ブルースカイ
著者:桜庭一樹
1627年、「魔女狩り」の嵐が吹き荒れるドイツ・レンスの街に住む少女・マリーは<アンチ・キリスト>に出会う。2022年、シンガポール。CGアーティストのディッキーは絶滅したはずの<少女>に出会う。そして、2007年4月、日本…。
うーん…何とも説明が難しい作品だなぁ…。一言で言うならば、「少女」を巡る物語…ということなのかな?
子供から、いきなり大人へと変貌と遂げるかつての時代。モラトリアムが長くなりすぎた未来…。それぞれの時代で、それぞれの時代の人々の目から見た「少女」という存在。
とにかく、終始、淡々と綴られる物語。変な言い方だけど、とんでもない展開が待っているわけでもない。けれども、読了後に何とも言えない不思議な余韻が残る作品だ。
(05年10月9日)

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竹田くんの恋人 ワールドエンド・フェアリーテイル
著者:桜庭一樹

携帯電話の恋愛シミュレーションゲームのキャラクター・水菜。彼女は、1ヶ月のプレー期間を終え、プレイヤーが継続してくれなければ消去されてしまう。そんなところに現れた妖精・キラシャンドラ。彼女は、プレイヤー・竹田に恋をしたという。伝説の「電話」を利用して、現実世界にやってきた二人は、竹田の携帯電話を拾ったという林太郎と共に竹田の捜索を始めるが…。
うん、桜庭一樹作品は『ブルースカイ』以来2作目なんだけど、向こうが社会風刺というか、歴史的考察みたいなものが含まれた作品なのに対して、この作品は純粋なエンターテインメイント作品ですな。
捜索すればするほど悪評が出てくる竹田。それでも何が何でも竹田を信じるキラシャンドラと、それにツッコむ水菜。そんな二人に振りまわされる林太郎。その3人のやりとりを中心にして、竹田というのが何者なのかを探して行く。と書くと、ミステリっぽいんだけど、実態はラブコメ(笑)
細かいところを言うとツッコミどころはあるんだけど(携帯・免許証ほかを無くしたのに、竹田は何故探さないの? とかね)、話のテンポが凄く良くて、一気に読んでしまった。うん、面白かった。
(05年12月2日)

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砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない
著者:桜庭一樹

片田舎に住む中学生・山田なぎさ。父は亡く、兄はひきこもり。母のパート収入で細々と暮らす日々。そんな学校へと転校生がやってくる。彼女の名は、海野藻屑。有名人の父を持つ彼女は、「自分は人魚だ」と言い張る不思議な少女だった。
重ーーーい。
思いっきり、作品の雰囲気に合わない言葉の表現で申し訳無い。そのくらい、重い雰囲気なんですわ。何せ、1頁目から、物語の結末が見えているのだから。
母子家庭の上に、兄の引きこもりという状況によって必要以上にリアリズムに染まってしまったなぎさ。経済的には恵まれているものの、父の虐待を受けている。そんな二人の邂逅。本人はリアリストでも、あくまでも13歳のなぎさでは、何もできない。一方の藻屑も、何も出来ずに虐待を受け、そんな自らを認めないが故に、次々とウソを吐いていく…。最初に、結論を出されているだけに、そこへの過程が何とも痛々しい…。「少女」の放つ「弾丸」の無力さがとにかく感じられてならない。
(06年1月3日)

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少女には向かない職業
著者:桜庭一樹
大西葵13歳は、中学2年生の1年間にふたりの人を殺しました。1人は夏休みに、もう1人は冬休みに。その始まりは、宮乃下静香との出会いだった…。
個人的に、この作品を読んだとき、『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』という作品をまず思い出した。何というか、雰囲気、状況などが似ている、と感じたのだ。話の進む先はまた別なのだが、同じような閉塞感があるのだ。
というわけで、この作品。とにかく、思春期の少女の抱える閉塞感、人間関係への疲労感。友達の前では、明るい性格のように見せながら実は内向的な葵の日常、心情…そういうものが丁寧に描かれている。人を殺す、という部分では非日常でありながらも、日常の心理描写が丁寧にされているために、自然に葵の想いの移り変わりが入ってくる。この辺りが、この作品の一番良いところだろうな、と思う。
この作品、06年版の「このミス」で上位にランクインしたりもしたわけだけど…これ、ミステリなのか? いや、クライムノベルというのは確かなのだろうが…。ちょっと気になった。
(06年2月5日)

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推定少女
著者:桜庭一樹
ぼく、巣籠カナは、ひょんなことから義父を矢で射ってしまい逃走中。そんなぼくは、逃亡中に隠れたダストシュートで、全裸で銃だけを持つ謎の少女・白雪と出会い、一緒に逃げることに…。
何とも評価が難しいなぁ…これ。
いや、他の桜庭一樹作品と同様で、思春期の少女の心理描写は見事。ただただ「子供」と言うわけでもなく、かと言って「大人」というには力も何も無い。そんな微妙な立場やら、考え方やらが上手く描かれていると思う。また、個人的に面白かったのは、「評論家」の存在。「自分は子供の気持ちがわかるんだ」といわんばかりの状態で解説をする評論家と、その評論家の言っていることが全くの的外れである、という辺りのくだりだとかはとても面白かった。そんな、「大人」と「子供」の間にあるズレだとかを表現させると、巧い作家だと思う。
ただ…、このまとめ方が何とも…。基本的には、現実的な世界を舞台にしているだけに、終盤に入っていきなりな展開になってしまうのは、ちょっと…という感じだし、最後も殆ど投げっぱなしだったのが残念。もうちょっと着地点がきちんと作られていればもっと評価できるのになぁ…と言う感じ。もったいない。
(06年3月14日)

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赤×ピンク
著者:桜庭一樹
廃校となった学校の敷地で毎晩行われるキャットファイト『ガールズブラッド』。幼さとか弱さで人気のまゆ十四歳(実年齢21)、魅せることを常に意識するミーコ女王様、女性に人気ながらも女性恐怖症の皐月…。それぞれの事情、思いを胸に秘め、彼女らは戦う…。
前にも書いた気がするんだけど、桜庭氏って、少女を特殊な状況下に置くことで却って少女の持つ心情を却って生々しく描くことを得意としている作家…という風に勝手に思っている。この作品もその傾向がハッキリと出ている。
毎晩開かれるキャットファイト。その参加者と言うと、イメージとしては特殊な人、という感じがあるが、自らの存在意義に悩む者、恋・愛といったものに悩む者、「女性」としての自分の存在に戸惑う者…そういうものがここで描かれる。勿論、デフォルメされているのは確かだろうが、特異な状況下であるが故にそれぞれの本音が描かれる…というパターンにしっかりとなっているように思う。
設定そのものはライトノベルらしい、と言えばそう言える。ただ、一方で普通のライトノベルっぽくない、とも感じる。桜庭作品としては比較的初期の作品だけれども、最近の作品との繋がりを深く感じた。
(06年5月11日)

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君の歌は僕の歌 Girl’s Guard
著者:桜庭一樹

女の子による女の子のための「なんでも屋・Girl’s Guard」。単純だが、喧嘩は滅法強いマリと、頭脳担当のクールビューティ・雪野。そんな二人の元に入った依頼が入る。依頼人・七桜子はストーカーに付きまとわれていて困っている、という。早速、依頼を引き受ける二人だったが…。
なんて言うか…ふつ〜…。
一応、これ、広い意味でのミステリー作品ととって良いのかな。「なんでも屋」の二人が受けた依頼が思わぬところへ転がって…っていうのは、結構見るパターンではあるしね。それに加えて、マリのほのかな恋心みたいなものを描いたラブコメ的な要素を足した感じ。ま、ミステリーとしての捻り方みたいなものに関して言うのであれば、ちょっと軽めではあるけれども、レーベルを考えればこれで十分だろうし。そういう意味では、そこそこは楽しめた。
ただ、個人的には不満がちょっと。それは、雪野の印象が薄いっていうところ。体力担当のマリ、頭脳担当の雪野、というコンビなのに、あんまり雪野が頭脳で活躍するシーンがなかったんだよね。どちらかと言うと、一郎の方が頭脳で活躍していたし。これがシリーズ化していて、今回はマリを中心にした、っていうのならわかるけど、これ単独だからなぁ…。
そこそこには楽しめたけど、それ以上でもない、かな?
(06年9月2日)

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獅子たちはアリスの庭で B−EDGE AGE
著者:桜庭一樹
蒼い瞳を持つ少年、獅子堂・セバスチャン・美弥古。天才として、米国に留学。かの地である資格を得たもののある事件に巻き込まれた彼は、帰国後、平凡な高校生としての生活をしていた。そんなある日、幼馴染である美琴から、友達の兄が巷を騒がせている「骨天使殺人事件」の被疑者として逮捕されたと相談を受ける。美弥古と、その同居人で探偵である悠は、事件の調査に乗り出し…。
読めばすぐにわかるので、最初に書いちゃうと美弥古は弁護士の資格を持っている、という設定。つまり、これ、法廷ミステリーという形をとってます。ただ、ちょっと設定が変わっているんだけど。一応、ライトノベルっぽい超能力とか、そういうのは出てきません、はい。
うーん…ちょっと微妙。
いや、実際に法廷のシーンになってからのやりとりとかはなかなか面白い。何とか劣勢を挽回しようとする美弥古と、「トロさ」あふれる被疑者・和哉のやりとりだとか、それをついてくる検事のやりとりなんかは悪くない。意味も無く、とりあえず「異議あり!」叫んでみたりするし。
ただ、この作品、法廷ミステリで日本が舞台であるにも関わらず、裁判制度そのものが違っていて、そこにまず戸惑い。陪審員制度とかが取り入れられているんだけど、そういうところがあまり説明無く入った為、ちょっと制度そのものを理解するのに時間が掛かった。また、最後のひっくり返し方もちょっと強引さがあるかな。これだと、状況証拠のみ、になってしまっているし…。
既に手元に次巻があるんだけれども、次の巻では「ルール」とかはわかっているし、その意味ではすんなり入れるかな…と思う。
(06年10月30日)

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獅子たちはノアの方舟で B−EDGE AGE
著者:桜庭一樹
アメリカから凱旋帰国した天才トレーダー・鏑木ミノルが逮捕された。彼の容疑は、秘書の殺害。犯行時の彼の記憶は欠損。しかし、あまりにも準備の良い警察の動きに花枝刑事は、美弥古に弁護を依頼する。だが、接見した美弥古は、ミノルの二面性を感じ、彼の過去を調べる…。
うん、今回は比較的素直に楽しめた。ま、前作でこの世界観だとかが理解できていた、というのが大きいとは思うが。
今回のテーマとなるのは、ミノルの持つ病。そして、10年前に遡る事件の元…。疾患そのものについては、本当かどうか全く知らないんだけれども、その過去を巡る物語であるとかなかなか面白い。意外性が、という点は多少弱いかもしれないけれども、そこへ至るまでの過程なんかも含めて十分楽しめた。
で、主人公・美弥古を巡る人間関係がまた別の意味で複雑なのが…(笑) 美弥古・琴理・悠の微妙な三角関係に、さらに今回加わる勅使河原さんに、花枝刑事と…。すっげぇ厄介なことになりそうなんですけど。でも、なんでこういう作品のおネエ言葉キャラって、みんな生き生きしているのか? いつも気になる。
で、最後には非常に思わせぶりなところで終わるんだが…それ以降、続編、出てないんだよね…。どうしたんでしょ?
(06年11月2日)

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少女七竈と七人の可愛そうな大人
著者:桜庭一樹
25歳になった川村優奈は、突如、辻斬りのように男遊びをしたいと思う。その結果、七竈は生まれた。とても美しく。七竈と、同じく美しく生まれた親友・雪風の物語。
儚い。ふんわりとした。物憂げな…。この作品を言い表すのに、何か上手い表現はないだろうか? と思っていくつか言葉を並べて見たものの、どうもしっくりこない…。何とももどかしい状況で、この文章を書いている。
物語の舞台は北海道・旭川。古い共同体の残る地方都市。人々は、互いにどこかで親戚づきあいがあったり、同僚だったりと、とても狭い共同体。その中では、美しい、ということも異質な存在。そして、母・優奈の存在も。そんな中で、同じく異質な存在である雪風と共に、ちょっとずれた感覚を持ちながらも孤高に生きる七竈。
物語そのものも、劇的な物語…という風ではない。むしろ、大きな事件も何も無い、非常に静かな物語。起こることといったら、奔放な母がどこかへ旅だってしまったり、芸能スカウトがやって来たり…。しかし、それもいつものこと。永遠に替わらないような日常の出来事。でも、それでも少しずつ、周囲は変わって行く。それは、七竈と母、七竈と雪風の関係も同じこと。変わらない、と思っているものも少しずつ変わって行く…。
桜庭さんの描く「少女」というテーマの作品はいくつか読んでいるし、例えば『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』とかもその儚さみたいなもを描いた作品ではあるのだけど、その質は全くの別物。『砂糖菓子』がその無力さを描いたのであれば、こちらは、長いように思えながらも、すぐに変容してしまうという儚さを感じさせる作品。無力どころか、芯の強さのようなものを感じさせてくれる。
言葉を色々と重ねたけれども、実のところ、作品について上手く表現できたとは全く思えない(苦笑) これ、いくら言葉を重ねても、作品の世界を表現するのは難しいと思う。百聞は一見にしかず、じゃないけれども、この作品の世界は実際に読んで感じて欲しい、と思う。
(06年11月18日)

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青年のための読書クラブ
著者:桜庭一樹

山の手に広大な土地を持ち、長い伝統を誇る聖マリアナ学園。その片隅の古ぼけた建物に読書クラブはある。良家の子女が集う学園の異端者たちの集まり、読書クラブ。そこには、学園の正史には載らない事件の数々が記録されている…。
ふうむ…こういう作品だったのか…。俗世間から離れ、家柄が重視され、生徒たちにより憧れの「王子」の選出される女子高。そんな学園の異端児である「読書クラブ」を中心とした事件が描かれる連作短編集。
作中で描かれる事件は5つ。学園闘争真っ只中の1969年、学園の発端となった1919年(と60年)、バブル真っ只中の1989年、そして近未来である2009年と2019年。近未来である最後の2編はともかくとして、69年、89年などは、世の世相を巧く描き、それをこの独特の世界観のある学園に置き換えて行くあたりに、凄いセンスを感じる。実のところ、これを読んでいて、恩田陸氏の『ロミオとロミオは永遠に』が浮かんできた。どちらも、その世相、サブカルチャーと言った雑多なものを複合し、それを作品に転化している作品だ、という風に感じるからである。桜庭氏の場合、ライトノベルを中心に活躍してきた作家のわけだが、その辺りが遺憾なく発揮されているのではないかと思う。
話としては、やはり最後の『ハビトゥス&プラティーク』が好きだろうか? 女子高としての最後の年、かつての部員との時代を超えた関係。第1章『烏丸紅子恋愛事件』で物凄い印象を残したアザミが、こういう形で出てくるとは…と、同時にただ鬱屈していただけでなく、部にたいする愛着とか、そういうものもちゃんとあったんだ…みたいなものを感じられて好きだった。
(07年8月27日)

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時の渚
著者:笹本稜平
「35年前に生き別れになった息子を探して欲しい」。元刑事の探偵・茜沢は、末期癌に冒された老人から依頼を受ける。調査を進めるうち、茜沢は、自分の妻と息子の命を奪うこととなった3年前の事件との関連性を見出して行く…。
序盤で大体の展開は読めてしまう。終盤のどんでん返しも、見事に決まった…というほどの感触は無かった。特段、優れたアクションなどがある、というわけでもない。と、こう書くと、凄く酷評しているとしか思えない(自分で書いていて、凄いけなしようだと思う)んだけど、それでも「面白かった」と思える作品だから不思議だ。
この作品の最大の良さは、登場人物の描写などが非常に丁寧、というところじゃないかと思う。35年前に生き別れた老人を探し、様々な場所へと聞き込みに行き、様々な人々と出会う。その人々が実に生き生きとしている。主人公の茜沢は勿論、依頼主の松浦老人、元上司の真田、相棒(?)の西尾などなど実に魅力的。そんな人々のやりとりの中から現れてくる「血の絆」「家族の絆」というテーマ…。
最初にも書いたのだが、決して話のつなげ方が完璧だとは思えなかった。が、そうであっても最後は「良かった」と思わされるものがあった。本作が笹本稜平氏のデビュー作とのことだが、他の作品も追いかけてみたい、と思わせるだけの魅力を感じた。
(06年5月17日)

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フォックス・ストーン
著者:笹本稜平
自らの手がける事業に失敗し、鬱々とした日々を送る元傭兵・檜垣。そんな檜垣の元へと飛び込んできたのは、傭兵時代の戦友であり、親友であった、ジャズピアニスト・ダグの謎の死だった。ダグの死に不審を抱いた檜垣は、自ら調査をはじめるのだが…。
親友であったダグに対する疑念が浮かび上がりながらも、あくまでも親友を信じつづけようとする檜垣。しかしながら、疑念は次々と浮かび上がる。そして、その檜垣の周囲で次々と関係者が殺されて行く。そして、浮かび上がるアフリカでの紛争を巡る陰謀…。
とにかく、物語を読めば読むほど浮かび上がってくる謎。そして、どんどんスケールの大きくなって行く物語が魅力的。一人の元傭兵が国家規模の陰謀へ巻き込まれて行く、というと大風呂敷を広げ過ぎ、という風に思えるかもしれないが、それを全く感じさせない展開が見事。途中で描かれる湖畔での攻防戦、さらに主人公とヒロインとのロマンスなんていう「お約束」もしっかりと盛り込まれているサービス精神も良い。
ちょっと登場人物が死にすぎ、とは思うものの、良質の謀略ミステリーなんじゃないだろうか?
(06年6月7日)

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天空への回廊
著者:笹本稜平

エベレストの頂上付近にアメリカの人工衛星が墜落した。たまたま近くに居合わせた日本人登山家・真木郷司は、その衝撃によって発生した雪崩により、仲間であり親友であるフランス人・マルクの行方を失ってしまう。親友・マルク捜索のため、人工衛星回収班に加わる郷司だったが、そこには世界規模での陰謀が隠されていた…。
いやぁ…結構、長かったなぁ…(笑)
作品のジャンルとしては、「冒険小説」としての要素が強いかな。親友・マルクを捜索するために回収班へと加わる郷司。マルクはどこに? そこが物語の入口ではあるものの、物語はどんどんと別の方向へと流れて行く。マルクが発見されれば、意識不明のマルクが口走る「ブラックフット」に焦点があたる。その「ブラックフット」の正体も中盤には大まかなところで判明する。そして…。
主人公・郷司は作中の殆どを過酷な山の中で過ごす。ちょっとしたことが命取りになる8000M級の山中。そこで繰り広げられる数々の事件。そして、そんな郷司を中心にして繋がって行く人々…。国際政治も、大国の駆け引きも関係のない郷司の心にあるもの。そんな郷司を見守る人々…。終盤のこれらの人々の思い、郷司の心にあるもの…。この辺りに響くものがある。
もっとも、気になる点がないわけではない。例えば、登場人物は多くいるものの、明かに描ききれていない者も多い。やや大風呂敷を広げ過ぎているように感じる部分もある。ご都合主義と感じた部分もある。欠点を探せば色々と見出せる。
ただ、そこを差し置いても読了後に感じたものは大きい。その意味では『時の渚』と似ている、と感じた。この辺りが、笹本作品の長所なのだろう。
(06年7月22日)

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駐在刑事
著者:笹本稜平
取り調べの最中、被疑者に服毒自殺をされてしまったことで、奥多摩の駐在所に左遷となった元刑事の江波淳史。山深い奥多摩の駐在所所長となった江波の活躍を描く連作短編集。
「日本の警察システムの中で優れている者は何か?」という問いに対して、最も言われるのが「交番のネットワーク」。その中でも、一人の警察官がそこに住みこむ駐在所は、地域とのつながりも深く、独特のものがある。そんな駐在所が本作の舞台。
駐在所を舞台にして、地域とも深い繋がりを持っている、という設定は十分に生きていると思う。例えば、地元の小学生との触れ合いであったり、徘徊老人の捜索を頼まれたり、はたまた、落し物として犬を連れられてきて困ったり…と言った辺りから思わぬ方向へ転がって…という流れが中心であり、その辺りはちゃんと抑えられているな、というのがまず感じたことである。そんな一、駐在さんが、警視庁の捜査に逆らって一人、事件を解決してしまう…なんていうのは、2時間ドラマっぽいけど、これはこれで良いと思う。
ただ、気になったのが2点。まず、全体的に真相へ辿りつくまでの過程が強引。もうちょっと丁寧に伏線などが張られていれば…と思った話が結構、多い。もう一つが、ここ一番で毎回、山登りしているという印象が強かったこと。山深い奥多摩が舞台とは言え、毎回毎回山登りしたり、山狩りしたり…というのは流石に不自然。その辺りに工夫が欲しかった、と感じる。
それぞれの登場人物は立っているし、これなら続編も作れそうなだけに、その辺りを克服した続編を期待してみたい。
(06年9月22日)

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