある。立場としても違う。だから、作中では、なぜこの人物が主人公の一人なのか? とも思ったのだが、その存在が最後の最後で明かされたときに、「なるほど」とうならされた。確かに、この人物がいることで、物語がしっかりと締まったと思う。井上刑事のあの台詞が、九野、恭子、さらには花村と言った面々との違いを明確にさせているんだろうな…と。
何度も繰り返すが、読んでいて凄く疲れる作品である。ただ、それだけ読み応えのある作品、ともいえるだろう。「お勧め」という言葉が良いのかどうかはわからないが、良い作品なのは確か。
ちなみに、色々な人の感想を読んでいると『最悪』派と『邪魔』派がいるようだが、私は『邪魔』派である。
(07年4月30日)

BACK


ウランバーナの森
著者:奥田英朗
1979年の夏。隠遁生活も4年目になった世界的スター・ジョンは、妻・ケイコの実家の別荘がある軽井沢で過ごしていた。妻と息子、守るべきものができた彼の腹に異変が…。
なんか、一応、「フィクション」「モデルはない」ってことになっているけど、明らかにこれ、ジョン・レノンをモデルとして、そのエピソードを織り交ぜながらのストーリーになっている。
さて、実のところ、中盤まで読んでいて「奥田さん、デビュー作からどういう作品を書いているのよ」と言うのが先にたってしまった。何せ、物語の中盤まではひたすらに、ジョンがあるものと戦いを繰り広げるところで始まるため。そう、ひたすらに続く便秘との戦い。便意はあるものの、出てこない。それは、下剤を飲もうと、浣腸をしようと…。
最初にも書いたように、物語の中心は、ジョン・レノンの有名なエピソードを散りばめたちょっと不思議な物語…というところなのだろうと思う。けど、正直、あんまりジョン・レノンについて詳しくないだけに、便秘との戦いの方が印象に残ってしまったのは良いことなのかどうなのか…。
ただ、病院でのやりとりとか、ああいうところには、後の伊良部先生シリーズとかの前兆も見えたり、そういう意味での面白さがあった。
(07年9月28日)

BACK


空中ブランコ
著者:奥田英朗
伊良部総合病院。その地下にある神経科の診察室。そこには、奇妙な症状に悩まされる患者たちが訪れる。そして、彼らを担当する医師・伊良部一郎もまた、奇妙な人物で…。
ということで、『イン・ザ・プール』に続く、伊良部シリーズの第2弾。
読む前に、色々なサイトで評判を見てみると「相変わらず面白かった」と言う意見と、「ちょっとインパクトが薄れたかな?」という意見の二つが多かったように思う。実際、話の展開の仕方だとかがワンパターンなので、立て続けに読むと、インパクトが…っていうのはわかる気がする。私の場合、前作から2年近くブランクを明けて、ってこともあったので、素直に楽しむことが出来たのだが。
本作の場合、前作と比較すると、症状が「患者の職業と密接に関わっている」と言うことがいえると思う。跳べなくなったサーカスの空中ブランコ乗りや、先端恐怖症のヤクザ、ボールを上手く投げられなくなった野球選手…など。それぞれ、「普通の人であれば」それほど問題ないのだが、彼らにとっては致命傷とも言える問題。そして、その背景にある一般人にも共感できる問題。そんなものが、一般常識一切なしの伊良部の振る舞いで、なぜか解消されてしまう。本当、友達にはなりたくない、近くにいて欲しくない、と思わせるものの、魅力的にも感じるんだよな…伊良部先生って…。本当、不思議。そういうところで、期待通りに面白かった…というのが何よりも感じたこと。
ただ…恐らく、この作品くらいのバランスがギリギリのところなのだと思う。本作の場合、特殊な職業の人が、その職にとって致命傷な症状…と言う形ながらも、誰もが持つであろう(共感できる)部分に原因が止まっていた。けれども、これがさらに特殊な人の特殊な症例…になってしまうと、バランスが崩れてしまうように思う。次回『町長選挙』の評判があまり芳しくないのは、それが行き過ぎたからなのかな? なんていうのをこれを読みながら分析してしまった。
…ともかく、本作に関しては、素直に「面白い」といえる作品である。
(08年1月24日)

BACK


麗しのシャーロットに捧ぐ
著者:尾関修一
都市の郊外にある瀟洒な館。決して豪邸とは言い難いものの、美しく整備されたその館において起こる時代を超えた惨劇…。
えっとね…ええとねぇ…作者の後書の方が、「解説」と名づけられたものよりも「解説」っぽい気がするのは私だけだろうか? 時代背景なんかに関するところから、かなり詳細に解説されているし。
…と、いつもやっている導入部から、やたらといい加減だと思われることだろう。自分でもそう思う。ただ、ちゃんとそれには理由があって、一言で言うなら…何を書いてもネタバレになってしまいそうだ、と怖いから。
冒頭にも書いた郊外の館を舞台として起こる惨劇。「人形」というキーワード。時代を超えて起こる惨劇が、複雑な人間関係を背景にして繋がって行く結末は、本当に見事。
変な言い方になるのだが、この作品の構成であるとか、全く救いの無いダークな作風だとかって、いわゆるライトノベル作品「らしさ」とは一線を画するように思う。表紙に描かれた可愛いメイドさんの絵柄に惹かれて読み始めると、明かにやられると思う(経験者は語る(ぉぃ))。
先にも書いたけれども、非常にダークで救いの無い作風なのでそれが苦手な人にはお勧めし難いのだけれども、作品としての完成度は非常に高いと思う。
(07年1月29日)

BACK


暗いところで待ち合わせ
著者:乙一
視力を失い独り静かに暮らすミチルの家へ、殺人犯として警察に追われるアキヒロが逃げ込む。発見されぬよう、息を殺して身を潜めるアキヒロと、気配は感じながらも身を守るために気づかぬ振りをするミチルの奇妙な同棲生活。
設定そのものがかなりトリッキーなわけで、文庫の裏表紙を読んだだけだとどういう話なのだろうか、と思ったわけだけれども、こう来ますか…。
人間関係の構築が下手で会社でも人間トラブルを抱えてしまったアキヒロと、視力を失ったことで外界との関わりを殆ど遮断してしまったミチル。どちらも、簡単に言ってしまえば、孤独であり、同時に外との関わりに極端に怯えている存在。そんな二人が出会って、互いの存在を見ることで、自分についても考えさせられて行く…。後半では、ミステリ作品的などんでん返しも用意されてはいるのだけれども、それよりもアキヒロとミチル、二人の心情の描かれ方が見事。変な言い方だけれども、どんでん返しが無く終ったとしても、十分に成立していた(個人的には、そっちの方が好みかも(笑))。いや、面白かった。
(05年6月8日)

BACK


GOTH 夜の章・僕の章
著者:乙一

殺人、猟奇事件に関心を持つ「僕」と、同じ興味を持つ少女・森野夜を描いた連作短篇集。

う〜ん…なんで合わせて440頁程度なのに2巻に分冊なのよ? しかも、単行本の順番を崩している(らしい)ので、ちょっと調べて単行本の順番通りに読むことをお勧めする。

で、内容なんだけれども…これまたどう扱うべきか…。「僕」たちの住む街の近くで次々と起きる猟奇犯罪。それらを、独自に調査する主人公。その動機は、社会正義ではなく、被害者への道場でもなく、純粋な好奇心と犯人への憧れ(?)によるもの。そして、犯人を見つけても、別に警察へ突き出すわけでもなく、ただ事実を知るのみ。
形の上ではミステリ小説。そして、雰囲気は重い。ただし、悲惨なテーマとかではなくて、まさにタイトルの元ととなった「ゴシック」という雰囲気である。
まだ乙一の作品は、この作品と『暗いところで待ち合わせ』の2作しか読んでいないのだが、独特の雰囲気を持った作家だなぁ…などという風に思った。
(05年7月4日)

BACK


死にぞこないの青
著者:乙一
小学校5年のマサオは、係決めの際の些細なことから担任であり、新任教師である羽田先生に嫌われてしまう。何か問題があると、全てマサオのせいにされ叱られる。そして、それはクラスメイトからのイジメにも繋がって行く。そんなある日、マサオは全身が真っ青な少年・アオの存在に気付き…。
読んでいて、とにかく嫌〜な気持ちになった。…というか、この作品の舞台になった学校、世代なんかは、思いっきり自分と被るし(ビックリマンチョコだの、大長編ドラえもんだの、とかね(笑))、この担任の羽田って、自分の担任だった教師ソックリなんだよなぁ…やってることも含めて。まぁ、自分の担任だった奴は、クラスメイト全員から嫌われてたんだけど。おかげで、凄く嫌〜〜〜な気分で読む羽目になった。勿論、それは一種の褒め言葉として言うんだけど。
この作品、色々な意味でリアルだと思う。今では大分薄れたけれども、「先生は絶対に正しい」という信仰、ちょっとしたことからイジメへと発展して行く様子だとか…そういう辺りも含めて。そして、他人のせいにすることで、自らの不安を解消する心理とか…。
ただ、最後はちょっと疑問。これだけやられたマサオがそこまですぐに立ち直れるものなのか、一度崩れた関係がそう簡単に修復できるのか? とか考えてしまうと、ちょっと…。
まぁ、でも読み応えのある作品ではあると思うけれども。
(05年8月1日)

BACK


ZOO
著者:乙一
短篇の名手、という評価を得ている乙一氏だが、実のところ私がこれまでに読んだ乙一作品は長編ばかり(『GOTH』は連作短篇集だけど)で短篇を読んだのは初となる。なるほど、長編作品とは違った味わいがあった。
「何なんだこれは。」とは、帯に書かれた北上次郎氏の言葉だけれども、まさにそんな感じ。帯の言葉をそのままじゃ芸がない、っていうのなら「変幻自在」という言葉でも送っておこうか(ま、私なんぞに送られても喜ばないだろうけど(笑))。
とにかく、様々なスタイルの作品が集約されている、というのを感じた。とにかく、嫌な空気、嫌な雰囲気が充満している『カザリとヨーコ』。ギャグタッチな『血液を探せ!』『落ちる飛行機の中で』。切ないSF作品『陽溜まりの詩』。決められた状況で殺される恐怖を十分に感じる『SEVEN ROOM』。ミステリ作品的な味わいを持つ『Closet』。そして、表題作の『ZOO』など、それぞれに全く違う味わいを持っている。その全く違う味わいのところから、短篇らしい切れ味を繰り出すのだから溜まらない。
いや、参りました。そんな感じ(笑)
(05年10月7日)

BACK

inserted by FC2 system