鬼切り夜鳥子2
著者:桝田省治
先の事件から一ヶ月。全く進展のない久と駒子。飛び切り自由度の高い修学旅行は、事件の調査を兼ねつつも、そこで何とか進展の機会と同じく京都に住む先輩へ思いを寄せる荒木と共に画策していた。だが、京都では「かつらぎ」姓の女性の連続殺害事件が起こっており、さらに久たちの前に夜鳥子が現れる…。
ライトノベルで430頁と、かなり厚い作品なのだけれども、中身も物凄く凝縮されているなぁ…が第一印象。正直、前巻に関して言うと、面白さはあるんだけれども、ある程度ワンパターン化してしまっていて…という部分があった。けれども、今回は舞台そのものも京都の各地を巡り、しかも、様々なバリエーションがあって飽きさせない。いや、これは大満足。
正直、今回の主役は、荒木でしょ(笑) 明らかにバカなんだけど、妙に熱くて一途。色んな意味で、凄いよ、お前(笑) そして、影の主役が三ツ橋さん。色々とぶっ飛びすぎ(笑) かなりイっちゃってますがな、あなた(笑) とにかく、メインに加わったこの2人が強烈にインパクトを放ってくれた。
で、まぁ…この「京都ミステリーツアー」ってタイトルが絶妙だな、ってのは感じる。基本的には、戦いの連続なんだけど、確かに名所名所を回っているんだ。そして破壊しまくってるけど(笑) 観光ガイドには使いづらいけど、これだけ街の様子だとかを書くのは確かに大変だと思う。あとがきにあった苦労話がうなずける。
正直、430頁って長いかな? と感じたんだけど、これでも十分すぎるくらいの濃密で、それこそ2巻、3巻ぶんくらいに分けても良かったくらいの濃縮具合じゃないかな? 逆にそれだけに、ちょっと疲れた部分はあるんだけど、面白かった
(07年6月6日)

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鬼切り夜鳥子3
著者:桝田省治

源氏の宝刀「鬼切」と「蜘蛛切」を奪った女陰陽師を追って東北・蔵王へ至った僧侶・求道が見たものは、追っ手たちを躊躇いも無く倒していく女の姿。そして、彼女の泣いている姿。自らの使命を持ちながらも惹かれあう二人だったが…。
いや〜…良いね。シリーズを重ねるごとに面白くなっているように思う。
今回は、これまでの現代から時代を遡って、平安時代の夜鳥子と求道の物語。ある意味じゃ、これまでのプロローグ的な話になるわけだけど、なんか、これまでの中でも一番、すんなりと入ってきた。
まぁ、プロローグ的なところ、ということで、物語の結末部分については、最初からわかっていること。なんだけれども、そこに至るまでの過程。求道と夜鳥子(と舞)のやりとりが、凄く良い。夜鳥子さん、見事にツンデレだし(笑) 求道は、求道で、こういうキャラだとは思ってもみなかったし。微エログロ、と堂々と書いてある通り、なんか、それっぽい絵は多いし。明け烏の舞と求道を盗み聞きして妄想している夜鳥子さんの姿とか、最高(笑)
シリーズを通して考えれば、これでまた現代へとバトンが渡されるんだろうけど、駒子、夜鳥子、そして、Qという微妙な三角関係の行方とか、かなり楽しみ。
(07年8月9日)

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シャトゥーン ヒグマの森
著者:増田俊也
北海道の北端に広がる大樹海。そこで猛禽類の研究を続ける土佐昭の元へ、一人の男が駆け込んでくる。「仲間がヒグマにやられた」 密猟者・西の言葉に、緊張が走る。その頃、昭の双子の姉・薫は娘の美々、同僚の瀬戸とともに昭の元へと向かっていた。
第5回『このミス』大賞優秀賞受賞作。
シャトゥーン…巣穴を持たず、冬の大地をエサを求めて彷徨うヒグマ。その体は、体重450キロを超えるほど巨大で、ライオンやトラですら一撃で倒してしまう腕力を持つ。時速80キロ近い速度で走ることも出来、知能もきわめて高い。まさしく「最強の動物」であるヒグマ。そんなヒグマが、人間をエサと認識して…と…と言うパニック小説、冒険小説と言う感じだろうか。
実のところ、ヒグマの持つ圧倒的な力。そんなヒグマが生息する北海道の森林と言う厳しい自然環境。その中に取り残された人間は、ヒグマに為す術なく殺され食われてしまう。そういう部分については実に良くかけている。恐らく、著者が描きたかったものもそこであるだろうし、そういう意味では書きたいものは書けたのではないかと思う。さらに、自然を愛し、「ラディカルな」自然保護運動家としても知られる昭が密猟者・西を庇う理由であるとか、そういう謎などもあって、グイグイと引っ張られた、というのは確か。
ただ、不満点もないわけではない。
これは、この手の作品では仕方がないのだが、終盤、主人公が超人そのものになってしまっている、と言う点。それまで、文字通り一撃で人間を葬ってきたヒグマと互角に渡り合われるのは、やっぱりちょっと気になる(笑)
それから、登場人物が人の死にあまりに淡々としていないかな? と言う点。次々とヒグマに殺されていく人々…にも関わらず、あまりに冷静にそれを受け止めすぎではないかと思う。勿論、その生態に詳しい昭などはわかるのだが、皆が皆、と言うのは…。壁一枚隔てたところで、さっきまで話をしていた仲間が食われている…そんな状況で、一般の人間が冷静になれるものだろうか? この辺りの描写が非常に弱いように思う。
全体を通して考えれば及第点を挙げられると思うが、「傑作」と言うにはあと一歩かな? と思う。
(07年11月28日)

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ジョッキー
著者:松樹剛史

まず最初に、私が競馬好きということで、ちょっと見方が厳しくなっているかもしれないことはことわっておく。

騎手の生活を描いた作品で、30歳目前の中島八弥を主人公に、騎手同士、厩務員、調教師、オーナー、マスコミ、そして馬との交流が描かれる。文章自体は読みやすいし、テンポも良い。レースシーンも迫力がある。
が、肝心の登場人物たちがあまりにも定型的過ぎてリアリティに欠ける。横暴なオーナーと言っても、そこまで型にはまった悪役はどうかと思うし、女子アナと八弥の恋などはあまりにも表面的なところだけしか描かれておらず物足りなさを覚えた。また、題材が題材なので仕方が無いのかも知れないが、いちいち用語説明が入るのも辛い。私のような競馬好きであれば、いちいち言われ無くても分かり切っていることだし、反対に全く馴染みのない人がどこまで理解できるのか疑問だ。

それなりには読めるとは思うが、欠点も多い気がしてならない。
(05年1月24日)

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スポーツドクター
著者:松樹剛史
内科医だとか、外科医などとは違い、あまり馴染みのないスポーツドクターにスポットを当てた作品。スポーツドクターとはどのような事を行う医者なのか、ということにとどまらず、そのスポーツドクターという立場を通して部活動であるとか、ドーピングであるとかのようなスポーツを取り巻く問題にまで言及している。確かに、この作品で指摘されていることについてはそうだよなぁ…と思える部分が多い。
が、である。確かに、スポーツドクターという職業については良く分かるのだが、「エンターテインメント作品」として考えた場合はどうか、というとちょっと厳しい評価にならざるを得ない。
最初に、スポーツドクターの仕事内容からスポーツを取り巻く問題点まで、と書いたわけだが、逆に言えば詰め込み過ぎの感もある。同著者の『ジョッキー』を読んだ際も感じたことなのだが、色々と手を広げてみたは良いが、それを上手く昇華し切れていない感じで、どうも物足りない。
もう少しテーマを絞ってみても良かったのではないだろうか?
(05年5月19日)

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GO−ONE
著者:松樹剛史
激安の賞金。ボロボロの施設。家族経営の厩舎。廃止騒動まで持ち上がった公営競馬・春名競馬場。そんな競馬場でも、働く者がいる。ただ我武者羅に勝利を求める若手騎手・一輝。一輝の妹で、厩務員の一那。中央で売り出し中の女性騎手・早紀。同じく中央でも地味な騎手・康友。それぞれの思うところは…。
一応、形としては、春名競馬場を中心としての連作短編集、と言うところだろうか。何ていうか…良くも悪くも、これまでの松樹氏の作品らしい、と感じる。
良いところとしては、非常に描写が丁寧と言う点。厩舎の風景、競馬場の風景、そして、レースシーンのスピード感。そういうものは実に丁寧で、一つ一つのシーンについては、凄く良い。良いのだが、これが物語全体、となるとどうにも弱い。文庫で240頁と言うボリュームの中で4人の主人公、さらに、地方競馬が抱えている問題、地方競馬で現在進行形で起こっているような出来事…といったものを色々と詰め込んでいるため、物語全体として散漫になってしまっている。読み終わってみると、結局、すべてを通して何を言いたかったのかな? と言う感じで…。
以前、『スポーツドクター』について書いた中で、「どういう仕事か、については伝わってくるんだけど…」と記したのだが、本作についても同様。(特に弱小と言われる)地方競馬の抱えている問題。そこで働く人々の考え方…などは伝わってくるのだが、それだけ、というか…。特に、(メインであろう)一輝を取り巻いての話については、中途半端としか言いようの無い状態になってしまっている。
最初にも書いたのだが、描写力そのものは非常に良いものを持っていると感じるだけに、もっとテーマを絞って一本の物語にしてくれればなぁ…と凄く惜しく感じられてならない。
(07年11月2日)

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メディア・バイアス
著者:松永和紀

07年1月に発覚した『あるある大辞典』の捏造問題。しかし、それを批判するメディアの中にもあやしい健康情報が溢れている。こういう報道には、メディア・バイアスが働いている。どのような構造があるのか、そしてどう対処すべきなのか、を記した書。
いや、面白かった。感想を一言で言えば「痛快」の一言になるだろうか。
本書の場合、タイトルの通りに、あやしい健康情報の実例を上げ、その問題点をまず明らかにしていく。「○○を食べると、△△に良い」「○○は危険!」 文字通り、こういう言説は溢れている。しかし、実際問題として、それが本当かどうか怪しいものも多いし、また、仮にそれがそうだとしても、別のリスクを高めているだけかも知れない。ある意味では当たり前。「みのもんたの番組で○○に良いといっていたものを毎日、食事に追加していったら、ある日、食べすぎで倒れた」なんていう笑い話をどこかで聞いたことがあるのだが、そんなもので、読んでいて実に説得力がある。さらに、そこから、伝える側であるメディアの構造的な問題、そういう極端な数値を利用しようとする者やセンセーショナルにぶちまけて売名行為をする研究者、そのような情報を批判することが評価されない学会の問題点…など、ただの告発本というのではなく、その背景まで考えさせられる(特に、著者自身の経験から語られるメディアの話は、物凄く説得力があった)。
本書で扱われるものは、著者の専門分野がということもあって、殆どが食品・健康に纏わるものである。しかし、これは何もその分野だけに限らず、自然科学、いや、社会科学などの分野にも応用することができるものである。そう考えると、より意味のある書ではないだろうか。
個人的に、本書の最後の10カ条は、メディアリテラシーの教材として、学校で教えるべきじゃないか、とすら思う(水伝みたいなものより、余程重要だ)

しかし、第9章の遺伝子組み換え大豆を巡る問題は、読んでいて大笑いしてしまった。その登場から取り上げられ方、発言のパターン、さらには、それを受けた市民団体の意見に至るまで、思い切り森昭雄氏の「ゲーム脳」と一緒の経緯をたどっている(笑) どの分野でもいるんだなぁ…(笑)
(07年9月19日)

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えむえむっ!
著者:松野秋鳴

中学時代、ある事件をきっかけにして女の子に殴られたり罵られたりすることに快感を覚えるようになった太郎。そんな太郎がバイト中、よく見かける少女に恋をした。しかし、自分の性癖は…。何とか治したいという僅かな願いをもって「第二ボランティア部」へと向かうのだったが…。
…なんつー話だ…(苦笑) よく、こんな作品を出したなぁ…。書くほうも書くほうだけど、それを本にする方もする方だ…(笑)
ストーリーは最初に書いたように、ドMの主人公・太郎がその性癖を直そうと、「第二ボランティア部」へ向かうんだけれども、そこにいたのは、自称「神」の先輩・石動美緒。それが、ドSで…と。まぁ、とにかく出てくる連中がみんな濃いこと、濃いこと…。美緒先輩、同級生の辰吉、嵐子、養護教諭のみちる先生、ハッキリ言って端役でしかないはずの太郎の家族…と、濃すぎ。そして、何げないところで、先輩に殴られながら至福の表情を浮かべる太郎…と、よくもまぁ…これ、出す気になったと本気で感心する。
で、この作品、基本的にはそんなギャグというか、変態ネタというか…それを連発しているのに、なぜか終わってみると「良い話やな」となるから、凄いんだ…。正直、終わって「何でやねん!」と素で思ったもんなぁ…。いや、ビックリ。
いや、この作品、出来は良いと思う、うん。…でも、変態ネタ満載だけど(笑)
(07年4月13日)

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えむえむっ!2
著者:松野秋鳴
家では、自分を溺愛する母と姉に囲まれ、学校では第2ボランティア部の石動先輩の思いつきに振り回される日々を送る太郎。そんなある日、石動先輩の思い付きにより、彼女とデートすることになってしまい…(『そんなこんなでカップルバカップル』)。他2話。
相変わらず、阿呆ばっか(笑) 第1話である『そんなカップルバカップル』は、比較的1巻と近く、ドM状態の主人公を治すため…と称して、の行動なわけだけど…頭悪ぃ…(褒め言葉) 選択肢、というどこのギャルゲー? という選択肢の中、それぞれのキャクターが登場。まぁ、ストーリー的には、前回ほどの衝撃はなかったけど、安定したところがあるかな? という感じ。
むしろ、衝撃って意味では2話目の『騒乱だらけのマイホーム』の方。前巻では、殆ど出番がなかった母・姉が出てきて…と。前巻はあまり目立たなかったけど、凄い濃さだなぁ…こりゃ。溺愛とか言いながら、これはこれで、嫌がらせ状態だってばさ(笑)
3話目の『花片未依の復讐レシピ』は…比較的、おとなしかったかな。新キャラの紹介という感じ。太郎が出ていない、というのも大きいと思うんだ。これは、次の巻での活躍に期待、かな? まぁ、なんか変なフラグを立ててるけど(笑)
(07年9月13日)

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えむえむっ!3
著者:松野秋鳴
第2ボランティア部員として相変わらずの日々を過ごす太郎。そんなある日、ひょんなことから、男性恐怖症に悩む嵐子と遊びに行くことに。だが、そんな二人の前に、遠くへ転校したはずの嵐子の親友・由美が現れ…。
とりあえずさ…「アニメ化したい!」って、これをアニメ化して…放映できるの?(笑) あとがきで「マンガ化すると、太郎のキモさが強調されるような」ってあるけど、どう考えても強調されるしねぇ…。
ということで、相変わらず、ですな。今回は、嵐子がメインになるわけだけど…ここ毎回、オチとして殴られている太郎はともかくとして、太郎の母&姉、ひっそりとカオスへと誘っているみちる、そして、新キャラの由美…と相変わらず強烈だもんねぇ。由美は一応、変態…とは言えないかもしれないが、別の方向でやっぱり突き抜けているのは当然…と。
この作品、基本的には、キャラクターの変態っぷりが表に出るんだけど、そこで味付けをしながら結構、ラブコメとして機能しているんだよね。多分、ラブコメ展開だけだと物足りなく感じるんだろうけど、味付けが強烈であるが故に物凄く個性的な作品になっている、と言うべきか…。
一応は、由美に振り回されるところは完結したわけだけど…まだ辰吉の側が隠している部分とかもあるしね。その辺りにも機体したいところ。
(07年11月14日)

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翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件
著者:麻耶雄嵩
駆け出し作家の香月は、友人の名探偵・木更津について京都近郊にある館・蒼鴉城を訪れる。が、到着したとき、木更津を読んだ張本人・今鏡伊都は既に…。
実は、これが麻耶氏の作品を読んだのは、初めて。色々なところで、「トンデモ」とか、凄い言葉で表現されているのを目にしていただけにどんなものかと身構えていたのだが、案外、普通に読めた。デビュー作ということで、まだまだ本領発揮までは言っていない…ってことなのかな?
いきなり現れる首を切られた死体。古城を舞台にして怪しげな一族に起こる惨劇。そして、「名探偵」2人の対決…。文字通り、「本格モノ」のアイテムがちりばめられていて、それだけで楽しくなってくる。事件そのものは、一旦、中盤で名探偵・木更津が推理を披露し、ひっくり返され、ライバルとなる名探偵・メルカトル鮎が登場し、今度は木更津とメルカトルの対決に…。
まぁ、正直、中盤から後半に入ってのこの名探偵2人の推理だけ見ると、物凄い「トンデモ」になりかねないんだけれども、ギリギリその線で踏みとどまって最後にキッチリとまとめてくる辺りのバランス感覚はかなり好き。これでも「無し」と思う人はいるんだろうけど、私は十分にこれは許容範囲に入れられる。
細かく見れば、結論部分にも、多少、穴はあるんだけれども、個人的には十分に楽しめた。
(07年6月22日)

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孤虫症
著者:真梨幸子

第32回メフィスト賞受賞作。携帯サイトで配信されていたもの。
また、メフィスト賞作品の奥深さ…というか、何でもアリ感を思い知った気分。

高層マンションに住む「私」。男たちと次々と体を重ねる。だが、そんなある日、関係を持っていた男の一人が不可思議な死を迎える。
性描写、寄生虫のイメージ、そして全身に青いこぶが出来た死体…そういうもので、なんというか、とにかくねっとりとしたような、嫌な雰囲気で話しが進んで行く。ストーリーそのものも、次々と事件が…というよりは、ねっとりと嫌な空気を上手く引き出している。すっげぇ嫌な感じ(笑)
ミステリとしては、予想通りの形。いや、犯人がわかったとか、そういうことじゃなくて。
まぁ、雰囲気もそうだし、性描写とか読む人を選ぶ部分はあると思うけれども、魅力的であることも確かだと思う。
(05年6月28日)

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えんじ色心中
著者:真梨幸子

過熱する受験戦争の最中に起こった事件『西池袋事件』。受験によって歪み、家庭内暴力に悩んだ父が息子を殺害した事件から16年、新たな悲劇が起こる。
作品の構成としては、第1章は、中学受験のために塾に通う「僕」と、派遣の仕事をしながらフリーライターをやっている久保の二人のパートを交互に。第2章は、解決編、と言ったところ。
とにかく、作品全編を覆うのは、何とも言えない「気詰まり」な空気。超難関中学を目指す、という目標を掲げながらも実質的には落第ギリギリの状態にいる「僕」。さらに、ひょんなことから出会った少女に振り回される。一方の久保も、派遣の仕事では同じチームの五月蝿い女性にイライラし、足手まといのメンバーに苛立つ。さらに、家に帰ればライター仕事の依頼主の長話が延々と留守電に入っている。そんな二人の主人公の心情がくどいくらいに延々と描かれ、その気詰まりな空気を作り上げて行く。
二人の主人公、さらに「西池袋事件」がどう繋がるのか? それが気になって、頁が進んだのは確かだ。ただ、結末は…うーん…。なんかちょっと弱い、というか、ちょっと無理矢理っぽいというか…そんな感じがした。
個人的に、こういう空気の作品は嫌いじゃないし、結末も別に構わないんだけど…人を選ぶ作品ではあると思う。
(06年5月4日)

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女ともだち
著者:真梨幸子
郊外の地方都市に建つタマーマンション。そこで二人の女性の遺体が連続して発見された。警察は、すぐにある男を容疑者として逮捕する。だが、男は犯行を否認。ライターである楢本野江は、冤罪ではないかと調査を開始する…。
以前、同著者の『えんじ色心中』を読んだとき、「全編を通しての気詰まり感がある」という感想を書いた。本作は、読んでいる最中は、そこまで強くは感じなかった。しかし、読了後に残ったものはやはりその「気詰まり感」とでも言うべきもの。著者は、そういう感情とでも言うものをテーマにしているのかな? というのがまず最初に思ったことである。
本作は、マンションで起こった殺人事件を巡って、ライター・野江の調査過程のパートと、野江の書いた記事のパートで構成される。二人の被害者の過去・経歴。容疑者として逮捕された男の経歴。その中にある人間関係の複雑さ。「友達」という名で覆われる人間関係に含まれる厄介なもの。描き方が、場面場面で色々と変わっていくため、読んでいる最中は比較的、その重苦しさを感じずにすむのだが、読了後、改めて考えてみるとその重苦しさ、気詰まり感が一気に感じられる。
実際問題として、「友達」と言う言葉ですまされる中にも色々とある。微妙な上下関係であったり、はたまた嫉妬みたいな感情であったり。本作の場合、「女ともだち」と言う事で、女性の中でのそれがあるが、男だって多少はあるもの。まぁ、ここまでドロドロにはなりにくいだろうけど。
この作品の場合、やはりポイントは最後の部分だろう。そこまでも、そのドロドロ感はあるのだが、それが最後の最後で一気に重くなる。ここをどう評価するか…は好みの問題じゃないかと思う。
まぁ、作品として気になったのはただ一つ。警察・検察がお粗末過ぎる点。そのお粗末さは、作中でも指摘されているのだが、それにしも凄まじい。流石にここまでだと…と思うのは、私だけだろうか? そこだけが気になった。
この作品も好みが別れるとは思うが、これまでの作品の中では一番完成度が高いんじゃないだろうか。
(06年12月20日)

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深く深く、砂に埋めて
著者:真梨幸子
成田空港。パリへ向かう飛行機の登場ロビーで私は出会った。類稀な美貌と、度重なるトラブルで芸能界を追放され、今、また、詐欺事件に関与したとして話題を振りまく野崎有利子と、その母、辰子に。ひょんなことで辰子と同席することとなったことから、物語は転がり始める…。
類稀な美貌を持って生まれ、ただひたすらに、純粋に贅を尽くした生活のみを求める有利子。周囲から何といわれようとも、ただそれだけを求め、そして、周囲の人々を狂わせて行く…。それは、母の辰子の人生。恋人であった啓介。そして、語り部である「私」自身をも…。「魔性の女」などと言うと、計算高い性悪女…と言うイメージを抱かせるものの、その正体はひたすらに純粋。いや、純粋だからこそ、周囲を狂わせてしまう…そんな姿が延々と描かれる。
著者のこれまでの作品と比較した場合、非常にシンプルに構成されている。「私」の視点を持ち、狂わされた人々の思いを辿りながら、自らもその輪の中へと飛び込んでいく様だけが綴られているだけ。しかし、シンプルな構成だからこそ、その部分がより強調されている、とも言えるかもしれない。
有利子は「魔性の女」なのか? それとも…。いや、何もしないにも関わらず、周囲を狂わせてしまう存在、というのが真の「魔性の女」なのかもしれない。
(07年12月9日)

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