誰もわたしを倒せない
著者:伯方雪日
後楽園そばのゴミ捨て場にあった男の死体。それは、襟足から後頭部にかけての髪が乱雑に切られていた。遺体の身元確認に手間取るかと思われたが、格闘技ファンの刑事・城島の指摘で、正体不明のマスクマン・カタナではないかという可能性が浮かび上がる…。
から4編とエピローグの連作中編集。
本作の主題は、プロレス、格闘技。プロレスにおける「フェイク」「ワーク」などと言われるような事情から始まって、昨今、人気を挙げている総合格闘技とのせめぎあい。そんな中でも強さを求める男たちの渇望が描かれて行く。
勿論、その物語も素晴らしいのだが、この作品の構成を評価したいと思う。連作中編であり、1編1編の切れ味もあるのだが、そこでしっかりと登場人物の関係が把握できて、世界観に入り込まされることで、比較的オーソドックスなトリックに引っ掛けられてみたりとしっかりと騙されてしまった。さらに、それぞれの編の結論で解決と思いつつもなんとなく曖昧に残されたままの結論がエピローグでキッチリとハマっていくのも見事。
個人的には、同じようなテーマということもあって、『マッチメイク』(不知火京介著)と比較しながら呼んだ部分もあるのだが、作品の完成度ではこちらに軍配を上げたいと思う。
(06年6月14日)

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トキオカシ
著者:萩原麻里
幼い頃から瞬間記憶という能力を持つ誠一。そんな誠一の通う高校へ転校してきた美人双子姉妹。自らを「時置師」と名乗る姉妹の姉・真名は、誠一に「貴方は私の<対>です」と告げる…。
正直なところ、ひとつの話として考えた場合、詰め込み過ぎでは? と言う感じがある。そもそも真名と誠一の出会いから、「時置師」というものについての説明というまでで全体の3分の1くらいを費やしているし、そこからタイムスリップして事件が起こって…と、とにかく忙しい。これ、もうちょっとじっくりやっても良かったんじゃないか? という感じはどうしてもする。
けれども、忙しいながらも、良くまとまっている、というのも同時に感じる。それがあるおかげで、読んでいてとにかく疲れない。
「新感覚タイムトラベル・ミステリー」とあるんだけど、タイムスリップ自体による捻り、というわけでもないし、主人公たちが推理する、というわけでもないので、そこまで大きなサプライズがある、というわけでもない。そういう意味で、純粋にミステリーというのとはちょっと違うな、というのがまず思うこと。…だから「新感覚」なのか(笑)
やっぱり、何だかんだで、真名と誠一のやりとりが良いかな、これは。ミステリアスな雰囲気で現れながら、なかなかのボケキャラで…。とりあえず、タイムスリップとか、そういうものより、ナイフ振り回すことを問題視しようよ(笑)
今作だと、真依とか、奈々恵とかの活躍は殆ど無かったし、他の「時置師」の名前が挙がっていたり、と伏線みたいな部分が大量に残っている。その辺りの活躍は次回以降ってところか。それと、次回からは、「時置師」というものの説明は省かれるだろうから、その辺りでじっくりと描かれることに成るんじゃないかと期待。
(06年9月21日)

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カタリ・カタリ トキオカシ2
著者:萩原麻里
眞名の「対」としての存在であることを自覚した誠一。他の時置師の手掛かりを探すべく、観池家で資料にひたすら当たる日々。そんなある日、眞名の妹・眞依が体調を崩す。眞依、智里と別れ、眞名と二人で登校した誠一の前に、時置師の一人・朱家乃々香が現れる…。
うわ〜…勿体ねぇ…。何か、それが一番に感じてしまうな。
正直、久しぶりの刊行、ということで読みながら「ああ、こういう設定だったな」とか思い出しながら…っていうのはあったんだけれども、だんだんとそれは思い出して行ったし、前回に比べて、眞名と誠一の関係とかがラブラブ状態でそういう点でも面白かった。まぁ、民俗学的には、適当、ってことだけど、それはそれとしてもこういう薀蓄系の話は嫌いじゃないし、そういう部分でも楽しめた。
それだけに、今回で完結、っていうのがもったいない。これだけ色々とあるんだから、話そのものはもっと広げることができると思う、という意味でも勿体ないし、また、今回で完結…ということで前作で色々と用意してあった伏線だとかを回収するのにまたもや色々と詰め込みまくる結果になった…というのも勿体ない。二重の意味で勿体ない、と感じられた。
それこそ、奈々恵と眞名の決戦(?)とか、他の時置師に関する話題とか、色々と作れただろうに…。ああ…本当、勿体ない、勿体ない…(そればっか書いている気がしてきた)。
(07年5月24日)

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有害図書と青少年問題
著者:橋本健午
戦中から現在に至るまでの、「青少年問題」に関わる社会の動向を記した書。
今現在も、根拠に乏しい理由で、テレビゲーム規制であるとかが行われようという動きが見えたり、はたまた、似非科学による「新」メディアバッシングが横行しているわけなのだが、この書を読むと、日本におけるこの問題が一切進歩を見せていないことが良くわかる。
結局、戦後から日本で行われてきた歴史を見るとわかるのは、凶悪犯罪の増加という発表をする正義気取りの新聞、殆ど感情論で有害メディア規制を求めるPTAなどの団体、「票にならない青少年」ではなく「票になる青少年問題を懸念する団体」にしか目を向けない行政…全て今に始まったことではなく、戦後ずっと行われてきた不毛な活動と言える。この中で笑ってしまったのが、自転車関係の主婦が「有害な悪書を排除し、健全な競輪を!」などというような部分。結局、様々な思惑のために「青少年問題」がダシにされている、ということを端的に表している表現ではないだろうか?
青少年保護条例などで様々な「規制」をしようとしている石原慎太郎は、昭和30年代に「悪書」の代名詞となりバッシングを受けた『太陽の季節』を書いた作家である。現在、メディア規制を叫んでいるPTAやらなにやらも、当時、「悪書」と呼ばれていたメディアに触れながら育ったはずである。そうした人々が親となると、今度はメディア規制をする側に回って同じことを繰り返す。なんと不毛なことだろうか。
(05年5月4日)

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半分の月がのぼる空
著者:橋本紡

ちょっとした病気で入院した。僕にとっては、ちょっと早い冬休みのようなものだった。その病院には、里香という同い年の少女がいた。僕は、看護婦の亜希子さんの頼みもあって、里香の話相手(奴隷)になった。
丁度、今、テレビアニメ化されて、色々と評判を聞くんだけれども、うちの環境じゃ見れなくて悔しいので原作を読んじゃえ、ということで(笑) ネタバレやってやる…(邪悪)
で、感想。うん、良くも悪くも評判どおりだな、という感じかな、とりあえずは。病院に入院した「僕」が、同い年で重病をわずらっている少女・里香と出会い、里香(ついでに亜希子さん)に振りまわされながらも…っていうのは、王道というか、よくあるパターン。キャラクターたちの性格であるとか、はたまた死を背景にした展開だとかも、決して珍しいものでもない。そういう意味で、目新しさは感じなかった。
ただ、じゃあ、それが悪いのか? というと、話は別。よくあるパターンの話ではあるんだけれども、良い意味でツボを抑えたストーリー展開で、何だかんだで、読了したあとは、暖かい気持ちになれる。そんな話。目新しさがない、と言いながらも読ませるっていうのは、逆にいえば丁寧さだとか、そういうのの証明とも言えると思う。良い作品だと思う。
ところで、この作品、1巻で話が一応は完結しているようにも思うんだけど、今後、どーなるんでしょうか?
(06年1月23日)

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半分の月がのぼる空2
著者:橋本紡
砲台山に行っていこう親密になってきた裕一と里香。だが、そんな二人に大事件が。多田から譲り受けた戎崎コレクションがバレてしまった。それ以来、里香は弁解する暇も無く、顔を見るだけで逃げ出すようになって…。
ということで、『半分の月がのぼる空』の第2巻目。
事前に、無重力実験とアニメの中谷さんより、「2巻目から話が重くなる」と聞いていたんだけど、ふむ…なるほどね。
とりあえず、中盤までは1巻と同じような印象。エロ本をめぐって、裕一と里香の関係が一気に悪化。裕一の謝罪作戦が始まるけれども、ことごとく裏目に出る。それだけではなく、医師である夏目の妨害工作まで食らう始末。そういう辺りのやりとりは、1巻のノリそのものだし、良くも悪くもシリーズ化したんだな、と感じた次第。が、終盤になって…というわけね。
うーん…この巻に関すると、別に重過ぎる…という部分は感じないんだけど、いきなりこの場面で、この事実を主人公にハッキリさせてしまったことで、今後、一気に重い空気が流れるだろうな、というのは感じる。そういう意味で、この巻は分岐点になる巻ということか…。
しかし…これ、現在で5巻まで出ているわけだよな…。この状態でずっと進むとなると、かなりしんどそうだけど…。
(06年2月2日)

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半分の月がのぼる空3
著者:橋本紡
里香の状態をしった僕は、笑うことができなかった。だからこそ、無理やりにでも笑うことにした。そして、里香のため、親父の使っていたカメラで写真を撮ることにした…。
ということで、第3巻。今回も、プロローグ、エピローグ、と3つの章、という形なんだけど、2章目までは「病気」ってのはあるにしても、ごくごく普通の「幸せな日常」状態。カメラを持ってくる。里香のため、学校へと忍び込んで、一日だけの学校生活。司の活躍があったりとか(笑) が、3章目で急転直下。一気に話が転がり出す…と。
うん、やっぱり話の展開だとかは予想通りなんだよな(笑) ただ、やっぱり丁寧さで読ませる、という感じ。序盤のちょっとしたところが、終盤にしっかりと伏線として生きているとかそういうところで。個人的には、3章目からエピローグにかけてが4巻目になるのかと思っていたけど、そうじゃなかったのだけが予想外。ただ、伏線とかを活かすには、やっぱりここで入れてきたほうが良かったんだな、とは思ったが。
無理やり欠点を探すなら(探すなよ)、みゆきについて、これまでにどっかで触れられていればもっと良かったのにな…とか思ったり。
(06年3月1日)

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半分の月がのぼる空4
著者:橋本紡
「マジで最悪だよ」。里香の手術を終えた夏目は、そうつぶやいた。術後、集中治療室に入ったままの里香を待つ裕一は、「里香に2度と会うな」と告げられる…。
ということで、第4巻。
この巻、大きくわけて2つの視点で物語が展開。夏目と亜希子という「大人」が、過去を語るパート。「会うな」と言われてもやっぱり諦めきれない裕一を中心とした「現在進行形」のパート。今回の話に関して言えば、この2つのパートを巧く利用している、と感じた。
この巻の主役はどう考えても夏目。高校時代から付き合っていた最愛の女性・小夜子。そんな小夜子を襲った病魔。自らの将来を捨て、彼女のために尽くしながらも、それは報われず喪失感だけが残った夏目。その小夜子と同じ病に苦しむ里香を救えない苛立ちと、自分と同じ事になるのが目に見えている裕一に対する思い。夏目の過去だけで語っても十分に響くものがあるんだけど、まさに「青春」って感じの裕一を巡る話を挿入しているだけに、一層それが際立っているように思う。抵抗しながらも喪失してしまった夏目と喪失の不安に必死に抵抗する裕一っていうのは、どう考えても対照的なわけで。
3巻のいわゆる「ライトノベル」的な話も嫌いではないんだけど、こういう話の方が心に残るわなぁ…なんていうことを思った。

しかし…だ…。司の活躍って、ある意味、主役を食ってる気がするのは私だけ?(笑)
(06年3月23日)

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半分の月がのぼる空5
著者:橋本紡

里香も順調に回復に向かい訪れた穏やかな日常。そんなある時、裕一は夏目に連れ出される。目的地は浜松、かつて夏目が…、そして、里香がいた場所…。一方、裕一が浜松へと向かっているその頃、司とみゆきは、山西の下らない企みによって大変なことになっていた…。
なるほど、「これが事実上の完結編」というのもわかる気がする。実際、ここで終了しても全く文句をつけるつもりはないし。
読む前は、もう一波瀾あるのかな? と思っていたんだけど、大分違った展開だった。4巻で対象に描かれた裕一と夏目。「これから始まろうとする」裕一に対して「既に終わってしまった」夏目が見せたもの…。そして、「将来があるのかわからない」裕一と里香のために山西が考え、司とみゆきが行ったこと…。そして、裕一の両親の話…。
この巻自体、決して大きな事件が起こるわけでもなくて、これまで描かれていたものをじっくりとまとめ挙げた、ってところかな。なんか、凄く「優しさに溢れている」というように感じた。いや、本当、これで完結って言われてもおかしくないと思うわ、うん。
あと1冊。最終巻があるわけだけど…ここにどう加えてくるのか楽しみ。

というか、毎度毎度、司が美味しいところを持っていってるって(笑)
(06年4月6日)

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半分の月がのぼる空6
著者:橋本紡

季節は9月。退院した里香は、裕一と同じ高校に編入した。ただし、1年。山西や、司、みゆきは進路に悩み、そして裕一は…留年していた。
いよいよこのシリーズも最終巻っと。5巻の話が丁度3月頃だったことを思うと、丁度半年後。内容としても、完全に後日談という印象。
これまでの話、特に4巻後半〜5巻にかけても出てきたテーマではあるんだけど、この巻のテーマは、それぞれの進路、将来の選択というところだと思う。裕一自身がどういう選択をしたのか、というのは5巻でハッキリとされているので、この巻でもその確認、という感じ。個人的にはむしろ、山西、司、みゆきと言った、これまで脇を固めてきた面々の悩み、選択というのが面白かった。特にこの山西の、地元から出て行って…という夢を見ながらも一方で、その将来に対する不安…っていう辺りは、田舎出身の自分としては、なんか凄く共感できるものだった。変な言い方だけど、個人的には裕一、里香よりも回りの面々の方ばかりが気になって仕方が無かった。勿論、夏目の選択したもの。そして、裕一に残した言葉の重みもあるわけだけど。
別に蛇足っていうわけではないんだけど、なんか、ここまでとは違ったテイストを持って締めたんだな…というように感じた。

で、一応、シリーズ総括みたいなこともしておきましょうかね。
なんていうかな…著者のあとがきにもあることなんだけど、良い意味で「ライトノベルらしくない」作品とでも言うかな。確かに、マスクマンに扮して大活躍する司とか、場面場面では、「らしい」描写はあるんだけど、全体を通して考えればかなり現実的な設定。いつ発病するかわからない少女と少年の間の物語、という設定そのものは決して珍しいわけではないし、劇的な展開があるわけでもない。ただ、それをかなり丁寧に描ききった、という感じじゃないかと思う。病を持った人と、その周囲の人間の苦しみ、苦悩…なんていうのは、案外と描かれないもの。それをキッチリと、しかも、重くなり過ぎないように描き、青春小説として昇華させたバランス感覚には拍手したい。うん、満足しました。
(06年4月16日)

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半分の月がのぼる空7
著者:橋本紡
『雨(全編)』『気持ちの置き場所』『君は猫缶を食えるかい?』『黄金の思い出』の4編とオマケのショートコミックを収録。
うーん…正直に言うとね、どうしようか、っていう躊躇いは大きかったんですよね、これ。何故か、というと、6巻で本編は完結したわけであって、蛇足この上無いんじゃないの? と。
と、いきなり文句から始まったわけだけど、読めばつまらない、というわけではない。『雨』はまだ完結していない話なので、評価は保留するとしても、他の話は何だかんだで綺麗にまとまっている。
個人的に好きなのは、『気持ちの置き場所』。亜希子さんが主役の物語なんだけれども、なんか凄く良い。亜希子さんがひょんなことで出会った青年との話。大人になることで「失うもの」と、「得るもの」。印象としては全く違う亜希子さんと青年の二人が持つ共通の感情だとかの描き方が凄く良い。他2編も短編としてのレベルは高いと思う。
…なんだけど、どう考えても出すタイミングを逸しているとしか思えない。『雨』以外の3編の時間軸で言うと、まだ1巻の最中くらい。何せ、多田さんが元気だし(笑) まあ、1巻の最中は無理だったとしても、3巻、4巻くらいまでのタイミングで出していれば…という感じがしてならない。少なくとも、(見た目で6巻の続きにしか見えない)7巻としては違和感が残る。
(06年6月17日)

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半分の月がのぼる空8
著者:橋本紡
『雨(後半)』『蜻蛉』『市立若葉病院猥画騒動顛末記』『君の夏、過ぎ去って』の4編収録。
うーーーん…。いや、悪くはないんだ、うん。それぞれ、短編として綺麗にまとまっているとは思うんだ、うん。
著者があとがきで書いているように『市立〜』は、これまでの中でも特にバカバカしいエピソードと言えるドタバタ劇で、単純に笑える話として楽しめるし、『君の夏〜』は、裕一とはまた別の角度で里香の姿、様子なんかを見たエピソードとしてまとまっている。『蜻蛉』はちょっと微妙かな? という感じだけど。ただ、8月に出した、というのは狙ってなんだろうな、とは思う。
で、一応、この作品のラストエピソードとも言える『雨』も、前後半合わせて「らしい」まとめ方はなされている。そういう意味では、完成度は高い…とは思うんだ。けれどもね…。
これは、7巻の時にも書いたんだけど、やっぱり6巻で完結して、7、8巻は「番外編」くらいで考えるべきだと思う。明らかに時系列は遡っているし、唯一のその後になっている『雨』も、本編と続けて読むと流石に「しつこい」という感じがしてしまう。
これ、アニメ化、さらにはドラマ化だなんていうことで、著者というよりは、出版社の方の都合もあったのかな? という風には思うんだけれども、やっぱりこのタイミングっていうのは、悪すぎるな、っていう風に思う。流石に、これ以上、出たとしても買いませんから、あしからず。
(06年8月17日)

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流れ星が消えないうちに
著者:橋本紡
最愛の恋人・加持くんが事故死して1年半。奈緒子は思い出の詰まった部屋では眠れず、玄関で眠るようになっていた。加持が死んで1年半、巧は奈緒子と付き合うようになっても、友だった加持の存在は変わらずにいた。そんな時、佐賀にいた奈緒子の父が奈緒子の元へと「家出」してきて…。
橋本氏の作品は、『半分の月がのぼる空』シリーズを読んでいたわけだけど、はっきり言おう、この作品はそれ以上に「何も起こらない」作品。
恋人同士である奈緒子と巧。しかし、二人の中には、加持という大きな存在がいる。奈緒子にとっては、最愛の恋人だった男であり、巧にとっては友であり、憧れの存在だった男。恋人でありながらも、二人にとって大きな存在であり、同時に語ることが躊躇われる存在。そんな微妙な状態で綴られる日常。
何ていうか、「優しい作品」とでも言うのかな…。とにかく、何も無い平凡な日常。けれども、何もないようでいて、人間というのは少しずつ変化する。それは、二人の加持という存在を巡る想いにしてもそうだし、また、お父さんの「家出」というものから始まった奈緒子の家族の物語にしてもそう。
何も無いけれども少しずつ変わって行く。そして、新たな一歩を踏み出す。そんな日々の営み。人間の強さ、みたいなものを感じた。
(07年1月31日)

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空色ヒッチハイカー
著者:橋本紡

ずっと憧れ、ずっと追いかけ続けていた兄が姿を消した。僕・彰二は、受験生にも関わらず、予備校をサボり、兄の残した年代物のキャデラックで九州へ向かうことに。途中で拾った謎の美女・杏子ちゃん、そして、様々なヒッチハイカーと共に…。
うん…この作品も橋本さんの作品らしく、そして、最初で彰二自身が認めているとおり、「何もない話」。神奈川をスタートして、国道一号線を西へ西へ。杏子を拾い、そこからさまざまなヒッチハイカーを拾っていく…。本当、ただそれだけ。
なんだけれども、読了後に「良かった」と感じられるから良いんだよな、この作品。会社での愚痴を延々と語るサラリーマン。落ち込んだ様子の老人。家出してきたと思う少女に、OL…。そんな人々と出会い、彼らとのやりとり、杏子とのやりとり…そして彰二自身の様々な思い出を通して自分は何をしてきたのか、何をしたいのか…が浮かんでくる。そして、目的地で再開した兄とのやりとり…。
兄・彰一は東大法学部から国家1種合格、彰二だって、東大には入れそうだ…なんていうので、私みたいな奴から見れば、ある意味、すごく嫌味な存在。けれども、何がしたいのか、何が大事なのか…なんていうのに、悩んでいるんだな、というのは凄く共感できるし、最後は頑張れよ、と思えた。本当、こういう作品、うまいよな…。

しかし…イチゴって、7メートルも飛ばせるのか…? そこが一番の驚きだ(ぉぃ)
(07年4月12日)

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しにがみのバラッド。
著者:ハセガワケイスケ
死神であるモモを通し、死をテーマにした人々のやり取りを描いた短編4編。
実を言うと、うちの環境じゃ見れないんだけど、アニメ化された際の感想とかで大体のところを理解していたりする(笑) だから、雰囲気だとかはわかっていたわけで、原作で一応はこっちも見ておくか…くらいで読んだ次第。
うーん…なんていうか、非常にベタですな。いや、それが悪いというわけじゃなくて、だけど。不器用な父と、その父の持つプレッシャーに苦しむ息子を描いた『ヒカリのキセキ』。「守る」と約束したものが簡単に壊れてしまった『きみのこえ』。「傷」を持った少年と、少女を描く『傷跡の花』。この中だと、アニメ化もされたけど『きみのこえ』が一番良いかな? 繰り返しになるけど、「守る」といっていたものが簡単に壊れてしまった少年の喪失感、慟哭が上手く描かれ、最後に希望が見える、という辺りの匙加減が良い感じ。
で、一番好きなのは、一番頁数が少ない『あの日、空を見ていた女の子』。モモが出会った女の子。父親を心から愛し、父親からも溺愛されている。が、全てがチグハグ。この話に関しては決して後味が良いものではないんだけれども、話の捻り方とかが見事。「真実が嘘で、嘘が真実」。短編らしさが出ている、っていう風に思う。
どうでも良いけど、この作品の凄まじい改行は何なんだろう。詩のようなところを意識しているのかも知れないが、ほぼ毎行、改行されているから、300頁くらいあるのに、本当にあっという間に読み終わるんだけど…(笑)
(06年5月26日)

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