いじめと現代社会
著者:内藤朝雄
正直に書くと、本書については、読み始めてすぐに「ちょっとこれは失敗したかも知れない」という感想を持った。というのは、私は著者の研究の中心にある「いじめ」問題についての書籍を読むのはこれが初めてだからである(共著作である『ニートって言うな!』は読んだことがあるが) どうも、本書をいきなり読むのは、あまりよろしくないのではないか、という風に思うからである。
なぜそう思ったか、という理由は単純である。中身が多岐にわたりすぎていて、まとまりという部分に欠けているのである。本書の中について言えば、対談あり、社会全体について語った部分あり、数ページ程度で短くまとめられた部分あり、文体もそれぞれ違っていて…と、バラバラなのである(その中には、重複した内容などもある) しかも、その中には第1章の本田由紀氏との対談のように、そもそも「教育」という言葉のさしている内容についての統一が図られないままに互いに語るためにあまりかみ合っていなかったり…と、どうしても読みづらさが先に出てしまう。
そんな中で語られる1つ1つの内容に関しては、実感として、これまで読んだ書籍などとの絡みなどからも納得できるものは多い。例えば、右派・左派による「争いのための争い」という構図であるとか(右派がこの論点についてこういうから、左派は反対の意見だ、となり普段の主張と逆のことを当然のように行っている)とか、はたまた同調圧力や、若者に対する憎悪、精神的売春を強要する社会…などなど、それぞれはわかるし、それぞれに思うところはある。その意味で、それぞれのトピックについて考えさせることは確かだ。
ただ、やはりまず、私は著者のまとまった著書を読んでみるべきだった、と思えてならない(それもある意味では、あの人は、こういう主張をしている人だから、という著者の批判している右派・左派の構図に陥る危険性はあるが)。何より、私が読もうと思っていたのは、まず「いじめ」問題に関するものだったので、こういう形であっての困惑もある。本書に関しての評価は保留としておこう。
(07年6月7日)

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原子炉の蟹
著者:長井彬
中央新聞の編集委員である曾我の元へ奇妙な一報が入る。原発の下請け会社の社長・高瀬が10日前から行方不明。やっと、捜索願いが出たと思ったらすぐに取り下げ。違和感を持った曾我は、自ら社長が出張していると言う函館へ行くが、相変わらず社長の行方は知れず。やがて、船からの投身自殺をした、として処理される。しかし、その高瀬が労働者を送っていたという原発では、原子炉に死体があった、という噂が流れ…。
第27回江戸川乱歩賞受賞作。
何と言うか…本格ミステリ、社会派ミステリ、双方の要素を上手く組み合わせた作品、というのが素直な感想だ。
作品の中心的な謎である密室、さらに、それぞれの被害者が手に握っていたという「サルカニ合戦」の手紙と、見立て殺人。これらは完全に本格ミステリのそれだ。が、この作品の場合、それにさらに社会派ミステリとしての色彩が強く現れる。原発で働く労働者たちの様子、それを管理する会社の杜撰な人員募集体制…など、本格ミステリの要素が無くても通用しそうなもの。2000年に東海村で起きた臨海事故で、マニュアル無視、裏マニュアルなんて言うのが話題になったわけだが、それよりも20年近く前に出たこの作品で、その存在が描かれているのだから見事だ。トリックそのものは簡単なものではあるが、減点材料とは思わなかった。
一応、気になったところを挙げると、数名の視点で物語が進むため、特に序盤、そのコロコロと視点が変わる辺りでちょっと戸惑った部分。あとは、警察がちょっと無能過ぎるかな? という辺りかな…。それでも、全体的な完成度は高い作品だと思う。
(06年1月21日)

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スポーツは「良い子」を育てるか
著者:永井洋一

この書でかかれていることは、少年スポーツがどういう状態に現在あるか、ということ。
指導者や保護者をはじめとする大人は目の前の勝ち負けに一喜一憂し、とにかく目の前の勝利だけを目指す。その結果出てくるのは、「スポーツで健康に」とか、そういうことではなくて、その後に悪影響があろうとも、とりあえず「勝つ」ための練習が行われる。そうなれば、プロスポーツ選手同様に怪我との戦いを強いられる子供が増え、健康とは真逆の結果になる。また、「勝つ」ことが優先されるから、「勝利に貢献できない」子供達は試合に出れない。それどころか、野球ならバットすら持たせてもらえない、サッカーならボールすら蹴らせてもらえない、というような現実すらある。これが本当に正しいのか? ということが訴えられている。
この書、凄く好感の持てる書だった。
「運動離れ」とか、「子供の体力低下」を問う書っていうのはたくさんあるんだけれども、それらの書の多くっていうのは、原因を他の場所に求めることばかり。やれ「ゲームが悪い」とか、「IT化が悪い」とかで、「ゲームを取り上げれば」「PCを取り上げれば」即ち「運動に回帰するはず」っていう感じの論調。ところが、この書で問われているのは、その逆で、「運動離れ」が進んでいる理由は、「運動環境」そのものに原因があるんじゃないか? ということ。
実際、仮にPCやゲームが無かったとしても、「お前は足手まといだから、試合には出さん」と、ひたすらグラウンドのマラソンとかやらされていれば、その子供が運動をしたいと思うはずがないわけで、説得力がある。
その他にも、「スポーツは正々堂々とした精神を育てる」なんて言うけれども、五輪なんかではドーピングが蔓延していて、全く「正々堂々」とはかけ離れた状態である、とか、読んでいて小気味が良かった。
まぁ、欠点を挙げるのであれば、その現実への解決策として挙げられているのが、「その個々人にあった指導をして、各々が楽しめる環境を作ろう」というもので、ちょっと理想論過ぎるかな? と思う点。そもそもそういう「理想論」から出発しながら歪んだんだと思うだけに、どうかな? と思わざるを得ない。と言っても、それを訴え続ける必要性は認めるけど。
読んで損のない本だと思う。

ちなみに、笑ったのが、この書の中で「ゲーム脳」について書かれている部分。著者は、「ゲーム脳」を肯定しているんだけれども、その上で「ゲームをやっていると、短調な動きばかりなので、脳のシナプスが変な形になるといいます。しかし、スポーツでもひたすら単調な練習をしていると同じ事が起こるのではないでしょうか?」というようなことが書かれている。理屈で考えると、全くその通りなので大笑い。森昭雄氏が勧めているお手玉とか、凄く脳に悪そうだ(笑)
(05年8月1日)

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浅草エノケン一座の嵐
著者:長坂秀佳

第35回江戸川乱歩賞受賞作。ただ、個人的に、この著者は、小説家としてよりも、『街』などのゲームシナリオや、『キカイダー』などのテレビ番組の脚本家としての印象が強いが。

日中戦争の影が差す昭和12年。当代一の喜劇王・榎本健一は「エノケンが殺された」というニュースに大きなショックを受ける。殺されたのは、浅草で人気を集めつつあった劇団の座長・江の田軒助。健一も認める才能の持ち主だった…。
主人公が実在人物・榎本健一ということが、まず作品を読み始めるに当たって心配な点だったのだが、読了後はなるほど、という感じ。変な言い方、榎本健一でなくともつとまったような気がしないでもない。ただ、テーマ、犯人の動機、といった辺りから考えた場合に、彼が最も主人公に適任だったのだろうな、というのは理解できた。また、人をとことん信じるお人よしの榎本健一像というものも伝わってきた。密室トリックも一応納得。
ただ、全体的に考えた場合には評価がしにくい。正直、この作品を読んでいて凄く読みにくい。いや、読みにくいというよりも、テンポが悪い、というべきか…。まず序盤、「エノケンが殺された」という話から、いきなり榎本健一の半生と、江の田軒助との邂逅が延々と回想され、主人公が現場に辿りつくのが文庫で50頁を過ぎた辺り。さらにその後も、主人公の動きに合わせて、当時の榎本健一の活動の説明が挿入されたりでどうもテンポがよろしくない。しかも、私のようなこの時代の演劇界について詳しくない者には、どこからどこまでが史実でどこからが虚構なのかも区別しづらい。
さらに、個人的に一番驚いた箇所なのだが、主人公が密室トリックなどの推理を一切していない。事件が起き、誰かが倒れるたびに感情を振るわせるのみで、推理はしない。ただただ、周りの人々の説明を受ける側である。こんなミステリは初めて。あと、細かいところで言うと、犯人の動機に関してもちょっと疑問。犯人は、ある理由でこの行動は取れないはずなのだが。
ということで、全体的に見るとあまりお勧めできる内容では無いと思う。このテーマ、作風でやるのならば、むしろパラレルワールドのような形でやり、説明文を全て省くくらいの方が良かったように思う。ま、それで乱歩賞が取れるのかは疑問なのだが。
(05年11月14日)

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転落
著者:永嶋恵美

『ホームレスと少女』。その2人のやりとりや関係がストーリーの謎…と読み進めて行くと大きく変化して行く。
作品を通して人間の視線というものの怖さが描かれる。何気ない噂話、正論…そんなものが、当事者を追い詰めていく。そんな人間関係の怖さが描かれる。自分の何気ない一言が、他人を傷つけているかもしれない…と考えるとゾッとする。
心理サスペンスとして秀逸。

ただ、このトリックの評価が難しい。読めば読むほど深みにはまっていく構成は見事ではあるものの、一方で内容そのものも含めて「スッキリ」という気分には慣れなかった。その辺りはどうか?
(05年5月8日)

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せん・さく
著者:永嶋恵美
オフ会で知り合った主婦と少年、そして引きこもりの少年。物語は二つの視点を交互に繰り返す形なのだが、いや、見事。中盤で早々と二つの関係がわかりながら、さらに終盤にかけて二転三転。加速度的に物語が展開していく様にすっかり魅了された。
勿論、その展開だけの上手さの作品ではない。それぞれが抱えている近所付き合い、友人関係…そんなところから発生する負の感情が生々しく描かれており、心理サスペンスとしても見事。まぁ、テーマがテーマだけに、滅茶苦茶重い話ではあるけれども。
ま、不満を言えば、最後がエラく綺麗にまとまり過ぎてるかな? ってところだけど、文句無しに面白かった。
(05年6月14日)

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一週間のしごと
著者:永嶋恵美

普通の高校生である菜加は、街中で母親に置いてけぼりにされた子供を発見する。仕方なく、その子供を連れ帰った菜加だったが、翌日、その自宅で集団自殺があり、母親と思しき人物も死んでいることを知らされる。菜加、弟の克巳、幼馴染の恭平を巻きこんでタロウ(仮名)の祖母の家探しが始まる。だが…。
これまで、永嶋恵美作品とは『せん・さく』『転落』の2作を読んできたけれども、大分違った作風だなぁ…とまず思った。前の2作は、どちらもキリキリとするような緊迫感・切迫感のある展開だったが、今作はあまりそういうものを感じなかった。いや、この作品で起こる事件であるとかは決して軽いものじゃないんだけども。
この作品は、菜加と、恭平という二人の視線で語られるんだけど、この二人がなかなか魅力的。色々なものを拾ってきて、学校もサボってばかり。でも、常にポジティブな菜加と、その菜加に振りまわされながらもお人良しな性格で手伝ってしまう恭平。その二人のやりとりは、一件、振りまわされっぱなしの恭平が可哀想にも見えるんだけど、嫌味でない程度である匙加減が絶妙。トリックとかというよりも、そんな二人(克巳も入れて三人?)、子供の祖母の家探し、事件に巻き込まれ…という流れを楽しむような作品だと思う。
難点を挙げるならば、悪役のキャラクターがあまりにも単純過ぎることかな? なんとも典型的な、というか、型にはまり過ぎているというか…。ちょっとその辺りが不満。また、いくら何でも、警察がこれでは無能過ぎないか? そんなところが、ちょっと気になった。(以下ネタバレ反転)いくら、立ち回るのが上手いとはいえ、そこまで悪評が広まって誰も気にしないか? と言えば疑問だし、また、その仲間が「いじめ」を苦に自殺というのは、警察が不信感を抱かなかったのだろうか? まして、親は主犯との付き合いがあったことを知っているはずだし、数日間帰らず、いきなり自殺で納得するものだろうか?。(ここまで)
悪くは無いし、個人的には新しい永嶋恵美作品の形を見た、という感じではあるんだけど、じゃあ、凄く特徴的な作品か? と言われるとちょっと困る。そんな感じだった。

ところで、『せん・さく』は、ネットのオフ会から始まる物語で、序盤に「ルリルリ」だとかソッチ系の単語が出てきて、今作も自殺サイトの集団自殺が出て来たり、はたまた「都貿のイベント」だとかが出てくるんだけど…著者はその手のものに詳しいのかなぁ?(笑)
(05年12月27日)

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彼方(ニライカナイ)
著者:永嶋恵美
レズビアン・バーで知り合った恋人の菜槻が沖縄で殺害された。打ちひしがれる晴菜。だが、二人の関係を知った警察は、アリバイのない晴菜を疑い…。
というのが、作品の概要。かつてのトラウマか、他人に対して堂々と接することができない主人公・晴菜が、少しずつ追いこまれて行く。そして、その中で、恋人・菜槻と思い出が蘇り、追われながらも、菜槻が最後に訪れた地へと向かって行く。キリキリと胃が痛むような心理描写というのが上手いな、と素直に感じる。ちょっと主人公の立場は違うけれども、作品の展開としては『せん・さく』に似ている感じもする。
ただ、全体を通すと…うーん…という感じ。基本的には、晴菜の視点で、時々、犯人の視点などが混じるのだが、中盤で犯人が誰なのか、は判明する。(トリックらしいトリックは無いので)あとは、なぜそれをやったのか? が興味の中心になっていくと思うのだが、これまたちょっと理解しがたい。最後に一応のどんでん返しはあるのだが、これまた弱い。
主人公・晴菜の、菜槻に対する思い、は十分に伝わってくるが、それ以外がどうも消化不良という印象だった。
(06年1月19日)

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災厄
著者:永嶋恵美

妊婦ばかりを狙った連続殺人。妊婦である美沙緒にとっても、加害者の少年に対する怒りは、他の妊婦仲間と同じだった。少なくとも、弁護士である夫が、その事件の弁護を行うことになるまでは…。
なかなか読んでいて、憂鬱になる作品である.
「被告は弁護を受ける権利を有する」 ごくごく当たり前の権利。けれども、そのことにすら寄せられる抗議の嫌がらせ。そして、その嫌がらせは、夫が加害少年の供述の矛盾に気づくことで激しく…。
表紙のデザインは、炭酸か何かの小さな気泡。なんか、このデザインが、妙にこの作品の中身を表しているように思う。それぞれの人物の「ほんのちょっとした悪意の行動」。しかし、その「ちょっとした悪意」が数集まって、美沙緒を追い詰めていく。しかも、その悪意の主は、赤の他人だけではなく…むしろ、近いからこそ…。
物語は美沙緒を中心にその周囲の人々の視点でつむがれる。美沙緒にとっては「誰が?」ということであっても、読者にはわかる。「謎」と言う意味では、加害少年の供述の矛盾になったところのみ。ただ、この部分についても、比較的アッサリと明かされる。そういう意味では、驚きは無い。無いけれども、その分、それぞれの悪意と、そこに翻弄される苦しさがストレートに伝わってくる。一人の「強烈な悪意」ではないからこその怖さ、とでも言うか…。
結末部分、光明は見えているものの一方で後味の悪さも…。そういう意味でも、褒め言葉として「読んでいて疲れた」と送りたい。
(08年1月28日)

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Kの流儀 フルコンタクト・ゲーム
著者:中島望

教師すら指導を放棄し、保身だけを考える荒廃した高校・赤城高校。その高校に一人の転校生がやって来た。彼の名は、逢川総二。一見、平凡な少年に見える彼だったが…。
第10回メフィスト賞受賞作。
ストーリーは至極単純。不良たちが我が物顔で跋扈する高校。そこにやって来た少年・総二は、極真空手の達人で、その不良と喧嘩してぶちのめしながら、少女・明日香と出会い恋をする。喧嘩→デート→喧嘩、を繰り返して、学校を仕切るボスとの決戦へ…と。それだけ。
最初は文章そのものにぎこちなさがあるんだけれども、中盤くらいからは、筆が乗ってきたのか(単に読んでるこっちが慣れただけかも知れないが)、読めるようになるし、その喧嘩の迫力もまずまず。そういう意味では、それなりには楽しめた。
ただねぇ…読んでいてずっと思ったのは、「これ? 極真空手のプロモーションですか?」っていうこと。著者が門下生で、裏表紙には極真会館館長の推薦文。さらに、要所要所で、「極真だ」と言う台詞が入り、文章そのものでも「極真空手はこうだから強いんだ」と解説が入る。そもそも、仮にそれが無くたって、この内容そのものが「極真空手が最強の格闘技なんですよ」と言うメッセージに彩られた作品なのに、一々、そういうのが出てくるものだからどうにも鼻につく。
さらに気になったのが、全体的に「古臭い」と言う印象が拭えないこと。不良が跋扈する学校、総ニのやりとり、みたいな風景が物凄く古臭く感じる。神戸が舞台なんだけど、99年の神戸ってこんなのが流行ってたの? と…。なんか、『ろくでなしブルース』とか、あんな感じのイメージ(若い人、わかんないかな…(苦笑))。
ま、そういうのが好きな人はどうぞ、という感じかな。
(06年12月18日)

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検察捜査
著者:中嶋博行

〜む・・・。
作品としてよく出来ていることは確かだ。

(10年前の作品ではあるが)現在の法曹会の抱える問題、例えば圧倒的な検察官の不足、その一方で過剰になってしまった弁護士の問題であるとかを鋭くえぐった作品であり、また、検察官の職務などと言ったことに関してもすんなりと飲み込むことが出来た。ある意味では、司法の世界を知るためのよい道しるべとも言えるのではないかと思う。

が、小説、いわゆるエンターテインメント作品として捉えた場合はどうかと言うと、話は別になる。

じゃじゃ馬娘的な主人公、それに付き従うちょっと頼りない相棒、野心に燃えるお偉方・・・登場人物はあまりにも定型的過ぎるし、途中に出てくる容疑者もいかにもなミスリード。そして、どうしても無理を感じざるを得ない真相・・・と、上記の良さ抜きで考えると苦しい。

「社会問題に切り込む」という点では評価するにせよ、エンタテインメント性は今一歩。
(04年12月28日)

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違法弁護
著者:中嶋博行

『検察捜査』が、検察官の圧倒的な不足という状況を背景にした作品ならば、こちらは弁護士の過剰供給を背景とした作品。
ストーリーは、倉庫街で起きた警官射殺事件の犯人を追う刑事と、倉庫の管理を担当する女性弁護士・水島の視点で進む。

当初は、「倉庫にあったのが何か、そして犯人は?」という部分が中心に進むのだが、公安の影がちらつくなどし、いつのやがて背後関係を巡るホワイダニットへと変貌して行く。主人公一人の視点で描かれていた、ある意味では単純なフーダニットであった『検察捜査』よりも確実にサスペンスとしての完成度は上がっている。用語説明などが多いのは確かだが、比較的すんなりと読める、というのもありがたい。
なかなか面白かった。
(05年3月2日)

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司法戦争
著者:中嶋博行

中嶋博行の法曹3部作のラストを飾る作品。

検察、弁護士と来て、今作の主役は、最高裁調査官の真樹加奈子であり、物語の背景にも司法の世界の危機が横たわっている。が、そのベースは分かっていながらも、主人公の真樹、沖縄県警の2人、内閣調査室、最高裁、弁護士、検察庁…と、様々な思惑が重なり、スリリングな展開が続き、どんでん返しは見事である。
が、一方で、その様々な思惑というのがクセモノであり、それらが次々と出てくる辺りで関係を整理するのが大変で、しかも本編とはあまり関係の無い、内部抗争に多くのページが割かれているため、序盤にちょっともたつくのが残念である。それさえ乗り切れば中盤以降は一気のスピード感で進むのだが。

また、法曹3部作全てを見渡したとき、テーマはともかくとして、物語の展開であるとか、様々なところでパターンが似通ってしまっているのがちょっと苦しいか。理論的な説明とかはともかくとして、パターン的に犯人は…だな、というのが見事に正解してしまったのがなんか悲しい。
(05年3月21日)

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第一級殺人弁護
著者:中嶋博行

冴えない弁護士・京森英二が当番弁護士制度によって直面する事件に挑んで行く連作短篇集。

一応、『検察捜査』『違法弁護』『司法戦争』という「法曹三部作」を過去に読んだことがあるのだが、それらは「今の司法界が抱える問題点を抉り出す」という側面が強かったためか、やや、法曹界の対立関係だとかの説明がくどくなり過ぎた感があり、エンターテインメント性で劣る感があった。が、この作品は、リーガル・サスペンスの第一人者らしく法律関連の知識を十分に使いながらも、しっかりと「エンターテインメント性」を全面に出しており素直に楽しむことが出来た。
どちらかと言うと、やる気の無い弁護士である京森という主人公も魅力的だ。
法律の世界が舞台、というと小難しいイメージがあると思うが、全くそれを感じることなく楽しめる作品だと思う。
(05年5月28日)

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罪と罰、だが償いはどこに?
著者:中嶋博行

最近は結構聞くようになった「犯罪被害者の保護」という言葉。なぜ日本でそのような事態になっているのか、そして、どうするべきなのかという著者の主張を著した書。『検察捜査』で江戸川乱歩賞を受賞した作家でもある著者だが、この書は、小説ではない。
本書では、まず、凶悪犯罪者の言動・行動の紹介、アメリカの刑務所での「治療モデル」から「正義モデル」への変遷が続く。そして、日本での厳罰化傾向が示される。そして、日本の法律がどのようなもので、いかに被害者保護がおろそかになっているか、法的なおかしさが示される。その上で、著者の考える新しい仕組みの提案という構成になる。
「加害者・被害者双方の人権を尊重する」という二兎を追う人権主義が被害者をないがしろにしており、それを回避するための方策として、加害者の人権を一時的に削減する「新人権主義」を唱え、その具体的方策を示している。私のような素人でもわかりやすく記されており、「なるほど」と思わされた。
もっとも、この「新人権主義」の具体的方策はいくつか疑問点がないわけではない。例えば、現在は実質的に払わなくとも問題になっていない賠償金をちゃんと払わせるために、刑務所をアメリカのような民営化・経営効率化を図ってその服役者に賃金を払う。その賃金の一部を天引きして、被害者への賠償金に充てる…などあるのだが、アメリカの例では、その民営刑務所も多くの問題をはらんでいることが示されている。それを回避しなければならないはずなのだが、その方策は示されてはいない。そのように細かく見ると、「?」と思う部分がいくつかあったし、何より、著者の言う「新人権主義」に疑問を抱く人もいるだろう。ただ、そうであったとしても被害者保護が疎かとなる制度的問題点などは読んでおいて損はないだろう。そういう意味でも、読む価値はあると思う。

余談ではあるが、著者は現在のアメリカを「パラノイア監視社会」と警鐘を鳴らしているのだが、だとすれば、端々で著者が叫んでいる犯罪の凶悪化、多発…などというのはいかがなものだろう? そのような凶悪化などを歌わずとも、著者の主張は十分に説得力を持っていると思うのだが。そのような言葉で不安を抱くことが「パラノイア監視社会」を容認する風土を作っているのだから。ちなみに、警察の検挙率が落ちているのは、警察が多くの被害届を受理するようになったためで、凶悪事件の検挙率は依然として世界最高レベルを維持していることは書いておこう。
(05年10月15日)

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