箱の中の天国と地獄
著者:矢野龍王

妹の真冬と二人、施設の中でだけ暮らす少女・真夏。そんな彼女たちの前に、般若の面を被った男が現れる。男に意識を飛ばされ、気づいた彼女がいたのは扉の閉まったビルのエントランス。施設脱出のため、真夏を含む6人のメンバーの命を賭けたゲームが開始される…。
ということで、本作もこれまでの矢野作品同様、理不尽な状況に追い込まれた主人公たちが脱出するため、命を賭けたゲームに参加する…という物語。これまでの作品同様、本作でもバンバン人が死ぬし、また、その死に方が安っぽいこと安っぽいこと…。死に場面になって、突如、とってつけたように感動のシーンとか入れられても…という感じ。その辺りも含めて、「矢野作品だなぁ…」と感じてしまった。
…が、実のところ、これまでの2作と比較すると、それでも大分面白みはあった。相変わらず欠点は沢山あるのだが、今回は、ゲームルールの見せ方がかなり工夫されている。これまで、最初にルールをすべて示してしまった後、そのゲームの中で右往左往する人々だっただけに、その欠点が大きく出てしまったのだが、今作はそのルールが伏せられている。そのため、そのルールが一体何なのか? そして、ルールが判明したからこその緊張感に、突如のルール変更に対する戸惑い…なんてものが生まれてくる。その辺りで、格段に向上した、というのを感じる。
相変わらず、舞台設定命といえば、そうなのだが、その見せ方を工夫した、というところで大幅に向上したな、というのは素直に評価したい。
(07年7月11日)

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左90度に黒の三角
著者:矢野龍王
学生である鋼は、ある日、幼馴染の陽香に出会う。その陽香の様子はおかしく、勝手に体が動いてしまうのだと言う。そして、陽香を止めようとした鋼もまた…。2人がたどり着いた場所は、中学時代、イジメを苦に自殺した同級生の屋敷。同じくクラスメイトだった面々と、命をかけた「推理ゲーム」が始まる…。
なんか、設定からしてやっぱり矢野龍王作品だなぁ…と言う感じ。そして、作中、次々と死んでいく仲間たち…。本当、これまでと同じような世界観を持っている。
今回のテーマは、「推理ゲーム」。閉じ込められた部屋で、行うのは屋敷で行われた連続殺人の真相を探ること。制限時間は1チーム24時間。推理するためのカギは、屋敷の主である老婆・玉緒と、薬物中毒の孫・珊瑚とのやりとり。二人に対する聞き取りと、写真など。そして、前のチームの遺したメモ…。ただし、殆ど、自分たちで動くことは出来ないし、また、珊瑚の証言は次々と入れ替わる…。その真相は…となる。
ただ…正直、今回は前振りがやたらと長く、なおかつ、事件の概要がわかりづらい。1チームごとに…と言うルールがあるために、前半(ほぼ全体の半分)は、事件について全くタッチされずに進展。その辺り、かなり退屈。さらに、聞き取りから、真相まではやたと唐突。その辺り、凄くバランスが悪いように感じた。
オチの部分についても…って感じだし、ちょっとお勧めしづらい…。
(08年1月19日)

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戦う司書と恋する爆弾
著者:山形石雄
死んだ人間の記憶が「本」になる世界。「ハミュッツ=メセタを殺せ」。記憶を失い、胸に爆弾を埋め込まれた少年・コリオ=トニオは、本の発掘される街へとやってきた。だが、そこでひょんなことから手に入れた美しい姫の「本」に心を奪われ…。
第4回スーパーダッシュ小説新人賞大賞受賞作。
かなり特殊な世界観なんだけど、結構すんなりと入りこめると思う。
「人間兵器」として、目的を果たして死ぬことだけの存在だったコリオが、「本」の姫に出会い、自らの存在を否定され、そして、その恋の意味を知る…。簡単に言ってしまうと、そんな話なんだけど、SF的な要素を用いつつ、それぞれの心情が丁寧に描かれていてついつい惹きこまれた。
うん、面白かった。
(05年10月13日)

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ストライクウィッチーズ スオムスいらん子中隊がんばる
著者:ヤマグチノボル
突如現れた世界の敵・ネウロイ。そのネウロイと唯一戦うことが出来るのは、機械化航空歩兵、通称ウィッチのみ。扶桑皇国のエース・穴吹智子は、激戦地カールスラント…ではなく、辺境の小国・スオムスへと派遣されてしまう。スオムスも、人材不足から援助を求めていたのだが、やってきたメンバーは問題児ばかりで…。
うーん…。ここのところ、結構、当たりを立て続けに引いていただけに、落差が大きいな。正直、これはあまり…という感じ。
まぁ、作品の大筋としては(ベタだけど)決して悪いとは思わない。一癖も二癖もある「いらん子中隊」。その中で、一人、とにかく名を上げようと気張る智子。しかし、その頑張りも空回り気味。しかし…っていうような話、ベタではあるんだけど、それだけにうまく描けば大外れも無い。そういう題材なわけだ。けれどもこの作品は…。
正直、この作品に一番足りない物は何か? と問われたならば、まず「頁数」と応えたいと思う。作品そのものの頁数は全てで230頁ほど。メンバーは6人もいる。単純計算しても、それぞれ40頁弱しか頁数が割けない。これじゃ少ないと思うでしょ? しかも、そこでストーリーを進めないと行けない。なおかつ、「いらん子中隊」がそろうのが70頁まで。もう、圧倒的に足りない。その時点でマイナス。
さらに、頁の少なさっていうのは、他にも欠点になっている。先に、智子の頑張りが空回り、っていうのを書いたわけだけど、そこで亀裂が入っているのに突如として、語りかけるとか、何か唐突な展開も多い。どう考えてもこれでは…という感じなんだ。
これ、OVA作品のメディアミックスらしいが、そっちは良く知らない。ただ、正直、小説としてはあまり評価しにくいな、という印象。
(07年1月6日)

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花園の迷宮
著者:山崎洋子
昭和7年。横浜の遊郭に売られてきた親友同士の少女・ふみと美津。18歳の美津はすぐさま娼妓として、仕事につき、17歳だったふみは、見習として雑用をすることに。だが、働き始めて3月、客の一人が殺され、美津も服毒死を遂げる。警察は無理心中と結論付けるが、そのことに疑問をもったふみは調査を始めるが…。
第32回江戸川乱歩賞受賞作。
最近の江戸川乱歩賞というと、特殊な職業の内情暴露的な作品が多いのだけど、80年代後半というのは、本格ミステリ的な作品が多かったんだなぁ…などとしみじみと思う。時代背景としても、第35回受賞『浅草エノケン一座の嵐』(長坂秀佳著)辺りと被るところもあったりして、そういう部分が求められていたのかな? なんて思ったり。
作品の形としては、オーソドックスな本格推理モノ。娼館の一室で起こった殺人事件。消えた娼妓も服毒死。さらにその背景に見え隠れする娼館の過去に纏わる話。…などなど、「いかにも」な雰囲気を醸し出している。事件そのものの真相は、それほど凝ったものとは言い難いんだけれども、働けど働けど楽にならない娼妓たちの日々。そんな環境にいながらも溌剌とした主人公・ふみのキャラクターが生き生きと描かれていたのが凄く印象的だった。
娼館、世相なんていうのは作品の雰囲気にぴったりとあっているし、それは構わない。けれども、影にちらつくある思想団体の話が…。作中でも「大した組織ではない」と散々書かれているんだけど、それにしても酷過ぎやしないか、この集団は(笑) ある意味では根幹に関わるだけに、「おいおいおい…」と思ってしまった。
といっても、全体的に見れば良く出来た作品だと思う。
(05年12月17日)

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エンジェル・ウィスパ−
著者:山科千晶
2年前、兄は駅のホームから転落死した。それ以来、弓削鷹次と父の関係は上手く行っていない。5月。弟の純也は行方を絶った。弟は、アートコンクールで入賞し、東京へ行ってから様子が変わっていた。そして、「エンジェル・ウィスパー」という言葉を残して…。
うーん…悪くは無いんだけれどもね…って感じかな。450頁あまりとかなり長い作品なんだけれども、様々に散りばめられた謎と非常にテンポの良い展開が相俟って全く長いとは感じなかった
物語の導入としてはすごく面白い。謎だらけのプロローグから始って、鷹次が神社の巫女さんと知り合い、弟が失踪。エンジェル・ウィスパーという言葉に、薬物の噂。そして、超能力を持った少女に、ウィルスと伝説…。調査を進めれば勧めるほど増えて行く謎。一方で、母とは別居中、父とは反りが合わない、という状況で残った家族である弟をどうにかして取り戻したいという鷹次の想い。そして、おせっかいなほどに協力してくれる友人とのやりとり…とグングン惹き込まれた。
…と、中盤くらいまでは良かったんだけれども、何か終盤になってからちょっとゴタゴタしてしまった印象。謎の存在は、自分から正体をバラしに行ってしまうし、その後もちょっと強引かな? という感じがしてしまったのが残念。魅力的な材料が沢山揃っているわけだし、確かにちょっと長いけれども、もうちょっとじっくりと料理できたような気がする。この辺りが上手く処理されていれば…と思えてならなかった。
(06年12月13日)

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リアル鬼ごっこ
著者:山田悠介

普通につまらん作品だな、こりゃ。
話題となった誤字、脱字も文庫となって編集者が頑張ったのだろう(本当に、編集者は頑張ったと思う)、特に見当たらなかったし。ネタにもならない、ただのつまらない作品になってしまっている。
売りはスピード感というが、この作品の場合、単にワンセンテンス改行で平易な言葉なので早いだけであり、面白くて手が止まらないのとは根本的に異なる。 どうしようか、という感じである。

そういえば五百万の佐藤を捕らえるのに百万の兵が十人のノルマって…。最低半分はノルマに達せず、処分されちゃうんですけど…
(05年3月24日)

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八月の熱い雨 便利屋<ダブルフォロー>奮闘記
著者:山之内正文
アパートの一室を事務所兼住居として、便利屋「ダブルフォロー」を営む皆瀬泉水。彼女いない歴・25年。そんな彼の元には、不思議な依頼が舞い込んで…。
それぞれ、便利屋である泉水の元へ依頼が舞い込んでくる。依頼の内容そのものは、「便利屋」への依頼そのもの。例えば、買いだしであったり、モノ探しであったり、はたまたビデオ撮影だったり…と。けれども、それぞれの仕事には、何か謎めいたものがあり、また、泉水自身のお人好しな性格によってその背後へと入っていく…。
「ハートウォーミングな連作集」という内容説明がされているんだけど、本当、そんな雰囲気に溢れる短編集。事件そのものによって明かされ、その後を予感させる終わり方は実にほのぼのとした明るいものであるし、また、登場人物たちも皆、(良い意味で)良い人ばかり。そういう意味で、読んでいて、実にほっとすることが出来る。そういう意味でも、落ち込んだ利したときに読むと、ほっとできる作品だな、と言う風に感じる。
逆に言うと、謎解きであっと驚く、とか、そういう部分はそれほど無い。けれども、これはこれで狙いじゃないかと思う。
個人的に最大の謎だったのは、「彼女いない暦25年」っていう設定に何の意味があったのだろうか? ってところだったり(笑)
(07年3月17日)

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でぃ・えっち・えぃ
著者:ゆうきりん
うーん…微妙〜…(笑)
とりあえず、この巻では、話の状況説明が中心なのかな? という感じ。お人よしの少年・光の両親が悪魔に殺されて、しかも、そのお人よしのせいで家まで追い出されてしまう。そんな彼に、大罪を背負った少女が近づき、光に思いを寄せる愛は、大天使から「契りを交わせ」と指示を受ける。殆どが、その登場シーンだとか、はたまた状況説明に費やされていて、話そのものはあまり進まないし、ヒロインのはずの愛が活躍する…わけでもない。状況説明に絞った…と言うには、登場人物が多いから、キャラクターの掘り下げ方が甘いし、どうしたもんでしょ?
どっちにしても、序章って感じなんだろうな…。それ以上、あんまり書く事も無い…。
(05年12月6日)

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著者:横山秀夫
「D県警シリーズ」で、本書の主人公・平野瑞穂が初登場した「陰の季節」を先に読むべきだったかも…。
先にあるエピソードに関して分かっていないし、横山秀夫の作品はこれが初読なので、他の作品とも比較できないし。

さて、本書であるが、一言で言えば、警察社会の中で、元鑑識官である平野瑞穂の成長物語というところか。男社会である警察組織で奮闘する、という点では乃南アサの「音道貴子シリーズ」にも相通じる部分があるものの、音道刑事が男を見返そうと事件に猛進するのに対し、こちらはそういう組織の世界への迷い、葛藤が描かれる。
最初にも書いたように、横山作品は初読なので、他の作品と比較してどうこうと言う事は出来ない。ただ、ライトに思える作風の中でも重厚さの片鱗が垣間見られるし、十分に面白いと思う。
(05年5月10日)

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陰の季節
著者:横山秀夫
この作品、いわゆる「警察小説」などという表現で扱われている。私自身は、過去、『マークスの山』(高村薫)、『犯人に告ぐ』(雫井脩介)などの「警察小説」を読んできたけれども、大きく異なっている。上の作品は、あくまでも「外的な事件」が発生し、それに対する警察内部での手柄争いであったりとかが描かれているわけだけれども、この作品では「外的な」事件は発生しない。
大物OBの天下りを巡る攻防を描いた『陰の季節』。ある警部へのスキャンダルが監察課へと届けられたことから始まる『地の声』。似顔絵捜査官の失踪にまつわる『黒い線』。そして、議会対策を描く『鞄』。どれも、外部の一般人は「事件」と感じないものばかりである。警察内部の人間関係の攻防を描いた作品群、それがこれだと思う。
勿論、ただ警察内部での攻防が描かれているわけではない。ミステリ小説らしく、最後には見事にどんでん返しを決めている。確かに、これは面白い。
(05年6月21日)

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半落ち
著者:横山秀夫

現職の警察官がアルツハイマーに苦しむ妻を殺したと自首してきた。被疑者・梶は全面的に犯行を認めているが、事件のあとに空白の2日間が残った。そして、空白の2日間に対して、梶は沈黙を守る。

03年版の「このミステリーがすごい」1位。寺尾聡、柴田恭平、原田美枝子らの出演で劇場公開もされている。

さて、この作品、長編となっているが、実質的には連作短篇集と呼んだ方が良いかもしれない。梶が隠匿しようとしている秘密とは何か、警察、検察、新聞記者、弁護士、裁判官、そして刑務官。それぞれが、それぞれの立場で真実を発見しようと動く。
勿論、そこにある思惑はそれぞれ別物になる。スクープを狙う新聞記者、一発逆転を狙う弁護士、真実を知りたい警察官・検察官と、組織防衛の為に捏造・取引を行う警察組織…そういった外野の中での葛藤も見所がある。そして、一番最後に、梶の隠してきたものが明らかになる。

…と、問題は、その秘密。ここまで引っ張っておいて…ということもさることながら、何とも唐突な感じがしてならない。確かに、それなりに伏線は貼られているのであるがそれにしても…。また、梶が自首した理由としては妥当としても、それを隠す理由としては弱い気が…。その辺りがちょっと気になった。
まぁ、それを差し置いても十分に楽しめたけれども。
(05年6月29日)

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動機
著者:横山秀夫
一括管理をしていた警察手帳が紛失する。犯人は、内部のものか? そして、それは何の為に? そんな表題作『動機』など4作を収録した短篇集。
警察官、殺人の前科を持つ者、女性新聞記者、裁判官とそれぞれ立場が異なるのだが、それぞれに苦悩が描かれる。そして、その主人公達を悩まさせる最大のポイントが犯人の「動機」である。緻密に張り巡らされた伏線によって描かれる「犯行(?)」の詳細もさることながら、その裏にある「動機」にハッとさせられる。短篇集ではあるのだが、重厚な作品である。
面白かった。
(05年7月18日)

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深追い
著者:横山秀夫
地方都市・三ツ鐘。郊外に出来た職住一帯の警察署・三ツ鐘署。便利なのだが、息苦しい環境。そこに勤める人々を描いた短篇集。
既に何度も書いているんだけど、やっぱり横山秀夫作品は、短篇の切れ味が良い。いつも通り、警察内部での軋轢・人間模様を描いた作品があるかと思えば、職住一体の環境だからこその作品ありと、やはり巧い。
多分、多くの人がそう思うと予想するのだが、一番印象的なのが『仕返し』。この作品の舞台を完全に活かしきった作品だと思う。職場の人間関係がそのまま、家族・近所関係にも直結する…。そんな中で起こったある事件。傑作だと思う。
これまで私が読んできた作品全てに共通するんだけど、横山秀夫作品で派手な事件というものは殆ど起こらない。それでありながら、重厚な人間関係と巧みな構成で読ませる腕に脱帽である。
(05年10月13日)

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第三の時効
著者:横山秀夫
F県警捜査一課強行班。そこに属する3班を描いた短篇集。『沈黙のアリバイ』『第三の時効』『囚人のジレンマ』『密室の抜け穴』『ペルソナの微笑』『モノクロームの反転』の6篇を収録。
横山秀夫作品の警察小説というのは、過去にも何作か読んでいるし、その重厚さは、今回も生きている。ただこの作品は、、また異なった趣を有しているように感じた。確かに、短篇集ではあるのだが、この作品は互いに深く関連しあっており、連作短篇集の趣があるためだ。
本作の中心にあるのは、F県警捜査一課強行班の3班。冷静沈着な朽木率いる一斑。解決のためならば、どんな手段も厭わない公安上がりの楠見率いる二班。天才的な閃きを持つ村瀬率いる三班。それぞれが、互いに張り合いながらも検挙率100%近い高い検挙率を誇る。そして、その天才的な班長たちを部下に持ち、自分の指揮を無視してでも動くことにいらつきながらも同時に、手放せないジレンマを抱える捜査一課長の田畑。そんな人々の重厚なドラマが語られる。
一篇一篇のキレ味もさる事ながら、その世界を形作る組織全体でのドラマに魅せられた作品だった。
(05年11月23日)

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