むかし僕が死んだ家
著者:東野圭吾
「幼いころの思い出がないの」。7年前に別れた恋人・沙弥加に頼まれ、私は彼女の父が通っていた地を訪れる。めったに人の訪れない山中にひっそりと立つその家には、ある秘密が隠されていた…。
いやー…これは、面白いわ。
山中にひっそりと立つ謎の家。時計は11時10分で止まり、中の様子はまるで暮らしていた人がそのまま消えてしまったかのような状態。そんな中、2二人は残された日記、手紙を頼りにして真実へと迫って行く。
作中の殆どは、建物の中の描写。それほど大きな建物でもないその中の様子を探り、残された日記や手紙を読み状況を把握していく。その中で沙弥加の記憶も蘇る。しかし、そうなればなるほど違和感が広がって行く…。まるでホラー作品のような展開で、読めば読むほど謎が広がって行く。そして、その結果として辿りつく結末…とまさに一気読み。
舞台は極めて狭く、登場人物もほんの僅か。ページ数だって、文庫で300ページというのは、かなり分量としては短い。それでこれだけ密度の濃い物語は見事の一言。(ネタバレ反転)厳密に言えば、いくら弁護士だからといっても焼死体をロクに調べずに身元を断定したりすることはなかろう、とかいくつか気になる点はあるが、そこまで言うのは揚げ足取りか?(ここまで)
素直にお勧めできる作品だと思う。
(06年5月11日)

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怪しい人々
著者:東野圭吾
7編を収録した短編集。それぞれ、「疑わしい」「怪しい」人との関わりが描かれている。
この中で、色んな意味でインパクトがあったのが『灯台にて』。鬱陶しいと感じるようになった幼馴染から離れるため、一人旅に出る話。灯台にて彼があった人物は…。確かにこれは「怪しい」(苦笑)。ブラックさもあって、何とも言えないインパクトを醸し出している。
捻りという意味では、『結婚報告』辺りが好き。短大時代の友人から届いた結婚報告の手紙。しかし、その写真に映っていたのは別人だった。しかも、彼女とは連絡がつかない…。短編なので決して長いわけではないのだが(当然だ)、二転三転していく辺りは流石、と思わせてくれる。
シニカルさ、と言う意味では『死んだら働けない』。作品の中でももっとも「怪しい」人が出ていないのだが、かつての日本のモーレツ社員を皮肉るかのような結末がなんとも言えない味を出している。真面目というのは良いけれども…と思わざるを得ないなぁ(苦笑)
全体を通して、非常に「短編らしい短編」の揃った作品じゃないかと思う。
(06年6月28日)

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殺人の門
著者:東野圭吾
歯医者の息子・田島和幸。小学校の頃の祖母の死を契機にその一家は崩壊していく。和幸の運命は、常にある男によって狂わされる。その男の名は倉持修。
さーて…どうしたものかな…この作品。ハッキリ言うと、「微妙」という感想以外に見当たらない。
以前読んだ『手紙』でも感じたことなのだが、同じ事を何度も何度も繰り返す、という展開が続く。簡単に概要を言うと、お人良しの和幸が倉持と出会い、何かに誘われる。それは見え見えの詐欺だったり、悪徳商法の片棒だったり…といったもの。何だかんだで、倉持の話術に乗って、そこへと入り込み人生が狂う。すると、倉持に殺意を抱く。…が、何だかんだで殺意を実行に移せずうやむやのまま殺意が消える。それからしばらくすると、再び倉持が現れて…。
正直、殺人に至る人間の感情…だとかが描かれている…という感じではなかった。どちらかと言うと、ありきたりなものだし、それほど丁寧に描かれている…という感じでもない。読んでいる身としては、和幸のその優柔不断さ、お人よしさにイライラすることすらある。ただ、これは裏返せば、「人はどうして殺人を躊躇するのか?」「人の殺意の脆さ」を表しているのかも知れない。自分自身だって、いくら殺意を持っていてもいざ実効に移ろうとすると和幸と同じになるのではないか? 多くの人がそうであるからこそ世の中は平和なのではないか? などと…。そんなことを考えさせられたのは確か。
とは言え、やっぱり同じパターンを繰り返して繰り返して…っていうのはちょっと退屈。狙っている部分もあるんだろうけど、和幸の性格にもイライラばかりさせられるし。なんか、考えさせられることはあるんだけど、だからと言って素直に「面白かった」と言い辛いんだな…これが。
(06年7月4日)

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夢はトリノをかけめぐる
著者:東野圭吾
猫である僕・夢吉は、冬のある日、目が覚めると人間になっていた。僕の飼い主である東野圭吾というおっさんは、恩返しに五輪でメダルを取って恩返しをしろ、なんていってく。翌日、なぜか僕はおっさんと一緒に北海道行きの飛行機に乗っていた…。
えっと…東野圭吾氏によるトリノ五輪観戦記という話を聞いていたので、奥田英朗氏のアテネ五輪観戦記『泳いで帰れ』とか、はたまたウインタースポーツを題材にしたエッセイということで東野氏が以前に書いた『ちゃれんじ?』みたいなものを予想していたのだが、ちょっと雰囲気が違った。
まず、序盤4分の1くらいは、トリノ出発ではなくて、そこに出場する選手、そこを目指す人々に対する取材、過去の冬期五輪の思い出話が語られる。個人的に、意外とこれが面白かった。バイアスロンをするために自衛隊に入っている選手が、「自衛隊」って響きが嫌、とか言ってるのは良いのかよ? とか(笑)
で、中盤からいよいよトリノに。アルペンスキーを題材にした小説の取材、と直木賞受賞の翌日に出発。トイレ事情が悪いことに悪態をつき、会場がトリノから数百キロ単位も離れている、と文句を言い、会場での「USA!」の大合唱に苛立ちながらも酒を飲みながら観戦。基本的には、東野氏の行動なんだろうけど、それを夢吉という架空人物の視点から見る、という格好でツッコミが入っているあたりが面白い。結局、アルペンスキー、殆ど見てないし(笑)
トリノ五輪は、私自身、殆ど見ていなかった。この書でも散々語られることなんだけど、日本においてウインタースポーツというのは殆ど知られていない。スピードスケート、スキージャンプ、フィギュアスケートくらいか。私自身、アルペンスキーは見ていて楽しいとは想いながら、距離とかコースの違いとか分かっていないし。そんな中、色々な競技について語ってみたり、はたまた日本人選手の入賞数を見れば、言われているほど酷くないぞ、という話。さらには、ショートトラックでメダルラッシュになりながら、他は散々な韓国の成績との比較。また、1枚看板の脆さに関する考察…なんていった諸々の話を見ると東野氏はウインタースポーツが好きなんだなぁ…ということがしみじみと感じられた。
そういや、奥田氏のアテネ遠征も、東野氏のトリノ遠征も直木賞受賞とバッティング…。この背景に大きな力が………あるわきゃないな(笑)
(06年8月6日)

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赤い指
著者:東野圭吾
「早く帰ってきて」。妻に急かされて帰宅した前原昭夫が目にしたのは少女の遺体。殺したのは、中学生の息子らしい。認知症の母を抱え、息子を守りたいと考える昭夫はある決断を下す。一方、病床にある叔父を見舞う新米刑事・松宮は、父の見舞いに来ない従兄弟に苛立つ。そんな時、事件捜査で組むことになったのは、その従兄弟・加賀恭一郎だった…。
うーん…、なんか微妙。詰まらなかった訳じゃないんだけど、何か不満が残る。
作品のボリュームはかなりコンパクト。ミステリーとしての要素は薄い。最初から犯人はわかっているし、伏線なんかも結構、露骨に張られている。ただ、それは別に悪くない。そんな中で、嫁と姑の対立。家庭、家族と向き合わない父・昭夫。認知症介護…なんていう問題が描かれる。事件をきっかけに、その向き合ってこなかった昭夫の葛藤、言い訳なんてものが描かれ、ある企みに進んで行く様はなかなか面白い。
また、東野作品ではお馴染みでもある刑事・加賀恭一郎。その微妙な親子関係であるとか、家庭事情であるとかも、そこに描かれ、前原家との対比が為される。一見、ソックリに見える両者の親子関係にある違い、そして、東野作品ではよくある最後の一行の衝撃もある。それは素直に認める。
ただ一方で、どうもなぁ…という部分もちらほらと見うけられる。まず、後半のどんでん返しにちょっと無理がないか? という点。確かに、全く家族と向き合ってこなかった、ということを象徴しているとは言えるんだけど、でもやっぱり無理を感じざるを得ないな…というのが1点目。次に、真犯人である息子の描写。なんか、物凄く表面的な描写に終始してしまっている感じ。いじめにあって、父は殆ど向かい合わず…なんていうことになれば、それなりに葛藤とかそういうところがあるし、そういう面を示す描写があった良さそうなものなのに、そういうのが一切無く、ただ、ゲームオタクで引きこもり気味のバカ息子…みたいなものだけになっているのはどうかな? と。なんか、家族そのものの描写とかもあわせて、何か、薄い、類型的なものを出してしまっているな…という感じがして、その辺りで冷めてしまった部分がある。
テンポの良さとか合わせて、一定の水準はクリアしていると思うんだけど、東野作品としては凡作という風に感じた。
(06年8月12日)

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天使の耳
著者:東野圭吾

日本で最も身近な非日常。それが交通事故。例えば、05年、日本での交通事故の死者数は6871人。これは、殺人事件などと比較にならないくらい被害者がいることになる。また、この交通事故の死者というのは、事故発生から24時間以内に死亡した場合だけなので、実際にはもっと多くの被害者がいる、という計算になる事は明らか。そのくらい、身近なものといえる。
と、長々とどうでも良いことを書いたわけだけど、本作はそんな交通事故を題材にした短編集。文庫は『交通警察の夜』から改題となったのだが、これは正解だと思う。収録されている6編中、交通警察が中心とならない作品も含まれる為だ。
最初にも書いたとおり、交通事故は、非常に身近なテーマである。そして、本作に描かれる事故というのが、これまた身近な物ばかりである。ちょっとした煽り運転が、思わぬ方向へと転がりだす『危険な若葉』。路上駐車していた車に当て逃げされたことからはじまる『通りゃんせ』。走行中の車から投げ捨てられた空き缶から始まる『捨てないで』、など事故といっても誰も注目しないような些細なものからはじまる作品が個人的にはお気に入り。短編ということもあってか、途中である程度は結末が予想できる作品もあるのだが、ちょっとした出来事をここまで広げて物語として組みたてる技術に脱帽である。
本作、もう1つ特徴を挙げるとすれば、かなりブラックな物語が多い、ということだろうか。とにかく、終わり方の後味が悪い。謎は解明され、どんでん返しも決まるのだが、そこでの終わり方は実に嫌な余韻を残す。短編と侮る事勿れ。
ニュースなどでもあまり取り上げられない交通事故。しかし、極めて身近な存在である交通事故。しかし、そこにも様々なドラマが詰まっている。
(06年10月25日)

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白馬山荘殺人事件
著者:東野圭吾
「マリア様はいつ帰るのか」。一年前、兄はそんな言葉を残して死んだ。自殺という判断に疑問を抱く菜穂子は、親友の真琴と共に兄が死んだ信州・白馬のペンション『まざあ・ぐうす』へ足を運ぶ。常連客、各部屋に飾られたマザー・グースの歌に秘められた謎、ペンションの過去が二人の前に。そして事件が…。
東野圭吾氏の初期作品。最近は、様々なジャンルの作品を出しているものの、初期は本格モノが中心。本作も密室トリックに暗号解きと、まさにそのパターン。特にこの作品の場合、暗号解きというのが、非常に大きなウェイトを占める作品となっている。
…んだけど…うーん…。
正直、この作品に関して言うと、本当、そのまま傍観者として文字を追うしか出来なかった…っていうのが感想。つまり、本作の暗号トリックは、マザー・グースの唄を使ったもの…なんだけれども、そのマザー・グースの唄が全くわからないんだもん(笑) 暗号解きに限った話ではないんだけれども、ミステリというのは、ある程度「こうじゃないか?」と考えながら読むのが楽しいと思うのだが、どうもそれが出来なかった。
と、同時に…この作品の中で少なくとも最後の事件については起こす必要が無かったように思うのだが。暗号は早い時期に解けていたのだからわざわざこのタイミングで事を起こす必要はなかったはず…。そこも気になった。
ちょっと微妙な感じ、かな。
(06年12月16日)

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学生街の殺人
著者:東野圭吾
寂れつつある旧学生街。ビリヤード場の店員・松木が何者かに殺された。第一発見者であり、同僚の光平は、松木の残した「この街が嫌いなんだ」という言葉が気になる。そして、光平の恋人、広美も何者かに殺害され…。
東野氏の初期作品。本作も密室殺人はあるが、作中での重要度としてはそれほど大きいとは言えない。どちらかといえば、犯人の正体、動機と言ったものが重要となり、そこでの登場人物の心情が大きなポイントとなる。
この作品、まず光るのはその舞台設定であると思う。大学の移転によって、寂れつつある旧学生街。人々が、巻き返しを図りながらも寂れつつある空気は拭えない。その雰囲気が作品全体の雰囲気を大きく決定付けているように思う。
そして、主人公、光平の気持ちの移り変わり。殺害された同僚・松木、そして、恋人の広美。どちらに対しても、失ってからそれに対して何も知らないことを思い知らされる。そして、自分自身も何がしたいのかわからないでいる。かつての繁栄を失った舞台と、愛する者、自分の進む方向を失った主人公が重なって、その雰囲気を盛り上げる。この雰囲気作りに成功した時点で、ほぼ成功したといえるのではないかと思う。
作品として考えた場合、ちょっとトリックが辛いと感じる部分がある。とくにメインの密室トリックについては、ちょっと微妙である。そこは気になった。
ただ、この作品全体を包む雰囲気は好きだ。
(06年12月24日)

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浪花少年探偵団
著者:東野圭吾
大阪大路小学校6年5組担任・竹内しのぶ、25歳。丸顔の美人。しかし、その人柄は、口も早いが手も早い生粋の浪花っ子。そんなしのぶセンセの生徒の周りで事件が起こる。しのぶセンセは、教え子の悪ガキどもと、事件に挑み…。
という、5編を収録した連作短編集。
この作品、とにかく登場人物たちのキャラクターが立っている、というのを感じる。主人公であるしのぶセンセ、その教え子の悪ガキたち。しのぶセンセに想いを寄せる刑事・新藤とエリートサラリーマンの本間。新藤の先輩である漆原。こう言った面々のやりとりがまず楽しい。著者である東野圭吾氏が大阪出身ということもあるのだろうが、大阪弁でのやりとりが、何とも小気味良く行くので、ちょっとした会話だとかが凄く楽しいのだ。この作品の魅力は、まずそこが一番と言って良いのではないかと思う。無論、ミステリとしてもきっちりと出来ているのでご安心を。
まぁ、個人的に敢えて文句を言うのであれば、全編、殺人事件を扱わなくても良かったのではないか? というところだろうか。小学校の先生と教え子の悪ガキという設定があるので、全編に殺人事件が絡むというのはどうかな? と言うのは引っかかった。ただ、これは本当に揚げ足取り以外の何者でも無いけれども。
ミステリとしての楽しさもさることながら、登場人物たちのやりとりが凄く楽しい作品だと思う。
(07年1月4日)

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十時屋敷のピエロ
著者:東野圭吾
悲劇を呼ぶピエロ人形。今は、竹宮産業創始者・竹宮家が暮らす十字屋敷にある。そして、現社長の頼子の死をきっかけに惨劇は幕を上げる。1年ぶりに帰ってきた水穂の前で。そして、ピエロの前で…。
基本的にこの作品、いわゆる「本格」作品である。アリバイトリックがあって、竹宮家の中にある思惑があって…と、テイストはまさに「本格」作品。ただ、この作品はちょっと普通の作品と違うところがある。
この作品を特徴付けるのは、語り手。主人公は、竹宮家の一員である水穂と、「悲劇を呼ぶ」とされるピエロ人形。事件に巻き込まれた水穂の目線と、目の前で起こったことについて語るピエロの目線を通して読者は事件を見ていく。警察、周囲の人々とのやりとりを通して真相に迫っていく水穂と、周囲の言葉と目の前で見たこと、聴いたことをただ一人、自分の頭の中で整理していくピエロという語り手の対照的な様子がまず趣向として面白い。そして、ここにも「らしい」ポイントもあるし。
本作を読んでいると、ある「問題」があるのは確か。これをアンフェアと呼ぶかどうかは、分かれそうだが。個人的に、これは許容範囲内。
『秘密』であるとか、『トキオ』とかであったラストの衝撃も、既に出来ている。初期の作品ではあるが、完成度も高く、その後を予感させるもののある作品だと感じた。
(07年1月15日)

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仮面山荘殺人事件
著者:東野圭吾
結婚を直前にして婚約者である朋美が死んで3ヶ月。高之は、義父になるはずだった森崎に招待され、彼の所有する山荘へと足を運ぶ。しかし、そこへやってきたのは逃亡中の強盗。外部との連絡が遮断された状態で、人質となった8人の小隊客は逃亡を図るものの悉く失敗。しかも、妨害者まで存在し…。
うーん…これはどうしたものか…。一応は騙されたものの、その一方で、「ああ、やっぱりこういう結末でしたか」という変な感慨が残ってしまった。ネタバレもあるので、かなり文章としても書きづらい作品でもあるんだな、これが…。
一つ思うのは、どっちにしてもこの作品に対して微妙な感想を抱いてしまうのは、全体的に緊迫感が薄い、ということだ。銃を持った強盗が押し入る。その中で脱出を試みるも悉く、失敗。しかも、人質の中に裏切り者がいるらしい。疑心暗鬼に陥っている中、殺人事件が起きて…という流れであれば、相当に緊迫感溢れる展開になって良いと思うのだが、それがあんまり無いのだ。それ自体が伏線と言えば、言えなくも無いのだろうが…うーん…。
何か、全く煮え切らない感想だというのはわかっているのだが、それはそれ(笑) 個人的には、イマイチかな? というのが正直なところ。仕掛けそのものは面白いだけに、却って物足りなさを感じた。
(07年2月4日)

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使命と魂のリミット
著者:東野圭吾

母との関係を進展させるため、わざと失敗したのでは? 父の死に対する疑問を解くために医学の道を志した研修医・氷室夕紀は、父の執刀医であり指導医・西園への疑惑を捨てられずにいた。その頃、会社員・譲治はある目的を持って看護師・望に接近する…。
こう言っては何だけど、「肉付けの仕方が絶妙」と言うのが読んでいての感想。作品のテーマはハッキリしているし、また、犯人もわかっている。さらに言えば、物語の結末部分についても、序盤で予測がつく。物語の骨格は、最初からバレバレ。なんだけれども、そこに上手く肉付けをして、最後まで読ませる物語に仕上げている辺りに著者の貫禄を感じさせてくれる。
「ミス」の定義。最近、メディア報道などでも良く見かける「医療ミス」なんていう言葉。医師も人間であればこそ、万能ではないし、また、どんなに最善を尽くしても回避できないものもある。どこからがミスで、どこまでは仕方の無いことなのか? その定義は難しい。しかし、それが万人に通用するか? と言えば、そうはならない。医師にとっては一人の患者でも、患者、周囲の人にとってはかけがえの一人。唯一無二の存在。割り切ることは出来ない。それは夕紀も譲治も…。
最初にも書いたように、これ、物語の流れ方に奇抜さみたいなものは無い。けれども、そんな部分を中心として、孤立していく病院を巡るサスペンス、さらには様々な人物のエピソードを加えて読み応え十分の作品に仕上げてくる辺りは「流石!」の一言。
東野圭吾の力、上手さが感じられた。
(07年10月21日)

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探偵倶楽部
著者:東野圭吾
VIP専門の会員制調査機関、通称・探偵倶楽部。その探偵倶楽部の関わる事件5編を収録した連作短編集。単行本時のタイトル『依頼人の娘』からの改題。
うーん…なかなかコメントが難しいな。
収録されている全ての作品に共通するのは、最初にも書いたように「探偵倶楽部」と呼ばれる機関が調査を行い、物語に関わる、と言う点。極めて冷静沈着、無駄なことはせず、また、依頼人の利益を最優先に考える。そんな彼らに依頼をした人々が物語の主役となり、その主役たちが最終的な決断を迫られる。
収録されている中でもっとも好きなのは、『偽装の夜』だろうか。同族会社の社長が自殺した。遺産相続などをめぐり、複雑な状況の中、秘書の成田は、発見した副社長、社長と結婚予定の新妻と共に隠蔽を図る。そこへ「探偵倶楽部」が現れ…と。最初から、茶番という状態から始まり、思わぬ展開、そして、どんでん返しの結末…と短編ながら、実に巧い構成だった。
もっとも、「優秀」とは言え、あまりにも探偵倶楽部の仕事ぶりが完璧すぎて、しかも、調査の様子などは描かれないため、「どういう風に調査したの?」とかツッコミを入れたくなってしまう部分もある。それを描かない辺りが「狙い」なのだろうが、気になるといえば気になる。
ただ、300頁ほどの内容で手軽に読むには、丁度良い作品だとは思うが、印象は残りにくいかも。
(08年1月8日)

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真っ暗な夜明け
著者:氷川透
久々に出会った学生時代のバンド仲間。だが、その帰り、地下鉄の駅構内で仲間の一人が殺害される。バンドのメンバーで、推理作家志望の氷川透は、警察に偽証をしてまでも、自ら事件の調査を行う…。
第15回メフィスト賞受賞作。
いわゆる「本格」といわれる作品。作中で描かれる事件は、お約束とも言うべき密室事件、アリバイ…。決して目新しさがあるわけではない。ただ、この作品の特徴は、その推理において、徹底的に可能性を追求していく、という辺りだと思う。
とにかくこの「可能性の追求」が半端じゃない。本作の探偵役である氷川透は、安楽椅子探偵、というわけではないのだが、基本的には人々の話を聞き、推理して行く。その間に挙げられる「可能性」の列挙が半端じゃない。作中で語られる言葉の殆どがこの可能性の列挙と、その検証に当てられている、と言っても良いだろう。勿論、それを描く上での配慮も感じられるが。
ただ、好みは別れそうな気がする。可能性の列挙、というのは逆にいえば「小難しいことを延々とこねくりまわし続けているだけ」と感じるかもしれない。
(06年3月24日)

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遠くて浅い海
著者:ヒキタクニオ
ターゲットを痕跡無く消し去ってしまう「消し屋」の将司とその恋人・蘭子。一仕事を終え、沖縄までやってきた彼の元に小橋川という男が現れる。小橋川の以来は、ある人物を自殺に導いて欲しい、というもの。そのある人物とは、天願圭一郎。画期的な鎮痛剤を開発し、巨万の富を手に入れた天才…。
第8回大藪春彦賞受賞作。
あら、意外な展開、というのがまず第一。主人公が人を殺して消息不明状態にするという「消し屋」という職業であること。そして、第1章でその仕事風景が描かれ、「解体」とか、なかなかエグい描写もあるので、そういう方向なのかと思ったら、その後の展開は丸っきり違っていて驚いた。
本作における主な登場人物は僅か5人。将司、蘭子、天願、天願の親族の少女・麻、そして小橋川。描かれるのは、その5人の奇妙な人間関係。殺す側の人間である将司と、殺される側の天願。天願も自分が狙われているのは理解している。「ゲレン」の一族の生まれで、好奇心と独特の価値観を持つ天願。そんな天願と将司の間にある不思議な関係。相手の気持ちの中に入り込むことが必要な将司の仕事。天願の過去…。そして、蘭子…。
将司と天願の友情(?)、蘭子の思い、小橋川の思い、結末…こういったものが、とにかく、表紙にもあるような海岸線が続くような沖縄の海のイメージにピッタリくる。綺麗なんだけれども、何か物悲しさも同時に漂う。そんなイメージが…。
ちょっと終盤の展開が急速過ぎないだろうか? と感じたところはあるが、それは些細なこと。面白かった。
(06年10月5日)

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