ぺとぺとさん&さよなら、ぺとぺとさん
著者:木村航
人間と妖怪がともに暮らす世界。普通の少年・シンゴの通う中学校に、妖怪の転校生がやってきた。藤村鳩子、通称「ぺと子」。彼女は、いとおしいものと肌が触れ合うと、「ぺとっ」とくっついてしまう妖怪・ぺとぺとさんだった。
とまぁ、冒頭部分の紹介をしたわけだけど、7〜9月にやっていたアニメ「ぺとぺとさん」の原作小説を読んだ、ってことね。タイトルは別物みたいに見えるけど、この2つを併せて話として完結なので、一緒に掲載。
…こう言っちゃ何だけど、アニメは、この小説をそのまんまアニメ化したのね、ってことかなぁ。感想も、殆どそのままもって来れるんだよなぁ。
良さといえば、やっぱり田舎を舞台としたほのぼのとした雰囲気だと思う。妖怪への差別とか、そういうところもあるんだけど、このぼのぼのテイストによって重くなりすぎるっていうことは無いし。
ただ、欠点も全く同じで、色々な方向に手を出しているけれども、それぞれが何かアッサリと片付けられてしまっていて、結局、どれがメインテーマなのかわかりにくいし、最後まで投げっぱなしと感じる部分も多く感じたし。まぁ、小説なので、アニメ版で何度かあった「なんでここで切る?」という点は無いんだけど(自分で区切れるしね)。ただ、殆ど話に絡んでこないキャラクターがいてみたり…で、ちょっと微妙。ちょっと評価しにくい。
(05年11月4日)

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姑獲鳥の夏
著者:京極夏彦
戦後の混乱も収まり始めた年の夏、東京・雑司ヶ谷の医院に奇妙な噂が流れる。20ヶ月も子を身篭った娘がいて、その旦那は丁度そのとき、密室から消えてしまった…と。文士・関口は、友人の古書店主・京極堂にその噂について相談を持ちかけて…。
ということで、京極堂シリーズの第1段作品。05年には、堤真一、永瀬正敏らの出演で劇場公開もされている。
さて、本作であるが、「うーん…なるほどなぁ…」というのがまず出て来た感想である。真相を暴いてしまえば、本当にあっという間に説明ができてしまう。劇場版に対し「駆け足なだけ」という評価が下っていたのを見たのだが、時間制限があるのだからそうなってしかるべきだと思うし、そういう風に作ることも十分に可能だと思った。
作品の雰囲気として漂ってくるのは、昭和20年代の混乱の残る時代、そして、まだまだ古くからの迷信などが生き、その一方で科学的な意見に話が及ぶ…そんな時代の空気。そんな中で、妖怪、呪いなんていう話が現れ、それが説明されていく。
京極作品の面白さは、本筋もさることながら脱線にある、という話を聞いたのだが成る程納得。先に述べたことをそのまま描いても十分に作品になるだろう。なるだろうが、それは劇場版の評価と同じく、「駆け足」なだけでつまらないと思う。本筋を追う過程で出てくる妖怪、民俗学などの話とそれに対する京極堂の脱線とも言える講釈が作品に彩りを添えているのは確かだし、そこに魅力を感じる人がいるのも頷けた。
本作を「本格ミステリ」として見るのであれば、このトリックはあまりにも理不尽というか、アンフェアだと思うし、また、先の「脱線」に価値を見出せない人もいると思う。「脱線こそ醍醐味」という意見に納得したのと同時に、「京極作品は苦手」という意見に納得できたのは、表裏一体なんだと思う。
個人的には、ちょっとこの密室トリックは微妙な感じがしたのだが、作品の魅力は十分に感じることが出来た。そういう意味では、京極作品を受け入れることが出来た…ということなのかな?
(05年8月31日)

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魍魎の匣
著者:京極夏彦
警視庁所属の刑事・木場は、仕事がえりの駅で飛びこみ事故に遭遇する。木場は、被害者・柚木加菜子と共に家出中の少女・楠本頼子から事情を聞くが埒があかない。そんな中、重体の加菜子は美馬坂研究所なる巨大な匣のような場所へと輸送される。一方、単行本の作成が決まった関口巽は、雑誌記者の鳥口に巷を騒がせているバラバラ殺人事件へ取材への同行を求められる…。
何と言うか…ここまで来ると、「唖然」っていう感じだろうか…。どう感想を書いたものか…。この圧倒的な分量、そして様々な要素が組み合わさっており、簡単に…ってのは無理だもん。
まずは、タイトルにも描かれている「匣」の設定だろうか。3階建てのビルと同じような形の巨大な「匣」。その設定だけでもすさまじい。序盤から繰り返し出てくる表現があるので、全くの想定外というわけではなかったのだが、やはり言われると驚きを隠せない。そして、そこで起こった消失事件…と。
ところどころに挿入される『匣の中の娘』という作中作も印象深い。内容そのものは非常に突飛なものであるにも関わらず、作中作であるにも関わらず、妙な存在感を示していて、作品全体を彩っている。箱をご神体としてあがめる新興宗教に集う人々、さらには主人公の一人たる木場…とそれぞれがそれぞれの形で「はこ」に取り憑かれる。「魍魎」とは、存在自体がよくわからない、とのことだが、まさにここに出てきた人々もその「魍魎」なのかも知れない。
色々と書きたいことはあるのだが、書いても書いてもまとまりの無い文章に終始しそうなのでこの辺りで辞めたい。言葉を重ねるより、読んでくれ、ってことだろうかね。
(06年3月25日)

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狂骨の夢
著者:京極夏彦
夫を何度も殺したという女・朱美。髑髏の夢に取り付かれた元精神科医・降旗。牧師でありながら神を信じることができない白丘。夢と現実の狭間で惑う人々に共通するのは「髑髏」。そして、逗子では金色髑髏騒動が起こり…。
これで、京極堂シリーズは3作目を読んだことになるのだが、前作『魍魎の匣』、そして今作を読んだ後となると、第1作目の『姑獲鳥の夏』は随分とシンプルな作品だったんだなぁ…などと思わざるを得ない。一見、バラバラな人々の視線から始まり、やがて一つに繋がって行く構成力というのは流石に見事。
ミステリ作品としてみるのであれば、前2作は王道とも言うべき「密室トリック」が存在。そして、今作でも切り取られた屋敷という大きな密室が扱われる。そして、その結果が…まさか、こういう方向でのトリックで来るとはね。やや反則気味ではあるんだけど、完全なアンフェアでもないからなぁ…。これ以上は言わない(笑)
本作でも、民俗学的な逸話は多い。多いのだが、個人的には今作の特徴とも言える元精神科医・降旗の語るフロイト、ユング…など、現在でも心理学における巨人についての考察が面白かった。その後の、京極堂の意見との組み合わせも併せて。
物語中の事件、そして、その事件に纏わる人々の降りまわされっぱなしは深刻…というよりも、ここまでくるとむしろバカバカしい。首の無い死体、髑髏を巡る物語、その背景にあるもの…。本人たちは真面目であるし、心の底から願っているのであろうが、端から見るとバカバカしくしか思えない。これが「信じる者は…」ということか。そんなことばかりが頭に残った。
(06年4月14日)

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鉄鼠の檻
著者:京極夏彦
箱根の山中にある知られざる寺・明慧寺。雑誌記者の敦子と鳥口は、仕事で訪れた旅館で、その僧の遺体が発見する。其の頃、京極堂に誘われて箱根を訪れていた関口は、鳥口らに巻き込まれる形でその寺へと赴くことになる。そして…。
いやー…長かった…(笑) やっぱり、このシリーズを立て続けに読むのには勇気がいるなぁ…。気合入れないと、なかなか手をつけられないもん(笑)
さて、これだけ長いわけだから、当然、物語も一筋縄では行かない。禅寺が舞台、ということもあって、主なテーマは当然「禅」について。臨済宗、曹洞宗の両者が混在し、しかも、檀家が居ないと言う謎の寺。そこで次々と起こる連続殺人事件。さらには、成長しないという少女。
京極堂自身が「言葉で説明できない」と述べる「禅」。その歴史、変遷。それぞれの修行…。「言葉で説明できない」と言いながら随分と饒舌に喋っている気がしないでもないのだが、あくまでもそれは「外枠」に過ぎないのだろう。確かに、「悟り」やら、その辺りについては言葉で説明できるものではあるまい。本作にもあるように「悟った」と出ると「魔境」なのでもあろうし…。
本作は、ある意味では、ここまでのシリーズ、特にシリーズ1作目『姑獲鳥の夏』辺りとの関連性を強く感じた。『姑獲鳥の夏』の重要人物である久遠寺らとの関連性というところもそうだし、ある意味では、そのトリックなどでも近い部分がある。これ以上は書かないけど(笑)
ま、比較的、ヒントが散りばめられているため、謎のうちのいくつかは途中でわかるのではないかと思う。また、ある部分に関して言うのであれば、破綻気味と言っても良いかと思う。その辺りは、かなり微妙なところだろう。
「京極作品の魅力は脱線にある」。なんか、この作品などは、強くそれを感じた。
(06年7月14日)

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絡新婦の理
著者:京極夏彦
血塗られた鑿を振るう目潰し魔。次々と犯行を重ねる考察魔。房総にある女学校・ベルナール学院にはびこる黒い聖母…。それらは全て蜘蛛の巣の上…。
なんつーか…凄い難解な状況の作品だったなぁ…。
世間を騒がせる目潰し魔による事件。非常に周到に計画されたように見えて、一方で非常に杜撰さを垣間見せる事件に木場は据わりの悪さを覚える。ベルナール学院にはびこる黒い聖母の噂。呪いという言葉を元に次々と殺されて行く人々。全ては周到な罠の上。とにかく、一見、バラバラに見える事件が一つの線につながる。一件、同じに見える事件が実はバラバラというのは、このシリーズで過去あったけれども、今回は全てが複雑に絡み合っていくわけで…。読んでいて、混乱しそうになった(笑)
その背景にある女系家族の血。複雑怪奇な血筋を持ち、その中で語られる家制度。性という制度、システム。そのシステムを形作る文化というもの。家というものは何か? 血筋とは何か? 女性解放とか、そういうものを含めてこの辺りもかなり果てしない内容ではある。
ただシリーズそのものが5作目っていうことで、実のところ、京極堂を含めた人間関係の側も相当に複雑になっていると感じる部分があり、実はそこを思い出すのにもちょっと苦労した。この辺り、シリーズが長くなって行くことの弊害といえるのかな? というのを感じた。
…しかし、長かった…(笑) 実は、ここ10日近く、この作品と格闘してたりして(笑)
(06年11月15日)

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塗仏の宴 宴の支度
著者:京極夏彦
「村を探してください」。関口の元へ来たのは、そんな依頼だった。かつて、駐在した村の存在そのものが無かったことになっていた、という元巡査の頼みで伊豆へ赴いた関口は、そこで…。
シリーズ最長の作品、ということだけど…とりあえず、前半の『宴の支度』の段階では、どうしたものか…。
形としては、6編の連作短編…っつーか、普通の作品で言えば中編(下手すりゃ、長編)という格好。『ぬっぺっぽう』で関口が巻き込まれることになる事件から始まり、それぞれが不可思議な事件に巻き込まれる。
それぞれの話としては、一応、完結はしている。ただし、どうにも釈然としない。それぞれの編で出てくるのは怪しい集団。そして、それぞれで、そのトリックは解明される格好で完結はする。が、そこに現れる集団・人物が他の編では怪しげな形になって現れる。そして、結局、誰が怪しく、誰がまともなのか良くわからなくなっていく…。
最後の『おとろし』で、関口が巻き込まれた事件そのものは何だかわかる。わかるが、結局、何がどうなっているのかはサッパリだ。これだけ長い導入編ってのも凄い話。さて、どうなるのだか…?
(07年8月13日)

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塗仏の宴 宴の始末
著者:京極夏彦
織作茜殺しの嫌疑で逮捕された関口。罪を認め、目撃証言もある。しかし、動機はわからず、事件は混迷を続ける。そして、伊豆・韮山へと宗教団体が続々と集う…。
『宴の支度』の方で次々と現れた胡散臭い連中。それが、こちらでは次々と登場。そして、京極の仲間もまた全員集合。文字通りオールスター集合、という感じであるし、また、シリーズという点でも一区切りになったのかな? というのを読後に感じざるを得ない。
この『宴の始末』だけでも合計で1000頁を超え、『支度』と併せて文庫2000頁近くになる膨大な分量があるだけに、作品の読み方については様々なものがあると思う。その中でも、私が強く感じたのは、「歴史の連続性、断絶」と「家族」について。
この作品のタイトルとなっている「塗仏」。名前だけは、わかるが、具体的にどういうものなのか良くわからない妖怪。記録は失われ、ただ名前だけが存在しているもの。そして、それは妖怪だけではなく、動物でも、国でも、文化でも…。「過去というのは、記録されてなければ、存在そのものがなくなってしまう」ということ。そして、事件にも…。
そして「家族」。一番小さな社会集団。集団として機能しながらも、生活も秘密をも共有する不思議な集団。そこにも当然、葛藤もあれば対立もある。しかし、その絆の存在によって安定して生み出される。もし、それが壊されたなら…事件の中にも、そんな悪趣味な悪意が現れて…。
正直言うと、この結末というか、トリックに関しては色々といいたくなる部分はある。作中でも出てくる台詞だけれども、「それじゃ、何でもアリ」になってしまう。これは、どーなんだろうか? と、同時に、この結び方にシリーズそのもののあり方も変わってきたように感じる。現在、シリーズの続編はこの後、2作出ているわけだが、明らかにこのつなぎ方は続編を意識したもの。宿敵の登場というか、そういう面も含めて…。
シリーズ最長の作品になっているわけだが、やはり、この作品は岐路であったのだろう…というのを強く感じる。
(07年8月29日)

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どすこい。
著者:京極夏彦
地響きがする…と思って頂きたい。から始まる、圧倒的な「肉厚」連作短編集。
うーん…感想を一言で言うと…「壊れてる」。何はともあれ、これになるんじゃないだろうか…。私が京極夏彦氏の作品で「京極堂」シリーズ以外を読んだのはこれが始めて。そして、見事にぶっ壊れた作品だった。
収録されている短編(というか、ボリューム的には中編だと思うが)のタイトルからして『四十七人の力士』『パラサイト・デブ』『すべてがデブになる』『土俵(リング)・でぶせん』『脂鬼』『理油』『ウスボロスの基礎代謝』とどっかで聞いたようなタイトル。そして、これがパロディ小説か? と言われれば、ちょっと、それっぽい設定はあるものの、これを「パロディ」と言って良いかどうかも悩む。何せ、一番、元ネタに近いと思われる『四十七人の力士』ですら、吉良邸に47人の力士が討ち入りに入って、武士たち相手に相撲とっているだけなのだから。その後なんて…。「壊れている」がわかりづらいなら、「くだらねぇ…」でも良いや。
正直、笑える、と言えば、笑える作品ではある。けれども、何ていうか、素直な笑いだけじゃなくて、正直、「苦笑」とか、「失笑」と言うような「笑い」も少なからず含まれるような感じだし。読んでいて本当、どうしようかと思った。そういう作品として考えて欲しい。
色んな意味でインパクトのある、挑戦的な作品なのは間違いない。良くも悪くも…。
(08年1月6日)

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人間になれない子どもたち
著者:清川輝基

ほぉ…これが「科学的・実証的」と抜かすか。

著者は序文で「できる限り科学的・実証的に捉える」と言っている。だが、この書で信頼に足るデータは、序盤で出てくる子どもたちの運動能力の低下くらいなものであり、そこから先は著者のただの想像で話を進めている。とてもじゃないが、これが「科学的・実証的」に捉えられたものとは言えない。
例えば1章にある「19世紀スタイルのままの学校」という項では次のような事がかかれている。「かつて情報の少なかった時代、生徒は教師の持つ知識・情報に対して畏敬の念を抱いていた。だが、メディアの発達などにより、教師以上に知識を持っている子どもだって多くいるようになった。教師は畏敬の念を持たれる存在ではない。それが、学級崩壊などにも繋がっている」という。だが、ここで出されているデータは、高校・大学の進学率だけである。これはただの想像ではないのか? 教師に対する念など、意識調査をすれば簡単に出せるはずだ。それすらしていないのに断言するのはどうだろう?
そもそも、この書には、「少年の問題行動」などという表記が多く出るのだが、少年犯罪そのものは戦後、一貫して減少の一途を辿っている。こういうと、決まって出てくるのが、「キレる少年」という表記なのだが、これはそもそも「キレる」の定義が曖昧である。また、言葉自体も最近になって「発明」された言葉なのである。そりゃ、昔は「キレる」少年なんかいるわけがない。
著者は「メディアリテラシー云々」なども言っているが、まず著者のメディア・リテラシーをまず疑いたくなる。先の「キレる」などもそうであるし、森昭雄の「ゲーム脳」であるとか、片岡直樹の「自閉症類似」であるとかという、色々と「問題のある」とされている説をそのまま紹介し、一般的な見解などは無視というのはどうなのだろう? 3章「バーチャル体験先行の危機」では、「バーチャル体験だけで命の重みが分かっていないから、重大事件が起きる。森昭雄氏の書にもカブトムシが死んで悲しんでいる親に子供が「電池を取り替えれば良いよ」と言った話が紹介されている」などと書かれているのだが、その森氏のエピソードは都市伝説として広まっている言葉である。そのような事すらしないでそのまま掲載する者に「メディアリテラシーが貧困」などと言われたくは無い(ちなみに、134頁で川島隆太氏の話が出ているが、これも川島氏の調査をかなり恣意的に切り取ったものだと言う事は言及しておく)。
著者は「まっとうな人間を育てる」というのだが、著者の言う「まっとうな人間」とは何なのだろう? 何よりもまずそれがわからない。そして、例えそれが明らかになっていたとしても、今度はそれが「本当に」良いのかどうか、という疑問が残る。そこから考えねばなるまい。

以上、極めて問題の多い書だと判断する。
(05年5月29日)

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ドッペルゲンガー宮
著者:霧舎巧
大学に入学した二本松翔が、推理小説研究会を探してやってきた部屋に掛かっていたのは「開かずの扉」とかかれたプレート。そこは、推理小説研究会ではなく、「開かずの扉研究会」という妙なサークルだった。しかし、そこを気に入って入部することに。そんなところへ、女子校の教師から、調査の依頼が入り…。
第12回メフィスト賞受賞作。
うーーーん……。
いや、このトリックとか、そういうものについては良い。推理だとかを行うサークルで、名探偵が二人、ワトソン役になる人物も沢山いる…という設定も面白い。さらに、途中までのバラバラの状態で行われるサスペンスと、終盤の推理合戦という流れも悪いとは思わない。アイデアについては、良いのである。
しかし…だ…。正直、読んでいて、全く頭に入らなかったものがある。それは、このメインになる館の構造である。この館の構造そのものが極めて重要になるのだが、間取りなどがサッパリ頭に入ってこない。これ、結構、致命的なように思うのだが…。
これ、アイデアや粗筋を残して、もう一度組みたてれば、かなり面白くなりそうなんだけどな…と感じてしまった。
(07年1月11日)

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顔に降りかかる雨
著者:桐野夏生
親友であり、ノンフィクションライターである宇佐美耀子が1億円を持って失踪した。村野ミロは、耀子と結託して1億円を奪ったと疑われることに。耀子を見つけ、1億円を取り戻すこと。ミロは、耀子の恋人である成瀬と共に耀子の捜索に乗り出すことになる。
第39回江戸川乱歩賞受賞作。
以前、同著者の日本推理作家協会賞受賞である『OUT』を読んで、女性の情念というか、著者の作り出すドロドロの感情表現を知っていたが、、デビュー作でも後のものほどではない、とはいえ、それは感じられた。夫に自殺され、その事で心に傷を持つ主人公のミロ、コンプレックスを抱え、ひたすらに虚勢を張りながら破綻への道を歩んでいた耀子…と言った人々の存在が光る。ジュニア小説でのキャリア十分ということもあるのだが、展開・テンポなどは申し分なし。
ただ、一方でちょっと気になる箇所が、話の発端。耀子が金を奪ったとして、暴力団に探すように強要されるわけであるが、いくら何でもこれで…というのは弱過ぎやしないか? ミロ自身が監視を何度も掻い潜れているわけであり、警察に駆け込んでしまえばそれで終わりではないか? 勿論、脅す側も、そんなことをするか…と言われるとどうだろう?(ネタバレ反転)また、真犯人の側だが、もし当初の計画通りに進んだとして、それで良い結果になることは有り得ず、計画そのものに大きな無理がある(もし成功していたとしても、ヤクザに追いかけられて終わりでは?)。(ここまで)
とは言っても、乱歩賞の水準以上は言っている作品かな?
(06年1月16日)

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柔らかな頬
著者:桐野夏生

北海道の寒村から家出をしたカスミは、皮肉にも北海道の別荘地で娘を失ってしまう。不倫相手の石川と密会をしていたその最中に娘を失ったカスミは罪悪感に苛まれ、娘を探しつづけることに。それから4年後、ガンに侵され余命幾ばくも無い元刑事・内海が再捜査を申し出ることで再び物語は動き出す。
と、冒頭を書くと何かミステリー小説のように思えるのだが、実際にはミステリー小説とは言えないだろう。確かに、物語の発端となるのは、子供の失踪、という事件である。だが、この作品には解決もなければあっと驚くどんでん返しがあるわけでもない。あるのは、ただただ登場人物達の心の動きのみ、である。
私はこの作品の中心にあるのは「変化」であると思う。自分の心の赴くままに石川との密会を重ねるカスミは、娘の失踪、さらに内海との出会いで変化する。石川もまた、カスミの娘の失踪事件をきっかけとして、家族を失い…と変化していく。とにかく野望に燃え、強引であり、現実的な内海は病、さらにカスミとの出会いを契機として変わって行く。和泉、豊川、水島…関係者は皆、事件を端緒として変わって行く…。
最初に述べたように、この作品では解決が無い。どんでん返しも無い。そして何よりも「救い」が無い。後味は決して良くない。だが、何かが残る。「救い」が無いのが「救い」であるような不思議な感覚である。死に行く内海と、原点へと戻ることとなったカスミ。二人にとって救いとは何だったのだろうか?
(06年6月12日)

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リアルワールド
著者:桐野夏生

高校3年の夏休み。隣家の少年が、母親を殺害して逃走した。その時、物音を聞き、その少年と鉢合わせした十四子は、警察の聴取に対して咄嗟にウソをついてしまう。少年の逃走、そして、十四子とその友人たちは、彼の逃走の幇助をする事になっていく…。
うーん…また、感想が書きづらいことこの上無いな(笑)
自分達を取り巻く環境・思惑から自らを守るために「ホリニンナ」と名を偽る十四子。直情型で自らの中の感情に悩むユウザンこと貝原。陽気で、可愛い、という立場のキラリンこときらり。頭が良く、感情を表に出さないテラウチこと寺内。仲の良い4人だが、少年との関わり方を通じて、それぞれの思惑、考え方の違いが浮き彫りに成って行く。
自分の存在とは何か? 社会との関わり方について。それぞれ、極端な性格として描かれているわけだけれども、皆、持っている(持っていた)であろう感情だとかは確かにリアル。と、同時に、この当時独特の倦怠感みたいなものも上手く表現できているな、と感じた。
もっとも、極端なキャラクターにした、ということもあるんだけど、実際に現在の高校生だとかと比較した場合のリアリティだとかはどうなのかな? とか思ってしまうところもある。また、「心の闇を抉り出す」なんていう紹介文にもちょっと違和感。
テンポの良い展開だとか、非常に読みやすい作品なのは間違い無いんだけど。
(06年8月9日)

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ファイアボール・ブルース
著者:桐野夏生
女子プロ団体PWPで随一の実力を誇る「ファイアボール」こと火渡。彼女が、変則マッチで勝負するはずだった外国人レスラー・ジェーンが行方をくらませた。火渡の付き人・近田は、火渡と共にその事件に巻き込まれていき…。
「女にも荒ぶる魂がある」とは、本書のあとがきに著者が記した言葉なのだけれども、読み終わってみると確かにそうなるのだな…という印象。
試合中、トラブルを起こして姿を消した外国人レスラー。しかし、どうしようもない事件が起こった、と皆が苦々しく思う中、対戦相手であったはずの火渡だけは何故かそのレスラーのことを気にして…。という流れではあるものの、正直、純粋なミステリーとしては微妙。「女子プロレス界に渦巻く陰謀」なんていうけれども、そこまで仰々しいものという感じはなかったし、トリックがあるか、どんでん返しがあるというわけでもない。それだけ見ると、うーん…という感じ。
どちらかと言えば、そこは添え物で、その調査の過程で描かれる「ファイアボール」こと、火渡のその力強さ、精悍さ、気高さがメインであり、また、そんな火渡の付き人であり、1勝も出来ずにもがき苦しむ近田の成長物語…という側面が強い。プロレス、と言っても、あまり詳しくはないのだけれども、派手なパフォーマンスをするわけでもなく、ただその「強さ」を求める孤高の存在である火渡は確かに格好良い。そればかりが残った。
しっかりとまとまってはいるが、後の桐野作品らしさは弱い…かな?
(07年5月21日)

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