夏と花火と私の死体
著者:乙一

乙一氏のデビュー作に当たる作品。表題作の『夏と花火と私の死体』と、『優子』の2作を収録。
まずは、『夏と花火と私の死体』から。
9歳の夏休み。私は、幼馴染によってあっけなく殺された。私を死体を巡り、幼馴染の兄妹の冒険が始まった。
なるほど、デビュー作から、乙一らしい雰囲気とでも言うべきものが溢れた作品だな、と素直に思う。夏休みの田舎町。小さな兄妹による、死体の隠蔽工作。大人達の目を欺いて、死体を隠そうとする。が、普段の何気ないところで何度と無くピンチを迎える。なんとなく懐かしさを感じる田舎の日常を舞台に、幼い兄妹の非日常が展開される。確かに、これを高校生(当時)が書いた、といわれれば驚く。
ただ、個人的に気になったのは、殺されて死体となった「私」の視点で物語は進むのだけど、この「私」がどういう存在なのかが気になって仕方が無い。死体の周りで起きたこと、ならばわかるのだが、明らかにそうでないところまで語られる。ここだけがちょっと気になった。
文庫の裏には「ホラー界」とあるけど、物語自体は「ホラー」って感じではないかな? オチの後味の悪さとかはそれっぽくはあるが…。

個人的には、『優子』が好き。
田舎の旧家(?)へ家政婦として赴いた清音。そこの主人には、寝たきりの婦人・優子がいるというが、見たことが無い…。
こちらの方が、ホラーと言えばホラーっぽい。婦人は本当に存在しているのかどうか。生きているのかどうか。少しずつ疑惑が募って行き、そして…。最後のオチも含めて、完成度が高いと思う。
(05年11月6日)

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天帝妖狐
著者:乙一
(文庫は)『A MASKED BALL』『天帝妖狐』の2編を収録。
タバコを吸うために学校の片隅にあるトイレを利用するようになった上村。彼は、そこのタイルに落書きを見つける。その落書きに返事を書くことにより、奇妙なコミュニケーションが始まるのだが…。(『A MASKED BALL』)
道端で行き倒れそうになっていた男・夜木。顔中に包帯を巻いた夜木は、決して素顔を見せようとしない。だが、彼を助けた少女・杏子や、その家族と打ち解けて行くのだが…(『天帝妖狐』)
この2編だけでは無いけれども、乙一って、面白い設定を築きあげる天才だと思う。勿論、その設定を十二分に生かすだけの巧さもあるわけだけど。
『A MASKED BALL』は、落書きを通じた匿名のコミュニケーション。相手が誰なのかはわからない。けれども、奇妙な連帯感が生まれる。そして、そんな中で起こる犯行予告と事件。まぁ、形としては、インターネットのそれと似たようなところがあるし、そんな作品もたくさんある。この作品が初出となった98年といえば、ネットが普及し始めた頃。その頃なら、ネットを舞台にしても、新鮮さがあったろうに、敢えてトイレの落書き、というシチュエーションを取った辺りが憎いと思う。
『天帝妖狐』は、自ら望んで不老不死となり、しかも、傷つくたびに、人の姿が失われて行く男を描いた物語。自らに絶望し、人と交わらずに暮らす男。そんな男が、少女と出会い、久しぶりに人間としての生活をする。しかし、それもある事件で人間としての理性を失って行く。コックリさんというそもそもの題材というシチュエーションに加えて、終盤の、自らを失って行く悲しみは、古典的な名作『山月記』(中島敦著)などからだろうか。そんな題材を、現代的に、エンターテインメント作品として十分に通用するように作り出しているのだから見事。初期作品だけれども、見事な完成度だと思う。
(05年12月4日)

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きみにしか聞こえない CALLING YOU
著者:乙一
何度読んでも、乙一作品っていうのは、独特の雰囲気があるなぁ…。そんなことを、しみじみと感じた。
『Calling You』『傷ーKIZ/KIDS−』『華歌』の3編を収録。
それぞれ、普通に考えれば、SFと言うか、相当にぶっ飛んだ設定である。
頭の中で想像していた携帯電話が具現化し、やがて頭の中で通話が出来るようになる(『CallingYou』)。暴力的ということで、特殊学級に入れられたオレ。そこへ同じく編入してきたのは、他人の傷を写し取るという能力を持ったアサトだった(『傷』)。駆け落ちしたものの、事故で愛するものを失った私。そんな私は、入院している病院の庭で、歌を奏でる不思議な植物を見つける(『華歌』)。
これらって、その設定だけでも、十分に魅力的だと思う。けれども、この3編の主人公は、それぞれに、自分の想いを上手く出せない、という孤独感を抱えている。その孤独感の表現っていうのが、この乙一作品の乙一作品なんだろうなぁ…なんていうのを感じる。
この作品収録の3編で、主人公たちは決して幸福とは言えない。物語が終わったときの状態も、決して向上したとは思えない。けれども、ほのかに光が見える、という結末に、なんとも言えない安心感を覚えた…。
…って、作品の感想になってねーな…(苦笑)
(06年1月26日)

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失踪HOLIDAY
著者:乙一
『しあわせは子猫のかたち』『失踪HOLIDAY』の2編を収録。
人付き合いが苦手な僕は、進学と共に殆ど会ったことのない伯父の持つ家へ引っ越した。そこの前の住人は何者かに殺害されていたらしい。しかし、そこにはどうやら前の住人の幽霊がいるようで…(『しあわせは子猫のかたち』)。
こちらは、「切ない」系の話になるんだろうか。人付き合いの苦手な主人公が、前の住人の幽霊、さらに彼女の飼っていた子猫との奇妙な同居生活へ。決して積極的な交流とは言えないような交流ながらも、心を通わせて行く。そして…。短い作品で、切ない終わり方ではあるんだけど、不思議と心温まる終わり方が印象的。
14歳の冬休み。私は家出をした。私の部屋へと入っていると思われる継母の証拠を探るため、部屋の真向かいに有る離れの部屋にすむどんくさい使用人・クニコの部屋へ潜りこむことに。そして、そこで狂言誘拐を思いつき…(『失踪HOLIDAY』)
こっちは、よく私が乙一氏作品に対して感じている「絶妙な設定」を見事に体現した作品のように思う。家出少女が、自分の家を見ながら狂言誘拐を行う。誘拐も、はたまた狂言誘拐も、小説のネタとしては沢山あるけれども、狂言誘拐の犯人という視点の作品っていうのはなかなか斬新だった。ちょっとしたイタズラのつもりが、自分の考えていかない方向に転がって行く様だとか、なかなか面白かった。
両作品とも、ミステリ小説的な仕掛けが施されている。施されているのだが、単純にミステリ小説として見た場合、ちょっと弱いな、と感じる。ただ、これは味付け程度で考えれば良いんじゃないだろうか。スニーカー文庫というところで考えても、このくらいで良いのだろう、と思う。
(06年3月2日)

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平面いぬ。
著者:乙一
『石の目』『はじめ』『BLUE』『平面いぬ。』の4編を収録。
乙一氏の作品と言うと、ちょっとした設定、ちょっとした舞台を用意して、それを上手く作品にまとめる、というのが私の基本的な評価であるのだが、本作もそれが生きているように思う。その上で…。
4編の中で最も印象的だったのは『はじめ』。ちょっとした事で、先生に叱られそうになった私と木園は、咄嗟に「はじめ」という架空の女の子にその罪を被せてしまった。隣町に住んでいて、家庭に恵まれなくて…と、「はじめ」という人物について作り出して行く私たちだったが、その「はじめ」という人物を感じられるようになっていき…。
想像の中の架空の人物について、その性格を考え、仕事を考え…というような遊びをしたことのある人は多いと思う。まして、小説家、という職業にとってキャラクターについて考えるのは最も重要な仕事かも知れない。そして、小説家のエッセイなどを読むと、ある程度やると「こういう時はこう動く」「次はこう判断する」なんて言う風に「勝手に動き出す」ように感じることがあるのだと言う。が、本作ではそれを文字通り「勝手に動く」ようにして話を作り出してしまっているわけなのだから脱帽だ。
さらに、物語のまとめ方も「らしい」と感じる。この設定ならば、色々なことが考えられると思う。例えば、推理小説の殺人鬼が実体化して…なんてやれば、文字通りのホラー小説に持って行くことも可能だ。でも、本作はそんなキャラクターを用いて凄く切ない青春小説に仕上げてしまった。4編とも、出来は良いと思うのだが、この「はじめ』は飛びぬけて印象に残った。
あとは『BLUE』も結構好きかな?
(06年7月10日)

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暗黒童話
著者:乙一
女子高生である「私」は、事故で左目を失い、同時に記憶も失った。記憶を失う前の「私」、菜深とは、全く違ってしまった私は何かと比較され、冷遇されていた。そんな時、眼球移植で左目を取り戻すのだが、前の持ち主・和弥の記憶が蘇るようになり…。
正直、読んでいてまず思ったのが、「いたたたた…」ってこと(笑) 冒頭から、少女の為に目を抉り出すカラスの物語があり、その後もそういうエグい描写が随所に溢れる。読んでいて、思わず目を抑えたくなってくる。
移植手術によって臓器であるとかを得た人が、前の持ち主の記憶を引き継ぐ。こういう話というのはしばしば目にする。小説などでも、しばしば目にするテーマでもある(例えば、『変身』(東野圭吾著)、『転生』(貫井徳郎著)など)。ただ、多くの場合、それは「しっかりとした自分」を持っている主人公が、その記憶を求める形であるのに対し、本作の場合、記憶を失った「私」が、その記憶の調査をし、自分を探す…という側面が強い。「自分」が存在し、それが失われることを恐れていく『変身』とは、対照的と言えるかもしれない。
そして、本作の登場人物は、それぞれ「何か」を失っている、といえるかもしれない。記憶と左目を失った「私」。最愛の弟を失った砂織。妻を失った木村。「殺す」ということが出来ず、また、そのような感覚も失っているといえる三木。その三木に身体的なものを取られた人々…。そういう意味では「失った」者たちの物語かもしれない。サスペンス作品としての出来もさることながら、そのような人々の苦しみを描いた作品と言えるのではないだろうか。
最初にも書いたとおり、なかなかエグい描写などが多いので、そういう人には勧め難い。しかし、作品としての出来は流石と感じた。
(06年11月24日)

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銃とチョコレート
著者:乙一
父が病死し、母と二人、貧しい生活をしている少年・リンツ。世間を騒がせる怪盗・ゴディバを追う名探偵・ロイドに憧れるリンツは、ある日、父が買ってくれた聖書にゴディバの手掛かりを見つけ、ロイドに手紙を出すのだが…。
このシリーズは、以前、『子どもの王様』(殊能将之著)を読んだのだが…これ、本当に「子供向け」なのか?(笑) それを強く思う。
いや、作品として面白いかどうか、と問われれば、文句なしに面白い。名探偵に憧れる少年が、実際に名探偵に会う…っていうところから始まって、人間関係だけで二転三転し、しかも、状況も一気に急展開し、最後には敵味方入り乱れて…となっていく様は凄まじい。いや、確かに面白い。ただ、これって、素直に子供に勧められるのかな? という風にも思ってしまうから困る。
「子供向け」って言うことで、確かに文字は大きいし、文字も簡単なものが選ばれている。けれども、作品としてのカラーは紛れも無く乙一。毒の効いた展開といい、結構、暴力的な描写が多かったり…と、全く手が抜かれていないのは見事。逆にだからこそ、戸惑ってしまうのだけれども。
もっとも、じゃあ、どういうのを子供向け、というのか? といわれれば困る。実際、推薦図書に指定されているような毒も何も無い本を「つまんね〜」とか言っていたわけだし。やっぱり、その辺りの感性として、オッサン化しているんだろうな…とか、思ってしまった。実際、これを読んだ、小学生の意見・感想というのを読んでみたいな、と感じる。
(07年8月7日)

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天使のレシピ
著者:御伽枕
何かの欠けた不思議な恋愛を描いた短編集。
うーん…なんだろうな…一言で言うと「苦手」かな、こういうタイプの話って。話としてのまとまりは悪くはないんだけど…どうもね。
作中のそれぞれは、皆、何らかの「呪い」というようなものを持っている。「キスをしないと落ち着かない。しかもその相手は恋人ではなく」とか、そういうのはある…。あるんだけれども、どうも、ね…。作中では「何か足りない」ことで、天使がそれを与えることで解決はするんだけど…なんか、「苦手」っていう感想が付きまとってしまう…。
そういう意味では、「恋愛実験」辺りが一番好きかな? 一番、素直に楽しめた。
評判がなかなか良いみたいで買ってみたんだけれども…作品の出来とかという以上に、肌に合わない作品だった。ちょっと残念。
(07年6月16日)

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子供をゲーム依存から救うための本
著者:オリヴィア・ブルーナー、カート・ブルーナー
翻訳:木村博恵
長男が、ゲーム依存になってしまった、と言う体験からゲーム依存の危険性を感じ、活動を行っている夫妻の著。
『脳内汚染からの脱出』(岡田尊司著)の中でも少し触れられていた書。正直、読んでいて、「予想通りの内容」と言う感ばかりが残った。基本的に、何が問題なのか、と言うのを挙げながら記していきたいと思う。
まず最初にこの書の問題は、「自身の好み」と「科学的な問題」をごちゃ混ぜにしている、と言う点。
夫であるカート氏が牧師と言うこともあるのかも知れないが、「ゲームをやっている姿が不気味」とか「もっと健康的なことをして欲しい」とか、はたまた、ゲームに没頭している人を「虚しい」とか、著者の嗜好・道徳観により否定が多い。ただ、これは基本的にただの難癖でしかない、と言うのがポイント。著者にとって「不健康」に見えたからダメ、と言うのはかなり問題の多い表現なのである。逆に、この中で推奨されているスポーツとか音楽とかについてだって、いくらでも「不健康」な面は探せるわけで、そこで否定するは、ちょっと問題。
次に、これは著者が当事者と言うこともあるのだろうが、「諸悪の根源はゲーム」と言う意識が強すぎるように思う、と言う点。先に書いた『脳内汚染からの脱出』とか、『テレビ画面の幻想と弊害』(田澤雄作著)などにもゲーム依存の子供の例があったのだが、そこにはゲームのほか、家庭内の不和であるとか、依存のきっかけになりそうな事情が見えた(もっとも、これらの書でも、そこを無視して、ゲームが悪い、となっているのだが)。本書でも同じ構図が見えるのである。例えば、著者夫妻の場合。夫妻の親(子供からすれば祖母)が病気になり、その介護に時間をとられている時、その依存状態が一気に悪化した、と言う。(欧米の子育てに詳しいとはいえないが)親の愛情の不足を感じたり、と言うようなことが引き金になった、と言う可能性はないだろうか? 他にも、インタビューに答えた人々の中に、「いじめにあって」とか、そういった問題を引き金にしているケースが散見される。ゲームの依存性、と言うのも考える必要はあるにせよ、こちらを無視して「ゲームが悪玉」と言うのはどうか?
さらに、解決策が「断固として取り上げろ」と言うのも…。上の、きっかけ部分とも関連するのだが、そのような問題を抱えている子供の逃げ場になっている場合、ただそれを取り上げることで解決するのだろうか? むしろ、逃げ場を失って暴走したり、別のものに依存するだけ…と言う危険性を感じずにはいられない。特に、このような書を読んで一方的に「今すぐ取り上げなければ!」なんて思って行動した場合は…。
他にも、いくつかの衝撃的な事件の犯人が「このゲームをやっていた!」などと恐怖をあおったり、自身に都合の良い研究ばかりを集めて科学的に証明された、と言うなどもどうかと思う(「ゲームは麻薬と同じくらいドーパミンが出るから、麻薬と同じだ」などと言ったり、また、ゲーム規制がされないおは業界の工作のせい、などと言っている。この辺、『脳内汚染からの脱出』などとソックリである)
ゲームの依存性などについて、考える必要があるのは確かかもしれないが、もっと冷静に議論すべきだろう。
(07年10月25日)

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丹波家の殺人
著者:折原一
建築会社のワンマン社長が遭難し、死亡が確認されぬままに起こる葬儀。そして、その遺産分配を巡って話し合った夜に、その長男が死亡した。
う〜ん…別の意味で騙された(笑)。
折原一というと、叙述ミステリという感じなのだが、この作品は次々と起こる殺人事件、そして密室トリックと、いたってノーマルな本格推理小説。常に、仕掛けを意識して読んでいた私は、逆の意味で騙された感じだ(笑)。
密室殺人大好きな警部・黒星とその部下・竹内の会話などは、東野圭吾『名探偵の掟』の天下一大五郎を彷彿とさせるものがあるのだが、こちらはおちゃらけるのではなく、そんなやりとりをしながらも普通の本格トリックの世界へと入っていく。その辺りが大きく異なる。
折原作品の中では癖が無い、とも言えるが、逆にいうとあまりにもノーマル過ぎて印象に薄い感じもした。一癖も二癖もある折原作品のファンというよりは、本格モノのファン向け…なのかな?
(05年4月24日)

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水の殺人者
著者:折原一
ちょっとした憂さ晴らしで作られた「殺人者リスト」。しかし、その1番手挙げられた青年の自殺を契機に次々とリストに挙げられた者が殺されて行く。
なぜか次々と追加されて届けられるリスト。そして、そのリストが追加されるたびに恐怖に襲われる…。なぜリストが増えて行くのか、それとも自殺した青年の祟りか? テンポの良い展開とサイコ・ホラー的な面白さもあって、グイグイと話に引き込まれた。
ただ、ちょっと、最後がドタバタしてしまったかな。あと、犯人の動機の部分もちょっと弱い感じがする。その辺りが残念。
でも、全体的に見れば十分に楽しめた。
(05年6月5日)

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黙の部屋
著者:折原一

偶然手にした一枚の絵から、その作者・石田黙の魅力に取りつかれ、彼に迫ろうとする美術雑誌編集者の水島。そして、記憶を失い、何者かに監禁されて絵を描かされる謎の画家。

この書籍の試み自体は面白い。サスペンス、ミステリ作品として一方で実在の画家・石田黙の魅力を知ってもらおう、というもの。著者・折原一氏が、いかに石田黙の作品を評価しているかは良く伝わってくるし、また、その折原一氏のホームページに書かれている、折原氏自身の石田黙へ辿る道と本作の主人公・水島の行動にダブっている部分などが垣間見えたりした面白さもあった。
…ただ、では純粋にサスペンス作品、ミステリ作品として見たらどうだろうか? というとちょっと微妙。事実に基づく部分が多い、という制約も多いためだろうが、正直盛り上がりに欠け、トリックなどもあまり…という感じだ。
著者の熱意は伝わってくるが…。
(05年6月25日)

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被告A
著者:折原一
連続殺人犯「ジョーカー」として逮捕された田宮悠太。厳しい取り調べに自白したが、自ら潔白を訴える彼は、法廷での復讐を決意する。一方、ひきこもりの息子と上手く言っていない教育評論家・初美だが、その息子が誘拐されたと聞き、救助に奔走する…。
正直、読了後、これだけ脱力した作品も久々…。
うん、冤罪を叫ぶも厳しい取り調べに徐々に追い詰められていく悠太、息子を誘拐され驚きながらも奔走する初美の両者の描写は緊迫感溢れるものだしグイグイと引き込まれる。当然、両者がどう関わるのか、そして、折原作品によくあるトリックがどのように決まってくるのか…そんな期待を抱きながら、先の見えない物語へと没頭していった。
が、その肝心のオチが…。変化球の名手とも言うべき著者だから、多少のものは想定していたけれども、これは読めない。…というか、このオチはアリなのだろうか? よくよく考えてみると、破綻しているように感じる部分もあるし、ちょっと苦しいと思う。
(05年8月28日)

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冤罪者
著者:折原一
ノンフィクションライター・五十嵐友也の元へ一通の手紙が届く。「自分は、無実の罪で裁かれようとしている。助けて欲しい」。差出人の名は、河原輝男。連続婦女暴行殺人事件の容疑者で、かつての五十嵐の恋人を手にかけたとされる男。到底、受け入れがたい内容だったが…。
いやー…、いかにも折原一って感じだなぁ…。とにかく、前後半のコントラストが印象的。前半は、まさに「法廷ミステリ」という感じで、河原は本当の犯人なのかどうか…を焦点に話が進む。が、それは中盤まで。中盤で、その裁判に決着がつき、話は一転…一気に折原一らしい変な人々の狂気の事件へと転がり出す。そっからは、いつも通りとでも言うべきかな。
折原一作品って、トリックにこだわりすぎて「どうなの?」と思う作品もたまにあるんだけれども、今作はかなり完成度の高いもののように思う。
(05年10月4日)

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沈黙者
著者:折原一
久喜市で連続しておこる一家惨殺事件。万引きにより逮捕されるものの、何一つ語ろうとしない男。何のために沈黙するのか。事件との関連は?
なかなか説明が難しいな…。ま、冒頭にも書いたように、ストーリーは、2つの話が閉口する形で進んで行く。折原一作品がどういうものか、というのを考えれば、読者の興味も、両者がいつ工作するのか? どういう風に関連するのか? 多分、そこに興味を持っていかれることになると思う。実際、そこがこの作品の醍醐味だろう。
折原一作品の中には、かなり凝ったものが多く、読んでいてこんがらがってしまうものがあるのだが、そういう作品と比較するとこの作品の構成はかなりシンプルな構成。それだけに、普段から読みなれている人には物足りないかもしれないけど、逆に折原一作品を読みなれていない人は読みやすいんじゃないかとも思う。今作の登場人物たちは「普通の人」なので、感情移入もしやすいし。
ただ、欠点を挙げるとすればやっぱり動機の面かな? トリックの他に、「なぜ沈黙するのか?」という動機の部分に興味が出ると思うんだけど、その動機がかなり弱い。ちょっと無理があるかな? という風に感じたのは確か。そこをどう考えるか、で評価が変化すると思う
(05年10月23日)

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