川の深さは
著者:福井晴敏
警察を退職し、グータラな警備員としての日々を過ごす桃山。そんな桃山が夜勤についているとき、彼の警備するビルへと一組の少年少女が舞込んでくる。少年の名は保、少女の名は葵。始めは心を閉ざす保であったが、少しずつ桃山に心を開いていき…。
経歴上では、福井氏の第4作目にあたるのだが、第43回江戸川乱歩賞の選考過程で、『破線のマリス』(野沢尚著)と最後の最後まで争った作品で、福井氏の処女作と呼んで良いもの。実際、この作品のストーリーが、デビュー作『Twelve.Y.O.』に繋がっているし、『Twelve.Y.O.』は『亡国のイージス』のプロローグ。そういう意味では、福井ワールドの原点と呼んでも良いと思う。
実際、登場人物の設定だとか、世界観などはその後の作品と共通することが多い。中年のオッサンと、ダイス出身の不器用な少年という組み合わせは、『Twelve.Y.O.』『亡国のイージス』でも踏襲されているし、この作品で重要な役割を果たす人物は『Twelve.Y.O.』にも登場している。
この作品で特徴的なのは、主要人物の心情の動きだろうか。グータラな桃山は、保、葵の二人に心を動かされる。保も、桃山らに触発されて少しずつ心を開いていく。そして、当初、桃山と涼子のラブストーリー。さらに、桃山と旧知の暴力団員なんかも印象深い。個人的に、福井作品というと、ある意味では「男っぽい」心情表現のようなものは多いのだが、こういう表現は少なかったように思う。そういう意味でも貴重かもしれない。
何か、延々と他作品との比較を書いてしまったのだが、やはりこれはこの作品が、福井ワールドの原点だと思うからこそだ。劇場版公開などもあって、『亡国のイージス』を手に取った方も多いと思うのだが、もし時間があるなら、この作品、『Twelve.Y.O.』を先に読んでいただければ…と思う。そちらの方がより、世界観が楽しめるはずだ。
(05年8月30日)

BACK


Twelve.Y.O.
著者:福井晴敏
沖縄から米軍海かつては優秀なヘリパイロットだったが、事故の後遺症により運転ができず、勧誘員となっている平。彼が入隊手続きをして顔を出さなかった少年と乱闘となった時、一人の男に助けられる。その男とは、元自衛隊のエリート・東馬。彼こそ、コンピュータウィルス・アポトーシス2と、人間兵器ウルマを使って沖縄から米軍海兵小隊を撤退させたテロリスト・トゥエルブだった。
第44回江戸川乱歩賞受賞作。同時受賞に『果つる底なき』(池井戸潤著)がある。
というわけで、福井晴敏氏の経歴上のデビュー作になるわけだが、話としては『川の深さは』の続編にあたり、『亡国のイージス』のプロローグと言える。話の繋がりだけでなくて、主人公が中年のオッサン&無口な青年という組み合わせ、なんていうこともあってこの3作を私は勝手に「福井晴敏三部作」と呼んでいる。
国防というテーマ、トゥエルブという名前に込められた意味、それぞれの日本という国に対する想いを胸に物語が進む。スケールの大きさで『川の深さは』以上のものを持っている。そして、最後の戦闘。まさに圧巻というほどのインパクトがある。
ただ、正直なところ「三部作」の中では、この作品が一番完成度が低いという評価をしている。勿論、デビュー作だから、ということもあろう(『川の深さは』は、出版の際に改訂しているだろうし)。が、それ以上に、枚数制限などの理由で、スケールの大きさに見合っただけの書きこみができていないような印象を受けるからである。また、『川の深さは』の続編となっているため、その設定が殆ど説明無く出てきたりしていて、世界観に入りにくいような気がする。そのような理由で、どうも中途半端なイメージが付きまとってしまう。そう考えると、よくこの作品でデビューできたな、という感じもするのだ(つまらない、とか言う意味ではなくてね)。
新人賞である江戸川乱歩賞の数ある受賞作の中にあっても、本作は極めて異色な作品であるように思う。
(05年9月4日)

BACK


終戦のローレライ
著者:福井晴敏

第2次大戦の帰趨も既に決しつつある昭和20年7月。特攻要因としての訓練を受けていた征人は、同僚の清永と共に呉への異動命令を受ける。軍務であることを隠して、という不可思議な命令に従い、米軍の攻撃を受けながらも潜水艦・伊507に乗り込んだ征人たちに、ある任務が下る…。
と、導入部の説明はしてみたものの、これを読んだのは一体、いつだったんだろう? という感じすらしてしまう。作品の頁数だけでも相当な長さがあるものの、内容も大ボリューム。ざっと考えても、長編小説(それも長めの)を3作品くらい作れるくらいヤマ場と言えるようなものがある。
物語の流れとしては、『亡国のイージス』同様、序盤は「ローレライとは何か?」と言った謎を中心に展開し、後半は、それぞれの意志・想いを中心に物語が展開する。これぞ「福井晴敏節」という感じである。優等人種という考えがまかり通っていた時代のドイツで育ったフリッツ。4分の1流れる日本人の血のため、迫害され、その中で心を閉ざしてきた彼が、伊507で見たもの…。華族出身のエリート・天才であり、ミッドウェー海戦の大敗後、地獄を味わった浅倉。彼が見出した「日本のあるべき敗戦」と、それに対する征人たちの想い。そして…。
この作品のポイントになるのは、やはり「ローレライ・システム」の設定だと思う。以前、友人か何かに「これ、アニメだろ」というようなことを言われたのだが、確かに設定そのものは、色々とツッコミどころはある。(亡国ら、ダイスもののダイス隊員も人間離れしているとは言え)本作のローレライ・システムほど現実離れした設定は無いと思う。ただ、その現実離れした設定を存分に生かし、それぞれの想いをより強く魅せている。そして、その現実離れしている、というのを吹っ飛ばすだけのパワーのある作品でもある。最初、「この設定はどーなんだ?」とも思ったのだが、終盤には全くそれが気にならなくなっていた、というのが私の偽らざる感想。
正直、文庫全4巻というのに、かなり読むのに躊躇していたが、読み始めてしまえば結構なペースで読むことが出来た。躊躇する気持ちは良くわかるが(何せ、自分がそうだったわけだし)、思い切って手を出してみて欲しい、といえる作品だと思う。

ただ、正直、エピローグはちょっと蛇足気味かな? それをなくして、今、自分の目の前の現実を思い浮かべた方が余韻が残ったんじゃないか…と思うんだが…(苦笑)
(07年6月25日)

BACK


エンド・クレジットに最適な夏
著者:福田栄一

食うにも困る貧乏学生・晴也。そんな晴也が食事に釣られ、引き受けることになったのは、同じ大学に通う女子学生を付けねらう不審者の撃退。けれども、そのことから次々と様々なトラブルに対処することになってしまって…。
うん…この物語の広げ方は見事。冒頭に書いたように、物語の入りは、女子学生を付けねらう不審者の撃退だったのに、調べるうちにどんどん別の事件とも遭遇。その事件に顔を突っ込むと、さらにその外に新たなる事件を発見…と、どんどん同時多発的な事件が広がっていく。そして、いくつもの事件を掛け持ちして進んでいく辺りは楽しい。その辺りの切り替えであるとか、テンポの良さも相まって、どんどんと広がっていく様は本当に楽しい。また、後半、それがしっかりと収束したり、はた、単独で解決したり…ときっちりと全てに決着がついているあたりも好印象。
ただ、その一方で不満点がないわけでもない。まず感じるのは、主人公・晴也のキャラクターの掘り下げ。肝が据わっていて、冷静、そして、荒事にも強い…と言うのは良いのだが、何故、そこまで肝の据わったところまで達したのか、について殆ど語られない。「荒れた中学時代をすごしたから」で、そこまで身についてもらっても流石にちょっと困る。妹に激甘なシスコン兄貴って部分も含めて。
また、最初に書いた広がっていく様がちょっとご都合主義と感じる部分もあるかも知れない。もっとも、これは好みの問題もあろうが。この辺りで評価は、主人公・晴也のキャラクターであるとかをどの程度、受け入れられるか、と言う部分の占めるところが大きいのかな、と感じる。
(08年1月5日)

BACK


白菊
著者:藤岡真
画商兼(インチキ)超能力タレントの相良。彼の元へ、W大助教授の久村から、『白菊』と言う絵画のオリジナルの捜索をして欲しい、という依頼が入る。大黒屋光太夫、そして、ロシア帝国の天才画家を巡る調査を開始する相良だが、ほどなく久村は失踪、さらに相良自身の身にも危険が迫る…。
うーん…メディアでも有名な超能力者だけど、実は調査会社を使って調べていた…なんていう辺りは『ザ・チーム』(井上夢人著)に似ているのだけれども、こちらは、そこがメインの作品ではない。
物語の主人公と言う意味では、相良なのだけれども、最初から多くの視点で物語が進展する。記憶を失った謎の女性。さらに、相良と付き合いのある古物商からの視点。それらが組み合わさって多方面から進んでいく。そして…少しずつ、それらが繋がり、最後にはピッタリとパズルが嵌るような形になっていく気持ちよさみたいなものはあり。そういう構成であるが故に、最初はやや、構図が見えにくい、と言うのはあるのだが…それは仕方の無いところか。
ただ、一応のメイントリックは…どうなんだろうな…これ? 完全に不可能とは言い難いのだろうが…完璧に同じであれば、それはそれでバレそうだし、違いがあるのならば、そこからやっぱりバレそうだな…という意味でかなりの橋渡りに思える。あとがきで著者が言っているように、「トンデモミステリではない」とはいえるんだけど…。
「そこで終わるのか〜!」と言う結末は、同じく著者のあとがきで、狙い通りだった、というのは判ったのだが…これ、続編作れるの?(笑)
(07年12月31日)

BACK


ハルさん
著者:藤野恵美

人形作家のハルさん。奥さんの瑠璃子さんが亡くなり、男手一つで娘のふうちゃんを育ててきました。今日は、ふうちゃんの結婚式。式に向かう途中、思い出すのは、ふうちゃんとのちょっとした不思議なやりとり。そんなとき、瑠璃子さんの声が聞こえてきて…。
すご〜くあったかい話。何はともあれ、それを強く感じる。
世間知らずで不器用で、娘のことになるととにかく心配性のハルさん。ふうちゃんの様子に何かあるたびに、心配で心配でオロオロとしてしまう。そんなハルさんの様子を中心に描かれるので、とにかく甘いというか、やわらかいというか全編に渡ってそんな様子が溢れている作品。
日常の謎っていうタイプの作品なだけに、それほど大きな事件があるわけじゃないし、また、いくつかはハルさんのただの早とちりだったりするだけにサプライズ、みたいな点は弱いかも知れないけど、むしろ、そこに安心感が漂っているように思う。そして、そんないくつかのエピソードを重ねてのラストシーンは何だかんだで「良いラストじゃないか」と感じさせてくれるし。
著者は、児童文学の世界で活躍している、と言うことなんだけど、その長所が存分に現れた作品なんじゃないかと思う。優しい気持ちになれる作品。
(07年10月17日)

BACK


視聴率の正しい使い方
著者:藤平芳紀
低俗な番組、捏造問題…テレビに関する問題が語られる際、多く場面でその悪の元凶として槍玉に挙げられる「視聴率」。だが、実際にその「視聴率」について正しく知っている人は少ない。視聴率とは何なのか? について語った書。
誤差率の問題からしても、0,1%単位で視聴率の上下を語っても意味が無いこと。「質はわからない」というが、そもそも、それをはかるという目的がない、ということ…。など、まず視聴率に関する誤解のところから始まって、その視聴率からわかること…現在の調べ方と課題、そして、技術の発展などを含めて、今後、どうなっていくか…という問題と視聴率に関する問題についてキッチリとまとめられていて、視聴率問題について語る際の入門書としては良い書ではないか、というのがまず思ったこと。個人的には、誤差率があるとか、そういうところはわかっていただけに、その辺りは「ふ〜ん…」くらいだったのだが、終盤の今後の展望であるとかが興味深く読めた。確かに、多チャンネル化というのは、そもそも見る層を絞った番組になるので、ようやく導入された個人視聴率を調べる、という行為の意味がなくなるんじゃないか? とか、ビデオ、HDDなんていうようなものの普及に伴う問題とかは面白い。
ただ、その上で、いくつか気になる点も。まず、著者はビデオリサーチ社の人間なのであるが、そのビデオリサーチ社の人間が言ってしまってはおしまいじゃないの? と思う部分がいくつかある点。例えば、序盤、誤解を解く、という場面で、誤解が多い…ということにウンザリというような表現があるんだけれども、それって結局、ビデオリサーチ社が「うちの調査でわかることは、これとこれで、こういう点についてはわからない」というきちんとした理解を求める努力を怠った結果じゃないのか? と思うわけだ。ま、私のような一般人はともかく、番組を制作しているような人でさえ誤解している、というのは、明らかに努力不足の招いた結果だとしか思えないのだが…。
また、『あるある大辞典』の捏造問題に関して、前後の視聴率と比較して「捏造・過剰演出でも視聴率には大して影響を与えない」というようなことを言うのだが(129〜131頁)、この結論はどうなのだろうか? その捏造などが、「していない回」の視聴率を底上げした、なんてことも考えられるわけだ。これなどは、「(その前後の回の)視聴率だけでは何とも言えない」事例だと思うのだが…。他にも、この4章には、「視聴率だけでは何とも言えない」ものを強引に解釈しているような印象を受ける箇所が多かった。
視聴率の計測方法とか、そういうことを知るには良いと思うが、欠点には気をつけて読みたい。
(07年7月28日)

BACK


十三番目のアリス
著者:伏見つかさ
自ら「令嬢の心得」を定め、理想のお嬢様を目指す九条院アリス。幼馴染であり、婚約者でもある鬼百合三月と付き合いながら、平凡な日々を送っていた。しかし、15歳の誕生日を目前に控えたある日、アリスを「十三番目」と呼ぶ少女が現れ…。
まず、最初に質問。「ハイ・ゴシックアクション」って何? 説明文にあるんだけど、意味わかんなかった。もしかして…ヒロインたちが、ゴスロリ衣装好きだからってこと? でも…ゴスロリ衣装ってのがあんまり活きてなかった気が…。
さて、この作品の感想。「ベタ!」。以上!
いや、本当、それだけとでも言うかね…。決して読みにくいとか、そういうことは無いんだけど、展開とかが本当にどっかで見ました、って感じで、それ以上でもそれ以下でもない、って感じなんだもん。
ジャンルとしては、ラブコメ&アクションって感じなのかな? ただ、ラブコメとして考えた場合、基本的にヒロイン・アリス視点ってこともあるし、いきなり恋人(未満)くらいの状態から始まって、ツンデレのデレ状態から来ているから発展と言うほどでもない。何か、平凡なんだよな…。
なんか、もうちょっと作品としての特徴が欲しいところ。
(06年8月19日)

BACK


孤独なアスファルト
著者:藤村正太
東北から希望をもって東京へと出てきた青年・田代。だが、過酷な職場条件といつまでも直らない東北訛による劣等感に苛まれていた。そんな時、破れかぶれで出した大企業への願書のことで田代は、上司と対立してしまう。その後、その上司が何者かに殺害された状態で発見されたことで、田代は容疑者に…。
第9回江戸川乱歩賞受賞作。
うーん…私が「時代を感じる」というのは、比較的「悪い意味で」ということが多いのだが、本作に関して言うと、「良い意味で」時代を感じる作品だと思う。60年代、地方の若者達が中学を卒業し、希望を持って上京した物の、学歴を巡る差別、方言を持つ者の劣等感等と言う物によって孤立していってしまう様。そして、他者に対する都会の無関心。そんなものが、作品の中核を占めている。特に前者については、現代でもまったくないとは言わないものの、当時の時代背景を考えるとより強くそれを感じる。
ミステリーとしての構成は非常にシンプル。誰が犯人なのか? というところから始まって、アリバイ崩しというもの。ちょっとした心理的トリックによるどんんでん返しはあるものの、現在のミステリー作品をある程度読みなれている人ならば、比較的思いつくのではないかと思う。と、同時に、現在の科学捜査などを基準に考えてしまうと…という部分はある。まぁ、ここは、40年前の作品ということで、仕方が無いか。
現代の感覚で読むのであれば、ミステリーとしてよりも、当時の社会状況などを主題として読むべき作品かもしれない。
(07年2月8日)

BACK


時をきざむ潮
著者:藤本泉
行方不明の商家の御曹子の捜索中、自衛隊のヘリが海へ転落したその車らしきものを目撃。サルベージして上がったのは、双子の変死体の乗った車だった。無関係の無い事故として片付ける方針となるのだが、刑事・高館は上司の制止も聞かず、一人、調査を続行する。そして、行方不明の御曹子と変死体で見つかった双子に共通点を発見する。
第24回江戸川乱歩賞受賞作。同時受賞に『透明な季節』(梶龍雄著)。
うーむ…。
なんていうか、舞台設定だとかに関しては非常に面白い。東北の僻地にある閉鎖された土地。共同体意識が非常に強く、排他的。そして、村の掟、古代伝承の世界…。過去にも、やってきた駐在巡査が相次いで不慮の死を遂げる…なんていう設定は非常に魅力的。(これが書かれたのが30年近く前だけど)当時から、「こんな世界あるだろうか?」と言われている設定ではあるものの、その世界が実際にあるように感じさせるというのも筆力のなせる業だろう。
常に外部の存在が自分たちを脅かしてきた歴史。警察と言えども、やはりそれは同じ。そんな村と、東京に住むエリートの若者たちの失踪。そして、変死体。合理的な考え方を持つ高館だったが、村ではそれが通用しない。しかも、上司にも睨まれ、孤軍奮闘の状況に…。二つの組織に挟まれながらの捜査を行う高館の行動なんかも、なかなか面白かった。
ただ、肝心のミステリとしての部分が弱いかな? と。大がかりなトリックなどが無い、というのは作品の性質上構わないが、事件を起こす上での最大の障壁が「海の人間だから何とかなる」の一言で済まされてしまうのはどうかと。また、閉鎖的、排他的な共同体、というのはともかく、共同体が犯人にそこまで協力するものだろうか? 少なくとも共同体単位での集団犯罪ではないだけに、不可解さを感じる(こういう共同体と言うのは、その規律のためにも秩序を乱しかねない内部分子をそのまま放ってはおかないはずだ)。ちょっとその辺りが気になった。
舞台設定の面白さがあるだけに、ミステリ的な要素の弱さが残念。
(06年8月10日)

BACK


ひまわりの祝祭
著者:藤原伊織

テンポも良い、主人公・秋山秋二を取り巻く謎も興味深い。が、何かが足りない。

私にはどうにも登場人物の存在感が希薄過ぎるように思えてならない。
秋山の亡き妻そっくりである麻里は、ちょこっと出番が与えられただけだし、ヤクザである曽根にも大物感がない。秋山を取り巻く勢力の一方である田代はただの愚か者で、もう一方である仁科も殆ど出番がなく、秋山が巻きこまれる発端となった村林もちょい役だ。ストーリーを通して、印象に残る人物が、原田と新聞配達の青年くらいなのはなぜなのだろう?
この作品自体は、文庫本で520頁あまりと、決して短いわけではないのだが、これだけの要素を詰めこむにはページが少な過ぎるように思えてならない。それが結果として、ストーリーを駆け足気味にし、登場人物たちの魅力を薄めているのではなかろうか?
私にはそう思えるのだが・・・。
(04年12月16日)

BACK


テロリストのパラソル
著者:藤原伊織

先日、同じ著者の『ひまわりの祝祭』を先に読んだのだが、確かにこちらの方が遥かに面白い。
他人と隔離していきる主人公であるとか、主人公を取り巻くヤクザであるとか似ているパターンは多い。が、それらの魅力は段違いにある。

会話がどうこう、というのは置いても主人公でありアル中のバーテン・島村、元警官のインテリヤクザ・浅井、ホームレスのタツやハカセ、かつての仲間の娘・塔子・・・それぞれのキャラクターが立っており、早いテンポでストーリーが進みつつも魅力が十分に伝わってきた。

この作品に限らず、乱歩賞の持つ欠点なのだと思うが、ラストがちょっとゴタゴタしてしまったのは残念。それでも、十分に楽しめるものだったことは確かだ。
(04年12月18日)

BACK


てのひらの闇
著者:藤原伊織
経営では無能であったが、人格的に優れていた会長の自殺。そして、CG合成されたビデオテープ。CGであったことを指摘した堀江は、会長の自殺の理由を探り始める…。
この作品の最大の魅力は、登場人物の魅力だろう。暴力団組長の息子という経歴を持つ主人公・堀江、自殺した会長である石崎、堀江の部下・大原、堀江を見守る暴力団組長・坂崎、バーの姉弟…など、それぞれのキャラクターが立っており、何より格好良い。格好良過ぎてどうだろう? と思えてしまうくらいに。
まさに「ハードボイルド」なのであるが、テンポも良いし、確かに面白い。
もっとも、この手の小説ではよく感じることではあるのだが、この作品も登場人物達の人間関係が出来過ぎているような気がしてならない。あまりにも関係し過ぎていて、逆に人工的に感じてしまうのである。そこだけがちょっと気になった。
でも、十分面白かったけれども。
(05年4月19日)

BACK


雪が降る
著者:藤原伊織

全6篇の短篇集。

いつもの藤原作品らしいハードボイルド『紅の樹』。『テロリストのパラソル』の主人公・島村が再登場する『銀の塩』は、一緒にやってきたバングラデシュ人の恋を見守る、という役。
表題作『雪が降る』は、過去の悲しい恋を描いた作品。友人の妻との恋と、それによって母を失った息子。悲しい恋ではあるが、爽やかな結末にほっとする。
『台風』と『ダリアの夏』は共に「夢」をテーマにした作品。「夢」を失った男を描いた『台風』と、野球選手という「夢」を失った男が新たな「夢」を得るまでを描く『ダリアの夏』。共に、「夢」を描いてはいるが、全く逆の雰囲気がある。
そして、一番短い作品だが、ある意味では一番印象的なのが『トマト』。わずか10頁程度であるが、人魚と出会って、トマトの案内人になってしまう…というシュールな作品。なんとも、遊び心溢れる…というか、遊び心の固まりのような作品である。
ハードボイルド作品、という印象のある藤原伊織だが、この作品群は色々な面を見せてくれている。良い短篇集だと思う。
(05年7月2日)

BACK


蚊トンボ白髭の冒険
著者:藤原伊織
ブーン、ブーン、ブーン…。頭の中で羽音が聞こえるような気がした達夫は、奇妙な隣人が少年たちに襲われているのを見た瞬間、勝手に手が動いて少年たちを倒してしまう。いぶかしく思っているところに頭の中に声が響き、自分は蚊トンボで、カラスに追われた際に頭の中に逃げ、そのまま間借りしている、と…。そして、助けた隣人を巡って達夫の生活も一変する。
何ともトリッキーな設定だ。頭の中に別の何かが入りこみ、それとのやりとりをしながら話が進んでいく。ま、私が読んだ作品だと、『ダレカガナカニイル…』(井上夢人著)とかがそうだけど、普通はその正体とかがポイントになるのだが、この作品に関しては最初から、入りこんだモノの正体は判明している。そして、頭の中に蚊トンボの「白鬚」を入れたまま、達夫の「冒険」が始まる。
この作品の魅力は、スピーディさとか、そういうところもさることながら、やっぱり、達夫と白鬚のやりとりにあるように思う。二十歳という年齢の割には妙に達観した達夫と、その考え方にいちいちツッコミを入れる白鬚。当然、白鬚の声は、達夫以外には聞こえず、そのやりとりを奇妙に思われながらも信頼感を築いていく。そして、ここ一番では、白鬚の血からを借りて一時的に、超人的な身体能力を手に入れてピンチを脱する。この辺りが何とも面白い。そして、そんなやりとり・設定がありつつも、やっぱり藤原伊織作品らしい雰囲気も残している。
ただ、正直なところ、設定の甘さも気になった。一言で言えば、登場人物の行動の動機付けが不充分とでも言うか…。達夫の性格、といってしまえばそれまでだが、危険をおかしてまで隣人を助けるまで行くか? といえば疑問だし(相手はヤクザだし)、初対面でいきなり「運命的な出会い」とか言って迫ってくる女性というのもどーかと…。好みの問題、といえばそれまでなんだけど。途中、株式投機・ITSなどについて延々と講釈が垂れ流されているだけ…なんていうところもあるし、その辺りに間延び感も受けてしまった。
素材が良いだけに、もう少し上手く料理されていれば…と感じた作品だった。
(05年10月2日)

BACK

inserted by FC2 system