悪魔と詐欺師
著者:高里椎奈
刑事の高遠は、見合いで訪れた京都で毒物による事件に遭遇する。深山木薬店にやってきた総和は、秋たちに、自分の目の前で自殺した先輩について相談を持ち掛ける。秋たちが出かけ、留守番をしていたリベザルは、警察の聞き込みからある事件に首を突っ込むようになる。それらは、それぞれバラバラの完結した事件のハズだった…。薬屋探偵シリーズ第3弾。
うーん…思いっきり「キャラクター小説」になってきたな、うん(笑)
今回、物語としては前半に短編が3つあり、それを後半繋げたような構成になっている。前半の事件は、それぞれ完全に独立しているようにしか思えない。それぞれの章で完結している。…が、そこに来た「関連性がある」という問い。それがどう言う風に繋がって行くのか…へと進む。
個人的な感想で言うと、前半の章の推理は見事。理屈としてもしっかりと出来ていて納得もできる。が、後半の推理の方は弱いなぁ…という風に思う。あんまり書くとネタバレになるんだけど、一言で言うと、『推理ゲーム』と前半の事件がどうひっくり返るのか? の二つの謎のうち片方は身もふたも無い形になっているからだと思う。で、もう一方の方も、なんか終盤になって突如情報が出て…っていう感じがしてしまったし。「ミステリー」として読んでいただけに、凄い肩透かしを食らった気分。
キャラクター小説というのは、その辺りで、ミステリーとしての部分で言えば、ちょっと不満が残るんだけど、リザベルの秋、座木に対する思いであるとか、それぞれの掛け合いだとか、そういうところは魅力的。そちらを中心に見るのならば楽しめるんじゃなかろうか?
(06年7月11日)

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金糸雀の啼く夜
著者:高里椎奈

皆で食事に行った帰り、リベザルは、中国妖怪のカイに出会う。カイの催眠術によって、宝石強奪に協力することになったリベザルに危機感を抱いた座木は、自分も協力することに。しかし、強奪予定の宝石の警備には、秋が参加していて…。
薬屋探偵シリーズ第4弾っと。
うーん…どんどん、事件がシンプルになっていくなぁ…。一応、殺人事件もあるし、さらにどんでん返しもあるんだけど、どっちもなんかオマケ色が強いと言うか…。
むしろ、話の中心は、薬屋の3人の関係かな? 特に、今回は座木が物語の主役となって、店主でもある秋と対決する、という構図。そこで、秋に対する思いというか、恐れというかが描かれていて、そっちの方が中心でるように感じる。ある意味では、一番、気持ちの読めないキャラクターだっただけに、そういう意味では面白かった…かな。
ただ、このシリーズを通して言えることなんだけど、時々、誰の視点なのかとかがわかりづらいことがあって、どうも読みづらく感じたところがあった。そこは減点だと思う。
(06年9月26日)

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QED 百人一首の呪
著者:高田崇史
都心の屋敷で、会社会長の真榊が殺害された。百人一首のコレクターであった彼が最後に手に取っていたのは一枚の百人一首。しかし、結局、この事件は迷宮入りしてしまう。それから10ヵ月、薬剤師である奈々は、ある会合で再開した学生時代のサークル仲間、崇と共に、同じくサークル仲間だった小松崎から事件の調査を依頼され…。
第9回メフィスト賞受賞作。
ミステリー作品といえば、ミステリー作品ではあるんだけど、殺人そのもの、というよりも、歴史ミステリーというような印象が強く出た作品だな、というのがまず出てくるところ。いや、それに関するところは確かに面白い。
平安時代を代表する歌人・藤原定家によって編纂された百人一首。古今東西の歌人百人から一首ずつ選んだ、というそれであるが、どうしても、百人に入っているであろう人物が抜けていたり、はたまた入っていても代表作としては疑問の残る作品が多く混じるそれ。そして、言葉の重複…。そして、その真意とは…。
まぁ、鯨統一郎作品なんかに関してもそうで、私自身がその手のものにあまり詳しくないために、「これ違うんじゃないか?」という反論がしにくいのが、ちょっと残念ではあるのだが、ここで語られる薀蓄であるとか、真相にいたるまでの考察であるとかは面白い。それは素直に認めたい。
ただ、もうひとつの鍵である「殺人事件」に関するほうはちょっと…。なんか、簡単に「こうじゃないか?」というところからの流れがちょっとご都合かな? というのはどうしても感じる。こちらも巧く出来ていれば、文句なしだったんだけど…っていうのが残念。
でも、十分に楽しめたかな。
(07年4月18日)

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QED 六歌仙の暗号
著者:高田崇史
会社社長宅の事件から半年、平凡な日常に戻った奈々のもとへ、大学の後輩・貴子から連絡が入る。それは、大学を騒がせた「七福神」についての卒論を書くので、そのために、崇の話が聞きたい、というものだった。貴子の在籍する、奈々たちの母校である名邦大学では「七福神の呪い」と呼ばれる事件があり、その発端は7年前の貴子の兄の死だった…。
「QED」シリーズの第2作目。前作は百人一首だったわけだが、今作は「七福神」、そして「六歌仙」について…。
いや、前作のときも同じような感想を抱いたわけなんだけど…こういう作品って個人的な趣味に合うなぁ…。おめでたいモノの代表格とも言うべき「七福神」。なぜ、彼らは「7人」なのか? なぜ、「その7人」が選ばれたのか…。さらに、その謎は「六歌仙」とも絡んでいき…。前作同様、どこまでが史実で、どこまでが脚色されているのか…はあるんだけれども、そうとしても、平安時代に渦巻いていた策謀、権力争い。「平安」ではなかった時代…。それらが、生々しく感じられ、面白く読めた。
…けれども、前作同様、事件そのものの方が本当にとってつけた感があるんだよね。密室とかのトリックそのものは凄く簡単なものだし、物証とかなく推論が出ておわっちゃった感じで…ちょっと物足りない感じ。あと、事件の真相を歴史のほうに合わせたが故に、なんか、突飛な設定のように感じられてしまったのが残念。そこに勿体無さを感じてしまった。
ただ、それでも読んでいて楽しいのは確か。多分、今後もこのシリーズは読み続けよう
(07年6月19日)

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QED ベイカー街の問題
著者:高田崇史
クリスマス・イヴ、突如、時間の出来た奈々は、大学時代の先輩・緑川と再会する。久しぶりに会った奈々に緑川は、シャーロキアンのパーティがあるから来ないか? と、奈々と崇を誘うのだが、その会場で…。
うーん…ちょっと苦しいな(苦笑)
ということで、シリーズの第3弾は、これまでの和歌とかから離れて、シャーロック・ホームズの世界へ。世界で最も有名な探偵であり、ファンの多い探偵であるシャーロック・ホームズに纏わる謎、矛盾点…というのが、本作のテーマ。本作についても、これまでのシリーズと同様、解釈とかの方がメインという印象が強い。
ただ、これまでのシリーズは、歴史に関する解釈だったのに対し、本作の場合、物語シリーズの中の矛盾点だとかをつきながら物語シリーズ上での解釈を作り上げる…ということで、ぶっちゃけた話、どーでも良い感みたいなものが出てしまう。
勿論、歴史の解釈についてだって、資料という記録されたものを根拠にしていくわけで、その資料が正しいのか、創作部分があるのではないか? というようなところで、似たようなもの、と言えばそうなのだけれども、こちらの場合、完全に創作であることがわかってしまっているが故に、スリリングさみたいなものがちょっと劣るような感じがしてしまう。こういう風な楽しみ方もありますよ、というのは理解できるわけであるが…。解釈の方法論だとかが悪いわけではないのだが、敢えて言うと、題材が…という感じなのかな??
相変わらず、事件そのものの方はそのオマケのような印象が強い。今回の場合、メインそのものが弱かったこともあって、これまでの2作と比べると、やや物足りなく感じた。
(07年8月10日)

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QED 東照宮の怨
著者:高田崇史
薬剤師会の親睦旅行で日光へ来た奈々。東照宮の見学をしている彼女は、そこに崇と小松崎の姿を見つける。小松崎によれば、会社社長が殺害され、三十六歌仙絵が盗まれる事件が発生。そこで、まずは東照宮の三十六歌仙絵を見に来たのだと言う…。
ということで『QED』シリーズの第4弾。今作のテーマは、日光東照宮。
前作が、物語の世界を…ということで、「ちょっと…」と思う部分が多かったのだけれども、今作はなかなか。
日光東照宮。徳川家光によって建立され、徳川家康の祀られている場所。そして、そこには、設計の責任者である天海僧正による様々な結界が張られていた…。天海って言えば、様々な呪術に通じた存在で、江戸の町に対しても風水的な結界を張った、なんていうことでも有名だけれども、東照宮についてもその名前から配置に至るまでの薀蓄。そして、そこを巡っての新解釈…そういうのは楽しい。やっぱり、歴史を舞台にした作品になると、面白くなる。
相変わらず、事件の方はね…(笑) シリーズ通してのものだけど、かなりどうでも良いし、実際、ミステリとしてもかなり破綻している。動機とか、そういう部分についてはさておいても。
やっぱりこのシリーズは、実際の歴史を舞台にし、その部分を楽しむのが良いのだと再認識した。
(07年10月16日)

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QED 式の密室
著者:高田崇史
新年会と崇、小松崎に呼ばれた奈々。いつもながら、全く接点のなさそうな二人の関係について、奈々は尋ねる。そんな奈々に崇は二人の出会いを語りだす。それは学生時代の共通の友人・弓削の祖父を巡る事件だった。陰陽師だったというその事件は…。
『QED』シリーズの第5弾。講談社ノベルスの企画・密室本の1つとして書かれたということもあり、これまでのシリーズと比較するとかなりスッキリした印象。ただ、今回は、これまでのシリーズと比較するとかなり事件と歴史解釈のバランスも良いと感じた。
今回のテーマは、安倍晴明、陰陽師。「式を使って殺した」と言う事件。そして、そこに関連して、安倍晴明へと話が飛んでいく。
「鬼が見える」とか、「母は狐」、「式を使いこなす」…数々の晴明の伝説。その伝説の意味を、史実、当時の風俗から解釈していく。そして、その中で事件もまた…。
ハッキリいって、事件の方の解釈だけで言えば、トンデモといえなくもないんだけど、この解釈の方と上手く絡めてある、というのを感じる。それをやっているから、(ツッコミどころがあるとは言え)しっかりと納得できるレベルにまとまっていると思うし。頁数の関係もあって、それほど深く突っ込まれているわけではないんだけど逆にまとめりを感じる。
これまで読んできたシリーズ5作の中で、個人的には最も好き。
(07年12月17日)

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グレイヴディッガー
著者:高野和明

小悪党として過ごして来た人生をやり直そうと、骨髄のドナーとなった八神。ところが、友人が殺され、謎の組織に追跡される。一方、街では、中世ヨーロッパの魔女狩りを模した連続殺人が発生していて…。

とにかく、抜群の疾走感と、映像が浮かぶような描写がたまらない。また、八神や事件を追う警察の中で行われる、刑事部と公安部の駆け引きなどの人間ドラマもしっかりとしており、そちらの方面から作品の重厚さを醸し出している。骨髄移植であるとか、公安警察の話しであるとかの、社会的なテーマも含まれており、二転三転の展開と言い、全体的には十分面白かった。

が、一方で、それだけに登場人物たちの動機というか、その辺りが弱いのが気になる。犯人が、中世の魔女狩りを模す理由、八神がそこまでのリスクを侵す理由…などなどの部分が弱い。また、結局、犯行の手段であるとか、そういう部分の謎が残されたままに終ってしまったのも気になった。わざとそうした、という感じもしないではないが。その辺りが、どうしても気になってしまう。

もっとも、全体的な出来が良いからこそ、気になってしまうのかも知れないが…。欠点を吹き飛ばすだけのパワーは十分にある作品だと思う。
(05年4月30日)

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13階段
著者:高野和明

第47回江戸川乱歩賞受賞作。山崎努、反町隆史らの出演による映画も公開されている。

傷害致死罪で服役した過去を持つ三上は、刑務所を退官したばかりの元刑務官・南郷に、ある死刑囚の無実を晴らすための証拠集めの手伝いに誘われる。手がかりは、死刑囚・樹原の記憶にある「階段」のみ。
乱歩賞によくある「社会派モノ」の流れを汲む作品。この作品では、死刑制度、保護司制度などが扱われている。とはいえ、それは「死刑廃止」などというよりは、死刑を執行する刑務官の苦しみであるとかという部分が中心であるが。
とまぁ、うちでも随分と色々と乱歩賞作品の書評は書いているものの、この作品はそれだけにとどまらない点が秀逸。テンポの良さもさることながら、ミスディレクションであるとかもしっかり活きていて、「メッセージ性はあるけど…」ということが近年の乱歩賞では多いのだが、この作品に関しては「ミステリ」としても十分に一流のものがあると思う。
まぁ、よくよく考えると、ツッコミどころは存在しているのであるが、それを差し引いても近年の乱歩賞作品屈指の名作だと思う。
(05年6月22日)

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K・Nの悲劇
著者:高野和明
フリーライターの修平は、幸福の絶頂にいた。著書がベストセラーとなり、その収入で若くしてマンションも手に入れた。愛する妻とも仲睦まじい。だが、その妻が妊娠し、将来を考え中絶を考えたそのとき、妻に新たなる人格が憑依して…。
『13階段』はミステリ、『グレイヴディッガー』は疾走感溢れるサスペンスと来て、今度はホラー。高野和明も随分と器用だなぁ…なんて思ってしまった。
ホラーと言っても、単純に幽霊がどうのこうのって言うわけじゃなくて、精神医学の「憑依現象」か、それとも「心霊現象」なのか、その辺りを行ったり来たりしながら加速度的に進行していく。その中に、妊娠中絶などの問題も盛り込まれており、考えさせられることも多かった。
「ミステリ」ではない、ということもあるのか、終盤の解決が予定調和的でアッサリし過ぎかな? という感じはしたのだが、その頃にはストーリーのものが一気に畳み掛ける状態で最後まで一気に読まされてしまった感じがする。そういう意味では、構成の巧みさにやられた、とも言えるかもしれない。
(05年7月19日)

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幽霊人命救助隊
著者:高野和明
受験に失敗して自殺したはずの裕一は、気づくと山を上っていた。そして、辿り着いた頂上には3人の男女。それぞれ、年齢も職業も死んだ年も全く違う4人。共通するのは、自殺した人間だった、ということ。そんな4人の前に現れた神は、彼ら100人の命を救うことを命じた。期間は7週間。4人の奮闘が始まった。
うーん…これまた高野和明の新しい面が垣間見れた作品だなぁ。これまでの3作品もそれぞれに趣が違った作品だけど、どちらかというと、緊迫した雰囲気の中で進行していた。が、今回は、かなりコメディタッチな作品。ひたすらに出てくる死語だとか、はたまた、コミカルなやりとりだとかで、何度かクスクスと笑ってしまった。また、その上で、うつ病、自殺、はたまた多重債務だとかの問題にも言及されている。
正直、同じようなパターンの繰り返しみたいなことが多いことが気になったり、最後が読めたなぁ…ってのはあった。また、色々と勉強はしているみたいだけど、あまりに定型的過ぎないかな? というのはある。けれども、全体的に見れば、十分に面白かった作品。
(05年9月22日)

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6時間後に君は死ぬ
著者:高野和明
「6時間後に君は死ぬ」 街で出会った青年に、美緒は突如、そう告げられる。青年、圭史は出会った人の非日常が見える、というのだが…。
など、圭史を中心とした連作短編集。
とりあえず…単行本の帯には「緊迫のカウントダウン・ミステリー」という風に書かれているけど、明らかなミスリード。表題作である『6時間後に君は死ぬ』と『3時間後に僕は死ぬ』の2編のみで、その多3編は、むしろハートフルなSFミステリという印象。
ストーリーそのものは、比較的、ベタなものかも知れない。けれども、「稀代のストーリーテラー」と評されるように、物語へと引き込む力は抜群。読んでいてついつい引き込まれてしまう。やっぱり、高野さん、巧いな…というのを何よりも感じる。
最初にも書いたように、緊迫感のあるサスペンスなのは2編。その他3編では、夢に向かって努力しつつもなかなか報われない女性を描いた『時の魔法使い』『ドールハウスのダンサー』。仕掛けの巧妙さの『恋をしてはいけない日』。
この中で印象的なのは『時の魔法使い』かな? この話など、実にベタではあるのだけれども、脚本家志望ながら、なかなか巧くいかない女性の葛藤だとかは、ある意味では、高野さん自身も味わったものだろうか? とか、そういうことも考えてしまった。
表題のような、緊迫感のあるサスペンス、みたいなものを期待するとちょっと違うと感じると思う。むしろ、温かい気持ちになりたいようなときにお勧めしたい。
(07年9月5日)

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ごくのご主人様!?
著者:鷹野祐希
幼馴染の少女・麻琴が、千人斬りと悪評高い貴史に狙われている事を知った吉朗。麻琴を守ろうとした矢先、ひょんなことで頭を打った吉朗は、パラレルワールドへと飛んでしまう。そこでの吉朗は、女性・吉香であり、メイドであり、主人は麻琴そっくりな真琴で…。
丁度、今見ている「かしまし」と同様で、この作品も性転換もの。ただ、どっちかというと、その転換による戸惑いだとかは最小限に抑えて、しかも、相手の性別も入れ替わっているわけで、どちらかと言えば、ちょっとトリッキーな設定の純愛小説って言う方が良いかもしれない。イメージからくるドタバタ系のものを想像するとちょっと違うと感じる気がする。
ただね…正直言って、設定の甘さばかりが目に付いた。
パラレルワールドで、互いに干渉しあっている…という割には、今の日本と、華族制度が残っている設定で全く違うし、また、「まこと」を狙う貴史と貴子も位置として全く別物。貴史はどっちかと言うと、ナンパ目的で狙ってる(それで断られるから意地になってる)だけだけど、貴子の側はやり方はどうあれ、「真琴」に純粋な想いがあるだろうし(そうでなきゃ、ただの政略結婚の道具になっている貴子がそこまではしないだろう)。結果的に状況は似ているけど、どう考えても別物なんだよね。どうも、そういうところが気になって仕方が無かった。
予想と違った展開なのは別に良いとしても、作品としては色々と引っかかるところが多い出来かな。
(06年2月4日)

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写楽殺人事件
著者:高橋克彦
浮世絵の研究家・嵯峨が自殺と見られる死を遂げた。嵯峨のライバルであり、浮世絵研究の大家・西島の元で助手をしている津田は、ひょんな事から無名画家の画集を手にする。そして、そこには、謎の画家・写楽に纏わる文章が。早速、写楽についての研究を開始する津田だったが…。
第29回江戸川乱歩賞受賞作。
何とも巧妙な作品だなぁ…という感じだろうか。物語が始まってからいきなり写楽の正体を探る冒険に突っ込んで行く。資料を見て、話を聞いて、少しずつ写楽の正体へと迫って行く様子は実に楽しい。私自信はあまり、文化史に詳しいと言えないのだが、田沼意次、松平定信などと言った当時の社会と関連しあいながら迫って行くのは、まさに歴史ミステリと言った趣で実に面白く読めた。…と、中盤でそれが一段落つくと今度は、全く別の側面を見せ始め、事件が起こり、やがて全てがひっくり返されて行く、という構成は本当に巧い。新人賞でこれでは、著者の後の活躍もわかると言うもの。
正直なところを言えば、事件そのものは、大したものではない(と言うのも何だが)。こう言っちゃ何だが、警察がもう少し有能ならば、簡単に解決していたはず(笑)(ネタバレ反転)警察が、ちゃんと聞きこみしていれば、その時点で犯人が捕まってるし(ここまで)結論までの道筋もちょっと強引かも知れない。
と言っても、かなりレベルの高い作品だと思う。
(06年1月22日)

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根性を科学する
著者:高畑好秀
一つ一つの文章には「なるほど」「そうだ!」と思えるところが沢山あるのだが、全体を通して考えると「?」と言う感じにならざるを得ない。「各論賛成、総論反対」とでも言うか…。
私は、この書を読んで「根性論」というものはやはり否定されるべきものである、と言う思いを強くした。
何故、私がそう思うか、と言うと、まずこの書において「根性とは何か?」という定義がハッキリとしないことが挙げられる。『根性を科学する』と銘打たれて、本文でも「根性」と言う言葉が何度も出るのであるが、その「根性」と言う言葉の持つ意味・ニュアンスが出てくるたびに異なっているのだ。最後まで諦めない精神であるとか、継続して努力すること、であるとかはたまた、向上心であるとかと言ったものは全て重要である。しかし、それら全てをゴチャ混ぜにして「根性」と述べてしまうことによって、読んでいる側としては混乱せざるをえない。そして、この「定義がハッキリしない」と言うことは、従来の根性論が素晴らしいのだ、という誤った認識に発展しかねない、という危機感を抱かざるをえないからだ。
書内から一例を挙げたいと思う。第2章にこんな部分がある。「自分で限界を決めてはいけない。すると、そこで止まってしまう。自分で限界と感じたところからが本当の勝負」。これ自体は正しいだろう。だが、「自分で決めた限界」はいらないが、「肉体的な限界」は考慮しなければならない。従来の根性論で、それを考えていただろうか? うさぎ跳びだとかを見る限り、到底そうは思えない。
従来の根性論が否定されるのは当然のことである。例えば、運動中は水を飲んでは行けない、であるとか、うさぎ跳びなどと言った指導は確かに、「根性」を鍛えるかも知れない。しかし、それによって怪我、場合によっては生命にすら害をもたらす、という弊害が大き過ぎるためである。また、いわゆるしごき等と言うのも、一種の暴行罪であり許されるはずが無い。「根性とは何か?」「なぜ、根性論が否定されたのか?」という事に対する考察の甘さこそが、この書の問題点であろう。
スポーツだけに限らず、何事においても忍耐力、向上心、粘り強さ…などなどは重要である。ならば、忍耐力、向上心などを育てることを考えれば良いのであり、「根性」などと言う言葉を用いるべきではない。「根性」という曖昧な言葉を用いることによって、従来の問題だらけの指導の復活へと繋がりかねないからである。
(06年3月30日)

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