犯罪は「この場所」で起こる
著者:小宮信夫
何か犯罪が起こるたびに騒がれる「○○が原因だ」「△△の影響だ」と言った「原因論」。しかし、実際にその原因が正しいかどうかもわからず、また、原因の除去というのも極めて困難な場合が多い。それよりも、原因を持っている人が、実際に犯行をその場所・機会を除去して、犯罪を起こせないようにしよう、というのが本書の主張。その論理と、英米、そして日本における取り組みを紹介する。
近年の日本の犯罪報道を見ても、犯人の「普通でない場所」を見つけ出しては「これが原因だ」とすることが多く(しかも、それが極めて意図的だったりする)、それによっていわれも無い差別なども起きていると感じていた私にとって、この「機会をくじく」という考え方は実に共感できるものだし、正論であると感じる。また、「機会」を奪って時間稼ぎをすることで、「原因」が自然と除去されることも多々有る、というのも確かだ。「原因」論よりもはるかに「機会」論の方が効率的だとも思う。
もっとも、読んでいていくつか留意したいところも感じた。まず、この書の前提となっている「犯罪増加」というものであるが、「認知件数」などは、警察の方針などによって大きく変わるため、それが正しいかどうかは疑問符がつく。次に、著者は「地域・コミュニティの強化」を強く訴えているわけだが、それが強過ぎるが故に犯罪が起きたり、また隠蔽される(絆が強過ぎるが故に犯罪行為も言い出せない)…などという事も考える必要があろう。そして、著者の主張で出てくる「割れ窓理論」。これについては、その効果を疑問視する声も多い。その辺りも考慮する必要があろう。
とはいえ、全体的に見れば、一読の価値がある書だと思う。
(06年1月20日)

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テレビの嘘を見破る
著者:今野勉
「テレビの嘘を見破る」…なんとも刺激的なタイトルである。テレビ業界に長く籍を置く著者が、ドキュメントの世界で繰り広げられる「やらせ」を次々と暴いて行く…わけではない。
確かに、この書内でも、様々な再現、演出…の例が出され、そのトリックなども明かにされている。が、この書で行われているのは、その否定でもなければ肯定でもない。この書は、そのような問題に関する様々な論争の紹介、作成する側の理論などが記されているだけであり、明確な答えを出しているわけではない。
著者はテレビ業界の人間であり、そうは言われても納得できない部分であるとか、「甘いんじゃないの?」と思う部分も無いわけではない。ただし、「事実とは何か?」「やらせとは何か?」などということを考える上での叩き台としての価値は十分にある書ではなかろうか?
(05年4月14日)

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アキハバラ
著者:今野敏
ストーリーを細かく追って行けば、かなりのご都合主義だし、無理を感じる部分が無いわけでもない。だが、それを補って余りあるスピード感がこの作品の最大の魅力。
上京したての青年、史郎が万引きと間違えられる。地上げに来た武闘派ヤクザ、中東の工作員、ロシア人マフィア・・・それぞれの思惑が交錯して大事件に発展する。とにかく、最初から最後まで全力疾走だ。
最初にも述べたように、ご都合主義の部分はある。だが、「秋葉原」という街の特性を考えると妙にリアリティがあるから不思議だ。なかなか面白かった。
(04年12月26日)

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皇帝ペンギンが翔んだ空
著者:祭紀りゅーじ

孤児院育ちのリーゼロッテ。元不良少女だった彼女は、現在、純白の古城『白鳥城』の管理人として働いている。心優しい街の人々と、白鳥城に不法滞在する陽気な幽霊たちに見守られ奮闘する彼女のもとに、孤児院の妹・ヨハンナが現れ…。
タイトルに『皇帝ペンギン』云々とあるけれども、あんまりタイトルと中身に関係が無いな。別に構いやしないけど。
話そのものとしては、元不良少女であるリーゼロッテと、現在、不良みたいな状態になっているヨハンナ。二人の意地っ張りが、互いにお互いのことを思うが故にぶつかりながらトラブルに向かっていくことになる、っていう話か。
一生懸命やっているんだけど、どうにもガサツさが出てしまうリーゼロッテ。どうにも素直になれないヨハンナ。とにかく厳しいけれども、一本、筋の通っているマルガレーテ…とキャラクターたちがしっかりと立っているのが最大の魅力じゃないかな。幽霊とか、そういう設定はあるんだけれども、実のところ、この3人のやりとりでその大部分ができているように思う。
ただ、展開そのものをみると、リーゼロッテの過去であるとか、はたまたマルガレーテの出した解決策であるとかにちょっと唐突さを感じてしまったのがちょっと欠点かな? というように思う。この辺りがもうちょっと上手く処理されていれば言うこと無かったと思う。
(06年11月22日)

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殺人の棋譜
著者:斎藤栄

弱冠27歳の若さで将棋最高位決定戦への挑戦権を得た新鋭棋士・河辺真吾8段。その河辺の娘が何者かに誘拐された。身代金は1000万円。警察は捜査を開始するものの事件は思わぬ方向へと転がって行き…。
第12回江戸川乱歩賞受賞作。
うーん…これはちょっと厳しいかな…。
作品の入り方としては申し分無い。新鋭棋士の娘が誘拐され、身代金が要求される。犯人の指示に従って金を作り、渡すものの娘は帰ってこない。警察の捜査により、容疑者が浮かび上がる物の殺されていて…という展開は悪くない。そこに至る河辺やその家族たちの苛立ち、苦悩と言った物もしっかりと描かれているし。
ただ、全体的に見るとうーん…と思う部分が多い。まず、ハッキリ言って、将棋というのが何も関係ない(笑) 単純に誘拐された子供の父親が棋士だった、というだけで他の職業であっても何の問題も無かったと思う。そもそも、河辺は、娘を誘拐されて苦悩する父親以上の役割が無いし。
最後のどんでん返しもやや外した感じ。アンフェアな部分があるのは構わないのだが、するのであればそこに至るまでの伏線をキッチリと張っておいて欲しかった。なんか、真犯人の動機も取ってつけただけ、という感じなのだ。
乱歩賞受賞作は、これまでかなり読んできたけれども、正直、かなり低い評価になってしまう。
(07年1月23日)

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教育力
著者:斎藤孝

著者の齋藤孝氏といえば、やたらと著書を出している、そして、それを評価している人が沢山いる…というイメージを持っていた。で、一冊くらい読んだほうが良いと思い、手にとって見た。一応、著者の専門が教育学、ということで本書を選んでみた…。
で、感想なのだが…うーん…。言っていることの一つ一つは、「そうだ」と思える部分も多いのだが、全体を通してみると「?」と言う感想になってしまう…。
基本的に本書では、「教師、教育者に求められるのは、こういう資質、能力だ」という形で記されていく。曰く「学ぶ姿勢が必要だ」「情熱がなければならない」「発問力が必要だ」「コミュニケーション能力が必要だ」…なるほど、もっともである。ただ、それらは全てが必要であり、また、全てが満遍なく揃わなければならない。例えば、「情熱」だけが飛びぬけて高い教師がいたらどうだろうか? やる気だけはあり余っている教師。「情熱が皆無」というよりも良い、というかもしれない。しかし、情熱だけが先走ってしまう教師というのは、むしろ、教師の独りよがりになってしまう危険性がある。ある意味、マニュアル化した内容だけを教える教師よりも迷惑だろう。そのような点について、殆ど触れられていない点がどうにも気になる。
さらに、細かい部分で言えば、著者自身の経験論、思ったこと、というだけの根拠で物事を語っているように感じる部分も多い。早い話が、全体的に「昔は良かった、今は…」という内容が多いのである。例えば、若手教師の勉強会への出席率が低い。昔は、そんなことはなかった。教師の教育欲がなくなってしまったのではないか? という部分がある。しかし、考えてみればわかるのだが、経済成長時代には「でもしか先生」なんていわれ、公務員、教師志望者はむしろやる気のないものが多いとされていたわけである。就職氷河期で志望者が殺到し、さらに、教師の不祥事や指導の難しさが語られる時代でもある。そんな時代に教職に着く若者が、意欲も能力もない、とは考えにくい。研究会に出れないのは、むしろ、他の理由があるのが自然と思えるのだが…(無論、私の考えが違う可能性だってある)。それを「今の若い教師は…」と理由なく片付けてしまうことは、著者の批判する「価値感」(好き嫌いだけで物事を判断し、的確でなくとも決め付けてしまうこと)に自身が陥っていないだろうか? 他にも、「ゆとり教育撤廃には賛成」というが、著者の示している事例の方がよほど「ゆとり」を必要とするように感じられる(「ゆとり教育」撤廃の理由は、カリキュラム上で教える公式や内容が少ない、という批判からで、撤廃して多くすることにある。しかし、著者の語る教師と生徒のコミュニケーションを増やすとかは、そうなったらよりやり辛くなる。むしろ、著者の考えは(本来の)ゆとり教育の目標に近いのである。実際のゆとり教育がそれを実行できていたかどうかは別として)とか、疑問点は多い。
本書は、具体的な内容というよりは、理念、心構え的な部分が多いのだろう。よって、「具体的にどうするんだ?」という批判をするのはお門違いだと思う。ただ、それを差し引いても、個人的には何か歯切れの悪い評価を下さざるを得ない書だと思う。
(07年5月31日)

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「負けた」教の信者たち
著者:斎藤環

『中央公論』誌に03年1月〜04年12月まで連載された時評を再編集した書。

実際の金銭であるとか能力があるにも関わらず、コミュニケーション能力などによって自らを「負け組」と思い込む者が多く存在する。彼らは、それによって自らのプライドであるとかを守ろうとしているのではなかろうか。そして、その「自傷的自己愛」にしか頼ることが出来なくなってしまった存在こそが、「ひきこもり」「NEET」では、という意見が冒頭で出され、以後、時評によってそれを提示していく。
「メディア論」「若者論」「公正論」を中心に話が展開され、それぞれに「なるほど」と納得させられることは多い。
多いが、一方で、時評という形式もあるのだろうが、正直、まとまりには欠けるし、また、題名の「負けた教」というものに関してもそれほど深く掘り下げられているわけではない(当然と言えば当然で、時評をまとめた結果で出てきたタイトルが「負けた教の信者たち」なのだから)。そういう意味で、もっとそちらに関して…という不満が残る部分は多い。
時評として考えれば十分に面白いのだが、ちょっとタイトルには…という感じは受ける。
(05年5月25日)

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社会的ひきこもり
著者:斎藤環

以前から、この書に関しては読もう、とは思っていた。「ひきこもり」という言葉が広まるきっかけになった書でもあることだし。丁度、『NHKにようこそ!』のアニメ版が始まったのでこの機会に、と読むことにした。…いや、すげぇ理由だとは我ながら思うけどさ(笑)
本書は2部構成になっており、前半の第1部で「ひきこもり」とはどういうものなのか、について、後半の第2部で実際にどのように対処するか、ということが記されている。
一般的に「怠け」であるとか、「気楽だ」などと見られるこれらの人々が実際には、その状態にありながら全くそう思っていないこと。むしろ、人一倍、葛藤などを抱えていること。よって、未だに叫ばれる「スパルタに接すれば良い」だとか、「援助などを打ち切ってしまえば良い」と言った言説が殆ど効果を為さないこと、というのは、重要なポイントではないかと思う。
また、本書で示されている、「ひきこもりシステム」モデル、即ち「本人」「家族」「社会」がそれぞれ孤立してしまっている、という部分も考える必要があろう。第2部では、そこを繋いで行く過程を中心に記されているのだが、理論的で非常に納得のできる内容であった。
これを読むと、マスコミなどで言われている「ひきこもり」に関する言説の危険性を感じざるを得ない。例えば、「ひきこもり」=「犯罪予備軍」などと言う言説がある。これは、本人の劣等感などを刺激するだけで、より孤立させるものになり兼ねないし、また、社会の側もそのような人々を拒絶するようになるだろう(また、家族が孤立することもあろう)。結果として、問題を悪化させるだけと言える。また、メディア批判論で言われる「ゲーム」「パソコン」なども、上手く利用することで逆に社会と繋げる役割を担う、ということも言える。
終盤、社会について書かれた部分については、ちょっと…と思うところがあるものは、仕方の無いところか。イメージだけで「ひきこもり」について語る前に、一度、本書を読んでみるのは重要ではないだろうか?

ちなみに、本書の実践編に即して考えると『NHKにようこそ!』の主人公・達広に対して、親が取った仕送り停止はダメな方法とのこと。実際、それで直ってないしねぇ(笑)
(06年7月18日)

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蟻の木の下で
著者:西東登
戦友でもあった野々村が熊に襲われて死んだ。居酒屋で偶然知り合った雑誌記者・鹿子に知らされた池見は彼が、現場近くで拾ったという新興宗教団体のバッジのことも気になり、鹿子に調査を依頼する。そんな池見には、戦地でのある苦い思い出があった…。
第10回江戸川乱歩賞受賞作。
え〜…っと、この作品を読んで、一番強く思った事を端的に書こう。「蟻の木、怖っ!!」。正直、その怖さばかりがやたらと頭に残って仕方が無かった。
作品全体を通して考えれば、一見、バラバラなそれらが実はしっかりと関連づけられており、それら一つ一つのエピソードに意味がある、というのは見事。そういう意味では無駄が無い。
ただ、正直、摘め込み過ぎ、と言うのをどうしても感じる。第2次大戦中、タイに駐留した日本軍とそこで行われた犯罪行為、新興宗教団体の中での権力争い、更には不可思議な事件の数々…といったものがぎゅうぎゅうと摘め込まれている印象。登場人物も、戦友を失った池見、事件を調査する鹿子、タイからやってきた青年・キム…といった多くの面々が登場し、それぞれにそれぞれのエピソードを持っている。そのため、数多くの謎が提示されるのだが、なんとなく…が続いてなぁなぁで解決されてしまう部分が多くて気になる。そして、それぞれの人物が繋がったときに明かされるどんでん返しは、非常に強引になってしまっている。正直、それはないだろう…という感じだ。
この作品に限ったことではないのだが、もう少し焦点を絞って描いた方がより鮮明になったのではないだろうか。
(07年2月15日)

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夢のカルテ
著者:高野和明、阪上仁志
ある事件が原因で睡眠障害を煩った健介はカウンセリングルームの扉を叩く。そのカウンセラー・夢衣は、患者の夢へと入りこみ、共有できる、という特殊な能力を持っていた…。
カウンセラーと患者という立場で出会った二人。次第に惹かれて行く二人であるが、夢衣は健介の心を覗く事ができること(夢の中を見れるわけだし)、さらには、自らの出生の秘密などを通しての恋愛転移ではないか? と苦しむことになっていく…。そんな中、事件が起きて行く…。
刑事が出てきて、事件が起こって、それを夢衣のカウンセリングなどを通して解決して…という流れがあるので、ミステリ小説と言っても良いのだろうが、むしろ、健介と夢衣のラブストーリーと言った方が良いのかもしれない。
夢を共有できる、という能力。その能力を持つが故の苦しみ。さらに、心理学・精神医学の話などで引っ張られ、(私があまり、その方面に明るくないこともあろうが)十分に楽しむことができた。
ただ、ミステリとして考えるとあまりサプライズがある、とは言い難いし、また、恋愛小説として考えるともうちょっとボリュームを増やして二人の関係の積み重ねが欲しかったな、と感じた。全部で4章構成なのだが、あまりにも綺麗に起承転結の展開というのも意外性に欠ける。
楽しめたことは楽しめたのだが、ちょっと物足りなく感じた。
(06年5月3日)

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青空の卵
著者:坂木司
僕、坂木司には鳥井真一という一風変わった友人がいる。自称「ひきこもり」の彼は、僕がいないと全く外に出ようとしない。僕は、何とか、外に出そうと頑張っている。そんな僕たちの前に謎が現れて・・・。
うーん…面白いことは面白いんだ…。けれども、読んでいて、主人公であり語り部である坂木に対して物凄い嫌悪感を感じて仕方が無かった。
これは、丁度、私が『引きこもり狩り』(芹沢俊介編)とほぼ同時進行で読んでいた、ということも関係しているのだとは思う(自分でも、どういう組み合わせ方しているのか謎だ(笑))。つまり、主人公・坂木が鳥井に対して、「善意の押し付け」をし、結果として、「自分は鳥井のために何かをしてやっているんだ」というヒロイズムに酔っているだけ、と感じられてならないため。無論、鳥井の側も坂木の存在を必要としているのだし、不安定さもある。けれども、「自分がいるんだ」という坂木の側にこそ、鳥井に対して依存している、としか思えず、違和感を感じてならなかった。まぁ、これは人それぞれの感じ方があるかと思うが、私のように嫌悪感を抱く人は必ず出ると思う。
と、いきなり嫌悪感の吐露を延々と続けてしまったわけだけれども、作品の出来としては十分に良い作品だと思う。
流れとしては、一応、「日常の謎」で良いのかな。街で起こる男性を狙ったストーカー事件をキッカケとして始まる謎ときの日々。坂木の語る話、そして、周囲にあるちょっとした違和感を元に、一気に真実に迫って行く鳥井。ぶっきらぼうで横柄な態度でありながら、何故か相手を不愉快にしない語り口調だとかは本当に魅力的。しかも、料理が一々美味そうだし(笑) で、一つの事件で出会った人々が、次の事件でも関わってくる、なんていう連作集ならではの楽しみもある。
登場人物が基本的に善人揃いで、というのは、ある種の甘ったるさで…という人もいるとは思う。ただ、これ自体は、一つの持ち味だしこういう作品は個人的に嫌いではない。
それだけに、主人公・坂木に対する嫌悪感が気になってしまったのだけれども、今のところ、シリーズで語られているのは、鳥井と母の関係に纏わる部分程度。坂木の持っているものとか、そういう部分も含めて明らかになっていくのでは? と期待して、3部作は追いかけてみようかと思う。
(07年3月20日)

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仔羊の巣
著者:坂木司
自称・ひきこもりの友人・鳥井が病気で寝込んでしまった。そんなとき、僕と同期入社の同僚・佐久間の様子がおかしいと吉成に持ちかけられるのだが…。など、3編を収録。
『青空の卵』からの、「ひきこもり探偵」3部作の2作目。
ミステリー作品としての出来は相変わらず。坂木の同僚・佐久間の行動の理由について、駅で見かけた少年の行動について、なぜか少女たちから邪険にされる坂木について…些細なところから理由を見つけ出す鳥井の観察眼は流石。3作通しての纏め上げ方についても文句ないし、「日常の謎」を扱った連作ミステリとしての出来は見事。
ただ、どうしても、この作品の場合、坂木と鳥井の関係に主眼が置かれてしまう。
(リンクを辿って読んでいただければわかると思うが)私の前作に対する感想は決して良い評価と言うわけではない。いや、ミステリー作品としての出来について文句はないのだが、登場人物、特に、「自分が手を貸してやっているんだ」と言う主人公・坂木の姿に物凄い嫌悪感を抱いた。続編である本作も多少、それが気になった部分はある。ただ、前作でとことん嫌ったためか、はたまた、多少なりの進歩が見えたためか、もしくは、3部作の2作目でそこまで大きな変化の兆しがなかったためか、前作ほどの違和感を覚えることなく読むことが出来た。
3部作、シリーズと言う意味では「一度聞いておきたかったんだけどな。鳥井はともかく、お前はあいつと世界のたった一つの窓口でいることに、納得してるのか?」と言う滝本の台詞や、3編目で女子高生から投げかけられる言葉などはあるが、坂木の側の事情は相変わらず謎のまま。この部分がどうなるのか? あと1作、付き合ってみようと思う。
(07年11月11日)

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動物園の鳥
著者:坂木司

探偵の真似事をしている鳥井。そんな鳥井の下へ、また相談が入った。それは、動物園で野良猫が虐待されている、と言うもの。何とか、鳥井を連れ、現場の動物へ赴く坂木だったが、そこでかつて、鳥井をいじめた張本人・谷越に出会う…。
『青空の卵』『仔羊の巣』からの3部作3作目。
これまでのシリーズは、連作短編と言う形をとっていたが、3部作最終巻に当たる本作は、1本の長編として起こっている。そして、物語としても、探偵役である鳥井、そして、語り部である坂木が現在のような関係になった元凶が絡んでくる。そういう点でも、シリーズの最後と言うのを感じさせる作品になっている。
実のところ、『青空の卵』を読んで、最も感じたのは主人公・坂木に対する嫌悪感だった。『仔羊の巣』において、多少、その気持ちは弱まったものの、本作で再び、同じような感覚を味わっていた。この作品に対して、BLっぽいとか、そういう評価があることは知っている。ただ、私はそれ自体は別に構わない。高村薫の作品とか、もっと強烈なのも読んでいるし(笑) ただ、この主人公・坂木の無自覚な態度が、物凄い嫌悪感を抱かせるのだ。
本作においても、鳥井の指摘は容赦なく抉る。元凶となった谷越に対して、依頼をしてきた女性・明子に対して、さらには、周囲の人々に対して…。そして、それは全て坂木と鳥井の関係にも当てはまる。しかし、それを他人事として扱ってしまう坂木に、非常に嫌悪感を抱いてしまう。これだけ嫌悪感を抱かせる主人公って、ある意味、珍しい(笑)
それだけに、最後にそのことを指摘したあの人物は賞賛されるべきなのかも知れない。そして、ようやく気づいた坂木の行動…。
一歩だけ、であっても、坂木は成長したのか…? 嫌悪感を抱かせる状態から一歩、抜け出した終わりは、一つの救いと言えば救いなのかもしれないが…。
(07年12月15日)

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華やかな死体
著者:佐賀潜
大手食品メーカーの社長が殺害された。若手検事である城戸は、自ら事件の捜査にあたり、社長秘書であったかつて人見十郎を逮捕する。否認していた人見だが、様々な証拠・証人を集め起訴に踏み切るのだが…。
第8回江戸川乱歩賞受賞作。同時受賞に『大いなる幻影』(戸川昌子著)。
うーん…作品としては、極めてオーソドックスな法廷ミステリと言ったところか。検察官・城戸が警察と共に証拠固めをするところから始まり、老獪な弁護士とのやりとり、様々な矛盾を含む証言をする周囲の人々・・・というようなところへと進んで真相へ。多少、時代を感じるところはあるものの、城戸と弁護士との駆け引きなんかはなかなか見所がある。
ただ、やっぱり…と思う部分もちらほら。まず、これは時代背景もあるのだろうけれども、今の警察・検察がこんな捜査だとかをやったら拙いだろう…というような場面が多いこと。「当時は…」と考えれば良いのかもしれないが、ちょっと引っかかった。
また、終わり方もやるせない、というか何と言うか…。やるせない、ならそれはそれで良いのだが、なんか、ちょっと強引かな? と。新人賞作品ではしばしば見るパターンではあるものの…ちょっと残念。
敢えて今読む、というほどの作品ではないかも。
(07年2月27日)

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白色の残像
著者:坂本光一
名門・信光学園を甲子園に導いたバッテリー・向井と真田。その二人が監督として、甲子園に帰ってきた。母校・信光学園を含めた3校の因縁対決で騒がれる中、かつての高校球児で、スポーツ紙記者の中山は、向井と真田の確執に疑念を覚え、調査を開始する。一方、フリーライターの大八木は、信光学園と向井率いる習志野西高校が、打順が1周する3回から突如として打撃爆発という傾向を見つけ、不正のにおいを嗅ぎ取る…。
この作品を引っ張るのは2つの謎。相手の投球を見極めて、100%近く打ちこんでしまう謎。そして、密室殺人の謎。後者に関しては、ミステリ小説のお約束であるが、前者の方法についてがとかく興味深く感じられた。
そして、明らかになった真実。これが描かれたのは1988年だが、現在でも言われている「高校野球のセミプロ化」に挑戦しようとした二人の若者。そこから生じたすれ違い。そして、それが招いてしまった事件…。途中まではただの「悪役」としか思えなかった男が秘めたもの。以前読んだ、『魔球』(東野圭吾著)同様に、実に「熱い」物語に仕上がっている。
正直、「100%打つ」方法に関して、科学的に実施できるのかどうか? という疑問はやはり残る。そして、もう一つ。密室の方もちょっと苦しいかな? という感じはする。そういう意味では欠点かな? とは思う。ただ、2つの謎で引っ張って、最後に明らかになる「思い」の熱さの印象は強い。十分に楽しめた。
(06年6月15日)

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