殺人症候群
著者:貫井徳郎
警視庁の捜査課が表立って動けない事件処理をする特殊チームの活躍を描いた「症候群三部作」の第3段。
少年犯罪、精神障害などにより、罪が軽減されたことのある前科を持つ者達が命を落としていたことが判明する。環はメンバーを集め、調査にあたるよう指示するが倉持は断り、姿を消す。そして、調査を続ける、原田・武藤の前に、倉持の影がちらつく…。
テーマとしては、被害者による復讐。このテーマは、大抵の作品でそうなのだが、とにかく重い。復讐を代行する「職業殺人者」と、それを追う特殊チーム、病の心臓移植のためドナーカードを持つ若者を次々と殺す母、そして倉持…。「正義とは何か」「刑罰とは何か?」「少年法」…などなど、一つだけでも重いテーマなのが、それらが複合しあっていくため、とにかく重厚な作品となっている。
「症候群三部作」の最後をつとめるだけあって、前二作をはるかに凌ぐボリュームがあり、貫井氏らしい仕掛けも施されている。ただ、仕掛け自体は、終盤に入った辺りでばらされる。この作品、そして三部作の最後に出てくるのは、危ういバランスで保たれていたチームの人間関係の結末。この辺りは、三部作を通して読まなければ理解しがたいかもしれないが。
この作品だけで読んでもそれなりには楽しめると思うが、やはり三部作は通して読むことをお勧めする。
(05年6月17日)

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天使の屍
著者:貫井徳郎
思慮深い息子・優馬が飛び降り自殺をした。「自殺なんかする奴はバカだ」と言ったその直後に。父である青木は、息子の死の真相を探るべく、優馬の友人達に聞き込みを開始するのだが、第2の飛び降り自殺が起こり…。
この作品で描かれているのは、大人の世界、子供の世界の相違。子供の理論で大人の行動が動かないのと同様に、子供達も大人とは全く違った価値観を抱き、その価値観によって行動する。大人の価値観で見れば「なぜ?」と思うことを子供が重視する、なんていうことはよくあることであり、そういう意味では、この作品で訴えられている指摘は鋭い。また、その価値観の違いを飛び越えて理解しよう、ということの困難さもまた事実だと思う。
ただ、その一方で、この作品に出てくる「子供の価値観」が本当に「現実の子供の価値観だろうか?」という感想は残る。この作品の直接的な動機となった、「子供の価値観」ほど、子供はこれに価値観を抱いているのだろうか? これが発表されたのは、96年は、いわゆる団塊ジュニア世代の猛烈な時代からは落ちついているだけに…。そこがどうも気になってならない。
とはいえ、指摘そのものは面白いし、作品としての完成度も高いと思う。
(05年6月29日)

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追憶のかけら
著者:貫井徳郎

事故で妻を失った大学講師の松嶋。義理の父であり、大学の有力教授である麻生との関係もギクシャクし、最愛の娘も麻生の元に。そんなどん底の状態の松嶋の元へ増谷という男が訪れる。増谷は、戦後、僅かに文壇に登場し自殺した作家・佐脇依彦が、最期に残した手記を松嶋に託す。
デビュー作の『慟哭』が未だに貫井氏の代表作扱いなのだが、私は、この作品こそ代表作と呼びたい。そのくらい、完成度の高い作品だと思う。
面白い。この作品のポイントになるのは、序盤〜中盤にかけてある、自殺した作家・佐脇の手記。旧字体で描かれているので、一見とっつきにくそうなのだが、実際には全く難しいことは無い。「いう」が「いふ」とか、そのレベル。しかも、この手記が物凄くスリリングなサスペンスで面白い。そして、中盤以降は手記を元にした松嶋の調査活動となり、最後はどんでん返しに次ぐどんでん返し。構成からして、実に見事。
更に面白いのが、作家・佐脇と、松嶋とのリンク。とにかく、2人の状況がソックリなのである。どちらも、調査をし、その結果、何者かの悪意に見まわれる。いや、それだけではなく、佐脇、松嶋にまつわる人間関係などもソックリなのであり、その辺りでのリンクもスリリングさを増している。が、その一方で、スリリングさを突き詰めたような佐脇と、マヌケさがある松嶋と、正反対な部分を作っている辺りも巧い。
(05年6月30日)

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修羅の終わり
著者:貫井徳郎

久我は理想には燃えるものの、公安警官として大義名分の為には少々の悪事を厭わないことに苦しむ。悪徳警官である鷲尾は、やがてその立場を危うくして行く。そして、記憶は失った「僕」は、「前世で恋人だった」と言う智恵子と出会い…。

この作品、説明が難しいのだが、ストーリーそのものはこの3つの視点の繰り返しで展開する。

この作品のポイントは2つあると思う。
1つは、それぞれの「修羅道」の行きつく先、である。それぞれがそれぞれの戦いを行い、行きつく先がどうなるか。公安という汚れた仕事、悪徳刑事の行きつく先、記憶を失った「僕」の自分探し…膨大なページ数ということもあるのだが、1人1人の物語だけでも十分に1本の長編として成り立つだけのものがある。
そして、もう1つが、それらがどのようにリンクするか、である。当然の事ながら、1冊の書に描かれるということはリンクがあるということなのだが、それを探すという点である。ネタバレではあるが、久我と鷲尾の時代が異なることは、早い時点で気づくと思う。が、そこに「僕」がどう絡むか、それぞれがどうなるか…。
この2つのポイントが中心になるかと思う。先に書いたが、それぞれが1本の長編といえる程度の話だけに極めて重厚である。

とはいえ、評価は別れる気はする。まず、この作品にはわかりやすい形での解決編はない。最後でもハッキリとわかるのは一部だけである。そういう意味で、モヤモヤ感は残るかもしれない。特に、これだけの長編を読んだあとで…となると。
(05年7月1日)

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慟哭
著者:貫井徳郎
警視庁捜査一課のエリート・佐伯は世間を賑わせる連続幼女誘拐事件を追っていた。一方、娘を失った男・松本はその心の穴を埋めるため、怪しげな新興宗教へとはまっていく…。
ここのところ、連続して貫井徳郎の作品の書評を続けているわけだが、その貫井徳郎のデビュー作に当たる作品。第4回鮎川哲也賞最終候補に残り、北村薫の推薦によってデビューした経緯を持つ。未だに、貫井徳郎の代表作、と言う評価をされている作品。
この作品、「衝撃の結末」と言う風に宣伝されているが、ちょっとそれで騒がれ過ぎの感じはする。…つまり、そういう類の作品だ、ということなのだから(笑)
個人的には、その「衝撃の結末」よりも、ストーリーの中身を中心に話をしたいと思う。
異例の出世を遂げたエリート・佐伯は、周囲にその出世の理由を血のおかげとされ警察内部でも難しい立場。さらに、なかなか事件が解決できないことからマスコミの攻撃の標的とされ、プライベートにまでそれは及んで行く。一方、松本は失った娘への思いから、少しずつ狂気の世界へと堕ちていく…。どちらも、「転落」してく物語であり、常に重い雰囲気が漂う。そして、結末へ…。
落ちの部分は、色々な考え方があると思う。多分、ミステリファンの中には、ここまでの私の文章で落ちが読める人もいることだろう。ただ、それならばその上で「転落」の物語を読んでいただければ、重さ、痛さというものが感じられるのではないかと思う。
(05年7月3日)

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神のふたつの貌
著者:貫井徳郎
この作品、とにかくずっと重い雰囲気を漂わせている。教会の息子、として生まれながらも、神の救いというものが理解できない早乙女。それは自らが無痛症のためなのか、それとも…? その救いのために、色々と施行錯誤し、連続殺人犯への道を歩んで行く。
この作品、一応、貫井作品らしいトリックはあるのだが、あまり本編とは関係が無い。まぁ、著者もそれはわかっているのだろう。すぐにわかるような書き方がされているし。ミステリというよりは、先にも書いた、「神の救いとは何か?」とか、そういうものを深く考えさせるような作品に仕上がっているように感じる。かなり重いテーマに正面から挑んだ作品であるので、かなり好き嫌いは分かれるだろうが。
ちなみに、この作品を同著者の『慟哭』と比較するような向きがあるが、個人的にはあまり意味があるとは思えない。「宗教」が扱われているという点では同じでも、あくまでも「トリックを中心としたミステリ」の要素が強い『慟哭』と、トリックよりも「神の救い」というテーマを追求した本作品、どう考えても同じではない。
(05年7月12日)

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鬼流殺生祭
著者:貫井徳郎

維新の混乱が残る明詞新政府の首都・東京の武家屋敷で起こった青年軍人の殺人事件。殺された軍人の友人で、公家の出身である九条惟親は調査を依頼される。九条は友人である朱芳慶尚と調査を開始するが…。
九条・朱芳による「明詞」シリーズの第1作目に当たる作品。と言っても、現在のところ、シリーズは2作しか出ていないのだが。
武家屋敷、そこにいる一見、奇妙な人々、そして密室殺人…と、雰囲気としては横溝正史の金田一耕介とか、あんな感じのイメージを持った。何か、聞くところによると、京極夏彦の「京極堂シリーズ」に似ているらしいのだが、いかんせん読んだことが無いもので…。
トリックだとかは、「なるほどなぁ」という感じ。多少、反則気味なんだけれども、確かにこれならばしっくりと来る。といっても、目新しさみたいなものはあまり無いかもしれないけれども。むしろ注目したいのは、その動機の面。私はそちらに唸らされた。トリックだとかは、現代ものでも通用するものなんだけれども、その動機っていうのは、この時代だからこそ、のもので面白かった。
ただ、個人的に気になったのは、作中に出てくる本筋とは関係のない部分。まったく本編と関係の無い実在人物が出てきてみたり、それに対する作者の注が出て来たりで、ところどころで物語から離脱させられてしまったことが残念。その辺りでどうも、いつものテンポの良さが失われてしまった感じがする。
(05年7月24日)

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妖奇切断譜
著者:貫井徳郎

東京の街で、美女ばかりを集めた錦絵が評判を呼んでいた。だが、その錦絵に描かれた美女がバラバラ死体になって発見されるという事件が続発。九条は、知り合いの公家の娘が描かれたことで、事件の調査を開始するのだが…。
『鬼流殺生祭』に続く「明詞」シリーズの第2段。
感想を一言で言うと…「グロい!」。以上!(ぉぃ)
ま、作品としての形は、前作と同様に「本格モノ」と言われる形。「グロい」と書いたわけだけれども、本格モノでもよくある「バラバラ事件」をより猟奇的に、より描いていて、読んでいて気持ち悪かった。トリック自体は、ある意味では王道とも言えるものなんだけれども、ある意味ではそこを外しているというか…。前作同様、「この時代ならでは」の部分が多くて面白かった。
また、「シリーズもの」としての見所も多い。前作では、「どこまでも見通す」思慮深さで事件を解決してみせた朱芳だが、今度はそれが仇となる。「続く」で、この作品は締められているんだけれども、この結末の影響が次回作にどう出るかと言うのが凄く気になる。
前回気になった、「物語以外の部分」も今回は無かったし、そういう意味での完成度も高まったんじゃないかな、と思う。
繰り返すように、グロい描写が多いので、万人向けだとは思えないんだけれども。
(05年7月25日)

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転生
著者:貫井徳郎
心臓移植を受けた大学生・和泉は、その手術の後、自らの趣味や嗜好が変わってしまったことに戸惑う。そして、夢に現れる恵梨子という見知らぬ女性に惹かれて行く。和泉は、その夢だけを手がかりに、その女性について調べて行く…。
なんか、ここまでの文章を読むと、『変身』(東野圭吾著)そっくりだと感じるんじゃないかと思う。私は、脳移植と心臓移植の違いこそあれ、どちらも移殖によって嗜好に変化が現れ戸惑う、なんていうのはソックリだし。ただ、自我崩壊という状況へと突き進んで行く『変身』とは違い、こちらはあくまでもミステリ的な流れを保っている。
『さよならの代わりに』のときにも書いたんだけど、この作品も貫井作品には珍しく、爽やかさを強調した「青春モノ」としての色彩が強い。和泉の調査を物語の中心に添えて、恵梨子への想いであるとかが描かれている。
ただ、厳密な意味で「ミステリ」としてしまうと、ちょっと抵抗があるかも知れない。形としては紛れも無くミステリの形になっているんだけれども、物語の根本的なところが「科学的か?」というと、疑問が残ってしまうためである。例えば、(よく聞く話だけど)移殖手術によって、趣味や嗜好が変わったという冒頭の部分とか…「科学的ではない」とされてることが物語の根底にあるため。その辺りを気にしてしまうと、ちょっと辛いかもしれない。
けれども、完成度自体は高いし、ドロドロとした描写みたいなものもない作品でもあるから、比較的万人にお勧めできる貫井作品なんじゃないかと思う。
(05年8月23日)

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光と影の誘惑
著者:貫井徳郎

これを書いている時点で、貫井徳郎の中短篇集は3作出ているが、その内の1つがこれ。4作品を収録した中篇集。
実を言うと、貫井徳郎作品を読んだことが無い人であれば、この作品をまずお勧めするのがいいのではないか、と思うくらいに完成度の高い中篇集だ。
誘拐された息子を助けるために他の子供を誘拐することを要求された森脇の苦悩を描いた『長く孤独な誘拐』、珍しく軽妙なタッチで描かれた『二十四羽の目撃者』、現金強奪をもくろむ二人の男を描く表題作『光と影の誘惑』、自分の出生の秘密を探ることになる『我が母の教えたまいし歌』。決して、ハッピーエンドとは言えない結末と雰囲気、巧みに張り巡らされた仕掛け…貫井徳郎作品の魅力が凝縮された一冊である。
『慟哭』があまりにも有名な著者だけど、初めて貫井徳郎作品を読む、という方には、この中篇集も良いのではないかと思う。
(05年9月21日)

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悪党たちは千里を走る
著者:貫井徳郎

ケチな詐欺師の高杉と、その舎弟・園部。今日も、すんでの所で同業者の女に邪魔をされて失敗。そろそろ生活費もやばくなってきた。そんな高杉に、薗部はあるものを誘拐することを提案するが…。
まず、この作品を読んで最初に感じたのが、「あれ? 貫井徳郎作品だよなぁ…」という戸惑い。あくまでも私の認識なんだけれども、貫井作品というのはダークな作風、硬質な文章…というものがあるもので、どうにもこの軽妙なやりとりに違和感を覚えてしまった。
じゃあ、つまらないのか? と言われれば答えは「NO!」。軽妙なやりとりとテンポで進行して行く作品だけれども、いつも通りの貫井作品らしい緻密なプロットは生きているし、二転三転していく展開も見事。これまでにも、何作かコメディタッチの作品はあったけれども、今作は一際ライトな印象。誘拐モノなのに、全然、緊張感ないし(笑)
やっぱり光るのは、主人公3人のキャラクターだと思う。高杉・園部の凸凹コンビに、後から加わる菜摘子。ひたすら抜けた2人と、それにツッコむ菜摘子。なんか、このやりとりを見ていて、『タイムボカン』シリーズの悪役3人組が浮かんで仕方なかった。で、やっぱりお約束のように、この3人って、憎めないキャラクターである。もっとも、身代金を要求される側や警察と言った面々もやっぱりどこか抜けているんだけど(笑)
(失礼な言い方だけど)貫井徳郎って、こういう作品も書けるんだ…。そんなことを感じた読後だった。ただ、それは「貫井作品」として見ているからかも…。
(05年9月27日)

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プリズム
著者:貫井徳郎
美人小学校教師の山浦美津子が何者かに殺害された。死因は殴殺。凶器は現場にあった置時計。部屋の窓ガラスは割られており、鍵も施錠されていなかった。そして、被害者から睡眠薬が検出される。睡眠薬は、昼間に届けられたチョコレートに仕掛けられていたらしい…。
一応、連作中篇集…という形になるのかな、これは。それぞれの主人公は、被害者と関連した4人。それぞれが、それぞれの視点で調査を開始していく。
この作品のテーマは人間の多面性だろうか。被害者・美津子の印象というのは、それぞれの主人公ごとに全く別のものになる。ある主人公にとっての美津子像は、別の主人公にとってのそれとは全く異なる。丁度、見る角度によって別の色を見せるプリズムのような感じで。
もう1つの醍醐味が、主観というものの脆弱さ。それぞれの主人公は、それぞれの視点で独自の調査を進め、結論を出す。しかし、それはあくまでも「それぞの主人公ができる範囲で」のもの。全てを網羅する視点は存在せず、その中での結論というわけだ。そして、ある主人公が導き出した結論は、別の主人公になるとアッサリと崩れ去る。この危うさがまた面白い。(以下ネタバレ、反転)この作品では犯人が誰なのか、という決定的な結論は出ずに終わる。その部分に不満を抱く方もいるやも知れないが…(ここまで)
本格ミステリの形を取りながら、結果としてはアンチ本格。意欲溢れる作品だと思う。
(05年12月15日)

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崩れる 結婚にまつわる八つの風景
著者:貫井徳郎
タイトルの通り、結婚に纏わるエピソード8編を集めた短編集。
貫井徳郎作品というと、大掛かりな仕掛けによってアッと驚く結末が用意されている、というものが多いのだが、ここに収録されている作品はちょっと毛色が異なる。
結婚生活に鬱屈したものを感じている主婦、子供の公園デビューに悩む女性、近所との悪臭トラブル…そんな何処にでもあるような状況にある人々が、ちょっとしたきっかけでおかしな世界へと入りこんで行く。今作は、ミステリというよりも、ホラー作品のような趣が強い。
この作品、何が巧いか、というとその日常の描き方。どれも、「そうだよなぁ」とか「ありそうだな」と思えるのである。だからこそ「怖い」と思える。それがこの作品の魅力ではないかと思う。1編40頁程度で、それを表しているのは見事だなぁ…と唸らされた。
(06年1月8日)

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愚行録
著者:貫井徳郎

都内で起きた一家惨殺事件。被害者である田向一家を襲ったものは何か? 一家と関わりのある人々のインタビューが彼ら、人間の肖像を作り上げていく…。
いやー…「最悪に不快な読後感を残す話を構想しました」とは、著者のHPにあるこの作品の紹介文だけど、全く不愉快だ(笑) 本当、読了後、滅茶苦茶不快な気分になれる(笑)
この作品の構成は実にシンプル。被害者である田向夫妻と係わり合いのあった人々に対するインタビューと、兄に語りかける妹の独白が繰り返される形。『理由』(宮部みゆき著)とか、『Q&A』(恩田陸著)みたいな形を思い浮かべていただければ良いと思う。
作中で語られる田向一家は幸せを絵に描いたような一家。真面目で優しく、ハンサムな夫。美人で、おしとやか、気立ては良いが、決して他者を不愉快にさせることのない妻。そして2人の子供達。彼らを語る人々も、決して彼らの事を嫌っているわけではない。しかし、その一方で、彼らの嫌な一面、負の面も垣間見える。勿論、話の中心となるのは一家なのだが、そこには語り手の側が持つ、野次馬根性であり、はたまた、劣等感であり、妬みであり、憧れであり…というような「負の感情」も凝縮される。一家の嫌な面を見せつけられながら、同時に語り手の嫌な面も目の当たりにすることとなわけだ。これで嫌な気分にならないことがあろうか?
もう一つのパートで語られる妹の独白もこれまた嫌ーな感じだ。そこで語られるのは、愚かな両親のもとに生まれ、虐待を繰り返された兄妹。両親を蔑みながら語られる日々もまた凄くいやーな気持ちにさせられる。
この作品、ミステリ作品として考えた場合の驚きはそれほど無いと思う。読み終わって「納得!」とか、そういう感じではない。むしろ、「人間の負の面を描く」というのがこの作品の主題で、結末だとかは、それほど重要ではないのかも知れない。驚きを求めて呼んだ場合、ちょっと不満が残るかも…(それも含めて、計算の内だったりして)。
とにかく、今すぐ、嫌な気分になりた人にお勧め(いるのだろうか?)。
(06年3月27日)

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空白の叫び
著者:貫井徳郎
久藤は小学校時代、女性のような名前と平凡な身体のためにイジメにあった経験を持ち、平凡を憎んでいた。そして、平凡を絵に描いたような新任女性教師・柏木を憎むようになっていく。資産家の家に生まれ、全てに優れた少年・葛城。彼は、その恵まれた環境というものにコンプレックスを抱くようになっていく。その最たるものは、幼馴染で、父に仕える男の息子・英之だった。実の母に捨てられ、祖母と叔母、3人で暮らす少年・神原。決して裕福ではないものの、それなりに幸せを感じていた彼だが、祖母が病で倒れたことを切っ掛けに母と叔母の争いを目の当たりにしていく…。
いやー…重かった。何せ、単行本の上下合わせて1154頁。手に持つとズッシリとその重さが実感できる。…いや、物理的な重量なんか、誰も聞いていない? こりゃ失礼。
貫井氏の作品の1つ。『殺人症候群』は、少年犯罪など、捌かれない犯罪について、それを巡る様々な立場の人々から描いた作品。ただ、『殺人症候群』の中で、描かれていない立場が1つだけある。それは、加害者の視点。本作は、その加害者の視点を描いた作品となる。
と、単純に言えば、こうなるのだが、最初にも書いたとおり、そのボリュームは凄まじい。そして、それだけに少年、それぞれの心情、思惑なんてものが精密に描かれていく。
本作の構成は、それぞれの少年が殺人を犯すまでの第一部、少年たちが収容され、出会うこととなる第二部、出所後の彼らを描いた第三部、の3部構成となる。
それぞれの少年たちが事件を起こすまでの第一部もさることながら、圧巻は少年院での生活を描いた第二部だと思う。起こした事件の大きさ、種類によって決まる少年院の中での扱われ方。保護司による制裁、院内の力関係によって起こる過酷なイジメ。その中で、求められるのは反省ではなく、どう上手く渡り歩くかという処世術。その中で、主人公3人は、それぞれの思いを形作って行く。この辺り、さらに第三部の序盤までは、ある意味では『繋がれた明日』(真保裕一著)と似ていると感じた部分もあるのだが、その迫力は段違い。そして、出所後に彼らを持っていたのは、社会との距離。彼ら3人にそれぞれ与えられる悪意の事件。少しずつ、追い詰められ、やがれ彼らは再び集まっていく。色々な展開は考えたものの、後半の展開は読めなかった。それぞれが集まって行くものの、一方で、信頼とはまた違った絆。その中にも入り込む悪意…と、揺さぶり方は流石である。
正直なところ、ミステリとして見た場合、特に終盤の謎解き付近はちょっと弱い。また、サプライズというタイプの作品でもない。そういう意味では、ミステリーというカテゴリが妥当なのかどうかわからない。
しかし、少年たちの心に宿ったもの。彼らの(様々な意味での)成長。そういうものの圧倒的な読み応えが、それらを関係ないと感じさせてくれる。
(06年9月15日)

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