白く長い廊下
著者:川田弥一郎
十二指腸潰瘍の手術は無事に終わったはずだった。しかし、病室への搬送中、容態が急変してしまう。麻酔のミスではないのか? 責任を問われた窪島は、独自に事件の調査に乗り出す。
第38回、江戸川乱歩賞受賞作。
江戸川乱歩賞の傾向の一つとして、特殊な世界を舞台にした作品が多いというものがある。医療の世界を舞台にしたこの作品もそんな傾向を反映したものと言えよう。
医療の世界っていうと、私なんぞには全くわからない世界で、なんとなく医者っていうと金持ち、とかそういうイメージを抱いているんだけど、勿論、そんな作品じゃない。病院内部での労使の対立、大学の医局による縄張り争い…など、興味深く読むことが出来た。
が、全体的には不満の残る出来。まず、ある特殊な器具がキーポイントとなるんだけど、これが困る。一応、図での解説はあるのだが、私のようなド素人には、それを見てトリックを思いつくとかっていうのはまず不可能。「こういう風にすれば良い」と言われても全くピンと来ないのだ。また、その事件までの準備期間の話にしても色々と首を傾げたくなる箇所がある。犯人の人間像も薄っぺらいし。また、結末に関しても、ただ1つの推論を出しているだけで、確証などが無いままに…というのも不満。後味が悪いのは構わないのだが、こういう形での悪さは頂けない。
ハッキリ言って、イマイチ。
(05年10月25日)

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新聞社 破綻したビジネスモデル
著者:河内孝
現在、新聞社は未曾有の危機に瀕している。止まらない読者離れに、ITの拡大、減り続ける広告収入。その状況を改善できない背景にあるのは、部数至上主義の弊害としての高コスト体質。その現状を記した書…ということになるかな。
まず最初に、本書の内容と直接関係のないところか書きたい。この書、実は、非常に読みにくかった。何がそんなに読みにくかったのか、と言えば、文体が一定しないところ。基本的には「ですます調」なのだが、文中、突如として「である調」の言い方が入り混じっているのである。章ごと、段落ごとならともかく、同じ文中で入り混じるため、読みづらくて仕方なかった。編集、校正さん、何やってんの?
と、言ったところで、本題。本書は、著者が前書きで述べているように、ジャーナリズム論とかではなくて、経営、と言う部分から見た新聞社の現状をつづった書(そうは言っても、ジャーナリズム論的な部分はある) かつての新聞を支えた「部数至上主義」を未だに維持しているための高コスト体質。そこにある、「押し紙」の問題に極めて不透明な販売店との契約関係、さらにはテレビメディアとのかかわり…などなど。著者自身が毎日新聞の経営にも関わっていた、と言う経験からそれを中心としてつづる。私自身、この手の書については、いくつか読んでいたため、全く新しい内容…と言うわけではなかったものの、経営の問題点などがコンパクトに纏められていると思う。
ただ、後半、著者が提案する、毎日・産経・中日の合流による第3極構想は首をかしげる部分が多い。それぞれの内容からして無理だろう、と言うのもあるし、また、結局、この第3極構想は著者が欠点とする「部数至上主義」的な部分を感じざるを得ない。また、(著者も重要と言っている)メディアの多様性、相互批判からしても、プラスとは言い難いだろう。その辺りにどうも疑問を感じてしまった。それ以外の、経営者には経営のプロを、とかは納得できる部分が多かったのだが…。
提案については、多少、疑問が残るものの現在の問題点を知るには良い書だと思う。
(07年10月13日)

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戦前の少年犯罪
著者:管賀江留郎
「現代の若者はおかしくなっている」「かつてはこのような異常犯罪はなかった」「昔の教師は立派だった」…などなど、昨今のメディアで良く目にする言説。本当にそうなのか? 数々の事例を元に、その「立派だったはず」の戦前の実態へを調査した書。
タイトルや、その宣伝文句だけで、その内容はわかると思うのであるが、「立派だった戦前」の実態に対するイメージは大きく崩れるだろう。統計だけで見ても、遥かに数の多い事件。そして、そのここの事例は、現代であれば一つだけで「時代を代表する事件」と報じられかねないものばかりである。それら、数々の事件を調べ、整理した著者の労には頭が下がる。本書の文章自体はかなり挑発的なものであるが、これらの事件を無視しての「戦前幻想」に対する強烈な皮肉として実に巧く機能している。
と、同時に本書を読んでいて感じるのは、これらの事件に対する社会の視線の違いである。
先に書いたように、1つ1つの事件は、現代であればそれだけで「時代を象徴する事件」などと、連日、メディアをにぎわせるであろうものばかりなのだが、本書で引用された事件の顛末、さらに、著者の調べる過程での話を読む限り、実にアッサリしたもので地元以外では全く知られていないものも多いのである。無論、ここには、軍による報道規制、物資の不足などの影響もある。表現の自由、犯罪被害者救済の問題などもあり、それが良いということは出来ない。だが、こういった少年犯罪に対する社会の寛容さ、そして、報道の冷静さと言うものが、人々の治安に対する意識に影響を与えているという思いを抱かさせるのである(こういう犯罪者を怪物として仕立て上げていく過程に関する考察は芹沢一也氏の『ホラーハウス社会』『犯罪不安社会』などに詳しい)
戦前幻想への批判とともに、その犯罪に対する社会の視線の違い、という観点からも非常に面白い書であった。
(07年12月22日)

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出口のない部屋
著者:岸田るり子
出版社勤務の編集者・香川洋子は、ある思いを胸に気鋭のホラー作家・仁科千里の元を訪れる。過去の因縁を持つ千里が洋子に渡した原稿『出口のない部屋』。そこには、出口のない部屋へと閉じ込められた3人の男女が描かれていた…。
冒頭からいきなり、物凄いネタバレではあるものの、上の導入部でわかるように、本作は一種のメタ構造を取っている。
タイトルの通りの「出口のない状況」。作中作で閉じ込められている3人の男女。祐子、佐島、鏡子。それぞれの語る人生は、部屋と同じように閉塞感の中にある。いや、彼らだけでなく、その周囲の人々もまた、出口の無い閉塞感に苛まれる。その閉塞感が何ともいえない嫌な、重苦しい雰囲気を作り出す。そして、それらを貫く悪意…。彼らはなぜ、そのような状況におかれてしまったのか? 彼らの関連性は何なのか? そもそもどこまでが現実で、どこからが作中での出来事なのか? 作品の雰囲気とともに、その不安定感が読者を不安な感情にいざなってくれる。この辺りのバランス感が見事。
読み終わって考えると、作品の構造は比較的単純なのか、ということに気づける。勘の良い人ならば、解答が出る前にわかるかも知れない。ミステリの形にしなくたってかまわないわけだし。
ただ、それがわかったところで、作品の価値が損なわれるとは思わないし、この不安定感、嫌な感覚を与える文章は一読の価値があると思う。
(07年7月11日)

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密室の鎮魂歌
著者:岸田るり子
大学時代の友人・麗子の個展に、高校時代の友人・由加と共にやってきた麻美。だが、麗子の絵を見た由加は、突如、態度が急変し、麗子に食って掛かる。「夫を何処へ隠したの?」 由加の夫・鷹夫は、5年前、不可解な失踪をしていた…。
第14回、鮎川哲也賞の受賞作で、その選評にあるのだが、まず提示された謎というのが非常に魅力的。閉じられた建物。その中にあるのは、毒の入ったワイン。しかし、遺体などはない。そして…次々と起こる密室殺人。さらには、面識のないはずの由加の夫の背中にあった刺青と、麗子の描いた絵に描かれたエンブレムの一致。常にちぐはぐな状態で進んでいく、というスリリングな感覚は非常に独特で面白い。
でも、メインは、その密室ではないんだろうな、というのを強く感じる。事件の過程で見えてくる麗子、麗子の娘・雪乃、由加、麻美・麗子の友人・一条…それぞれの人間性、エゴ。岸田氏の作品は、『出口のない部屋』を読んだだけなのだが、どちらの作品も、登場人物、人間のエゴのようなドロドロとしたものを描き取ってくれる作家なのだな、というのを感じる。
正直に言うと、本格ミステリという風に捕えるとこの結末は肩透かし気味という感覚はある。多少、ご都合主義と感じるところもある。最後、新人賞ではよくあるが、ちょっと強引な纏め方、と感じる部分もあった。
ただ、謎の引っ張り方であるとかがしっかりしていて、最後まで読まされてしまった
(07年9月10日)

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天使の眠り
著者:岸田るり子
同僚の結婚式に出席した宗一は、その出席者の中に一つの名前を見つける。亜木帆一二三。13年前、3ヶ月だけ同棲し、そして、自らの前から姿を消した女性を。自らの記憶にある一二三とのギャップに疑念を抱きながらも、宗一は、彼女の姿を追う。一方、一二三の娘・江真は、母のその男関係に疑念を抱いていた…。
うん…これまで読んだ岸田作品と比べると、結構、爽やか(笑) いや、それまでの作品がドロドロとし過ぎで、これだって、その底流にあるのはドロドロなものなんだけどね。
13年前の出来事がその後の性格にも大きく影響している宗一。そんなときに再会した一二三。自分の知っている彼女とは、容姿も性格も微妙に異なる彼女。全くの別人としても、娘・江真や自らへの呼び名と符合する部分が多すぎる。疑念を抱きながら、彼女の足取りを探って現れるのは、彼女の夫となった男たちが次々と殺されていること。しかしながら、再び惹かれていく…。
一方の娘・江真もまた、自らの容姿にコンプレックスを抱き、そして、母の男関係に疑問を抱く。決して愛しているとは思えない男とばかり付き合い、しかも、殺害されて…。母が殺したとは思えない。けれども…。
こう言っては何だけど、このトリックというか、仕掛けに関して言うと、ある程度、ミステリーを読み込んでいる人ならば想像されるものではないかと思う(というか、これかな? と思ったものが、そのまま来たんだわ) また、それを用いてのトリックについてもちょっと無理がある。その辺り、ミステリーとしての仕掛け、トリックという部分だけで勝負するにはちょっと弱いと思う。
ただ、最初にも書いたように、物語の根底にあるものは、かなりドロドロとしたもので、また、非常に悲壮、ある種の哀れさを感じさせる。その部分については、文句なし。
ミステリーとして、と言うよりも、その悲壮さ、哀れさを堪能すべき作品なのだと思う。
(08年1月14日)

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硝子のハンマー
著者:貴志祐介

年も押し迫った12月末の日曜日、介護サービス会社の社長が何者かに殺害された。現場である社長室の前に設置されたカメラには、誰も入った記録はない。唯一、部屋を出入りできた専務が容疑者として逮捕されたものの、犯行を否認。専務の依頼を受けた弁護士の純子は、「防犯」コンサルタントの榎本と共に調査にあたり…。
貴志氏の作品は、これまで読んだことがないけど、「ホラー作家」と言うつづりで理解していたのだが、本作に関して言えば、「ど真ん中の本格を書いてみたい」と言う、巻末のインタビュー中での言葉通りにど真ん中の本格ミステリ。これを「ホラー」と言う人は絶対にいない(笑)
物語は2章構成で、第1章は、冒頭にも書いたとおりに弁護士の純子が、コンサルタントの榎本と共に事件を追う。そして、決定的なヒントを得たところで、物語は2章に移り、犯人を主人公としてトリックや、そこまでの経過が語られる。構成そのものもシンプルといえるだろう。
ほぼ完全な密室状態の社長室。どうやって社長室へ入ったのか、どうやって殺害したのか? ヒントになりそうなものは、いくつか存在する。そして、それらを用いながら、こういうのはどうか? こちらはどうか? と仮説を立てては崩れ、仮説を立てては崩れ、と続いていく。それ自体が冗長と感じる人もいるかもしれないが、個人的にはこういうやりとりは好き。なかなか面白い。
ただ…作品全体を通して感じるのは、「長すぎる」と言う点だろうか。このトリックそのものはしっかりと理論的に説明されるし、そこに至るまでの準備などについても多少、不満はあるものの構わない。ただ、これだけシンプルな作品で文庫600頁弱と言うボリュームは流石に長すぎる。特に、2章前半の犯人の生い立ちだとかについては、物語上、それほど必要があると思えず退屈だった。
正直、シンプルなミステリ作品として、このボリュームが半分…多くて4分の3くらいで描かれていたら、もっと素直に評価できたと思うのだが…。
(07年11月20日)

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夏の魔法
著者:北國浩二

早老症を発症し22歳にして、老婆のような姿になり、末期癌に侵されたナツキ。最後の夏を迎えるため、最も輝いていた夏を過ごした風島を訪れる。そして、そこでその輝いた時を共に過ごした想い人・ヒロと再会する…。
うーん・・・読了後の思いを一言で語るなら「戸惑い」になってしまうんだよなぁ…。
22歳の老婆となってしまったナツキ。そこで再会したのは、たくましい青年へと成長していたヒロ。ナツキもヒロも、互いのことを想ったまま。美しい思い出を壊したくないナツキは、自らの正体を偽り、ヒロに接する。しかし…次第に周囲の人々との触れ合いの中で…という流れで感じるのは、ハートフルな作品という印象。
勿論、ただハートフル、というだけではなくて、自分とは違って若く、魅力的で、将来への希望を持った沙耶への嫉妬心、なんていうものもある。自分とヒロが結ばれることはない。ヒロと沙耶、という方が幸せに決まっている。けれども…という割り切れない思い。そういうものとの葛藤を抱えていく…なんていう描写も秀逸。
…が、そういうところから、この終盤の展開にされてしまったところに戸惑いを覚えてしまう。これ、素直にハッピーエンドのような形にしても良かったのではないだろうか…と思うのだが…。「ミステリ・フロンティア」というレーベルゆえに、入れなければならなかったのだろうか?
なんか、もっと素直な展開にして欲しかったな…という感想が残ってしまった。ただ、作品の中でキーワードになっている「童話の持つ残酷さ」と、ナツキとヒロの二人の間を取り巻く残酷さ…という意味での狙いは成功しているのかも知れないが…。
ハートフルな側面と、残酷な側面。その両者を裏返しに組み合わせた作品であるように感じた。
(07年5月25日)

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夏の椿
著者:北重人

天明6年。7月に起こった水災から1月、傷跡からの復興がなりつつある頃、長屋で浪人暮らしをする周乃介の元へ、自分と同じような生活をしていた甥・定次郎が行方不明との報せが入る。水災の被害を心配して捜索を行う周乃介だったが、定次郎は水災の最中、何者かに殺害されていた…。
時代小説を読むのが久しぶりだった、ということもあって思いのほか、読むのに時間が掛かってしまった。でも、著者のデビュー作というには、十分に完成された作品だと思う。
何が良いか、って言えば、まず凄くテンポがよい。甥が行方不明になった、というところから始まって、それが殺害されていた。その背景にあるもの。米問屋・米商人の暗躍にその周囲で起こる事件、老中を巡る政治的な陰謀…とめまぐるしく進んでいくので本当に読みやすい。
で、もう一つとして、人物が凄くイキイキしている。物語としては、ハードボイルドっぽい雰囲気なのだが、人々がすごく良い。特に長屋のお初さん、お勝さん、お清さんと言ったお婆さん連中が元気元気。なんか、この3人と周乃介のやりとりが凄く楽しかった。他にも、葛岡とか、赤牛とかも良い味を出しているし、その部分が良かった。
物語そのものは、終盤、なかなか物悲しい雰囲気になる。甥である定次郎の惚れた女。その女と周乃介のロマンス…その結末。夏の椿、というタイトルも、読了後に見返すとまた印象が変わってくる。
新人賞(この作品は、松本清張賞作品)にほぼ共通する終盤の忙しさみたいなものは、この作品でもあるのだが、これは仕方ないところ。面白かった。
(07年9月18日)

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蒼火
著者:北重人

懇意の商人・藤屋に呼ばれた周乃介。そこで彼は、相次いて商家殺しが起こっていることを知らされる。鮮やかな太刀筋のその事件を追うことになるのだが…。
第9回大藪春彦賞受賞作。同時受賞に『TENGU』(柴田哲孝著)。
いや〜…これは面白かった。前作(と言っても、作中の時系列は、こちらの方が古いけど)の『夏の椿』も良かったけど、本作はそれ以上に面白かった。
人を斬ったことのある者に宿るといわれる「蒼火」。無頼として街を屯し、人を斬った経験もある周乃介。人を斬ったその後悔、苦しみは、自らの心を切り刻み、更なる無頼へと自らを突き動かした。次々と人を殺していった事件の下手人を動かすものは何か? 自分と同じなのか? そんな想いに囚われながら、その一方で、その下手人を追うことで、自らに宿る「蒼火」も煌き始める…。
同時に、「人を斬る、というのは、その周りの人生も斬ってしまう」と、下手人を追う仲間・次郎、無頼時代の周乃介を知り、兄を切られて亡くした市弥とのやりとり。そして、下手人が魂を切り捨てる原因となった事件。そういったものが交錯しながらどんどんと疾走していく物語は本当に見事。個人的には、あまり時代小説とかは読まないのだけれども、文字通りに一気読みしてしまった。
上にも書いたけど、私は評価できるほど時代小説は読み込んでいないので、「時代小説として」どうかはわからない。けれども、ミステリ小説として文句なしにお勧めできる作品だと感じた。
(07年10月13日)

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月芝居
著者:北重人

天保12年、江戸。老中・水野忠邦による改革の中、交代寄合・左羽家留守居役・小日向弥十郎は、改革に伴って必要となった屋敷の確保を急いでいた。そんなとき、旧友であり、屋敷売買を仲介している尽左衛門の弟子・鍬助が失踪、数日前に遺体となって発見されたことを耳にする。
北氏の作品というと、デビュー作『夏の椿』から続いた「周乃介」シリーズばかりだったのだけど、今作はそこから外れての作品。今回は、ちゃんと役職を持った武士であり、天保改革の最中、その職務を果たしながら、一方で事件へと関わっていく姿が描かれている。そういう辺りからも、これまで読んだ作品とカラーの違いは感じ取れた。
天保の改革。老中・水野忠邦による改革は、幕府にとって必要なもの。しかしながら、人々、それも武家も含めた下々の人々の生活とかけ離れており、そこで求められるものもまた、武家に負担をかけるだけのもの。その中で、諸家が必要となる屋敷。そこで暗躍する男…。その背後には、改革の最中、影響力を強めつつ鳥居甲斐守の影…。改革の負の側面と、そこで影響力を持つ存在の繋がりであるとかは、なかなか面白い。
ただ…武家としての職務に翻弄される弥十郎の姿…というのは良いのだが、序盤、殆ど展開なく、そういう職務が淡々と描かれている印象でちょっと退屈に感じた。そして、そこが伏線になるのかな? と思いきや、それほど重要と言う感じがしなかっただけに余計に。中盤になって、事件が本格的に動き出してからは、面白いだけに、余計に前半が勿体無い。また、終盤の展開もちょっと読めてしまった上に、アッサリしすぎているように思う。
これまで読んだ北氏の2作と比べると、ちょっと劣るかな? と言う感じ。
(08年1月12日)

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『クロック城』殺人事件
著者:北山猛邦
滅び行く世界。その世界で探偵業を続ける深騎に元へ依頼人がやってくる。依頼人・瑠華は、自分の住む「クロック城」に現れる怪物・スキップマンを退治してくれと依頼する。深騎と菜美は、クロック城に向かうのだが…。
第24回メフィスト賞受賞作。
うーーん……。なんて言うか、トリックだとか、その辺りはちゃんと考えられていると思うんだ。作品を取り巻く雰囲気みたいなものは悪くない。ミステリ作品としての味付けをしながら、独特の世界観の物語を引っ張る、というような形は、この前にメフィスト賞を受賞した『クビキリサイクル』(西尾維新著)から始まる「戯言シリーズ」同様であるし、これはこれで構わないと思う。思うのだが、正直、作品としての出来はどうなのだろうか?
物凄い酷評を続けるのを先に宣言しておく。
まず、この作品、「クロック城」という建物を舞台にし、その舞台そのものが物語にとって大きな意味を持つのに、読んでいて建物の様子が浮かんでこない。これは、編集の問題もあるだろうが、最初に建物の図解を書いておいてもよかったんじゃないだろうか? 新書版で、260頁弱の作品でありながら、122頁の図解を見てようやく舞台を理解できた、というのはどうなのか? 私の読解力が無かったのだろうか? 次に、物語の世界観について、である。特殊な世界観、というのは構わない。考え方が妙なのばかりなのも構わない。だが、世界観のルールが全く読めないのはどういうことか。結界によって外部の人間が入れない、などというものがある一方で、極めて普通の物理的な理由で殺人事件が不可能に思える…というのはどうなのか? この辺りのバランスが非常に悪い。そして、その物理的トリックにもやや無理がある。(ネタバレ反転)208頁のトリックそのものは、別に構わない。だが、その後のどんでん返しで犯人が使えない理由についてが問題だ。時計が読めないため、使えない、というのを克服するために人間の首の腐敗具合で時間を計る、というのは物理的に無理があろう。この辺りは、その首のおかれた条件などで誤差が出やすい。文字通り5分ズレれば、その時点でアウトになるトリックのための時計にはなり得ない。(ここまで)
主人公たちに関する謎などは、シリーズ(?)を通して解決させていくものなのだろうが、なんか、様々な面で芳しくなかった…。
(06年5月25日)

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少年検閲官
著者:北山猛邦
地球温暖化で、各地の海面が上昇した世界。人々は、書物の類の所持を禁じられ、ラジオからによる情報と教育によって暮らしていた。英国から日本へ旅してきた少年・クリスは、その街でユーリと言う車椅子の少年に出会う。その街では、森からやってくる『探偵』により、奇妙な事件が起こっているという…。
北山氏の作品と言うと、デビュー作である『『クロック城』殺人事件』を読んだことがあるのだが、そのときは、物凄い勢いで酷評した。なぜかと言えば、物理的なトリックと終末的な世界観というものでありながら、全くそれに調和がなく、ただ読者にわかりづらさを提供しているに過ぎないと感じたからである。実のところ、本作は、その設定を見たとき、ちょっとネガティヴな予感を抱いてしまったのである。が、読み終わって、それが杞憂であったことを知り、同時に面白かった、と感じた。
書物の失われた世界。情報の多くは音声情報によるラジオに頼り、その情報も厳しい統制がされている。犯罪のような情報はなく、また、そのために、人々は犯罪と言う概念すらも知らない。そんな街では、書物の『ミステリ』の世界では英雄的な存在のはずの『探偵』が不気味な存在として扱われている。街の家にペンキを塗りつけていく謎の探偵。さらには幽霊。首のない死体…。
まず、この世界観の説明みたいなところで、作品の半分くらいが費やされているのだけれども、それ自体がなかなか面白い。有害な情報が犯罪を引き起こす、と言うことで焚書…なんていうようなのは、ある意味『図書館戦争』(有川浩著)なんかにも近い。ただ、そういう情報が一切ないが故に、人々は首のない状態での死体を発見しても「犯罪」と思わず、「病死」などと思い込んでしまう。そして、「何もなかったこと」として過ぎ去ってしまう、と言う不気味さ…、そして、危険さ…そんなものがどこか歪に感じる世界からひしひしと感じられる。そして、事件へ…。
実のところ、このトリックも物理的なものであり、また、細かく検証すると、いくらなんでもそこまで上手く行くだろうか? と言うところはある。ただ、筋はキッチリと通っているし、そこへ至る動機の部分だとか、そういうところでも作品の世界観が上手く生かされている。先に書いた、「世界観と事件の調和」っていうのもキチンと取れていると思う。
結構、残虐な描写であるとかそういうものがあるので万人向け、とはいえないないかも知れないけど、私は十分に楽しめた。
あと、どうでも良いけど、タイトルは工夫して欲しいような…(北山氏の他の作品も含めて)
(07年10月31日)

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なつき☆フルスイング!
著者:樹戸英斗
肩の故障で夢を諦めた元球児の智紀は、訪れたバッティングセンターでその女に出会った。ピチピチのユニフォームに身を包み、金属バットで殴りかかってくるその女・夏希は、「夢魔」を祓っているという…。
タイトル、さらに表紙がかなりインパクトがあってアレな印象を受けるんだけれども、作品としては結構シリアスな青春作品という感じ。3章仕立てだけれども、章毎に一話完結の連作短編(中編か?)という感じ。
いや、悪くはないな、この作品。
肩の故障で野球を辞めることになった主人公の智紀、年齢が違うなどでクラスで孤立してしまっている眞弓、互いのことを想いながらもすれ違ってしまう姉妹…それぞれの壊れてしまったものがあり、そして見たい「夢」がある。そこに住みついた「夢魔」…。破天荒な性格の夏希(と、それにくっつく智紀)によって、それらが露になり…そして…という流れはなかなか見所があると思う。
正直、3章で明らかにされる夏希の抱える問題なんかはちょっと唐突な感じがするし、部分部分で多少、理解しづらかったかな? というところがあったけれども、まぁ、致命的というわけではない。全体を通して見れば、なかなか楽しめる作品だと思う。
(07年3月25日)

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なつき☆フルスイング!2
著者:樹戸英斗
夢魔を倒し、江尾丘で暮らし始めた夏希。そんな夏希を調べるため「巨象組織」の研究者・オズワルドと、その助手・ジェシカが現れ…。と言うところから3編。
一応、前巻で物語としては一区切りついた、ということもあってか、「ちょっとカラーが違うな」と言うのがまず最初の感想。なんか、前巻は、そのタイトルなどと違って、かなりシリアスな展開が続いていたのだけど、今巻はかなり軽い、と言うか。いや、それが悪い、と言うことではなくてね。
やっぱり、今巻においては、ジェシカの存在あってこそ、でしょ(笑) ビッシリとスーツを着こなし、いかにも「出来る」女性風のジェシカ。けれども、何か今一歩間が抜けている上に、思いっきり夏希のオモチャ状態。正直、今回、前巻でヒロイン格だった美姫子に出番が殆ど無く、さらに、夏希自身もそれほど目立っていない(いや、強烈なキャラではあるんだけど)ので、彼女が一番目立っていたように思う。思いっきり「汚れ」になってるけど。
比較的、軽めの話なんだけど、シリアスと言うかでは、2編目の『ダウジングガール×チャイルディッシュウーマン』だと思う。「超能力少女」と言うことで周囲から少し浮いた存在の少女・みかと、就職活動に失敗ばかりしている学生・直美の話なんだけど、直美の焦りとか、そこからの話とかは、現実的なリアリティなんかもあって、かなり感情移入できた。ジェシカとかも結構、良い活躍しているしね。
終盤になって、また色々と陰謀みたいなのが動き出したりしているし、さて、今後、どういう風に動きますか? ですな。
(07年10月15日)

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