脳の力を高める 脳を育てる睡眠・脳を脅かす電磁波
編集:家庭栄養研究会

どうしようもねぇな…これ…。
家庭栄養研究会編集ということだが、複数著者の雑誌寄稿文を中心にした書。第一章「脳の力を高める」、第二章「脳を育てる睡眠」、第三章「脳を脅かす電磁波汚染」という構成。ただ、話の中心となるのは電磁波汚染、というところになるだろうか。三章だけでなく、一章でもそこに触れられているため。
まず、この中で比較的まともなのは第二章。睡眠の大切さ、睡眠の必要性などを述べた部分である。日本人の睡眠時間が現象傾向にあること。睡眠時間が減ることの害などは確かに理解できる。ただ、全てを脳に結びつける辺りはどうかと思うが(例えば、就寝時間が遅いほど、朝食を抜く傾向があるのは、脳内物質の分泌が悪くて食欲が沸かない…というが、単に食べてる時間が無いためでは? 同じく就寝時間が遅いほど、成績が悪くなる傾向…というのも躾の割合が多いだろう)。とはいえ、比較的マトモな部類と言える。
それ以外こそ、厄介だ。まず、第一章だが、扱われているのは、子供の体力・視力低下、ゲーム脳、環境ホルモン、電磁波と言った辺り。ゲーム脳は相変わらずのバカ理論なので割愛。環境ホルモンに関してだが、これ自体がどの程度の影響があるのか、どういう影響があるかはまだまだ研究途上である。ここを担当した黒田洋一郎氏は、自閉症やADHDの増加は環境ホルモンと言っているが、それが正解かどうかはわからない。ただ少なくとも、「江戸時代に自閉症やADHDがあったという話を聞かないのは、環境ホルモンがなかったから」なんて書くのはどうだろうか? 単に記録が残っていないだけ、とか、医療技術の問題なだけだから(近年の増加ってのも、それが原因と考えられる)。
そして、電磁波の話。これが一番多く扱われているのだが、これを読んでいると電磁波の悪影響が証明されたように思えてくる。しかし、実際のところ、「悪影響が有る」という意見もあれば「ない」という意見も多い。つまり、「あるかどうかわからない」というのが結論だ。146頁に「電磁波は安全の保障はない」と言う見出しがあるが、「危険である」とも確定していないのである。電磁波に関する文章を書いている人は6名いるが、全て「危険である」という研究をしている人を並べるというのはバランスとしてどうなのだろう? もし、一人で反対意見がいて、また「危険な可能性もあるから」というのであれば、まだバランスを取ろうとしていると考えられるのだが…。
タイトルは「脳の力を高める」であるが「高める」方法は特に書かれておらず、どちらかといえば、電磁波、ゲーム脳、環境ホルモンなどを並べて「危険ですよ」と不安を煽りたてているようにしか感じられなかった。

しかし…荻野氏の「ゲーム脳も電磁波のせい」には笑った。いかに読んでいないということか…。将棋盤や駒からも電磁波が出てるんだろうか?(笑)
ゲーム脳もなぁ…。調べた中でゲーム脳20%、半ゲーム脳40%で、残り40%のうち、1日1〜2時間もテレビなどを見るとビジュアル脳ってことは、ノーマル脳は極めてアブノーマルってことになるんだよなぁ…。しかも、ゲームをやってもらった際の脳波(もどき)っていうんだから、慣れの可能性は大ですわなぁ…。
(05年12月8日)

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インディゴの夜
著者:加藤実秋
フリーライター・高原晶が編集者・塩谷に漏らした一言から始まった風変わりなホストクラブ「club indigo」。正体不明の敏腕マネージャー・憂夜の助力もあって、経営は順調。だが、そんな晶の周囲で事件が起こる。晶とホストクラブの面々の活躍を描く連作短編集。
なんていうか、ミステリー小説、と言えばミステリー小説なんだけれども、いわゆるあっと驚くようなトリックがあるわけでもないし、サプライズを狙った作品というのとも違う。どちらかと言うと、事件という謎で引っ張りながら、ホスト、風俗、水商売…そういった社会を描くといった趣。
で、この作品、何が巧いか、と言えば、登場人物の描き方だと思う。主人公は、フリーライターという「表の仕事」を持つ晶。その晶と、一回り違う世代で晶から見ると「頭が軽い」と思えるホストたち。そして、塩谷、憂夜、おかまのなぎさママ。彼らとのやりとりが何とも楽しい。
作品の舞台が舞台なので、事件そのものをよくよく見ると、陰惨なものも含まれる。しかし、上記したような面々の軽いやりとりでアッサリと読んで行けるのはこの作品の最大の長所だと思う。勿論、ホストたちが活躍…ということで、そのネットワークを駆使するだとか、客との駆け引きで情報をくみ上げるなどという場面も散りばめられる。
続編に当たる『チョコレートビースト』が既に出ているが、なるほど、これならば続編も読んでみたい、という気にさせてくれる作品だ。
しかし、一番のお気に入りのキャラクターがなぎさママってのどーなんだ、俺…?(笑)
(06年6月27日)

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インディゴの夜 チョコレートビースト
著者:加藤実秋
ライターの高原晶と雑誌編集者・塩谷が開いた風変わりなホストクラブ「club indigo」。邪道と言われながらも、客足の耐えないその店の周囲では、次々と事件が…。「club indigo」オーナー高原晶とその周囲の人々を描いた連作中編集。タイトルでも分かる通り、『インディゴの夜』の続編。
前作でも同様の感想を抱いたのだけれども、やっぱり晶とその周囲の面々とのやりとりが楽しい。水商売、そしてその中でも邪道と呼ばれる連中で、見た目やら何やらはそんな偏見通りかも知れないけれども、根は正直で優しいホストたち。そして、そんなのホストたちの行動に心の中でいちいちツッコミを入れている晶…という構図が凄く楽しい。一見、常識人風に振舞っていながらも、晶自身も結構無茶苦茶やってたりするし。前作以上にその登場人物のやりとりが楽しい、と感じられた。
で、前作との違いは、と言えば、今回はどちらかと言うと晶たちが自分から事件へと首を突っ込んで行っている、という印象であるところ。前作の、どちらかと言えば、巻き込まれて仕方なく、と対照的。個人的に好きなエピソードは『マイノリティ/マジョリティ』かな。ホストクラブのオーナーという面ばかりがこれまで強調されていた中、晶・塩谷の「表のカオ」の面が見れて面白かった。
もっとも、今回は自ら話に顔を突っ込んで行く話が多い、ということもあってどうも「ホストクラブ」という世界の印象が薄くなってしまった感じ。先の『マイノリティ/マジョリティ』とか、表題作『チョコレートビースト』などはホストクラブがあまり関係ないし、『真夜中のダーリン』も変えようと思えば変えられるし…。そこがちょっと気になった。
とは言え、やっぱり楽しかった、と言う方が先に来る。まだまだ十分に繋がる終わり方だし、続編が出てくれることを期待したい。
(07年1月21日)

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統計数字を疑う なぜ実感とズレるのか?
著者:門倉貴史
有効求人倍率、経済効果…世の中には様々な数字が溢れている。しかし、数字を示して「こうだ」と言われてもピンとこないことは多い。様々な統計の「クセ」、統計の問題…があるためだ。その統計のクセについて紹介した書。
ということになるだろうか。
正直に言おう…。この手の数字、統計については好きなのだが、読んでいてクラクラした。いや〜…流石は、高校時代から数学をロクにやらなかっただけのことはある(正直、√って何だっけ? って思ってしまった自分はいかがなものかと思った) と、同時に、私自身が、経済学だとかについて全く勉強していない人間だから、というのもあるとは思う。
ということで、様々な統計についての数値計算の方法であるとかが延々と続いている辺りで、ちょっと挫折しかけたものの、それでも読んでいて面白いな…と思ったのは確か。
例えば、消費物価指数の動向が語られるが、その指数の統計自体がどういうクセがあり、そこにズレが生じるものであるか、とか、有効求人倍率の問題点とは何か? とか、そういうものについての詳しく解説されており、読んでいて非常に面白かった。個人的に、計算方法だとかはチンプンカンプンのままであったものの、それでも結果として「こういうクセがある」と言った部分については理解できたわけだし。
一方で、本作の特徴は第5章、「地下経済」について、かも知れない。犯罪であるとか、表に出ない経済活動などについて考察されているのは、その手の著書を多く著している著者らしい…とも感じた。
まぁ、ある意味では、ここで語られることは、経済学などについて学んでいる人にとっては常識レベルなのかも知れない。ただ、私自身にとっては、非常に新鮮で面白かった。私自身は社会調査とかに関する書を色々と読んでいたが、本書もジャンルこそ違うものの、統計、物事の考え方を広める上で良い書になるのではないかと思う。
(07年5月20日)

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デジタル家電が子どもの脳を破壊する
著者:金澤治

どうしたもんかなぁ・・・この本は・・・。

まず、このタイトルから予想されるような「ITを使うことが脳を退化させるから排除しろ」みたいなことが訴えられている書ではない。むしろ、そのような提言を「ナンセンス」と切り捨てて、「ITは道具であることを自覚するべき」とし、親の躾の重要性を説いている。基本的にはその論調であり、タイトルや、章ごとの名前にかなり違和感を感じざるを得ない。

著者の専門分野である「てんかん」に関する記述部分は説得力があるのだが、それ以外では首を傾げたくなる部分が多い。何か、全く別個の話をしたあとで、「同じようなことが起きるかもしれません」のような記述が目立つし、そうでない場所でも「〜かもしれません」「〜と思います」と、仮説の上に仮説を重ねたような内容になってしまっている。

躾の重要性など、主張そのものは良いと思うのだが、タイトルのつけ方などを含めて、誤解を招きやすいような気がする。
(05年2月9日)

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GO
著者:金城一紀
「あれ? 何かサラっと凄いことを言われちゃったよ」っていうのが読後、最初の感想。
日本産まれ、日本育ちだけれども、国籍は日本ではない、いわゆる「在日」の少年。元ボクサーの父親と壮絶な親子喧嘩をしながら、高校では23戦無敗を誇る彼が、「日本人」の彼女に恋をして…。
最初のページで「この物語に一切の主義は関わってこない」なんていうけれども、実際のところ、「在日」に対する差別であるとか、そういった事が関わる以上、どうしても関連性はある。ある意味、物凄く深いテーマが。でも、それでお涙頂戴の締めっぽい話になるかといえばそうではない。そんな差別があっても、喧嘩して、仲間と語り合い、恋をして…と力強くポジティブなストーリーが展開される。深いテーマではあるけれども、テンポの良い文体で描かれていて、スッとした気分になれた。
純粋に青春物語として読むも良し。在日問題であるとかを考えながら読むも良し。とにかく面白かった。
(05年4月15日)

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ななつのこ
著者:加納朋子
入江駒子、19歳、短大生。そんな彼女が、ふと見つけた短篇集『ななつのこ』。駒子が『ななつのこ』の著者・佐伯綾乃へとファンレターを出し、返事が来たことから、二人の交流が始まった。
第3回・鮎川哲也賞受賞作品の連作短篇集。
ということで、賞の名前からもわかるように、ジャンルわけをするのであれば、「ミステリ」に入るのだろう。ただし、作品中、ミステリの王道とも言える殺人事件のようなものは一切出てこない。厳密に言えば犯罪になるかも知れないけれども…というものが、いくつかある程度である。でも、しっかりと「ミステリ」している。
それぞれの作品にはある程度のパターンが存在している。それは、駒子が日常でちょっとした謎に出会う。すると、『ななつのこ』に収められたエピソードを思いだし、それと共に綾乃へと手紙を綴る。すると、綾乃からは、そのちょっとした謎に対する推理が送られてくる、というものだ。そして、その推理によって答えがわかると、なんとも清清しく、優しい雰囲気に包まれるのだ。
「ミステリ」として考えた場合、推理だけで終わってしまい、裏づけも後日談もない、というのはどうなのか? という意見もあろう。けれども、最初にも書いたように、謎自体が犯罪ではないのだから、「そうなんだ」と納得できれば良いのである。裏づけやら何やらを求めるというのは野暮ってもんだろう。
加納朋子作品は、初めて読んだのだが、不思議な魅力を持った作品だなぁ…という印象を持った。
(05年10月3日)

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魔法飛行
著者:加納朋子
自らも話を書きはじめた駒子。自分の身の回りで起きた出来事を綴り、読んでもらっていた。その「物語」には、いつも謎があって…。4編からなる連作短編集。
『ななつのこ』の続編にあたる作品。ただ、さりげなく(?)、大きなネタバレがあるので、絶対に『ななつのこ』から読んでください。
4編のうち、前の3編の物語の形は駒子が話を描き、そこには必ず謎がある。そして、駒子への返事で、その謎の答えが明かされる…。この流れは、前作と同じ形。ただし、今作では、その「解答」の後にさらに謎の手紙がつき、最後の1編へ…。
今作は、前作以上に「連作」という部分が強調された印象。先に書いたように、前半の3編は完全に独立した物語。それぞれのものはまずまず(ある程度、結末は読めたりもする)。しかし、最後の手紙は別にしても、その中で綴られたちょっとした出来事、ちょっとしたものが、最後の1編で繋がっていく。この辺りの構成こそ、この作品の醍醐味のように思う。連作短編というよりも、長編のような後読感を覚えることに鳴った。いや、お見事。
前作同様、日常のちょっとした不思議なことを描き、生臭い「事件」のようなものは無い。ゆったりとした気分に浸りたい方に勧められる作品じゃないだろうか?
(06年1月6日)

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スペース
著者:加納朋子
クリスマス・イヴの事件の後、大晦日に再開した駒子と瀬尾。駒子は、瀬尾に手紙を託して、謎を問い掛ける。
「はじめに」と題されて著者から「できれば『ななつのこ』『魔法飛行』を先に読んで欲しい」というお願いが書かれているのだが、確かに先に読んでおいた方が良いと思う。『魔法飛行』を『ななつのこ』より先に読むとネタバレになるんだけど、本作ではそれはそんなに無い。けれども、その2作を読んでいると、色々と本作の中の世界観が広がると思うのである。
と、書いたところで、本作は一応、「駒子」シリーズの3作目…という位置付けになるのだが、これまでのシリーズとは大違いという感じである。…けれども、この作品の性質上、どう違うのかをハッキリと書きづらいという厄介な作品だったりもする(笑)
本作に出てくる登場人物は、それぞれにそれぞれの悩みを抱えて生きている。それは、劣等感であったり、大事なものを喪った哀しみあったり、土地に馴染めない違和感であったり…。それを隠して生きている。しかし、限界がある。加納作品で再生の物語というと『ささら さや』『てるてる あした』のシリーズがあるが、本作もそんな再生の物語に類するのかもしれない。1編目の『スペース』で提示された物語。その意味をしみじみと感じさせてくれる2編目『バック・スペース』という構成の巧みさは相変わらず見事だ。
何か、自分で書いていて、物凄く奥歯に物が詰まったような文章だと思うのだが、それだけ、内容に触れづらい作品だと理解していただければ幸いである。
(06年9月16日)

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ささら さや
著者:加納朋子
最愛の妻・サヤと生まれたばかりのユウ坊を残して夫は事故死してしまった。ユウ坊を養子にしたい、という義姉から逃れ、佐佐良に引っ越してきたサヤの前に、次々と不思議な出来事が起こる。けれど、そのたびに、亡き夫が他人の体を借りて助けに来てくれる…。
加納氏の作品って、本当、「優しい」雰囲気に包まれた作品ばかりだなぁ…と、3冊しか読んでいないくせに思う。夫を失い、傷心のサヤ。読んでいてイライラするくらいに気弱で、お人好し。そんなサヤを見守って、ピンチに駆けつける夫。それだけでも十分に優しい雰囲気。でもそれだけでなく、その周囲の人々もまた負けないくらいにお人好し。久代さん、お夏さん、お珠さんの婆ちゃんトリオ、エリカ・ダイヤ親子、喫茶店「ささら」のマスター…。そんな人々だらけの、「優しい」雰囲気がこの作品の魅力なのだと思う。そんな人々に囲まれて、サヤ自身も成長して行く。その雰囲気が何とも心地よい。
謎解きのところで、夫があまりにも物事がわかり過ぎじゃないか? と思うところはある。多少、ミステリとしてはアンフェアなところもあるし。そこにケチをつけようと思えば、つけられるかも知れない。
けれども、作中を通して流れる雰囲気と言い、つかれたときに読むと「ほっ」とできる。そんな作品じゃないかと思う。
(06年3月11日)

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てるてる あした
著者:加納朋子
両親の借金のため、高校進学も諦め、一人、遠い親戚を頼って佐々良へとやってきた照代。傷心の彼女の元へ届く謎のメール、女の子の幽霊…不思議な出来事が起こりながら照代は、佐々良での生活を送る…。
『ささら さや』の姉妹編に当たる作品。『ささら さや』の主人公・サヤや、婆ちゃんトリオ、エリカ・ダイヤ母子なども登場(何せ、照代を預かるのは、婆ちゃんトリオの一人・久代だし)。
『ささら さや』は、比較的純粋な「ミステリ」という感じだが、今作は謎こそあるものの、趣は異なる。照代の成長、再生の物語、という説明はピッタリきた。
『ささら さや』の主人公・サヤと同じく、今作の主人公・照代もどん底の状態から物語が始まる。サヤが、ただただ悲しみに暮れる日々を送るのに対し、照代は人々の好意すらも素直に受け取れない。善人を絵に描いたようなサヤに苛立ち、エリカの子供・ダイヤだちに苛立ち、久代の一言に反発する。当然、そんな状況を作り上げた両親への怒り…。そして、そんな自分自身にも傷ついていく…。
今作にも悪人は登場しない。サヤは善人そのものだし、久代だって、色々と文句やら皮肉やらを言いながらも照代の世話をやいてくれる。エラ子や、松だって同様だ。少しずつ心を開いていく。メール、女の子の幽霊、そういうものを通して久代の心に残る出来事へ…。
ちょっぴり悲しい結末ではあるのだが、読了後、素直に温かい気持ちになれる作品。本当、良い作品だった。
(06年3月26日)

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いちばん初めにあった海
著者:加納朋子
『いちばん初めにあった海』『化石の樹』の2編を収録。
「YUKI」という差出人からの手紙を巡り、やがてその辛い過去が暴かれていく『いちばん初めにあった海』。老木に隠されていたノートに記されていたある母娘の悲しい物語を巡る『化石の樹』。
これまで私が読んできた加納朋子作品は、どこか「ほのぼの」とした雰囲気が漂っていた。『ささら さや』とか、確かに辛い状況ではあるのだけれども、それでもどこかほのぼのという雰囲気が漂っている。が、本作はちょっとタッチが異なる。とにかく読んでいて、辛くなるような状況が待っている。ただ、それだけ辛い状況を作っておきながら、最後にはちゃんと再生への光明を出すところが、また魅力的だが…。
で、この作品の場合、それぞれの編だけでも魅力的なのだが、何よりもその仕掛けが巧妙。あまり書くのもどうかとは思うが、それぞれの話に仕掛けられたものが一致するとさらに…と唸らされた。何とも意欲的な作品だと思わされた。
(06年5月23日)

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コッペリア
著者:加納朋子
父に失踪され、女手一つでそだれられた聖こと聖子。ある人形が縁で出会った男に援助してもらいながら舞台女優としての活動を続けていた。幼い頃、ある事件で両親を亡くし、養父母の元で育った僕こと了。彼は、ある時、通り道の近くにある家の裏庭に捨てられていた人形に惹かれていく…。
加納朋子氏初の長編作品にして、06年6月現在唯一の長編作品。
うーん、やっぱり、この作品はそれぞれの登場人物の心理描写、設定が上手いのだな、というのがまず第一だろうか。パトロンの前で人形を演じ、また、演劇でも人形を演じることになった性悪女・聖。人形に一目惚れし、さらに、その人形と瓜二つな聖に惹かれていく了。聖そっくりな人形を作り出した天才人形師のまゆらと、まゆらを見出し、誰よりもまゆらの人形を愛する創也。彼らのさりげない行動だとかに何重もの意味がこめられ、それがまとめられていくあたりの上手さは流石だな、というのがまず第一だろうか。人形と聖本人との間でもどかしく動く了の心理描写だとは、実に巧いな、と。聖そっくりの人形をめぐるまゆらの想いとか、唸らされる部分が多い。
ただ、この作品、ミステリーとしてはある大きな仕掛けがなされているんだけれども、そこが今一歩かな? と。仕掛けが明らかになった後に、その仕掛けが発動する前後の過程が延々と…というのはちょっと頂けない。その辺りをさりげなく盛り込んでこそ、明らかになった際のサプライズが増すのだと思うだけに…。
もっとも、「仕掛け」はサプライズのため、ではなくて、物語全体を通しての一種のアクセントと取るべきなのかも知れない。そのように考えると、十分な効果を示しているわけだし。
…と言いつつ、やはり仕掛けの方が気になるのは、私が加納さんの夫である貫井徳郎氏の大ファンだからだろうか?(苦笑)
(06年6月16日)

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螺旋階段のアリス
著者:加納朋子
長年勤めた大企業を退職し、私立探偵を始めた仁木順平。暇を持て余している彼の前に現れた少女・安梨沙。ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』が好きというところで打ち解け、すっかり安梨沙は助手になってしまう。そんな事務所に依頼は舞い込んできて…。7編収録の連作短編集。
いやー、面白いじゃないですか。
この作品、テーマとしては二つ。一つは、タイトルにもなっている『不思議の国のアリス』。これがモチーフになっているようなんだけど…私、読んだこと無い(苦笑) そこを知っていれば、もっと楽しめたのかも知れないんだけど。
で、もう一つが、「夫婦」というテーマ。本作で起こる事件には、それぞれ必ず、何かしらのかたちで夫婦というものが事件に関わってくる。それは、互いに信頼しあっているからこそ、であったり、はたまた相手のため、であったり、はたまたそこをきっかけにして…であったり。とにかく、様々な部分、在り方を垣間見せる。
本作で印象深いのは主人公・順平、そして安梨沙の事情が関わってくる最後の『アリスのいない部屋』であるが、これは一番最後だし、ネタバレはやめておこう。で、次に印象深かったのが『最上階のアリス』。夫を次々に使いに出す妻。その行動の意図するものと、背後にある哀しい決断。どちらかというとハッピーエンド、ほのぼの、という作品が多い加納作品なだけに、この編の結末が印象深かった。
しかし…主人公の順平、あんまり優秀な探偵じゃないよな…(笑)
(06年8月18日)

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虹の家のアリス
著者:加納朋子
仁木の探偵事務所も設立1周年。仕事が沢山…とは行かないが、安梨沙も娘のマンションから通って来る、という相変わらずの毎日。そんな仁木の元へと依頼が舞い込み…。
『螺旋階段のアリス』の続編にあたる連作短編集。
相変わらず、仁木さん、安梨沙に言いようにしてやられているなぁ…(笑) というのが、まず第一。お人好しで、それがすぐに顔に出てしまう仁木と、あくまでも仁木を立てながらも、しっかりと手綱を握っている安梨沙。このコンビのやりとりが、何だかんだで楽しい。自分の娘よりも若い安梨沙に上手く操られる格好になって、何か釈然としない仁木という構図が目に浮かぶ。
前作のテーマが「夫婦」ならば、今作は「親子」だろうか。上に娘よりも若い…なんて書いたが、今作の収録作ではそれぞれ、何らかの形で親子が関わる。また、前作では殆ど出てこなかった、仁木と、その子供たちとのやりとりなども収録されており、家庭人としての仁木の人物像などが描かれているのが印象深い。
ミステリーとしても、完成度は高いと思う。個人的には『鏡の家のアリス』にはしてやられた。読んでいて、序盤に「これは…」と思ったのだが、そこから良い意味で裏切られた。
ただ、これまで読んだ加納作品と比較すると、全編通しての統一感みたいなものが弱かったかな? という印象。特に、一番最後に『夢の家のアリス』が、色々な要素を混ぜた割に上手く処理しきれていないように感じられた。そこで、何か少し、消化不良という漢字が残ったのが残念。
とは言え、普通の連作短編作品として考えれば十分に及第点。個人的にこのシリーズ、もっと続いて欲しい。ならば、このくらいで終わってくれた方が続けやすいだろうな、とも思う。
(06年10月21日)

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