シービスケット あるアメリカ競走馬の伝説
著者:ローラ・ヒレンブランド
翻訳:奥田祐士
1930年代の末、アメリカを熱狂させた一頭の馬がいた。その名はシービスケット。そのシービスケットと、それに携わった人々の軌跡を辿ったノンフィクション。
ということで、これ、04年にトビー・マグワイア主演で劇場公開もされているので、記憶されている方も多いかも知れない。その原作。
いや、面白い。ノンフィクションなんだけど、本当、娯楽小説のような感じ。そのくらい、波乱万丈。
50戦以上戦っても下級条件をうろうろしていたうだつの上がらない馬・シービスケット。そんな馬を、事故で息子を失った富豪・ハワードが購入し、偏屈な調教師トム・スミスが管理する。騎乗するのは、これまた事故で片目の視力を失い、騎手生活の危機にいたポラードと、糖尿病との戦いを続ける天才騎手・ウルフ。彼らが出会い、連勝街道をひた走る。そして、三冠馬・ウォーアドミラルとの対決へ…。なんか、スポ根モノのお約束みたいな展開でしょ?(笑) 流れとしては、そんな物語みたいな展開なんだけれども、例えばウォーアドミラルとの対決へ向けての両陣営の駆け引きの生々しさなんかを見ると、やっぱり実話だとも実感できる。
映画でもクライマックスとなった、ウォーアドミラルとの一気討ちシーンとかもインパクトがあるんだけど、個人的に好きなのが、シービスケット引退後の話(映画では描かれていなかった)。シービスケットを中心に集まって行った面々が、少しずつバラバラになっていく姿が、祭の後の寂寥感を思わせて印象深かった。
ま、欠点を一つ挙げるとすると、序盤の退屈さ。それぞれの人々の生い立ちが描かれているんだけど、ポラード、ウルフらを描く過程で、当時の騎手たちの置かれた悲惨な状況が描かれる。描かれるんだけど、これが全く本編と関係ない(笑) 一応、時代背景として知っている必要はあるんだろうけど、あまりにも無関係過ぎてちょっと辛い。それがね。ただ、そこを乗り越えて、シービスケットを中心に集まれば、あとは一気に読めるはず。そこまで我慢できるかどうか。
(05年10月12日)

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プロ作家養成塾
著者:若桜木虔

別に小説を書こうと思ったのではなくて、普段の文章力向上のヒント探しとして手にとってみたのだが、全く内容は別物だった。単に私が間違えただけなのだが・・・。個人的には、そうではなくて、文章の書き方みたいな本を求めていたのだが・・・(笑)。

この書の内容は、「作家デビュー」するための方法論である。「このようなものはダメ」「傾向と対策を調べろ」「編集者の見方というのはこういうものだ」などなど、「作家」としてスタートするために知っておいて損のない知識は多く詰まっているように思う。

ただ、正直なところ、「だから何なの?」という感じでもある。学習塾で行われている勉強と言うのは、学ぶことの楽しさを得ることではなくて、良い点数を取るためのテクニックである。この書に書かれていることもそれに近い。確かに、傾向をよく調べ、それに対応することは、デビューするための最短距離だとは思う。
著者の言っていることは、確かに正しい。正しいのだが、だからどうした、ということも同時に思ってしまった。
(05年1月22日)

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仮面法廷
著者:和久峻三
息子を失ったことで妻とも別れた玉木は、勤めていた大手企業を辞め、知人の黒川と共に不動産業を開業する。開業直後ながら、大口の取引が成立し、前途洋洋…のはずだった。しかし、売主は偽者。地主から告訴された玉木は、妻が現在、厄介になっている弁護士の元を尋ねるが、その弁護士が殺害されてしまう。しかも、容疑者は、玉木の元の妻で…。
第18回江戸川乱歩賞受賞作。
著者である和久氏と言えば、『赤かぶ検事』シリーズなど、テレビのサスペンスドラマでもおなじみの作家。その和久氏のデビュー作が本作になるわけだが…いや、予想外だった。本作のタイトル、その後の作品などから法廷を舞台にした作品だと思っていた。無論、その要素はあるんだけれども、密室、変装などなど…様々な要素がこれでもか、と詰めこまれている。
土地売買を巡る地主と、買い手のやりとり。同時進行的に発生した弁護士殺人事件。その二つを軸にして展開していく物語は確かに面白い。土地売買を巡るやりとりなどは、流石は弁護士、と思わせてくれるだけのものがある。
欠点を探ってみれば、例えば流石にちょっと詰め込み過ぎかな? という点とか、元妻の行動の説明がちょっと強引とか、無いわけではない。けれども、このくらいは十分に許容範囲でしょう。うん、面白かった。
(06年11月20日)

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銀の夢 オグリキャップに賭けた人々
著者:渡瀬夏彦
1990年12月23日、中山競馬場第9レース。一つの祭が、幸福な終焉を迎えた。名馬オグリキャップ、最後のレースにして奇蹟の復活優勝。オグリキャップに賭けた人々の夢の一つの結末でもあった。
実を言うと、この本、かなり前に一度読んだことがあって、再読と言う形。古本屋で100円だったので、思わず手に取った次第なんだけどね(笑)
言うまでも無く、この作品は80年代末期〜90年代にかけての競馬ブームの火付け役であり、稀代のアイドルホースとなった名馬オグリキャップの競争生活を追った書。笠松・中央時代を通して9人の騎手をその背に迎え、3人のオーナーの下で走り、数多くのライバル、陣営とも戦い、切磋琢磨するとともにそれらを魅了して行った…。
『銀の夢』というタイトルの通りに、オグリキャップがいかに多くの人々に夢を見させたか、というテーマが現れる。自分の子供のようにオグリキャップを見守る笠松時代のオーナー・小栗。その小栗を「笠松から日本のオグリキャップに!」と口説き落とした佐橋。佐橋の脱税事件の影で、膨大な金額を支払ってまでトレードに応じた近藤。オーナー主導の使い方と、調教師・瀬戸口の関係。オグリキャップを破り日本一に、を目指すライバル陣営と騎手たち…。それぞれが、オグリキャップを巡って夢を抱いていた…。そんなことが感じられる書。
この作品の単行本が発表されたのが92年。文庫になったのが96年。かなりの時が経って、競馬ブームも去り、オグリキャップも種牡馬としてはほぼ引退した格好。瀬戸口調教師もまもなく定年だし、鞍上を任された河内、岡部、南井、増沢らは騎手を引退。岡は事故でこの世を去り、笠松の安勝は中央へ移籍。笠松も廃止の危機にある。競馬番組も当時とは全く違うものになっている。けれども、競馬史に名を残し、圧倒的な人気を誇った馬がいたという事実は残り、この作品もその事実の裏付けとして残ると思う。文庫で670頁弱とかなりのボリュームがあるけれども、一気に読んでしまった。
(05年11月24日)

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強すぎた名馬たち
著者:渡辺敬一郎
繁殖入りすることなくその生涯を終えた8頭の競走馬、サイレンススズカ、ライスシャワー、キーストン、トキノミノル、サチカゼ、シャダイソフィア、ハマノパレードの物語。
いわゆる「悲劇の名馬」を扱った書ではあるが、感動的に、感動的に…というわけではなく、その馬にとってのポイントとなったレース、1つ〜2つに内容を絞り、そのレースを中心にした構成を淡々とした文体で描く。その文体と多くの関係者インタビューで、当時の様子であるとかがひしひしと伝わってくる。
単なる「お涙頂戴モノ」ではないからこそ、この馬達の魅力が伝わってくるのかもしれない。
(05年5月8日)

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平成名騎手名勝負
著者:渡辺敬一郎
収録されているのは、後藤浩輝の02年安田記念、和田竜二・渡辺薫彦の99年クラシックロード、角田晃一・松永幹夫の92年牝馬クラシック、中舘英二の94年エ女王杯・有馬記念、岡部幸雄・小島貞博の95年皐月賞・ダービー、安藤勝己の95年阪神4歳牝馬特別、福永祐一の99年桜花賞、四位洋文・藤田伸二の96年クラシックロードの計8篇。
騎手を中心とした名勝負…という側面もあるわけだが、その騎手のそれまでの経緯だとかも同時に描かれており、反対にレースを通してその騎手の魅力を描いた書…とも言える。騎手、調教師のコメントなどを中心に構成され、当時の生の駆け引きが伝わってくるようである。
この書を読むと、騎手、という切り口で見る競馬もまた面白いものだ、と実感できる。
(05年5月14日)

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日本ダービー平成名馬伝説
著者:渡辺敬一郎

平成に入ってからのダービー馬6頭の誕生からダービーに至るまでの過程を綴った書。
本書で扱われているのは、キングカメハメハ(平成16年)、フサイチコンコルド(平成8年)、サニーブライアン(平成9年)、ジャングルポケット(平成13年)、ミホノブルボン(平成4年)、タニノギムレット(平成14年)の6頭。それぞれが、サブタイトルの通りに騎手、調教師、馬主などの関係者のコメントを中心に描かれている。(まぁ、それぞれのエピソードは、『強すぎた名馬たち』『平成名騎手名勝負』などと重複する部分があるのだが、これは仕方があるまい)
それら、個別の話も面白いのだが、これらの馬達を結ぶ線も面白い。この6頭を結ぶのは故・戸山為夫師と著者はする。戸山師の最後の傑作となったミホノブルボン。戸山師の孫弟子にあたりその理論を受けついた松田国英師の育てたキングカメハメハ(とタニノギムレット)。戸山師の友、同志とも言うべき小林稔師、渡辺栄師が育てたフサイチコンコルド、ジャングルポケット。タニノハローモアの再現のように決まったサニーブライアン。そして、戸山師の考え方に大きな影響を与えたカントリー牧場が30年ぶりに送り出した名馬タニノギムレット、というように繋がる。1頭1頭のエピソードなどもさることながら、競馬界のこのような結びつきを知る、というのもこの書の魅力ではないかと思う。
(05年8月15日)

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左手に告げるなかれ
著者:渡辺容子
著者がジュニア小説で活躍していた、というだけのことはあって、文章はこなれているし、保安士、いわゆる万引Gメンという最近、テレビなどでよく耳にする職業の主人公という設定も面白い。最初の、万引きのシーンから一気にストーリーにはいれた。そういう意味で、序盤はなかなか良かったように思う。
ただ、枚数制限のある乱歩賞にほぼ共通して存在するのだが、特にこの作品のラストは尻切れトンボという感じがしてしまったし、その前の謎解きというか、トリックに関してはかなり無理があるように思えてならない。また、犯人の動機という点も陳腐だ。
序盤の良さが、終盤に来て一気に失速してしまった感じがして残念だ。
(05年2月25日)

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無制限
著者:渡辺容子
離婚調停の結果、離婚成立を目前にして失踪した夫。その夫は、パチンコ屋に出入りしていたらしい。妃美子は夫を探すために、パチンコ屋へと…。
よく取材されているなぁ…。これがまず最初の印象。裏ロムなどを利用した不正、警察との癒着などと言った、パチンコ業界が抱える問題などがしっかりと表現されている。どちらかと言うと、依存症とか、駐車場で子供が死亡…なんていう方がクローズアップされがちだが(この作品でも扱われている)、それとは別の問題点を指摘している辺りは流石である。また、『左手に告げるなかれ』の主人公・八木薔子が登場してみたり、と言うようなちょっとした遊び心も楽しい。
が、正直、長すぎるかなぁ…と。毎回、パチンコ屋に出かけて行っては、球を打ち、それから少しずつ情報を聞き出す…という形なので、もう少しスッキリさせてくれても良かったのではないだろうか。しかも、それで580頁もありながら、最後は『左手に告げるなかれ』同様に駆け足気味になってしまっているのが何とも残念。その辺りが解消されれば…。
(05年6月1日)

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斃れし者に水を
著者:渡辺容子
売れない脚本家・藤原真澄は妻子ある男・織田浩司と交際していた。そんな織田が、糖尿病の教育入院をすると聞き、世話をしたいあまりに付き添い婦のボランティアをはじめることに。だが、そんな織田と同室の男が不可解な急性アルコール中毒で死亡し…。
この作品を通して感じたのは、「女性の情念」みたいなものだろうか。妻子ある織田に対して、付き添い婦として病院に入り込むまでして尽くそうとする。明らかに嘘をついている織田が犯人ではないかと疑いながらも、「その場合は、織田を守る」ために調査を行う。これまで私が読んだ、渡辺容子作品にも「女の情念」を感じさせられたが、この作品のそれは、他を凌駕しているように思う。また、付き添い婦の仕事、糖尿病、酒…などなど、数々の社会的なテーマも盛り込まれている辺りも見事。
ただ、作品を通して考えると欠点も多い。全く伏線にも何にもなっていない、奇妙な人物が出てきてみたりするのはどうなのか? ただでさえ感情移入しにくい主人公なのだから、このような事をしてさらに奇妙な人物を作りだす必要は無いと思うのだが。また、犯人のつかったトリックの1つなのだが、これは可能なのだろうか? 今作品が発表されたのが99年。既に、この頃、このトリックは使用不可能だったような気がしてならない。
絶賛されている取材力であるとかは、認めるし、テンポの良さなども素晴らしい。それだけに、欠点も目立ってしまうのが残念だ。
(05年8月31日)

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魔性
著者:渡辺容子
幼い頃から、厳しい母の下で圧迫されて育った珠世。勤めていた会社も辞め、今は仲間たちとのサッカー観戦だけを唯一の生きがいとした自堕落な生活を送っている。そんなあるとき、珠世をサッカーに誘ってくれた恩人で、仲間内のアイドルでもあったありさが何者かに殺害される…。
一応、物語の形はありすを殺害した犯人を捜す、と言う形のミステリーではあるんだけど、物語のメインとしては、珠世の成長を描いた物語…というところかな?
引っ込み事案で、自分に自信がない珠世。そんな珠世にとって、命の恩人でもあるありすの死。どうにか、その犯人、真相を知りたい、と一念発起。そこから見えてくるのは、これまで仲良く過ごしていた仲間たちの行動の謎、別の側面。そんなものを目の当たりにしながら、少しずつ成長していく…。物語の大半も、珠世のこれまでのこと、そして、仲間たちの別の面に関わる場所に大きく頁を割いているし。
一人の人間の様々な面が見えてくる…というような物語は、これまでもいくつか読んできたけれども、この作品の場合、調査すればするほど、その面が見え、そして仲間たちが皆、怪しく見えてくる。その辺りは上手い。結構、分量は多いけど、おかげでぐいぐいと引っ張られたし。
これまで読んだ渡辺容子作品は、ややその真相部分が強引だったり、トリックが無茶苦茶でガッカリ、ということがあったが、近作に関してはそれほど気にならなかった(やや強引さは感じるが、破綻していない)。珠世の成長部分もちょっとご都合主義的なところはあるけれども、それもそれほど気にならない。これまで読んだ渡辺容子作品では一番好き。
(07年11月7日)

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