著者:新野剛志

従姉妹を巡るいざこざで父親を殺してしまい、服役した過去を持つ脇坂は、ある日、職場の社長からバイトを持ちかけられる。それは、ある男の国外逃亡の手助けのため、その日時まで匿い、世話をする、というものだった。

これまで読んできた新野剛志作品は、人間関係であったりが複雑であり、それが複雑過ぎて人工的な感じが多くしてしまったのだが、今作は(多少はあるものの)そういうのが大分解消され、読了語後の不満点はあまりなかった。
奇妙なアルバイトから始まる脇坂と、彼が密かに思いを寄せる従姉妹・朝子の逃亡劇。なんとなく見えるようでいて、なかなか見えてこないままに進展して行く事態。私自身がこれまで感じていた、不満点が大分解消されている、ということもあってか素直に楽しめた。
まぁ、ちょっと格好つけ過ぎかな? と思うところが無いでもないのだが、私がこれまで読んできた新野剛志の作品(『八月のマルクス』『もう君を探さない』と今作)の中では、今作がベストだと思う。

ただ、凄くどうでも良いことだけど、新野剛志の作品の主人公って、みんな同じような性格設定のような…。
(05年5月16日)

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どしゃ降りでダンス
著者:新野剛志

『クラムジー・カンパニー』の改題。
結婚式場を探す謹慎中の探偵を描いた『オリジナル・ウェディング』、開店休業中の酔っ払いフリーライターを描いた『幸福なボブ』、父の再婚で出来た新しい母親の存在に戸惑う少年を描いた『ちいちゃな男』、『八月のマルクス』の主人公・笠原が再登場の『公僕の鎖』、「200万円を貸して欲しい」と残して失踪した元女房を探す男を描く『ステップ』の5篇を収録。
全体的を通してみれば、いつもどおりなのだけれども、短篇ということもあってか、いつもの作り込み過ぎ、という感じは少ない。
個人的に好きなのは、『ちいちゃな男』。他の作品同様、この作品も、「俺は男だ」みたいな部分が感じられるのだけれども、主人公が小学生であり、やっていることも「ちいちゃく」て、どちらかと言うと冒険小説的な印象。ある意味では、著者の別の側面が見えた気がする。

というか、他の作品は、主人公の一人称が「私」で、作品の雰囲気も似ていて、区別がつかないんだよな(笑)
(05年6月30日)

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月の見える窓
著者:新野剛志
キャバクラのスカウトマンである晶彦は、義弟で同じくスカウトマンの健二から、あるキャバクラ嬢が幼い息子を残して失踪したことを知らされる。義弟に子どもを預けてどこかに遊びに行ったのだろうと考えた晶彦だが、どうやら彼女は拉致されたようで…。
うーん…、なんかしっくりこなかった…。
作中で語られるテーマそのものは面白い。人々の無関心とでも言うのだろうか。目の前で何かが起こっていても、「自分がやらなくても…」という人々。そして、何かが起こったあとに「悲鳴が聞こえた」とか、「怪しげで…」などとインタビューに答える人々。そんな無関心というか、事勿れ主義と言うかはなかなか面白かった。
けれども、もっとシンプルに描いても良かったような気がする。失踪したキャバクラ嬢を探すうちに、ある事件に遭遇し、キャバクラ嬢捜索そっちのけでそちらに…って、いくら何でも違和感を覚える展開。結末も、どんでん返しを狙ったのだろうが、正直、あまりどんでん返ってない。もっとシンプルな構成で良かったのではないだろうか? これでは、急展開というより、中途半端な印象。
これまで私が読んだ新野剛志作品と比べ、良い意味で力の抜けた主人公たちだと思えただけに余計に惜しい。
(05年11月16日)

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FLY
著者:新野剛志
1985年夏。広幸は、公園でテント生活を送る一人の男と出会う。同じ頃、父の虐待に絶えながらも歌手を夢見る少女・千恵理は、その父への殺意を募らせていた…。そして、それが物語の始まりだった。
上下2段、単行本で430頁という大作になるわけだけど、終始、淡々とした文体でそれぞれの人物の心の葛藤が描かれて行く。ある者は、その人生を復讐という目的に捧げ、また、ある者は、その傷を持ってただひたすらに飛翔することを目指す…。ミステリとしての要素もあるわけだけど、むしろ、それぞれの心理描写、葛藤と言ったものがこの作品のメインであると感じる。
ま、逆にいうと、ミステリとしては物足りなさは感じる。大きな「謎」が提示されるのは、後半に入ってからで、取ってつけた感があるのが弱点かな? 特に破綻があるわけではないけれども。
と言うわけで、ミステリとして見るとちょっと物足りない部分はあるけれども、全体的には十分楽しめた。
(06年1月10日)

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愛ならどうだ!
著者:新野剛志
刑務所から出所した井掘が久しぶりの我が家に戻ると、そこには見知らぬ女が。部屋を任せておいた友人・杉森に住まわせてもらっていた、という彼女の言葉で、仕方無しの同居生活が始まるものの、そんな杉森を巡っていかつい男たちが。一方、ヤクザと関わりの有る刑事・山岡は、井堀にその証拠品の通帳を盗まれ、彼をマークする…。
うーん…正直、これは辛いな。
新野剛志作品って、これまで読んだ作品は、よくもわるくもガチガチのハードボイルド…という印象の作品があるのだけれども、この作品に関して言えば全く違う。主人公の井堀にしろ、刑事・山岡にしろ、はたまた井堀にある事件を起こすようにせまる破門された元ヤクザにしろ皆、間の抜けた、ヘッポコなキャラクター。で、そのヘッポコな面々が…といく訳なのだが、正直、この作風が微妙。なんか、結構、ギャグであるとか、ここ一番でマヌケな行動に…となるのだが、これ、滑りまくっている印象。勿論、好みの問題はあるのだろうが、どちらかと言うと苦笑が出てしまった。
と、まず作風の部分が気になったのだけれども、他にも登場人物たちの行動原理が理解できない。井掘が事件に加わろうと思ったのは、部屋にいたユリのため、と言うのだけど、井掘とユリが惹かれるようになる過程の心理描写とかは少なく弱いし、山岡の行動にしても(性格はよく描かれているものの)なぜこういう風に行動するのか…の説明は弱い。特に終盤。さらに、投げっぱなしで終わっている部分も多い。
単行本で460頁あまりという分量ながら、スラスラと読めるテンポの良さは認めるものの、ちょっとこれは厳しいかな、と思う。
(07年2月10日)

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ボーダーライン
著者:真保裕一

笑顔で人を殺す「サニー」、それを追う私立探偵の主人公・サム永岡。
ストーリーの中心は、この追走劇になるのだが、その過程で、日本に生まれながらアメリカで探偵家業を行い、永住権を持つこととなった永岡がそれまでに接してきた犯罪者達の記憶が表れる。「生来の犯罪者は存在するのか」「犯罪者とそうでないものを隔てる境界とは何か?」という問題へと突き進む。

ストーリーとしてつまらない、ということは無い。だが、テーマが壮大過ぎて、いささかピンボケしているような印象があるのは否めない。そのため、他の作品と比較するとやや地味な印象が残る。

深く考えさせられる作品であることは確かなのだが。
(04年12月19日)

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震源
著者:真保裕一

いわゆる「小役人」シリーズの一作。
気象庁の地震火山研究官である江坂を中心としてストーリーが進む。
ただの研究員がやがて国家的な計画へと進んで行く、というのはやや荒唐無稽な展開になりがちなのだが、著者の特徴とも言える取材と、それを生かした緻密な描写がハマって全く違和感がない。そのあたりは、見事というより無いだろう。

ただ一方で、この作品に限って言うのであれば、序盤から多くの場面が入れ替わり、しかも登場人物も多いためにややもすると混乱を生じやすい。また、終盤の二転三転もクセモノで、こちらも結論が何だったのかが見えにくい。私自身、二度三度読み返してようやく頭の整理がついた。このあたりは諸刃の剣ではないだろうか。
(04年12月21日)

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防壁
著者:真保裕一

上司、姉、義兄との複雑な関係を持つ警視庁警護課員、通称SPの佐崎。2人の女性との関係を秘める海上保安丁特殊救難隊員の長瀬。生命の心配から、かつての妻と別れることになった自衛隊不発弾処理隊員の高坂。付き合っている女性、その娘との関係に苦心する消防隊員の直井。そんな男達の4つの物語。
過酷な職に身を置き、身心ともにタフではあるが、身近な問題を抱えて悩み、ミスを犯し、また疑惑を抱く。そこには、私のような普通の人間同様のものを持つ。形の上では、特殊な立場に身を置く男たちの物語という形をとりながら、人間の弱さを描いた作品なのかも知れない。
真保作品はどちらかと言うと、長編、それも相当に長い…というイメージがあるのだが、短篇であってもその魅力は残っている。読み応えが足りない、などという意見もあろうかとは思うが、私はこのくらいの作品が丁度良く感じる。
(05年5月27日)

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夢の工房
著者:真保裕一
真保裕一のデビュー10周年を記念して、各所で発表されたエッセイなどをまとめたもの。タイトルは、『奪取』の新聞連載時のものとのこと。
真保氏に限ったことではなく、作家は作品で評価され、イメージされる。が、作品というのはあくまでも作品で本人ではない。
この書で言うと、真保氏がアニメーターから、小説家へと転身した経緯などから始まって、そのアニメーターだったが故に映像化に対して持っている拘りであったり、取材をする理由などが語られる。また、真保氏の作品でよく言われる「取材力が凄い」ということに対して、そうやって誉められること自体は悪いことではないけれども、それだけで済まされてしまうことへの抵抗感などが率直に書かれていて面白かった。
様々な雑誌、新聞などへと寄稿したエッセイをかき集めたものなので、ハッキリ言ってまとまりは一切無い。同じような話の重複もたくさんある。正直、もっと厳選してもよかったんじゃないか、とすら思う。
けれども、人間・真保裕一という存在がしっかりと感じられる書ではないかと思う。
(05年8月15日)

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連鎖
著者:真保裕一

親友だった竹脇が埠頭から酔っ払って車ごと落ちた。竹脇の妻と不倫をしていた検疫所の所員・羽川は調査を開始する。そんな時、大手食肉チェーンの倉庫に毒物を撒いたという脅迫文が届き…。
第37回江戸川乱歩賞受賞作。
真保裕一というと、マイナーな職業をテーマにした「小役人シリーズ」が有名なんだけど、デビュー作のこの作品がまずそれにあたる。食品Gメンというマイナーな職業をテーマにして、親友の自殺の真相、そしてその背後に見え隠れする食肉汚染、横流し…などが次々と現れ、同時多発的に進行する。そして、最後は二転三転。実に重厚で、練られた作品だと思う。
江戸川乱歩賞という枚数制限がある賞なだけに、最後はちょっと駆け足気味なのが惜しいけれども、作品のレベルとしてはやはり高いと思う。その後の活躍を見てもわかるが。
とまぁ、作品自体に関する評価は、そこまでにして、個人的に評価とは全く別の点で気になったところを。この作品、放射能汚染だとかもテーマの1つになるのだが、その中には、冷戦であるとかが重要な意味を持ってくる。ご存知の通り、ソ連の崩壊などにより、冷戦、ココムなんていうものは過去のものなりつつある。となると、これから時代が経ったとき、果たしてこの背景だとかが実感として感じられるか…という点が気になるのだ。丁度、私が80年代の作品などを読み「古さを感じる」と書いてしまうように。その辺り、作品の評価とは別に注目したいところだ。
(05年9月10日)

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ダイスをころがせ!
著者:真保裕一

この作品が文庫になったのが、今年(05年)5月。郵政法案を巡るところで、衆院解散になったのが8月と、考えてみると、絶妙のタイミングで文庫化されたんじゃなかろうか…なんてことを思ってしまう。勿論、このタイミングなのは偶然なんだろうけど。

商社を退社し、現在は求職中の駒井健一郎は、ハローワークで偶然、声をかけられる。声をかけたのは、高校時代・陸上部のライバルで親友、さらにある女性を巡って争いもした天知達彦だった。天知は、勤めていた新聞社を退職し、次の衆院選に無所属での出馬を狙っているという。そして、天知は、自分の手伝いをしてくれるよう、駒井に頼み込む…。
良いじゃない、これ。
いきなり選挙に出るから手伝え、と説得されてどうするか悩み…というところから始まって、今度は家族の了承を得るために四苦八苦。活動を始めてみたら始めてみたで、イロハのイの字も知らない素人集団の上に、鞄・看板・地盤も一切無しの手探り状態。しかも、ライバル陣営からの妨害工作…それらを一歩一歩乗り越えながら結束を固め、知名度を挙げて行く。しかも、その一方で、駒井が商社を追われるきっかけともなった開発問題なども絡んでてきて、まさに盛り沢山。勿論、公職選挙法のルールだとか、はたまた選挙がいかに人海戦術か、金が掛かるか…なんてのも、実感として感じられたし。上下2巻に渡る長編だけど、本当、一気読みだった。
勿論、細かいことを言うと、色々と気になるところはある。例えば、いくら一生懸命でも、一介の無所属候補がそこまで注目を集める存在になれるのか? とか、そこまでの妨害活動はできないだろう、とか、ご都合主義っぽいところは色々ある。けれども、全体から見れば些細なこと。十分に楽しめた作品。
(05年9月29日)

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灰色の北壁
著者:真保裕一
「山」をテーマとして3編を収録した中編集。
大学の山岳部のライバル2人が遭難。黒部の羆と呼ばれる屈強な男は、彼らの救助に向かう(『黒部の羆』)。
クライマーの刈谷が死亡した。彼が山頂で撮影した写真は合成では? と言う疑惑を世に送った私は、刈谷が沈黙を守った理由へと辿りつく(『灰色の北壁』)。
3年前、雪山事故で息子・穣を亡くした坂入は、その命日に息子が命を落とした山を目指す。その頃、穣の従兄弟で、穣の婚約者・多映子を争った雅司は、叔父が消えたことを多映子に知らされる(『雪の慰霊碑』)。
真保裕一、山というと、どうしても思い出すのが映画化もされた『ホワイトアウト』。ただ、舞台は一緒でも、作品の印象は大分違うものを感じた。『ホワイトアウト』は、まさにエンターテインメント、冒険小説という趣だが、本作はそれぞれの登場人物の心情に重きを置き、しっとりとした作品に仕上がっている。
山という特殊な状況で現れる人間の感情。山岳部という集団における権力争いと、そこに入りこむ負の感情。世界的な栄光を巡る人々の感情。そして、それらを凌駕する山を登るという行為へ対する、山というものに対する感情。それらの感情が、中編らしい切れ味のトリックという味付けがされて描かれる。
文句無く面白かった。
(06年3月29日)

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黄金の島
著者:真保裕一
暴力団の内部抗争の日本を追われた坂口修司。一度は、タイ・バンコクへと辿りつくも、刺客の存在を察知し、ベトナム・サイゴン(ホーチミン)へと脱出する。そんな修司は、貧しい生活から脱出し、「黄金の国」日本を目指す若者たちと出会う…。
なかなか考えさせられる作品だった…というのが、まず第一声かな。日本を追われ、修司が転がり込むようにして辿りついたベトナムで見たもの。
少年たちは過酷な労働に耐え、また、少女は体を売ることすら厭わずに金を稼ぐ。それは、限られた者しか豊になることが出来ないベトナムから脱出し、「黄金の国」・日本を目指すため。冷蔵庫やテレビ、ビデオのある生活に憧れて。日本でのせせこましい生活の末、日本を追われた修司は、彼らの夢が文字通りに夢物語でしかないことを知っている。修司は、ベトナムの若者達の憧れの気持ちを理解できないし、ベトナムの若者達にもまた修司の言葉は届かない。そして、そんな中で、日本を目指すことに…。現在でも、ベトナムに限らず、アジア各国からの密入国であるとか、そういうニュースは数限りなく聞こえてくるわけだが、彼らの日本に対する憧れ、また、日本から見た彼らの無知さ、無邪気さ…そういうものを読んでいる最中ずっと考えさせられた。
勿論、エンターテインメント作品としても秀逸。修司を追い出した張本人であるヤクザの砂田。その砂田の愛人でもありながら、砂田の目を掻い潜りながら修司の手助をする奈津。修司や若者たちをしつこく追いまわす公安警察のキエム。現地の日本人ブローカー…彼らが互いに絡み合って行く展開でどうなっていくのか先が読めずに進んでいった。
ただ…その結末がちょっと不満かな? こういう結末もアリだとは思うが、これだけ引っ張っておいて、最後の最後は強引に纏め上げてしまった…と感じるのはどうなんだろう? これだけの長編にも関わらず、終盤まで全く飽きさせない展開だっただけに、最後の落としどころにちょっと不満を感じてしまった。
(06年5月24日)

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誘拐の果実
著者:真保裕一
都内の私立病院院長の孫が誘拐された。犯人の要求は、その病院に入院している男・永渕の命。永渕は、病院のスポンサーであり、未公開株譲渡という疑獄事件の被告人だった。身代金の受け渡しがない誘拐に前代未聞の救出作戦が展開される。しかし、その頃、神奈川県でも誘拐事件が起こっていて…。
実のところ、ここ一週間くらいかけてじっくりと読んでいたのだが、世間では成金女医の娘の誘拐事件とかあって、何ともタイムリーな時期に読むことになってしまった(笑) 医者の娘、だもんなぁ…(笑)
さてこの作品、面白いか? つまらないか? と問われれば、間違い無く前者になる。前代未聞の要求をしてくる誘拐犯。その誘拐犯の目を欺き、どうやって捕まった少女を救出するか? さらに、もう一つの誘拐事件。こちらも、実にサスペンスフル。そして、両者がやがて組み合って行き、大きく展開する終盤…。かなり長い作品ではあるが、殆ど長さを感じさせないだけのテンポがある。
また、誘拐された少女の父・良彰の葛藤・成長という要素も見逃せない。私立病院の入り婿。義父である院長に従うだけだった彼が、事件に遇い、さらに次々と発覚して行く事実を前にしながら、それをしっかりと受け止めようとしていく。彼の新嬢の動きだけに絞っても見所は多い。
…と、これだけ見所が多い作品でありながら、どうしても「面白い!」と断言しきれないのは、着地点のせいだと思う。最後に明らかになる事実は非常に緻密で巧妙である。が、あまりに巧妙過ぎて…という点。そして、あまりにも綺麗に着地し過ぎているように感じるのだ。あれだけあって、結局、みんな素晴らしい人格者でした、っていうのはどうにも興ざめしてしまう。
どうも、「惜しい」という感想が残ってしまう。
(06年7月1日)

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繋がれた明日
著者:真保裕一
喧嘩の末、相手を殺害してしまった中道隆太は、6年ぶりに仮出所を果たす。かつての悪い仲間とも距離を持ち、紹介された解体業の仕事に精を出す隆太だったが、「この人は人殺しです」という中傷ビラが…。
「犯罪者の矯正」「社会復帰」。多くのミステリー小説は、犯罪者がその犯罪を行い、そして露見する部分で終わることが多い。中には、犯罪者が死亡して…ということもあるが、その多くは逮捕されて終わり、である。しかし、死刑にさえならなければ、その者はほぼ必ず社会復帰が認められる。無期懲役であっても復帰が認められる。しかし、それを描いた作品はあまりない。本作は、そこに正面から向き合った作品と言えるだろう。
本作の主人公・隆太は、決して完全に反省したとは言いきれない。相手を殺害したこと、死に至らしめたこと、については反省している。しかし、一方で、裁判で偽証されたことに憤りを覚えているし、殺された相手にも非があるとも考えている。被害者の元へ、花を贈りつづけているのには、仮出所を早める、という打算もあった。これを、「反省していない」という意見もあるだろうが、当人にとってそういう思いがあるのは間違いないだろう。そして、そんな時にばら撒かれた悪意のビラ。
犯罪を犯した本人が、そのことを言われることは覚悟している。だが、実際に白い目で見られる。家族すら、白い目で見られる。トラブルが起これば、警察は容疑者扱いをしてくる。殺人自体は反省していても、「なんでこんな目に」という思いは消えないし、その悪意に対する被害者意識も生まれてくる。しかし、その被害者意識を持たれることが今度は、被害者の側に「反省していない」という反感をもたらすしかし、それが再び…という負のスパイラル。反省とは何か、贖罪とは何か、そして、犯罪者の社会復帰…スピーディなサスペンスタッチでサクサクと読ませながらも、色々と考えさせてくれる。
ビラをばら撒いた犯人が、あまりにもあっけなくばれてしまった、というところにちょっと拍子抜けしてしまったところはあるが、それを差し引いても十二分に実のある内容だと思う。
(06年8月14日)

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