MAZE
著者:恩田陸

アジアの西の果てにある山の中の荒野。切り立った白い構造物。何人もの人間が、中に入ったまま戻ってこない、というその構造物を4人の男たちが訪れる。彼らは、「人間消失のルール」の調査をするために。
決して、恩田陸作品をたくさん読んでいるわけではないのだが、この作品は恩田陸作品としては珍しく「はっきりとした解答」が示されている作品のように思った。
人間消失、伝承…そういう雰囲気はホラー作品的だ。勿論、人間消失のルール調査という意味では、ミステリ。いつも通りにジャンルを横断したような感じではあるのだが。
なるほど…読み進めていくと、男たちの人選、アジアの西の果てという舞台設定、ちょっとした言い回し…それらが全てが意味を持っていることに気づかされる。何か、パズルのピースがハマっていくような感じで。
確かに、後に残る余韻のようなものは薄いように思う。何か、恩田陸作品らしくないと言えば、恩田陸作品らしくないように思う。けれども、じゃあ、これが駄作か、といえばそうとも思えないし。こういうのも好きだ。
(05年9月16日)

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小説以外
著者:恩田陸

恩田陸氏の初のエッセイ集…らしい(同時期に、もう1冊出てるので)。
様々な書籍、漫画などの感想、様々な文庫への解説、はたまたお酒の話題…などなど、113本のエッセイが入っている。
これを読んでいると恩田氏のルーツがなんとなくだが見えてくる。本当に、物凄い量、ジャンルを超えた読書キャリアが、ジャンルわけが難しいような独特のスタイルを生み出しているのか…と思うと、なかなか興味深いものがあった。ま、私なんぞはまだまだひよっこなわけで、作品の内容どころか、著者・作品名すら知らない書が出てきて「うーん…」と思ったものも多かったわけだが。あ…、二日酔いの苦しみとかなら、思いっきりその苦しみを共有できましたけどね(笑)
と、まぁ、そういうわけで、恩田氏のルーツ、人柄などが知れるエッセイ集なわけだけど、私個人は、まだ今読むべきものではなかったようにも思う。簡単に言えば、まだまだ恩田陸作品は未読のものばかりなので、その時点でこの書を読んでも…という部分が感じられたためである。今後も恩田陸作品はちょこちょこと読み進めて行くことだと思う。そして、もっと恩田陸作品に触れてから、もう一度、読んでみようかと思う。
(05年10月18日)

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Q&A
著者:恩田陸

02年2月11日。大型ショッピングセンターでそれは起こった。死者69名、負傷者106名を数える惨事であったが、原因は特定できないままだった…。
何とも難解な作品だ。まず、この作品は、全編通して、会話、質疑応答のみ、という形をとる。その辺りで『もつれっぱなし』(井上夢人著)を思い出したし、質疑応答で関係者から話を聞く、という意味では『理由』(宮部みゆき著)を思い出した。
読書中はとにかく先が気になって仕方が無い、という感じ。防犯カメラの映像でも、はたまた、事件後の調査でもこれといった原因は不明。関係者から浮かび上がってくるのも、ちょっとしたものだけ。そこから、一気にパニックへと移っていく様、難を逃れた人々の心の傷であるとかが実に生々しくて印象的。そんな中で、「この次は…」とどんどん読み進めることになった。
…が、読み終わってみるとどうにもスッキリしない。結局、何が原因だったのか、どうしてこうなったのか、はわからずじまい。恩田陸作品では、余韻を残す、結末を読者に委ねる、というものは多いのだけど、どうもこれは、結末を委ねるにしても、白紙状態のままで終わってしまっている感じがしてならない。だから、どうにも余韻というよりは、困惑が残ってしまう。
読んでいて面白いことは面白いのだが、どうにも困惑してしまった作品だ。
(06年1月23日)

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ねじの回転
著者:恩田陸
1936年2月26日。皇道派の将校・安藤、栗原らは、2度目の「二・二六事件」に挑もうとしていた。時間遡行技術を開発し、過去の「汚点」を排除し、歪んでしまった時空。その結果生まれた謎の奇病。彼らは、国連により、「正しく」再現するために選ばれていた…。
うーむ…どうやって感想を書こうか…。恩田陸作品って、ジャンルで言うと色々なものを横断的に扱っている作品が多い、という感じなんだけど、そういう意味ではこの作品は比較的ストレートなSF作品。
「正しい」歴史に修復するために活動する国連職員。しかし、未来を知り、「やり直し」の人生でなんとか転換させようとする将校たち。さらに妨害をする「ハッカー」。前半は、そんな腹の探り合いのような形で話が進んで行く。
(勿論、設定そのものからSF作品なんだけど)物語がSF的になっていくのは後半に入ってから。「二・二六事件」の起きている時間と、それを見守る国連職員たちの時間、さらにその外側の時間…と様々な概念が出てきて、さらに時間遡行の設定も表出してくる。そして、その辺りになって、ところどころに挿入されている「おとぎ話」が効いてくる。その辺りの仕掛けが見事。
「確定」直前に明かされる思惑と、その後の皮肉な結末。このまとめ方が憎いな…、素直に気に入った。ちょっと混乱した部分があるのは、事実だけどね(笑)
(06年2月24日)

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劫尽童女
著者:恩田陸
父である天才・伊勢崎博士から特殊な能力を与えられた少女・遥。秘密組織「ZOO」から逃亡し、追っ手たちとの激しい戦いを続けながら、遥の数奇な運命が始まる…。
うーん…なんだろうな…。戦闘シーンの描写であるとか、そういうところの描写力は流石ではある。しかし…。
全体的に、人物描写とかがかなり薄い気がする。やたらと物語の舞台がどんどん大きくなって、派手さばかりが表に出てしまっているというか…。結局、伊勢崎博士が何をしたかったのかは不明だし、何故逃げたのかも不明。アレキサンダーの活躍もあまり見られず。最後に出てくる人物にしても「ただの変な人」としか言えない状態だ…。
話の結末そのものは、凄く綺麗にまとまっている。ただ、それが逆に恩田陸作品らしくない、という感じもする。どっちかと言うと、さあこれから、というところで終了して、あとは読者の想像にお任せ、という形で不思議な余韻を残すのが恩田陸作品に多いパターンなだけに…。
他の恩田陸作品と比べるとちょっと劣るように感じる。
(06年4月11日)

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まひるの月を追いかけて
著者:恩田陸
離婚し、一人暮らしている静のもとに、連絡が入る。それは、彼女の異母兄・研吾が失踪した、というもの。研吾の恋人・優佳利と共に、研吾の失踪した奈良を訪ね、彼の足跡を追うこととなったのだが…。
というのが、導入の説明なのだが、実を言うと、すぐに方向転換してしまう。とにかく、序盤から、物語が二転三転を繰り返す。それも、そこまでの前提をひっくり返すような勢いで。
導入部は失踪した研吾を探す物語のようであるが、作品の中心となるのは登場人物たちの人間関係であろう。研吾、優佳利、そして妙子という奇妙な三人の関係。そして、研吾の異母妹という静。その微妙な人間関係が織り成す心の動きが、物語の中核を占めている…と思う。それぞれが、それぞれの思いを秘め、仲が良いのか悪いのかも微妙な状態で旧跡を巡る…。なんか、よくよく考えると、なんでそこまでして観光地巡りするのか? とか思わないでもないのだけど、不思議と奈良の古い町並み、寺などがしっくりくるから不思議。
ただ、構成を考えると悪い意味で「連載作品」と感じる部分があった。正直に言うと、1章ごとの二転三転は比較的露骨に伏線が張られていて、結構、予想できるのに対し、最後の部分に至る伏線が弱いかな? と(散りばめられていた、と言えば散りばめられていたけど)。雰囲気とかは好きなだけに、もうちょっとこの辺りのバランスが良ければ…というところか。
(06年5月13日)

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図書室の海
著者:恩田陸
10編を収録した短編集。
『予告編』集なんていう言われ方をしているのは知っていたのだが、確かに読んでみると、そんな感じがする。例えば、『睡蓮』は『麦の海に沈む果実』のヒロイン・理瀬の幼少時代を描いたものだし、『図書室の海』は『六番目の小夜子』の番外編。『ピクニックの準備』は『夜のピクニック』の予告編と言えよう。…『麦の海に沈む果実』以外読んだこと無いのが何だが。他にも「予告編」と感じられる作品は多くある。
この中で特に印象に残ったのは3編。『春よ、こい』は、作品のオープニングを飾る作品だが、いきなり頭がグルグルとしてきた(笑) リピートしていく、というのは決して珍しい方法じゃないけれども、短編でこれだけやると…頭ん中ぐるぐる(笑)
『ある映画の記憶』は、主人公の記憶の中にある映画と、ある事件の物語。作中にも出てくる一色次郎『青幻記』、その映画に対する主人公の感想と同様に、何とも感傷的な雰囲気が印象に残った。でも、「半ば実話」って、恩田さん…(汗)
個人的に一番好きなのは『国境の南』だろうか。学生時代、友人が通っていた喫茶店。その喫茶店を舞台にした事件。犯人と目される女性の感情へ対する疑問…。ミステリーとしても十分に通用する上に、ある意味では非常に悪い余韻が印象的。やっぱり、私は、こういう作品、好きなんだなぁ…と改めて感じる。
ま、全体的に見るとやっぱり「予告編」なんだな…と思う。それこそ『ピクニックの準備』がはしりになっている『夜のピクニック』なんかは面白そうだ…なんて思うし。また、本編を読んだ後で読むと違うのかな? なんてことも思う。どっちにしても、今度、紹介されているものを読んでみようかな…なんていう風に思わせてくれる。
…もっとも、映画の場合、「予告編は凄いんだけど…」っていうの多いからなぁ(ぉぃ)
(06年7月5日)

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puzzle
著者:恩田陸

コンクリートの堤防に囲まれた無機質な廃墟の島・鼎島。そこで発見された3体の遺体。1体は、学校の体育館で餓死した状態で。1体は、高層アパートの屋上に墜落したとしか思えない状態で。1体は、映画館の座席に腰掛けた状態で感電死して…。春と志土、二人の検事がこの謎に挑む…。
おや珍しい。まず思ったことは、これかな? 恩田陸作品って、謎を提示しておきながら、はっきりとその解を示さずに終わらせる、ということが多いのだが、この作品は、大量に謎を示しておきながら、実にきっちりと解を示して決着する。全てにおいて合理的な決着が図られる、というのは何とも珍しいな…というのが、まず最初の感想だった。
で、次に感じたのが、もっと長く出来たんじゃなかろうか? という点である。本作は、文庫で150頁強。ただし、文字数が少ないので、実質的にはもっと短い。その分量で描くには謎が多過ぎるのではないか? と感じるのである。
高層ビルの濫立する廃墟の島、という舞台設定。そこにある不可解な3体の遺体。さらに、それぞれが持っていた新聞記事のコピー…と、非常に魅力的な素材が揃っている。揃っているからこそ、もっと、じっくりと読みたかった、と感じるのだ。例えば、新聞記事から、その謎の解を出すまでの試行錯誤、遺体の謎を解き明かすまでの調査、特殊な舞台設定を生かし、ファンタジーのような方向での考察が進んでも良い。とにかく、色々と可能性を感じるだけの素材が揃っているからこそ、そこが省かれて一気に解が導かれてしまったことに物足りなさが感じられてしまう。
これはこれで、面白かったのだが、いや、それゆえに、もっとじっくりと味わいたかったな、という感想を漏らさずにはいられない。
(06年7月22日)

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ユージニア
著者:恩田陸
北陸の観光名所であるK市。そこでかつておきた凄惨な事件。街の名士・青澤家で催された祝いの席。そこに送られた祝いの酒・ジュースを飲んだ十七名が毒殺。事件から時が経ち、ある男の自殺によって、事件は終わっていた…はずだった…。
物語は、『Q&A』などと同様に、当時の関係者たちに対するインタビューという形式で展開する。そこでは、事件に対する予断があり、また、時系列のブレがあったりと、揺さぶられながら進んで行く。
まず、この作品、構成というか、その設定そのものが実にユニークだと思う。事件から時を経た後、関係者によってまとめ上げられた書籍が存在する。そして、その書籍によるブームが去った後、再び再構成される、という時系列を取る。その為、ある者によっては、既に終わったもの、として決着したものであり。また、ある者にとっては複雑な想いを残したままの状態で存在する。そして、それぞれの関係者に何らかの形で、事件の傷痕は残される。
序盤に「ノンフィクションなどない」という言葉が出てくるのだが、まさにその通りなのだろう。どんなに緻密に描いたものであっても、必ずそこには描く側、語る側の主観が入り混じっていく。しかも、本作で重要な役割を示す事件をまとめた作品に隠された謎がそこを複雑にする。ただ、関係者の心情を描く、というだけでもかなり面白いと思うのだが、それだけにとどまらない意欲作っぷりには脱帽。
本作に関しても、正直、スッキリしない部分は残る。ただ、これ、私の経験もあるのだろうが、「恩田陸作品は、こういうの多いし」ってことで、妙に納得してしまった(笑) 読む前から、そういう評価は目にしていたし、覚悟が出来ていた、というのもあるのだろう。
この結末も含めて、私は十分に楽しめた。
(06年8月24日)

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ロミオとロミオは永遠に
著者:恩田陸
日本人だけが地球に残り、科学物質や汚染物質の処理に従事する近未来。その日本の最高学府であり、エリートへの未知である大東京学園。過酷な入学試験を通過して入学を果たしたアキラは、抜群の成績で入学した美少年・シゲルと出会う。アキラとシゲルを待ちうける大東京学園の生活は、奇妙な生活だった…。
なんていうかねぇ…恩田さん、ものすっごい悪ノリしてません?(笑) いや、悪ノリと言いきるのも何なんだけど、かなり際どいネタとかが大量に散りばめられていて、「大丈夫かいな」とか思ったくらいだもん。「特に汚染が酷い地域・ディズニーランド。そこには、黒い耳を持つ突然変異種のネズミ・ミッキーが…」とか。
と、その辺りからも分かると思うんだけど、20世紀後半の日本の(サブ)カルチャーと言われるようなもののパロディなんかを大量に散りばめながら描かれる青春ストーリーとでも言えばわかりやすいかと思う。「大東京学園」と言う舞台ではあるものの、いわゆる「学園モノ」と言うのとはちょっと違う。(いくら何でも、こんな学校は現在の日本にはありえない)
ストーリーそのものの大きな流れは「お約束」とでも言うべきもの。最初にも書いたけれども、ストーリーの大筋よりも、そこまでに散りばめられるパロディやら皮肉やらこそが本作のテーマだと思ったくらいだ。無論、そういうものを散りばめながら、それらを纏め上げる手腕は流石である。ただ、それだけに、世代とか、そういう部分のポイントはあるかと思う。わからなかったものもいくつかあるし。
この作品、読んでいて感じたのは、著者のそれまでに触れてきた文化というものである。以前読んだエッセイ『小説以外』の中でも、様々な読書暦であるとか、そういうものが描かれていたのだが、そういう経験があるからこそ、本作が描けたので無いかと思う。「郷愁と狂騒の20世紀に捧げるオマージュ」というコピーがついた本作だが、同時に、「恩田陸が、自らの過ごした20世紀に捧げた作品」なのではないかとも思う。
(07年9月20日)

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夜のピクニック
著者:恩田陸
高校生活の最後を飾るイベント「歩行祭」。全校生徒が、一昼夜をかけて80キロの道のりを歩き通すと言う伝統行事。貴子は、最後のイベントに向け、ある賭けをしていた…。
微妙に世間のブームから遅れている気がするが…まぁ、良いか(笑)
なるほどね。どこかで「ただただ歩いているだけだよ」という、この作品の感想を聞いていたのだが、確かにその通り。作品の舞台となるのは、歩行祭の開始から終了まで。その中にあるのは、ひたすら歩く場面、そして、友達との会話(やりとり)。ただそれだけ。でも、それだけで十分に物語として成立している上、何とも言えない懐かしさみたいなものを感じさせてくれるのだから恐れ入る。
作品の主人公は、同じクラスにいる貴子と融。二人の間には複雑な事情があり、互いに良好とは言えない関係になっている。その二人の関係を中心に物語が展開して行くのだけど、そこに至るまでのそれぞれの友達との会話、やりとりが絶妙。
この作品に登場する人物って、多かれ少なかれ、「ああ、こんな奴いるよな」っていう感じがするんじゃないかと思う。不器用な融、良くも悪くも「良い奴」という印象の忍、おせっかいな美和子、イベントになるといきなり元気になる高見などなど…。そんな彼らが話すのも、幽霊だったり、誰それが妊娠したらしいとかいう噂だったり、はたまた進路のこと、恋人のこと…ととりとめない。そのとりとめのなさが、「こういう時の会話ってこうだよな」と感じさせてくれる。派手さも何も無いけど、無いが故にその会話の瑞々しさ、高校生らしさ…みたいなものが溢れてくるように思う。
自分が高校生だった頃はこうだったよな…。こういう奴いたよな…。そんなことをフィードバックして考えさせられてしまう。そんな作品だった。うん、面白かった。でも、多分、これ、現役の高校生よりも、卒業してしばらく時が経った後の方が、そう思うようになるんだろうな。
(06年10月20日)

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酩酊混乱紀行 「恐怖の報酬」日記 イギリス・アイルランド
著者:恩田陸

03年9月。恩田陸は、ある恐怖と戦っていた。「イギリスには行きたいが、飛行機には乗りたくない」。大の飛行機嫌いである恩田陸のイギリス・アイルランド旅行記。
丁度、この書が出たのと同じ頃に、『小説以外』が出版され、双方が「恩田陸。初エッセイ!」と張り合っていたのを思い出すのだが、『小説以外』は、雑誌などに寄稿されたエッセイをまとめたもの。こちらは、紀行エッセイと作品の方向性は全くの別物。
タイトルなどにもあるように、恩田さんは、飛行機が大の苦手。準備やらの段階から、その恐怖が刻々と綴られる。かほぴょん(河北新報のマスコット)から脅しの言葉が聞こえたり、緊張のあまり空港の記憶が曖昧だったり、飛行機が揺れた、とパイロットを罵ったり…。イギリス・アイルランド旅行記なのに、210頁あまりの書の3分の1を到着するまでで費やしている(笑) よくよく考えると凄い構成だ。
で、最初に『小説以外』と方向性が違う、と書いた。それは間違い無いのだが、当然の如く、共通点も見出せる。旅行ということで、各地の観光地やら何やらを回るのであるが、そこを見ては、「こういう物語はどうだろうか?」とか、「この作品のこのシーンを思い浮かべる」と言ったように様々な小説、映画などと交錯して行く…。そういうところで、やはり恩田陸氏と各種の物語は切っても切れない関係なのだな…などということを思い知らされた。
しかし…何よりも本作を読んでいて思うのは以下の一言である。「恩田さん、飲み過ぎです!」(笑)
(06年11月5日)

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象と耳鳴り
著者:恩田陸
裁判所の判事を定年退官した関根多佳雄。そんな関根多佳雄を主人公とした連作短編集。
実のところ、本作を読んでいて「ちょっと違うんでないか?」と思ったことがある。それは、文庫の裏表紙に書かれた「論理の芳醇なる結晶」という煽り文句であり、様々なところに飾られた「本格推理」「推理小説」という言葉である。
確かに本作の場合、推理はしている。各編で導き出される解答も理路整然としている。しかし、「これは本格推理なのか?」という違和感が残るのだ。(というよりも、私が「本格推理小説」というと、いわゆる密室とか、そういうジャンルとして認識してしまっている部分もあるとは思うのだが)
むしろ、私が感じるのは多佳雄を始めとした登場人物達、そして、著者である恩田陸氏自身の想像力である。作品で多いのが多佳雄が様々な出来事、言葉…そう言った物に出会う。それらから、「何があったのか?」と言ったところに思いを膨らませ、そして、「どうしてそうなるのか?」へと繋げて行く。そこで導き出される物は理路整然としているのだが、むしろそこに至るまでの話の膨らませ方、ちょっとしたものから推理を作り出して行く想像力にこそ魅力を感じるのだ。
逆に言えば、あまりにも少ない証拠から答えを導き出してしまうところに都合の良さを感じてしまう部分があるかも知れない。私自身が、そう感じてしまった部分があるし。
ただ、手紙だけでのやりとりで進行するものあり、はたまた、多佳雄が直接出てこないものあり…と形式そのものも多様で飽きさせない。また、結末などには直接関係ない逸話なども面白い。そんな多様性からも恩田氏の想像力は感じさせてもらった。
(06年11月12日)

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禁じられた楽園
著者:恩田陸

平凡な大学生・捷は、偶々同じ授業を取っていた大学一の有名人に声をかけられる。禍禍しい雰囲気を持つ彼に、警戒しながらも捷は惹かれていく。様々な仕事を転々とし、現在は探し物をする和繁は、学生時代のゼミ仲間・淳に昔見た絵を探すよう依頼される。しかし、その数日後、淳の婚約者という女性から彼の失踪を知らされる。美大生・律子は、バイト先にやってきたカリスマ芸術家と出会う。全ての中心にいるのは、烏山響一…。
いや、一気に読ませるだけの力のある作品、というのはよ〜くわかる。とにかく、序盤から常に感じさせられる「何か嫌な雰囲気」「禍禍しい空気」。烏山響一という人物を中心にして次々と起こる不可思議な事件。そして、三者が互いに導かれるように和歌山・熊野の山へと集められる。この導入部分から非常に魅力的。
そして、中盤からは、さらに不可思議な展開へと進んでいく。山に飾られたインタスタレーション。そこを見ることで抉り出されるそれぞれの持つ負のイマジネーション。とにかく、これが物凄く禍禍しく、そしてエグい。端的に言うと気持ち悪い。そんな気持ち悪い描写に翻弄されながら、響一の目的とは? 全ての謎とは…と進んで…。
と、まぁ…終盤までは凄く引きつけられる物がある。あるんだけれども、そのまとめ方がちょっとね…。そこまでの展開からすればちょっと唐突感・強引さがあるし、また、いくつかの謎が投げっぱなしのまま、というのも気になる。そこまでが良かっただけに、ちょっと終盤で失速した印象を持った。
まぁ、結構、エグい、グロテスクな描写があるだけに、それが苦手な人には勧め難いのだけれども、全体を通して見れば楽しめた。
(07年1月14日)

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クレオパトラの夢
著者:恩田陸
不倫相手を追いかけて北国まで行ってしまった双子の妹・和見を連れ戻すこととある仕事の目的で、北国・H市へとやってきた神原恵弥。しかし、そこで見たのは和見の不倫相手であり、仕事の目的であった研究者・若槻の死。さらに、和見は突如失踪してしまって…。
なぜ、H市と伏字なのだろう…? G稜郭とか、H山とか、思いっきりバレバレやん(笑) しかも、札幌の方はそのまんま、って言うんだから余計に。
と言う妙なところから、感想を始めたが、『MAZE』に続く、神原恵弥の物語。前作では、その女言葉と言うキャラクターと、知的な活躍を見せた恵弥。しかし、今回はちょっと趣が異なる。ストーリーの中心を担うのは、若槻が残した「クレオパトラ」というものを巡る謎。そもそも、ある程度は恵弥は、それについての予想をしている状態から始まるのだが、読者はそれすらわからない。そのギャップと、さらに和見の失踪と、そこに関連して動き始める様々な勢力の影…で、ますます混迷していく。そして、恵弥自身も双子の妹と言うことでどんどん感傷的になっていく。
前作の舞台もそうなのだが、今作に関してもその設定が上手く生きている。その歴史というのも勿論、大事だったのだろうが、何よりも北国の冬のどんよりとした曇り空。それが、混迷する物語、そして、感傷的な恵弥の心理と上手くマッチしていると感じる。
今作も理論的な答えが用意される。ただ、それが正解であるか、それとも…という双方に理論的な結末を見ることが出来る。どちらと見るか、どちらと感じるか。この辺りの余韻に、恩田陸作品「らしさ」を感じた。
(07年2月6日)

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